恐らくは誰もが抱くであろう疑惑







先日、周の姫発は自ら「武王」を名乗り、殷王家に対して正式な宣戦布告を行った。
殷周易姓革命の本格的な勃発である。
ついに姫発は、殷を滅ぼすため軍勢を率いて朝歌に向けて遠征を行う決意を固めたのだ。



豊邑───執務室
ここでは周軍の中核となる人物が集合し、山積みになっている軍関係の問題を片づけるのに躍起になっていた。
殷との国境に砦を建てるための資材調達、軍の命令系統の統一など、やるべきことが尽きることはない。
その問題を片づけているのは仙人界の代表と人間界のトップ───
すなわち周の軍師にして最高司令官である太公望
その補佐役である楊ゼン
軍務の最高責任者である開国武成王黄飛虎
天才的為政者として名高い周公旦こと姫旦
この四人の合議によって今の周は動いているのだ。
四人が四人とも、驚異的な集中力を発揮して机に向かっている。
執務室に響くのは筆を動かす微かな音だけ・・・
今、その静寂を破って執務室に(楊ゼンにとっての)騒動の種が飛び込もうとしていた。



「オッス!!みんなしてご苦労さんっ!休憩してお茶にでもしようぜ」
そういって扉を開けたのは他でもない、今をときめく周の武王、
その実体は紂王とさして変わらない色ボケ大王(太公望、周公旦談)の姫発であった。
後ろにはお茶とお茶菓子を持った武吉と四不象が控えている。
「おおっ!わざわざすまぬのう。どれ、わしは一区切りついたが、皆はどうだ?」
「ああ、俺はかまわねぇぜ」
「私もです」
「僕もいいですよ」
楊ゼンの言葉を受けて、姫発はニンマリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そっか、楊ゼンも仕事に区切りがついたのか、ふ〜ん、そうかそうか」
「小兄様、何を考えているのです?」
兄弟だからこそ分かるのであろう、姫発の言葉の端に含まれた微妙な悪戯心を敏感に感じ取った周公旦が、クギを差すつもりで姫発に問う。
「いや〜楊ゼンが暇だったらちょっと貸してもらいたいな〜っておもってさ」
「む?何に使う気だ?」
いち早くアンマンをゲットして頬張りながら、太公望は姫発に問いた。
「いやさ、この前武吉と四不象にプリンちゃんの口説き方を教えるってことになってたんだけど、結局うやむやの内になかったことになっちまっただろ?
だから改めて俺が教授するってことになったんだけどよ、
もう豊邑じゃ俺の顔は売れ過ぎちゃってプリンちゃんが寄ってこないんだよな〜」
(アンタがだれかれかまわず『プリンちゃ〜ん!』とか言って飛びつくから、誰も寄ってこなくなったんぢゃねーか)
その場にいた姫発、武吉、四不象以外の四人は全員、異口同音に似たようなことを頭に浮かべ、口に出すのを思いとどまった。
言っても無駄なことは言わない方が良い、と悟りの境地に達しているのである。
四人がそんな心の葛藤を繰り広げているとは知らず、姫発は言葉を続ける。
「でも、楊ゼンが側にいればそんな心配もなくなるって寸法だ。こいつがいればプリンちゃんの方から寄ってくるかんな。
あぁご心配なく。口説くのは俺が担当するから。なぁ太公望、いいだろ?」
「ちょっと待ってくださいよ。なんで僕じゃなくて太公望師叔に聞くんです?」
楊ゼンは憮然とした表情で姫発に問う。
『まずは本人の承諾を得てからにしろ』と言いたげなのは一目瞭然だ。
それを見越した上での先程の姫発の言葉である。
太公望の承諾を得さえすれば、楊ゼンがいくら嫌がっても
太公望に従うしかないと分かっているからだ。
「なぁ、いいだろ?」
ことさらに楊ゼンを無視して姫発は<おねだり>を繰り返した。
「う〜む・・・」
この四人で周を動かすようになってからは、まず太公望が全ての懸案に対して解決策、打開策を考え出し、それを楊ゼンが議定書の形で文書化する、それを元に黄飛虎と周公旦がそれぞれ軍と内政の実務を担当する、という役割分担が定着していた。
すでにここ数週間の議定書の作成は終わっているし、楊ゼンには二、三日後には周と殷の国境に要塞を建造してもらう手筈でいたから、楊ゼンには仕事を入れていない。
ここで姫発に駄々をこねられて我々の仕事に支障が出ても困るし、楊ゼンには悪いがしばらく姫発のお守り役になってもらおう。
太公望は四つ目のアンマンに取りかかりながら思考を巡らし、姫発のおねだりを承諾した。
当然収まらないのが楊ゼンである。
「師叔、そんな・・・」
「よぉ〜〜し決まった!さ、楊ゼン、行こうぜ」
姫発は楊ゼンの腕をつかんでズリズリ外に引きずり出そうとしている。
「イヤですよ、僕は」
心底イヤそうに楊ゼンは身をもぎ離した。
「まあ良いではないか楊ゼン。少しくらいストレス発散した方が良いぞ」
「そんなことをしなくても、僕にはストレスなんてありませんよ(天才なんですから)」
ここまで反抗されるとさすがに太公望もムカッと来た。
それでなくとも太公望は楊ゼンに対して思うところがあるというのに。
これ以上ここで騒がれるとこっちの仕事にも支障が出る。
何とか楊ゼンを黙らせねばならない。
そこで太公望はかねてから楊ゼンにつきまとっていたある『疑惑』を使うことにした。
「楊ゼンよ」
急に神妙な顔つきで太公望は楊ゼンに語りかける。
「何ですか?」
悪いことは言わぬ。武王につきあって女姓見物でもするのだ」
「だから、イヤですってば」
「ほほぅ・・・そういうことを言うか・・・」
太公望はニマリと人の悪い笑みを浮かべ、さらに言葉を続ける。
「ということは、もしかしてあの噂は本当だったのか?」
「何ですか、噂って?」
「お主がホモではないかという噂だ」
ニヤニヤ笑いつつ、さも驚くことでもないようにアッサリと太公望は『疑惑』を口にした。


