LOVE WARS―ある仙人たちのささやかな闘争―
■ある日の九功山白鶴洞
「普賢師匠―!メシできやしたよ――!」
おたまを片手に、木タクは洞府の中をうろうろしていた。洞府内は、外観のわりに結構広い。
呼びかけながら一つ一つ部屋をのぞいてみるが、普賢は見つからない。
「あれ、いねえなあ師匠」
木タクは外に出た。
「師匠――!どこっすか――?」
大声で呼びながら歩く。師の行きそうなところを探しまわる。
そして、10分後。
洞府からはだいぶ離れた大岩に、ようやく光る輪っかを見つけた。
「師匠。メシっすよ」
大岩に腰かけた普賢に呼びかける。
「ああ、木タクか」
普賢は首だけで振り向くと、また顔を元に戻した。
「何してるんすか?」
普賢の膝では宝貝『太極符印』が、カタカタと微かな音をたてている。遠くの様子も手に取るようにわかる優れもの宝貝。
木タクは、大岩の下に立って師匠を見上げた。
「うん、ちょっとね」
普賢が、クスクスと目を細めて笑う。手の中の宝貝から、顔はあげずに。
(あ、やべえ)
木タクはなんとなく危険を感じた。
が、でもメシ呼ばなかったらそれも怖いんだよな、と経験から考えて、もう一度言ってみる。
「昼メシなんすけど、師匠」
「うん、僕は後で食べるから、先に食べてていいよ、木タク」
やっぱり顔はあげない。
「けど、冷めちまいますぜ」
「うん。いいから」
そろそろヤバい感じ。
3回が限度。
「わかったっす」
木タクは諒解すると、たったと師匠から離れた。
経験者いわく。
触らぬ普賢にたたりなし。
■来客の多い日
最初は太乙真人だった。
黄巾力士で鳳凰山に降り立った太乙を、竜吉公主の弟子赤雲が見つける。
「あら、太乙真人さま!」
「やあ、赤雲ちゃん。公主、いるかな?」
黄巾力士に乗ったまま、太乙が問う。
「ええ、お部屋にいらっしゃいますわ!」
「良かった。じゃあ、取り次いでもらえるかな?」
太乙は黄巾力士から降りて、赤雲の隣に立った。その手には、大きな紙包み。
「わかりました!こちらへどうぞ」
赤雲は先に立ち、客人用の応接室へ太乙を案内した。
「ここで、しばらくお待ちください!」
「うん。ありがとう」
すすめられた椅子に座ると、赤雲は出ていった。太乙は膝に置いた紙包みを、大切そうになでた。
(ううっ、なんかどきどきしてきたなあ。公主、気に入ってくれるかな・・・。だ、大丈夫さ、すごく頑張ったし、何回もプログラムはチェックしたし、きっと気に入るよ!うん!)
心の中で自分を励ましてみるが、落ちつかない。
情けないぞ、太乙。
ひとりで葛藤している間に、赤雲が戻ってきた。
「お待たせしました、太乙真人さま。こちらへどうぞ」
赤雲に案内され、太乙は竜吉公主の浄室に足を踏みいれた。
相変わらず、清浄な空気。
そして、目の前にはこの部屋に相応しい美しい仙女。
「よう来たの、太乙」
ゆったりと微笑む想い人の姿に、太乙はつい見惚れる。
(ああ、やっぱり綺麗だなあ・・・)
ぼけーとつっ立っている太乙に、公主は軽く首をかしげる。
「今日はどうしたのじゃ?」
公主の問いかけに、やっと我に返った太乙。
本来の目的を思い出す。
「うん、あのさ、こういうの作ってみたんだ。公主は浄室からあんまり出られないしさ、話し相手とかいたらいいかなってっ!」
一気に言って、紙包みを差し出した。
「それはかたじけない。開けても良いか?」
「うん!」
こくこくと力いっぱい頷く太乙。
公主が紙包みを開くと、中にはぬいぐるみが入っていた。
「おや、かわいらしいの」
公主は、ぬいぐるみを抱き上げた。
すると。
『ありがとう!』
子供のような高い声で、ぬいぐるみが喋った。
「ほお、喋るのか・・・。これは面白いの」
公主は笑顔を浮かべ、ぬいぐるみの頭を撫でる。
それから、太乙のほうに視線を向けた。
「太乙は器用じゃの」
公主の褒め言葉と笑顔に、赤くなるマッドサイエンティスト太乙。
「いやー、それほどでも・・・」
なんかいい感じな2人。
(ぐふふ・・・、こ、これはチャンスかも!)
