ばさり、と目の前に純白が広がった。
視界を覆ったそれは真っ白な翼で、舞い落ちる羽根は地面につくと同時に光となって消えてゆく。
輪郭を辿るように視線を滑らせていくとそこにはよく知った顔があった。
暗すぎて黒っぽく見える青い瞳と漆黒の髪。
およそ白とは程遠い色彩を持っているのに、何故かイメージは白。
ああ、彼の纏う気配が白いのかとぼんやりそう思った。
重い様に感じる目蓋を押し上げると、目の前には夢と同じ顔があった。
夢。
何故か確信を持って夢だと断言出来る、そんな夢だった。
だから今シーツに埋もれているコレが現実。
それは目覚めとほぼ同時に認識された。
次になんで目の前にあるんだろう、と考えて、それから現在の体勢に思い至る。
「……っ…」
思わず出かかった声を喉で押しとめて、デュオは頭に血が上るままに頬を赤く染めていった。
―――いつの間に潜りこんだんだよっ
声に出なかった言葉を頭の中で叫ぶ。
ベッドに入った時には確かに床に敷いてやった毛布に落ち付いていた筈だ。
さらに言えば、ベッドの方を提供してやろうとしたのに断ったのもあっちだ。
なのに、何故現在腕に抱きこまれているなんていう恥かしい体勢に落ち付いているんだろう?
落ち付いた寝息をたてているその安らいだような顔が腹立たしくて、蹴りでも入れてやろうかと物騒な考えが浮かぶ。
でもそんな考えは、その眠りを妨げないためにあまり動かないよう気をつけている自分に気付いた瞬間むなしくなって放棄した。
ぼんやりとその顔を見つめていると、鋭い瞳が閉じられているせいか整っているという事実だけが際立つようだ。考えてみれば寝顔なんて初めてみるかもしれない。
初めて…いや、二度目か。でもあの時はそれどころじゃなかったし。
しっかり正面に、しかもこんなに間近で見る日が来ようとは思ってもみなかったが。
「………」
ああ、そういえば。
錯乱して一瞬気配が乱れたはずだが、それでヒイロが起きなかったというのも凄いことかもしれない。
それはきっと自分がヒイロにこんな所まで侵入されても気付かなかったのと同じ理由からなんだろうけど。
―――安らかな寝顔が夢の中の天使とだぶる。
そう、イメージは白。
それもどこまでも続く汚れなき純白。
傷つけてみたくもある、そんな真白の危うさ。
夢はイメージを具体化するというけれど、それなら自分がヒイロに対して抱くこの印象がかたちになったものがあの天使なんだろう。
………この発想はもしかしなくても恥かしいかもしんない。
天使。
よりにもよって「天使」。
とりあえず、他人には言わない方が良さそうだ、…本人には尚のこと。
もやもやと考えながらつい身じろいでしまったデュオは、その時始めて誇張ではなく本当に『抱きこまれて』いることに気がついた。
動きを封じた腕の感触に思わず体を止める。
背中に感じるのは間違いなくヒイロの両腕だろう。そういえば今頭の下に敷き込んでるのももしかしなくてもヒイロの腕だ。
「………………………」
―――恥かしい奴。
まず頭にそんな感想が浮かんで、デュオはこらえ切れず吹き出した。
そう、天使と言うにはヒイロは人間的過ぎて、不器用で、変なところで馬鹿過ぎる。
暴れた直後腕の中で体を震わせるその感触にさすがに眠りを妨げられたのか、ヒイロが
ゆっくりと瞳を押し開いた。
「…うるさい」
ぼやけた瞳で不機嫌そうに呟いた後、ごそごそと身動いて安定のいい位置を探りだし、またデュオを抱き込んだその体勢のまま眠りに落ちていく。
起こしてしまったどきどき感から見守りの態勢に入ってしまっていたデュオは、ヒイロが再び寝息をたて始めたのを聞いてほっとしたように体から力を抜いた。
今度はあまり振動を伝えないように気をつけながら、やはりこらえ切れずに忍び笑いを洩らす。
ヒイロはヒイロだ。
イメージも何もなく、ただそれだけが現実で全てなんだろう。
たとえ自分がどんな夢をみようと、どんな想像をしようと。
―――まあ、起きたら文句を言って一発殴っとくかな。
勝手にこんな体勢を作り出したペナルティは外すわけにはいかない。
それでもとりあえず現在はこの状況を享受することにして、デュオはゆっくりと目蓋を閉じた。
コロニーの人工の夜はまだ明けない。
闇に沈み始めた街は、これから夜を深くしていく。
そんな時間。
end.
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