『えええぇ〜〜〜〜!!!??』


その場の太公望以外の全員が同じように驚き、同じように硬直した。
「なっっ・・・そんっ・・・・・・」
あまりの事態の急展開に楊ゼンは息をすることも忘れて固まっている。
「うわ、マジかよお前?」
そう言いつつ、姫発は楊ゼンをつかんでいた手を素早く離した。
流石の姫発も男に言い寄られる趣味はないらしい。
姫発の言葉を皮切りに、未だに固まっている楊ゼンに対して皆好き勝手なことを言いだした。
「以外ですね・・・楊ゼンさんにそんな性癖があったとは」
「よっ・・・楊ゼンさん、本当なんですかっ!?」
「武吉君、そんなに大きな声で聞いたら悪いっスよ」
「楊ゼン殿、俺ぁひとのシュミにとやかく口を出すつもりはねぇんだが、そいつぁちとヤバくねぇか?」
「ス・・・師叔!そんな根も葉もない噂・・・
だっ・・・大体、誰から聞いたんです、そんなこと!?」
ようやく硬直から脱した楊ゼンだが、普段の顔に『天才』と自分で書いたかのようなキザで尊大な態度など微塵も残さずに吹き飛んでいた。天才道士の意外なる一面である。
「仙人界と周の内部、両方からだ」
楊ゼンと対照的に、いたって冷静に太公望は言葉を返す。
「両方って・・・」
「お主は女官達の格好の噂の種なのだぞ。過去に類を見ない天才道士。おまけにまたまた過去に類を見ない超美形。
そんなお主に浮いた噂が全く聞かれないのは一体全体どうしたわけか。
もしかしたら楊ゼン様は女の人は愛せないんじゃないかしら。
そうよ、きっとそうに違いないわ。楊ゼン様は殿方にしか愛を注げないのよ。
お相手は誰なのかしら。
楊ゼン様に釣り合うくらいの方と言えば崑崙十二仙の方々?
それとも周の王族の方々?武成王?太公望様?
あぁ・・・いったいあの方が思いをよせる殿方ってどなたなのかしら・・・」
楊ゼンすらもだまし通した演技力を駆使して、太公望はその場で一人芝居をやってみせる。
あまりに臨場感あふれるお芝居に、楊ゼンは魂魄が飛んだかのように真っ白になり、『噂』の引き合いに出された面々は気味が悪そうに楊ゼンを見つめて、身の安全を確保するために反射的に一歩身を引いた。
「そんなわけでだな。お主は知らんかったようだが、お主にはそういう黒い噂がつきまとっておるのだ。わしは今まで信じておらんかったが、もしかして・・・?」
「そんなことは絶ッ対ッにッありません!! 全く、バカらしい!どうして僕がホモなんですか!」
どこぞに飛んでいった魂魄を呼び戻して、楊ゼンはキメの細かい光沢を放つ長髪を振り乱して力一杯否定した。
怒りやら動揺やらで、顔は真っ赤に染まっている。
「そう言うなら、ここは姫発につき合え。彼女の一人でもつくれば『疑惑』は所詮噂だったということで万事が丸く収まるぞ」
いつものニョホホ笑いを浮かべながらの『説得』に楊ゼンは言葉が返せない。
「・・・・・・・・・」
ここで折れてしまうと姫発と太公望の思うツボになってしまう。
かといってこのままではホモだということを認めることになってしまう。
「分かりましたよ・・・」
結局、楊ゼンは折れた。これ以上プライドに傷が付くのは嫌だった。
「えっ?マジか?」
「分かりましたよ!つき合えば良いんでしょう、つき合えば!」
「分かってくれたか」
満足げに微笑む太公望。
「全く・・・ じゃあ師叔、行って来ます。ほら武王、さっさとしてください!」
「あ、コラ!止めろ楊ゼン!触んじゃねぇって!たっ助けてくれぇ〜〜〜・・・」
「武王様、楊ゼンさん、待ってくださ〜〜い!」
「それじゃあ御主人、行って来るっス」
「うむ」
バタン!
ようやく執務室に静寂が戻ってきた。
「やれやれ。それでは武成王、周公旦、残っている仕事を済ませてしまうぞ」
「あ、ああ」
「そうですね」




太公望は半ば意図的に楊ゼンがうろたえるように話を持っていったのだ。
太公望としては、少しでもいいから楊ゼンを困らせてみたかった。
(これくらいの意地悪ならば、かまわぬだろう?のう───)
───あの二人の間には自分が入り込む隙間などない───
分かってはいても、想わずにはいられない佳人に、太公望はそっと謝罪した。









後書き

なんて中途半端な・・・本当はこの二倍ほどの分量だったんですが、
形だけでも終わらせるためにはここで切るしかありませんでした。
これぞホントのヤマなしオチなしイミなしですねぇ・・・




ツボです、ツボーーーーーー! わっくわくしながら読み進めました。すごく面白いです(涙)
みんなに気色悪がられてる楊ゼンとか最高!
続き読みたいよーーーー!!! 読みたいよーーーーー!(泣) 
だんだんだんっ(足を踏みならす音) 読みたいよよおおおお(しつこいっ)
楊竜ですかっ? 楊竜ですねっ(きめつけ)
そうだ! 楊ゼン君、キミ、なんかホモくさい! 
そして太公望・・・・あんた、ガキか?(笑) (草子)



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