或いはもう一人の罪人に。
「MIND AROMATIC
CLONES」
『寂しいよ』
「・・・わしは間違っておったのか?」
虚空に問う。返る言葉はない。
そんなことは最初から解っていることだ。
未来と言うのはひどく残酷な存在。近道も無ければ遠回りも出来ない。皆、生まれた時から誰に教えられるでもなく知っていた。
来るべき時に来てしまうものだと。
それは失望を准えた闇の坩堝から這い上がって来る、無よりも狂暴な性質を有している。
標される悲劇に抗うのは無為、報われぬ願いは捨てよ、と。
セカイがその流れ全体で訴えていた。
望まないもの、拒むべきもの。未来こそがその具現であると。
知っていた。そんなこと。
やがて数え切れぬほどの「死」がこの地に降り注ぐ――――――星が降る。
だけどその時までは子供染みた理想を抱いていたかった。愚かだと笑われても。
ただ、信じたかった。天の下でも得られる自由のあることを。
(叶わなくとも)
それでも。
時代は止まることを忘れ、暴走を始めている。
もうあの頃には戻れない。
記憶が失われてゆく。それは仲間のもの、そして自分のもの。
「間違っておったのか?のう」
その悲哀故、か――――――
「・・・妲己よ」
禁じられた名に、口唇が惹かれるのは。
『ウールゼーレ』
泡沫。。。
瞳から零れ落ちた夢。
僕はそこで泣いてた。涙を隠すの。隠すの。
そして総ての柵(しがらみ)から目を背け続ける。
――――――だからだろうか。
目覚めた時の滴の意味がわからない。
さっぱりわからない。
・・・どんな夢を見たの?
わからない。
「たすけて」
僕の罪。
『エトランゼ・1―――「考える」のカオス』
「最後に縋るもの、ですか?」
突然の問いかけに、手を口に当てて考えて、
「自分じゃないでしょうか。僕はそうですけど」
言う。
「自分を信じられなくなったらお終いですからね」
「そうか」
戸惑いなく発せられるその事実に気付かれないほど微かに眉をひそめる。だけど。
耳を塞いでも無駄。
無だ。
「あなたは、違うんですか?」
その言葉には淡く笑って。
誤魔化した。
その時視界の端を掠めたのは夢の残像(妄想の欠片)。
「きっと特別なんですね」
彼の微笑。
答えないことを肯定と採ったその選択は正しい?
「その人」
彼の真実を突き付けてくる。
「特別・・・?」
僕は?
「他の皆よりずっと好き、なんだと思いますよ」
「好き?」
僕はどうなんだろう。僕の真実は、
――――――何処?
混乱。容れモノから意思に反して飛び散った。
「違いますか?」
何も考えられない。
何も考えられない。
「悪い事だとは思いませんが」
それは良い事と?
「・・・何をそんなに悩む必要があるのですか?」
遠い。でも脳に直接の衝撃。痛い。
僕は誰かを特別に好き。
好き。それは悪いことではない?
「おぬしがそう思うのは」
仮想を裏切る現実を、
「何も知らないからであろう?」
残酷なるもの。
返す踵。そしたら背中に棘。
「僕らが何も知らないのはあなたが話して下さらないからです、太公望師叔」
刃を研げ。
牙を剥け。
「・・・悔しいですよ」
僕を殺せ。
『僕の生み出す楽園。僕だけが追放された世界』
僕が死ぬ前に成し遂げなければ行けない事
=地上の楽園を創り上げる事
=永きの未来に渡っては不可能な事
=一瞬ならば可能
「・・・・?」
例えば目を閉じる三秒間。
それを永く感じれば、ソコはもう楽園?
