女はそれを我慢できない










崑崙山脈の中にある、鳳凰山。ここに住まう、清らかで美しく、気高い主は、その美貌には似つかわしくない質素な着物を着て、同じく質素ながらも品のいい御簾の内に端座していた。
竜吉公主はわずかに装飾のついた袖の裏で、小鳥の羽さえもふるえるのをためらうような、かすかな溜息をついた。それでも、長年付き従ってきた弟子達には、公主の胸の内がわかるらしい。公主の切ない溜息を感じて、赤雲、碧雲の二人も溜息をついた。
「公主さま、大丈夫かしら」
「やっぱり、おやつれになっていらっしゃったわよね」
「ほとんどお食べになられないし、仙丹も作るだけでお使いになられないもの
 ・・・あれでは体を壊してしまうわ」
赤雲の言うとおり、公主は非常に熱心に仙丹を作っていた。使っているところは見ていないが、捨てていることは間違いないと考えられる。なぜなら、大量にあったはずの薬は一晩ですべて無くなっているのに、公主にはわずかな変化もないのだ。
「何が原因なのかしら?」
「やっぱり、食事が喉を通らないっていうのは、悩み事があるからよね。なにか心当たりはない?碧雲」
「うーん・・・元始天尊さまからお呼び出しを受けたときはお元気だったし・・・」
「それってもう2、3年も前の話じゃない?公主さまが食事をほとんどおとりにならなくなったのは、ほんの7、8ヶ月前からの話よ」
敬愛する師匠の役に立たない悔しさをかみしめつつ、二人の弟子は自分たちの修行へと戻っていった。

 

 




『すまぬ、赤雲、碧雲・・・』
こちらがひた隠しにしているせいか、決して無理に聞こうとはしないものの、それとなく気を配ってくれる弟子達に、公主は心から申し訳なく思った。
『それでも・・・これだけは明かすわけにはいかぬのだ』
この憂鬱の原因を打ち明けたときの、彼女らに与えるキズを思うと、どうしても自分から告白することはできなかった。
『いや・・・傷つくのはあの二人ではなく、私自身・・・そう、私のやっかいなほど高いプライドだろう』
弟子達を思いやるようでいて、結局は我が身を大事にしていることに気付き、苦笑する。
無意識のうちに、竜吉公主は水鏡に手をかざし、数ヶ月前から心をとらえて離さない、かわいらしいとも、愛しいとも思えるものを映し出した。もう癖のようになってしまった為に、間違えることは決してない。現れたものに、公主はうっとりとしたまなざしを向ける。
『ああ、せめて側に行くだけでも・・・甘い香りを楽しむだけでも・・・・・・いや、それもできぬ。一度近付いてしまったら理性が持つかどうか・・・ん?』
いつもと同じ手順で映したいつもの場所は、いつもとは違ってきらびやかに飾られていた。その中の一点に、公主の目が釘付けになる。
「こ、これは・・・」
何本も掲げられた旗に書かれた文字を見て、竜吉公主は凍り付いた。やっとの事でその意味を理解すると、公主は我を忘れて部屋を飛び出す。
「公主さま!」
浄室から飛び出てきた竜吉公主に、赤雲があわてて声を掛けた。
「どこへ行かれるのです!?外は危険です!!お戻り下さい!!」
赤雲が必死に呼び止めているのに、公主は聞こえていないのか、少しも反応することなく鳳凰山から出ていってしまった。
「碧雲!碧雲!どこ!?」
赤雲の声を聞いて、小走りに碧雲がやってきた。しかし、どこか気楽なその走り方が赤雲をいらだたせる。
「もうっ!どこにいたのよ!!」
 師匠が気がかりでならない赤雲は、つい碧雲をなじってしまった。 当然、碧雲はそんなことをされて面白いはずがない。
「なによ!人のこと急に呼び出したかと思えば、いきなり怒鳴ったりして!いつも通り修行してたんだから、場所くらい判るでしょ」
最後はそっぽを向くようにして、碧雲も言い返した。
赤雲もカッとなったが、大事な公主の事を思い出して怒鳴り返すことはなんとか自制した。怒りを抑え、なるべく冷静な口調になることを心掛けて事情を説明する。話を聞いた途端、碧雲の顔がさっと青ざめる。
「多分下界にいったのだと思うわ。行こう!」
「あ、待ってよ、赤雲!救急箱と仙桃エキス!!」