2人っきりだし、公主は笑ってくれててなんかいい感じだし。
太乙は、決意してまくしたてた。
「あ、あのね、公主!本当はね、その子じゃなくて、私が公主の話し相手になれたらいいと思うんだ!」
「しかし、おぬしは忙しかろう?」
「そ、そうだけど、でもねっ!あ――っ」
そこで、頭をかきむしる太乙。
公主はおっとり微笑んだまま、太乙を見ている。
(一言じゃないか!頑張れ私!)
自分で自分を励まして、太乙は必死で言った。
「公主、その、私は君のことが――」
しかし、世の中そんなに甘くない。
その時、赤雲の声がした。
「公主さま!玉鼎真人さまがお越しですわ」
「そうか、通しておくれ」
「はい!」
遠ざかって行く、赤雲の足音。
それは、太乙には幸運が逃げて行く足音のような気がした。
「すまんの。で、なんじゃったのかの、太乙?」
小首を傾げ、尋ねる公主。
「・・・・・・、ごめん、なんでもないんだ・・・」
哀れ、太乙真人の決意はあっさり砕かれた。
2人目は玉鼎真人だった。
「公主」
「玉鼎真人、よう来たの」
ずるずる長い髪の仙人が、浄室に入ってきた。片手に分厚い本を携えている。
「ん、なんだ太乙も来ていたのか」
「・・・・・・うん、まあね」
(来てたのかじゃないよっっ!ああっ、せっかくいいとこだったのにぃっ!!)
太乙はじと目で、玉鼎を見る。
「どうかしたのか、太乙」
「なんでもないよっ」
投げやりな太乙の返答に、玉鼎は首をひねる。
「まあ、立ち話もなんじゃ。おぬしも座らぬか?」
公主が、玉鼎に椅子をすすめる。3人で卓を囲み、公主が問うた。
「今日はどうしたのじゃ、玉鼎?」
「ああ、このあいだ言っていた書物が手に入ったのでな。届けに来たんだ」
そう言って、玉鼎は脇に抱えていた分厚い本を差し出す。公主は本を受け取ると、にっこりと笑った。
「そうか。わざわざすまんの」
「いや。別に構わないよ」
なんか親しげだ。
2人のやり取りに、憮然としていた太乙が口を挟む。
「『このあいだ』って・・・、いつ来たのさ玉鼎・・・」
可能なかぎり平静を装おうと努力はしているが、成功はしていない。
「・・・ひと月ほど前だったかな?」
「そうじゃの」
その会話に、太乙の顔が引きつる。
仲良さげで悔しい。
「・・・へー、鳳凰山には、よく来るの?」
「よくかどうかはわからんが・・・何度か訪れてはいるかな」
「ふ、ふーん・・・」」
(うう、知らなかったよ―。玉鼎も公主のとこに来てるんだ――。う―、仲いいのか
なあ・・・。でも、私はおとなしく引き下がったりしないぞっっ。玉鼎はそりゃ剣の腕は立つし、強いかもしれないけどさっ、私なんか色んな物作れるしっ)
新事実発覚に、ひとり葛藤する太乙。
玉鼎はそんな太乙を怪訝な顔で見ている。
公主は笑顔のままだ。
その時。
「公主様!お客様ですわ!」
赤雲が、再び来客を告げた。
最後は楊ゼンだった。
「こんにちわ、公主。突然お邪魔してすいません」
楊ゼンは、自分で一番自信のある笑顔を浮かべ、公主に挨拶した。公主も、おっとりと微笑みをかえす。
「いや、構わぬよ。来客は歓迎じゃ」
それから、楊ゼンは先客に気づく。
「玉鼎師匠、お久しぶりです。・・・太乙真人サマもいらしてたんですか」
ばちばち。
楊ゼンと太乙真人の間で、火花が散る。
昔の漫画かお前ら。
なんか熱く視線を交わす2人に、玉鼎はいぶかしげに問う。
「どうしたんだ。2人とも」
「なんでもありませんよ、師匠」
「なんでもないよっ」
なんでもありさそうに、顔を背けあう二人。
「そうか?」
首を傾げる玉鼎真人。
