軌跡‥‥your way

 





ひんやりとした空気が、通り抜け
顔を上げるとそこには、彼がいた・・・
「普賢・・・?」
呼びかけたら微かに、薄紅色の口唇が動く
「久しぶりだね。望ちゃん・・・」

いつも通りの希薄な存在感に
一瞬、時が舞い戻ってしまったかのように思えた。
「なぜ、おぬしが此処におる??」

「望ちゃんが呼んだんじゃない・・・」

言い返そうにも、口にすべき言葉は見つからず
小さな沈黙の間を冷たい風が過ぎて行く音に耳をふさいだ。

「こんな寒い所に独りで座って何を考えていたの??」

「なんにも・・・特には・・・」
何も考えず、ただ座っていただけ
いつ頃だろうか??考えることを放棄したのは

傷つけられたこと
裏切られたこと
死に別れたこと
いつでも“考える”ことには悲しみがつきまとう
だから、やめた。
そのはずだったのに・・・

「じゃあ、なんで僕はここに呼び出されたの?」

自分の考えている事を全て見透かされているかの様な
普賢の言葉に、太公望は一瞬戸惑った

「きっと・・・おそらく・・・」
答えはすぐそこに見えてるのに
薄いベールに包まれているような不快感
それとも、答えることを
自ら拒否しているのだろうか?

「望ちゃんが呼んだんだよ。」
認めたくなかった答を普賢は、いとも簡単に口にした

「そうかもしれぬな・・・」



「君は帰んなきゃ・・・」
水色の髪の間から見上げるように普賢は言った。
「君の居るべき所は、何処だか忘れたの??」

「帰りたくない・・・と言ったらどうする?」
決して忘れたわけではない・・・
ただ、もうそこにいたくなかった

「どうもしないね・・・
だって君は、帰るもの。絶対に・・・」
普賢はそっと立ち上がって細い腕を太公望に伸ばした

「だぁほ。自分で立てるわ・・・」
そう言って、軽く指先を払い除けたとたん

目が覚めた‥‥

細く開けた目の中に入ってくる日の光が
すごく痛む
でも、ほんの少し心地よく

「師叔〜ッ。やっと目覚められたんですね??」
泣きはらした目で楊ぜんが詰め寄る
これが仙界一の天才かと疑うような取り乱し方に太公望は思わず笑った
「なに笑ってんですか??みんな心配してたんですよ。
急に貴方が倒れたかと思うと全然、目を覚まさないんですから。」
喜んだり怒ったり忙しい楊ぜんを傍目に
太公望はポツリ呟いた

「普賢にしてやられたのう・・・」

また、周の軍師の一日が始まる

 







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