偽りの姿達(後編)









太公望の淡い夢から目覚めたのは満月の夜。

満月、それは月は本来の姿。

一夜だけ見せる本当の姿。

 

 

ねぇ、

自分を偽っていたのは月だけ?

自分を隠していたのは月だけ?

自分を守っていたのは月だけ?

 

 

いいや、違う。

偽りの姿でありつづけた者が

 

ここにいる。

 

傷つくことを恐れて自分に嘘をついた

 

月のような―――――――――――『男・女』

 

 

 

 

 





「最近・・・どうもおかしい・・・。」

 

まだ、夜が更けて間もない頃。
公主の部屋に行くには人気が多いので太公望は自室で横になっていた。
天井を眺めるその瞳には一体なにが写っているのだろう。
焦点は定まらずただ、ゆっくりと視線を変えていく。

 

「ちょうどあの時から公主の様子がおかしくなったのだ。」

 

           『あの時』

 

そう、
自分の感情にまかせて公主に触れてしまった

あの時―――――

「やはり・・・止めておくべきであった。」

後悔の念が自分の中に溢れ出る。
太公望は自分の顔を枕に押しつけた。

「自分の感情の赴くままに行動などするなどわしらしくもない・・・。」

後悔するなら初めから諦めていれば良かった。
最初からわかっていた。

自分と距離。
どうやっても縮まることのない距離。

でも、初めから諦めてなんになる?


それで前に進むことが出来るのか?
それで心は満たされるのか?

こんなこと考えてもきりがない。
はっきり会って確かめよう。
どんな結果が生まれようと。
それが本当のお主の気持ちであれば、しっかり受け止めよう―――――――――――

 

 




『コン・・コン・・・』

ゆっくりと公主の部屋の戸を叩く。

 

「・・・どうぞ入・・って・・。」

部屋の中から曖昧な返事が返ってくる。
太公望の顔は少しひきつる。
戸口を握ったまま左手は一瞬止まった。
深く深呼吸し、太公望はふっきれたようにいきよいよく戸をあけた。

「夜にすまぬ、少し相談に乗って欲しくてのお。」

太公望は普段とかわらぬ様子で部屋に入った。

「相談・・・か?」

一方公主は明らかにいつもと様子が違う。
よそよそしい態度。
うつろな視線。
こちらを見ようとしない。

考えないようにしていた。
思いすぎだと願っていた。

でも、公主の態度は一目瞭然。

公主はわしを避けている。

わしの心の中で何かが砕け散った。

それは脆くて傷つきやすい感情  【愛】

求めても返ってこない愛などどうになる?
無意味なだけではないか。
これ以上深追いしても余計傷つくだけだ。

もう・・・傷つきたくない。

「相談とはな大したことではない。わしは最近自分を見失っていたようだ。」

太公望は背を向ける公主の背中を見つめた。とてもいとおしそうに・・・。

【ここで振り返ってくれればもう少し夢を見ても良いだろうか】

太公望は心の中で呟いた。
振り返ってくれることを願った。
が、そんな小さな希望も打ち砕かれた。
公主はただ背を向けたまま返事すら返してくれなかった。
ただ小さく肩を震わせて窓辺から月を覗いていた。

【淡い夢もここまでのようだ。所詮夢は叶わぬから夢・・・。
 幕くらいは自分で閉めよう。それがわしにできる唯一のお主への思い】

「自分を見失って私は誰かを傷つけたようだ。わしらしくもない。まわりが見えなくなるなど。」

太公望は苦笑を浮かべてくるりと背を向けた。皮肉なことに太公望が公主に背を向けたとたん公主は後ろを振り向いた。

「えっ・・・」

小さく、聞こえるか聞こえないくらいの声だった。
振り返れば目の前にはいつも太公望の暖かさが―――あった。
でも、今あるのは冷たい背中。

【すべて私が選んだ。これは私自信が望んだことではないか】

公主は自分に言った。まるで言い聞かせるように。


「わしはどうすれば良いと思う?このまま自分の感情に任せて良いのだろうか。それとも・・・」

「過ちに気づいた。なら――――――その過ちを繰り返さなければ良いではないか。」


二人は深い沈黙の中何を思っただろう。
今までになかった張りつめた空気。
身体に重くのしかかる。


「・・・そうだな。それが的確であろう。 わしは過ちを繰り返したりはせぬ。それが、それが・・・的確・・いや、お主の願いであろう?」

「・・・っ!」

公主は言葉をなくした。

「では、おやすみ。公主」

太公望は一度も振り返ることなく扉をあけて公主にさよならを告げた。

「たっ太公望!!」

名前を叫んで我に返った。
彼を呼び止めてどうすると言うのだ。
突き放したのは私ではないか。

これ以上彼を知ってはいけない
これ以上彼を傷つけてはいけない
これ以上負担をかけてはいけない

私と彼の置かれた立場
彼はいつも負担を背負っていた
私はその負担を軽くしたかった

だから部屋にも招いた

なのに今はどう?
ただ重くのしかかる負担ではないか

 



いつのまにか心は月のように揺れ動き結局彼を傷つけてしまった。
あのとき冷静になっていればこんなことにはならなかったかも知れない。
私達は触れ合ってはいけなかった。
でも、あなたを前にしたらそこまで気がまわるほど私に余裕はない。
冷静でいられるはずがない。
今日だってそう、もっと良い言葉でさよならを言いたかった。
後悔だけが胸に残る。






それから二度と太公望がその扉を開ける日は訪れなかった。



自分の感情よりも他人を考えた二人



でも、本当はこれ以上深い関係になるのが恐かったからではないか?



本当の自分をさらけ出すのが恐かったのだろう?

だから偽り続けた『自分の気持ち』を―――――偽ることで自分を守っていた可愛そうなもの達

 



それは月ではなくて――――――










*あとがき*

前編までの二人の絡みはなんだったんだーー!?
すみません。絡ませるだけ絡ませて最後は破局(笑)結局偽りの姿であり続けた。ってわけです。
偽り続けたのは実は月じゃなくて太公望と公主さん。
公主は月が嫌いですが自分も嫌い。
揺れ動きやすいくて自分を偽って綺麗なままでいた(ちょっと前編から無理矢理こじつけ)
でも、公主さんは最後にちゃんとそれを認めてるんです。
最初と最後の語りは公主さんです。(多分・笑)
ダークっていうより悲恋でした。(^^;)




*草子の感想*

大人っぽい二人にちょっとドキドキしました。
「やっぱりこの心は偽れない!」って最後はラブラブ! ってのがよくある展開だけど
偽り続けて終るってのがかっこいいです。好きです。
そしてそんな自分を痛いほど思い知ってるというところがますます好き。
思いあってさえいれば絶対うまくいくわけじゃないし、さらけだして触れ合うことだけが
唯一の正解でもない。そんなことを思いました。
それは月ではなくて・・・・と、月にからめたその心の表現がとてもキレイです。
挿し絵の公主様、本当に美しいし。雰囲気ばっちりです。
華さん、どうもありがとうございました!



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