わかってないらしい。その様子に、公主がころころと笑って一言。
「ほんに仲が良いの、そなたらは」
なんか誤解してる。しかし、公主の前ではいいカッコしたい男どもはにっこりと笑う。
「ええ、それはもう」
「うん、まあね」
卓の下で、楊ゼンと太乙はお互いの足を踏みあっていた。
「では、気をつけてな」
公主は、3人に平等に笑顔を振り分けて言う。
「はい。公主もお身体に気をつけてくださいね」
「あの子、もしなにかあったら言ってね」
そこで、また火花を散らす、楊ゼンと太乙。
子供か、あんたら。
「では、またな」
玉鼎は、相変わらず何も気づかないまま、簡単に別れを述べた。
夕刻、公主に見送られ、ようやく3人はそれぞれ帰途についた。
***
「お腹空いちゃったなあ・・・。ご飯冷めちゃったよね・・・」
ポツリと普賢はつぶやく。
朝から夕方まで宝貝ばっかり見てれば、そりゃ減るだろう。
「・・・それにしても」
にっこり。
普賢は微笑む。
なんかヤバい笑顔で。
その手には原子を操る宝貝コンピューター。
「太乙も玉鼎も楊ゼンくんも、僕に黙ってそういうことしちゃいけないよね」
『太極符印』に文字が浮かぶ。
『落雷』。
■恋人達の甘い罠
「こんばんわ、公主」
小さく声をかけ、普賢は浄室の窓外に立つ。
いつもと同じように、ゆっくりと窓が開く。そこには、天界一美しい仙女。
「おや、普賢か」
「うん、僕だよ。遊びに来たんだ」
普賢は、窓枠に片足をかけると、ひょいと跳んだ。とん、と公主の前に降り立つ。
「よう、来たの」
公主は柔らかく微笑み、普賢に椅子をすすめる。
浄室にしつらえられた、ちいさな卓とニ脚の椅子。その片方に、普賢はいつも通り腰かける。
「木タクの修行はどうじゃ?」
手ずからお茶を淹れながら、公主が尋ねる。
「うん、順調だよ。あの子はなかなか優秀なんだ」
「そうか」
不意に、普賢が立ちあがった。
部屋の隅の棚に歩み寄る。
「ねえ、公主。これは何?」
「ああ、それか。太乙と玉鼎と楊ゼンが昼に来ての。持ってきてくれたのじゃ」
今日は来客の多い日だったよ、と公主は続けた。
「ふうん・・・」
普賢は、太乙製作の『喋るぬいぐるみ』を手に取った。不穏な目つきで、それを観察して。
そっと『ぬいぐるみ』のスイッチを切った。
公主は普賢の傍らに立つと、彼の顔をのぞきこみ、クスクス笑った。
童女のように無邪気に。
「そのような顔をするな普賢。怖いぞ?」
白い手が、普賢の頬をはさむ。
柔らかくて冷たい、その手。
部屋に灯りはないが、暗くはない。普賢の光る輪っかが、薄く室内を照らすから。
だから、お互いの表情はよく見える。
普賢は、ぬいぐるみを棚に戻した。
「だって、ちょっとね。悔しいよ?」
すいと腕をのばし、普賢は公主を抱き寄せた。
あいかわらず、折れそうに細い身体。清らかな水辺の匂いがする彼女。
「折角持ってきてくれたというに、受け取らぬのは失礼というものだからの」
「でも、嫌だな、僕」
抱きしめる腕に、少し力をこめる。
公主は顔をあげ、自分を抱きしめる青年の顔をのぞきこんだ。その口許には、悪戯な微笑み。
「私がいてもか?」
「うん」
「子供のようなことを言うでない、普賢」
水の佳人はくすりと笑うと、青年の胸に頬を寄せた。
普賢は、少し不服そうに言う。公主だけに聞かせる声と言葉で。
「子供じゃないよ」
「知っておる」
こんなに大きな子供は知らぬよ。
そう言って、公主は普賢の背中に腕を回した。
静かに抱き合いながら、普賢はそっとため息をつく。
「わかっててやってるでしょ、公主」
「何をじゃ?」
「・・・・・・なんでもないよ」
