白く輝く月を見上げ、太公望がつぶやいた。
趙公明との戦いに勝利を収めたその夜。 「しかし、随分派手に暴れたものだのう」 原型を現した趙公明のおかげで、あたりは滅茶苦茶だった。 太公望は回想する。 あの時。 死にかけた魂を抱え、うずくまっていたあの時。 太公望の前に現れたのは、妲己だった。 妲己を倒すために、太公望は人間界に降りた。
あれは、現か幻か。
「あれはやはり、妲己に救われたということになるのかのう」 結果的に、太公望は生きている。 もしも、現なら。 何故、妲己は現れたのか? 「あやつの考えることは、時々どうもわからん」 太公望はぶつぶつとつぶやきながら、渭水のほとりを歩く。 (わしの力だけではあやつには勝てん。しかし、犠牲は出したくないのう) 不完全な己。 目的を果たすために戦い続けていても、なにか欠けている気がして。 「まるで月のようだのう・・・」 太公望はため息とともにつぶやく。 ふと、甘い香りがした。 「だあってぇン。太公望ちゃんってばくじけそうになってたんですものぉン」 太公望の心を見透かしたような言葉。 「な、なななななな」 突然現れた声の主を指さし、太公望は驚愕した。 妲己だった。 ***
ようやくまともな言葉を叫ぶ。 「あらん、酷いわねン太公望ちゃん」 太公望は、打神鞭をかまえて妲己を睨む。 「挨拶だと?何を考えておるのだ、おぬしは」 ゆったりとした足取りで妲己は太公望に近づく。 「怖いのん?太公望ちゃん?」 「あら、光栄だわん」 妲己は歩みを止めると、手近な岩に腰かけた。 「お話しましょ、太公望ちゃん」 太公望は黙ったまま、妲己を見つめる。 あの、どこか嘘のある笑顔。 「わしが死んだほうが、おぬしは好都合ではないのか」 唐突な言葉に、妲己は驚きはしなかった。 「あらん、本気で言ってるのン、太公望ちゃん?」 妲己は小首を傾げ、頬に手をあてる。 「そうねぇん。あなたが死ねば楽かもしれないけどン」 そこで間。 「わらわはね、楽しいことが大好きなのン」 太公望は黙ったまま聞く。 「強い相手も好き」 まっすぐな視線が太公望を射る。 「わらわを倒すのでしょう?太公望ちゃん?」 「おぬしは・・・」
なんだ? これではまるで。 倒されることを望むような。
「わらわの所までたどり着くのでしょ?」 「・・・そうだ」 思わず太公望は答えていた。
(そうだ、それがわしの目的。封神計画の目的ではないか)
何を確かめているのか、この仙女は。 強大な敵、憎き仙女。 儚げに微笑む、これは現か幻か? 太公望は困惑した。
(これは、誰だ?)
いつのまにか、妲己が太公望のすぐ前に立っていた。 「大好きよん、太公望ちゃん」 耳元で吐息にも似た囁きが聞こえた。
(これは約束)
頬には、柔らかな感触。 「う、うわあああああっっ」 事態をようやく把握し、太公望が後ろに飛び退く。 「な、何考えとるのだおぬしは!!」 太公望の慌てように、妲己は嬉しそうに微笑む。 「またねん」 淡い光の玉が妲己を包む。 「ちょっ、ま、待たんかい!!」 笑い声と香りを残して、妲己の姿はかき消えた。 「な、何を考えとるのだ、あやつわあああああっっ!!」 月明かりの岸辺に、太公望の絶叫が響いた。
***
陣内の見回りをしていた天化は、遠くに太公望の姿を見つけた。 「おう、スース散歩かい?」 天化の声に、太公望が振り向く。 「・・・スース、あんた」 驚いた顔で、太公望の顔を指さす。 「?なんだ?」 「キスマークついてるさ」 (!しまった!!) 太公望は思わず頬を押さえる。 「なにいいいいっっ!?」 複数の叫び声とともに、太公望は人垣に囲まれた。 「おぬしら一体どこから・・・」 唖然とする太公望には目もくれず、全員が好き勝手なことを言い出す。 「おい太公望、お前いつの間に!?一体どんなプリンちゃんと知り合ったんだよ!」 もう何がなんだかわけがわからない。 ついに太公望がキレた。 「いいかげんにせんか、ぼけえええええ!!!」 瞬間、ぴたりと全員が口を閉ざす。 キレた太公望の顔は怖かった。 「いいか!?これは、だっ」 (は!いかん!!) 太公望は真実を口走りかけたが、すんでのところで我に返った。 (まさか、妲己のせいとは言えん・・・) 「これは?」 全員が復唱する。 視線が太公望に集中している。みんな興味しんしんだ。 「だっ、だからそのだな・・・」 しどろもどろの太公望。視線が痛いし怖い。 「その、だな、だから」 「だから?」 「さっきまで満員電車に乗っておってのう」 「そんなわけあるかーーーー!」 全員のきびしいツッコミと何発かの攻撃が太公望を直撃した。 「何をするかおぬしらー−−!!」 太公望がキレて、打神鞭を振り回す。
***
妲己は自室の窓辺から月を見ていた。 不完全な形の月。 そして、また欠けていく。 永遠にくりかえされる満ち欠け。 まるで自分のようだ。 力も、美貌も、権力も、妹達も。
(本当よ、太公望ちゃん)
だからはやく来て。 わらわを捕まえて。 血も肉も魂も、歴史も。
永遠をちょうだい。
消えることのない憎しみで胸を満たして。 ここだけを目指して来て。 他のことなんか考えなくていいの。
刻むくちづけ。
「わらわは待ってるのよん、太公望ちゃん」
待っているの。満たされる時を。 永遠に満たされる時を。
儚く微笑む仙女の姿を、欠けた月が見ていた。
―終―
初封神小説。そして初妲己×太公望・・・。
はああああ・・・・妲己ちゃん・・・・
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