「『好き』?」
《話してくれないと解らない》
月並みな文句だ。これ以上酷い事になるのを怖れている時に零れる言葉だ。
(それを言わせたのは、わし)
これ以上酷くなればどうなるか、なんて。
「それが解らぬほど馬鹿ではないよ」
自然と溢れ出す。
昔よく聴いた歌を、無意識に口ずさんでいたような、そんな既視感。
だけど気持ちは反対側でくるくる回り続けている。
くるくる・くるくる。
くるくる・くるくる。
ずっと空回り。
「最低だ」
抱えた両膝に顔を埋める。
だけど頬を伝うものがない。
「最低だ・・・」
低い天井が邪魔をして、飛び立てない。
翼が風化していくのが解る。やがて、すべては失われるのだろう。
――――――僕にはもう時間がない。
『エトランゼ・2―――いちばんすきなもの』
陽が昇る。見慣れた始まりの風景。
「めずらしいわね、あんたが寝坊するなんて」
「たまには」
「・・・て言うよりも」
顔を覗き込んできて、彼女、
「一睡もしてない、って顔ね」
見透かすように。
それは確かな事実で、そんなことは自分が一番よく知っている。
「考え事を、しておったのだよ」
「“どうしたら犠牲を最小限に抑えられるか(出さずにすむか)”?」
「・・・そうと言えばそうだが、違うと言えば違う」
謎掛けのように、そうやって煙に巻く。
いつものやり方。昔々に叩き込まれた馬鹿の一つ覚えみたいに。
――――まだ懲りていない。
僕は酷い。
彼女の呆れた溜め息。
「ねぇ、太公望。あたしは秘密を探るのが好きなの」
「・・・それでスパイをやっておったのか?おぬし」
その問いには答えず
「だけど秘密を打ち明けられるのは、もっと好き」
そうとだけ返した。
その後には暫しの沈黙が横たわり
「自分をもっと好きになれるから」
叩き起こしたのはやはり彼女で
「・・・・」
けれど僕のそれはまだ寝てた。昨夜の睡眠を取り戻そうとするかのように。
「でも全部がそう上手くはいかないのよね」
彼女はふと俯いて。影と目を合わせて。逃げないで。
「だからほんのちょっとでもいい。打ち明けて欲しい。せめて何かで答えて欲しい。
こっち側からじゃ何も出来ないから。
・・・こういう考え方ってちっとも変じゃないよね?」
そして僕を捕えて。
いっそのこと、と残酷さに爪先を浸した。
――――――逃げないで。
「・・・・うむ」
彼女の言ってる事は、彼の言った事と同じ。きっと。
きっと皆が自分に向けてる。
同じベクトルのもの。
胸が痛む。
(勿体無いよ)
――――ひとを傷付けるしか出来ない自分には。
『あなたじゃない』
結局。
死の淵へと誘われていくような危うげな足取りは皆に見咎められてしまい。
部屋へと返された。
沈黙。
だが、じっとしている事は更なる混乱を呼んだ。否。混乱、というのは正しくない。
幻影と言う名のそれを終える為のモノなのだから。
(最後に)
そしてはじまりのため。
約束された地へと。
『この場所』で最初に目に入るものはいつも、輪郭をそっと辿る白い細い綺麗な指先。
だけど『この場所』には名前がない。厳密に言うと何処でもないのだ。
自分が立っているのか何かに腰掛けているのか、それすらも解らない。
「・・・また、会ったのう」
蠱惑の馨り。起こってはならないはずの邂逅の象徴。
「呼んだのはあなたよん」
求めてしまうもの。
後ろから掛けられる声。故、振り向かない限り彼女の姿を捕える事もない。ただ、手だけを除いて。
「そうであったな」
「・・・・・」
「・・・わしにとってのおぬしが何であるのか」
いつかのようにその手を掴んで。
「本当は何であるのか」
多くを回帰せぬものとしてしまって以来、彼女の名を呼んでしまって以来、何度目かの逢瀬で、
「知りたかったのだ」
はじめての科白――――――
(認めてしまえばいい)
何も傷つけたくないと願うなら。
「・・・・」
「確かに、おぬしは特別な存在なのだろうよ。歴史にとって。
・・・何よりわしにとって」
矛盾した心は捨ててしまえばいい。
気付かない振りなんて長く続けられるほど自分は器用ではない。