普賢は、腕の中にある麗人の濡れたように黒い髪に顔を埋める。
無邪気に微笑む彼女の笑顔は綺麗過ぎて。
美し過ぎるものは存在そのものが罪。
だから。
(いいよ、公主。負けないから)
普賢は、明日も太極符印を使うことに決めた。
■三つの結末
その時、玉鼎真人は洞府の前にいた。。
雲一つない空には、美しい夕闇のグラデーション。
そして、落雷。
「・・・うわっっ・・・!」
避雷針よろしく、雷はその長身にクリティカルヒット。
訪れる静寂。
しばらくショックで立ち尽くしていた玉鼎真人はぼそりとつぶやく。
「・・・・・・何故雷が落ちたのだろう・・・」
12仙一の天然ボケ仙人は、その場で『雲のない空から雷が何故落ちたのか』について真剣に考えつづけた。
ひきずるほど長い黒髪がチリチリになっていることにも気づかずに。
その時、太乙真人は黄巾力士に乗っていた。
落雷のショックで彼らは岩山に激突。
太乙は乗り物を失った。
岩山は狭く高かった。
「・・・っっ普賢の仕業だねっっ!いたたたっ・・・わ、私だってっ、負けないからねっっ!」
高所恐怖症仙人は、震えながら拳を握る。
かなり、迫力ないけど。
仙界横断マラソンに挑戦していた清虚道徳真君が通りすがりに発見するまで、太乙は独り言を言いつづけた。
その時、楊ゼンは太公望の天幕にいた。
突然の落雷に、当然天幕はおしゃか。奇怪な現象に人だかりが出来た。
その中心で立ち尽くす、周軍の首脳2人。
「僕は負けませんよっ、普賢師兄っ!この借りは必ず返させていただきますっっ!!」
握りこぶしで夕陽に誓う天才道士。ちなみに、自慢の長髪の先っぽは焦げてチリチリ。
それでも髪をしっかりガードしているあたりが、楊ゼン。
その横では、巻き添えをくった太公望がパンチパーマで呆れている。
「やめておいたほうがいいぞ、楊ゼン」
ぼそっと太公望がもらした一言には、経験者の持つ重みがあった。
―後記ってゆうか言い訳―
長いっ!とにかく長いっ!!ああ―、ごめんなさい草子さん――(;;)。
オンライン小説で、こんなに長かったらダメだろぉ、自分。うう。
なんか太乙書くの楽しくて、のびるのびる。
話のテンポ悪くなってる気がっ(そのとおり・・・)。
乙竜っぽいよー。ああー、主題は普竜なんすよう。
普賢ファンの皆さん、ごめんなさい。うちの普賢のイメージはこんなのなんですよ―。
『太極符印』は、普賢が戦場の絞り込みしてる時に「民家がなくて」って言ってたから、遠くの様子も細かいとこまでわかるんだろーな、って勝手に思って。好きにしてください、草子さん。ええ、ほんとにもう(泣)。
草子の感想
いや、もう、私的には快絶です! 特に玉パパに避雷針よろしく雷直撃のところ! もっと落ちてしまえっ!(おい)
もう、やったあ! って握りこぶしで喜びました(ナゼとは聞かないでね(笑))
楊ゼンもちりちりだし(笑) くすくす。
太公望パンチパーマで笑えるし。
私はこの男共の中では太乙を選びます! だって超かわいい!
この太乙かわいいよお!
男共のアホっぷりが果てしなく私のツボでした。アホぞろい。くっはあ。幸せ。
もう公主は絶対全部わかってるでしょう(笑) 普賢君も大変な恋人を持ったものです。
二人がラブラブでうれしいし。そうです。私、かなり好きなんです。このカップリング。
この普賢さんは、悪魔っていうよりも、男の子。いやん、ツボよん。男の子な普賢。
はじめにでてきた木タクと普賢さんの師弟ぶりがまたよいですな。
本当に素敵なお話をごちそうさまでした(笑) 長いだなんて全然感じませんでしたよ。