「それはどういう意味かしらん」
挑発するような声音も
「そのままの意味だよ」
耳を掠める髪も
「愛、だとか憎しみ、だとか。
そんなありふれた言葉では手に負えぬ」
握り締めた手も
「わしを壊すし、つくりもする」
この時間の籠の中の何もかもが
「だがそれはおぬしではない」
――――――模造品だと。
「行ってしまうのねん」
自身の心の弱さの証が、名残惜しそうに呟いた。
未練がないなんて言えば嘘になるけれど
「皆が待っておる」
ここでは誰を救う事も出来ない。
「貴方の『本当に特別なひと』もねん」
「『本物の』おぬしが」
あなたさえも。
「そう」
この世界は僕だけしか救わない。
そしてその僕すら本当の意味では決して救われる事がない――――虚構のアルカディア。
「かえるよ」
目を伏せて彼女の手に、くちづけた。
ただいちどだけ。
これでさいご。
さよなら、
もう会うことのないひと。
『断章――――逃がしてあげる、あなたのこころ』
私たちの間には一つの支柱。それだけ。
だけど背と背を預け合う事もない。
「さあ」
言わなければならない。
「お別れよん」
「なぜ?」
この声にこころを傾けてはならない。
「あなたにはあなたの在るべき場所がある」
少し、寂しくなるだけだから。
「『彼』の、もとへ――――」
傾けてはならない。
「『あなた』が還らないと『彼』が『こちら側』に戻って来れないのん」
彼であって、彼でないもの。もう彼でなくなってしまったもの。
残された意識の迷い子。いつもここに迷い込んできた。それでも、もう、
「あなたは・・・『彼』はつよいから」
彼が最後に選ぶものは現実だから。
「だから還って」
「今帰ろうと思ったところだよ」
その声は『彼』のものではない。『彼』はもう帰路に就いたのだから。
部屋の隅に、ぼんやりとした、ひかり。
「覗き見なんて、いい御趣味ですことん」
超越者。
「私がいてもいなくてもあなたは同じ事をした。
いつも結果は同じ。何も変わらない」
クス。
「だいいちあなたは始めから私がいることに気付いていたでしょう?」
「なぜ問うのん?
わらわの答えなんて最初からあなたの中にあるのに」
「考えるのはめんどくさい上に眠くなる。
今でも眠くて仕方ないのに」
欠伸を一つ。
「成る程ねん」
確かに虚ろな瞳――――その存在自体よりも遥かに確実に。
「じゃああなたが此処に来る必然性は?」
「皆無」
――――無。
「ただ・・・彼があまりに深く眠り私の領域を歪(ひず)ませた」
「それであなたは起こされちゃったわけねん」
「こんなことはそう起こることじゃない。『扉』は確かに閉まっていたのに。
だから彼に興味を抱いた。
ただの興味。それ以上でなければそれ以下でもない」
断定する響き。
「それで彼を追蹤してみたら」
「“ここに辿り着いた”」
続けた言葉は経過と結果に橋を架ける。
こくりと小さく頷いた。
「だが私を動かすにはまだ届かない。彼は」
「手を伸ばせば十分に届く距離よん」
「・・・どうかな」
そう言い残し、薄れていく存在感。
闇に溶け込むように。
最後に、言い合わせたように重なる声。
「結果は同じ、何も変わらない」
『エトランゼ・3―――きみの魔法』
遠くに声を聞いた気がした。
(きもちわるい)
眩暈。吐き気。
ここは何処?
目の前に天井がある。・・・よく、知っている?
知っている。ここは、
(わしの、部屋・・・・)
息を切らしながら上体を起こす。見える光景は間違いなく自分の部屋のもの。
床に就くその前と何一つ変わっていなかった。ただ、窓から差し込む光の色が、陽の傾きかけている事を教えていた。
しかし何故。
(どうしてこんなにも、気分が優れぬのだ・・・・?)
理由が解らない。その事は僕に不安を呼び起こす。
ここは僕がもといた場所なのか、僕は本当に戻ってくる事が出来たのか。
不安は声となり、空中に放たれる。
「まだ、あの場所を出ていない・・・?」
「違うよ」
「――――――!」
また。
また背後から掛かる声。不安の加速を促す。振り返る事すら出来ない。
何も解決していない?
「そんな・・・」
震え。
「落ち着いて。思い出して。
君は君が思ってるよりずっと、つよいから」
それを塞き止めるように、声の主の、優しい口調。
「おぬし・・・」
その響きには人を安心させるものがある。思い付く限りの不安要素を取り除いてくれる・・・・
知っている。この感じ。この声。そして振り向く――――その寸での所で、
「駄目だよ!」
止められた。予想もしなかった厳しい声で。
「・・・駄目だよ。振り返っちゃうのは。
『僕ら』を、何より『彼ら』を信じてるなら、前だけ見て、進んで。
そして自分の事も信じてあげようよ」
だけど紡がれるものは、
「怖がる事なんて、何もないんだ。
君は独りじゃない」
温かかった。
確かに還るべき地点は目の前にあるのだ。届いてくる光――――この温かさは現実のものだと。
「・・・・そうであったな」
自分は最後の最後で躓いてしまっただけ。
「そう・・・」
生きてさえいれば、どうにだってなる。けれど喪ったものだけは取り戻せないと、解っていたから。
だが
「おぬしは死んだはずだ」
現実から逃げないと、真実を見つめるのだと、決めたのだ。
殻が破れる。
逸れてしまっていた最後の僕が戻ってくる瞬間、
僕は僕を取り戻す。
――――がんばったね、望ちゃん。
遠くに声を聞いた。
『自由の国』
苦痛は通り過ぎていた。或いはそんなもの最初からなかったのかもしれない。
だけど視界だけはいつまでもぼやけたままだった。
それが涙の所為だと解ったのは随分経ってから。
理由があって流れるものだと、思い出した。
思い出せたよ。
「もうお休みにならなくてよろしいのですか?」
「うむ」
廊下での出会い頭に掛けられた声に短く返す。
「ところで昨日の話だが」
「・・・・ええ」
そう言って切り出すと、彼の顔色は目に見えて曇った。
苦笑する。
「おぬしの言う通りであったよ」
「・・・・・」
「好きかどうかは解らぬが、特別であることはまず間違いない」
すると、瞠目して。
「・・・いいことですよ。
特にあなたのような人には」
厭味なくらいの笑顔でそう言った。妙に頷けた。
「・・・・なるほど」
彼の言いたかった事が少し解ったかもしれない。
ちっとも辛くない頭痛がした。
地獄と言う名のリアル――――そう、天国より地獄を所望する。
「やはりここから辿り着かねばな」
「何処にです?」
みっともないくらいの悪足掻きをしながら
信じるものに支えられ
自らの手で択び取っていく、その道の先。
「この時代の終わりへ」
その地で会い見(まみ)える。
――――そこは自由の国。
たとえ血に塗れ、絶望に支配されていようと。
――――――待っていて。
*end*
*アトガキ*
スピーディ・ノベル。
ノベル・・・小説。小説?これが???(墓穴)
多分皇后さまと老子を一緒に書いたのは私が最初でしょう。フフ★
(とかいいつつ、老子×邑姜プッシュな私v)
文章と構成は別にして、登場人物それぞれが美味しいところ掻っ攫ってるのでお気に入り。
妲×太もどき(あくまで恋愛感情ではない。こだわり)も書けましたし。
ただ、太公望がなんか自堕落で、楊ゼンがなんか情けなくて、蝉玉がなんか得体知れん、
というのはどうよ?(笑)<自分。
天化・・・・彼は性格がよろしいので出て行きにくかったようです。
なぜなら出てたのはどいつもこいつもアレなヤツばかりだったから(爆)。
普賢は偽者?本物?・・・それは貴方の解釈次第(笑)。
てゆーか、この話は完全に読み手様の解釈に依存してるよーな。
なんかダメダメ★★★
言葉がみずみずしくイメージがいっぱい広がって、精神世界に深く分け入ってく感じがします。
本当に色々解釈できますよね! 深い! 余韻を残したまま次につながってく連続がもうかっこいいの一言です。
キャラクター描写が全員すごく素敵で、新たな魅力が生まれてますーーーー!
蝉ちゃん、いいっすよ。マジで。かっこよすぎ。
そして皇后サマと老子の組み合わせにはまってしまう予感が・・・(笑) by草子
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