2人の弟子が言い争いをしていた頃、竜吉公主は早くも目的地を視界に収めていた。
『ああ、やっと・・・やっと思いが叶う』
下界の空気に苦しみながらも、公主は童女のように無邪気な笑みを浮かべていた。あと数メートルでつく、というその時、
「ゴガガガガガッ!!!」
突如現れた大地の霊獣が、公主の目的地を破壊した。
「なっ・・・・・・!」
夢にまで見ていた甘い逢瀬を阻まれて、公主は数分、意識をとばした。が、復活するやいなや、静かなる怒りを持って『霧露乾坤網』を展開した
『ぐうっ!何をする』
「私の邪魔をした罪を償ってもらう」
公主は容赦せずに大地の霊獣を攻撃した。しかし、自分の体を支えるのがやっとの彼女に、大地の霊獣を倒す程の力はない。あえなく力尽き、膝をがっくりと落としてしまった。あまりダメージを受けていない大地の霊獣は、隙を逃さず足をふりあげた。ひゅんっ、と空を裂く音が響き・・・
「ガガガガガッ!」
派手な音を立てて、ダメージを受けたのは大地の霊獣の方だった。
「大地の霊獣よ、またお前の娘がさらわれたとでも言うのか?事と次第によっては見逃してもいい。訳を話せ」
声のした方向に公主が目を向けると、そこには紅い鞭を持った男が立っていた。
『まさか・・・あの宝貝、禁鞭?ではあの男は聞仲か!』
驚いている公主に、聞仲の後ろにいた大男が駆け寄ってた。
「立てるか?早いうちにここからは離れた方がいいから、立てないならおぶってやるぜ」
「・・・・・・申し訳ない、頼む」
本当なら人間には触れられたくなかったが、非常事態なので仕方なく頼った。
一方、大地の霊獣は、おずおずと、聞仲に話し始めていた。
『すまん・・・我慢が、出来なかったのだ』
「何をだ?」
短気はいけないと飛虎にうるさく言われたので、聞仲は辛抱強く言葉を待っている。
『我々は・・・特に雌は、甘いものに目がないのだ』
「甘いもの?」
聞仲は今気付いたかのように、充満しているまったりとした匂いの元に目をやった。大地の霊獣によって倒された家屋の廃墟に、奇跡的に残っていた旗の文字を読み上げる。
「・・・来客1000人突破記念、ケーキバイキング開始。毎月七の付く日はレディースデー。かっこ、十個まではお代を頂きません、かっことじ・・・・・・・・・こんなものの、ために、朝歌を、害したのか?」
最後の方は声がふるえ、大気がびりびりと、肌に突き刺さる痛みを含みだした。 
それに気付いているのかいないのか、大地の霊獣は、
『我々は人間の間で使われているカヘイというものをもっていない。今日なら迷惑をかけることなく食せると思ったのだ』
と、ため息を付いた。
「・・・一度死ね!愚か者!!」
爆音と共に、大地の霊獣は聞仲に遠くへと飛ばされた。
「とどめは朝歌の外で刺してくれる!来い!黒麒麟!!」
「おい、ちょっと待てよ。とどめ刺すくらいなら、この女性を送ってってやってくれよ。この格好からすると、仙女なんだろ?」
しばらく歯ぎしりをして悩んでいた聞仲だったが、第三の目を渋々閉じると、禁鞭を収納した。
「そうそう、乱暴はいけないよ、聞仲!僕の店のことなら気にしなくていい!」
唐突に現れたくどい顔の男を視界に入れないようにしながら、聞仲は飛虎から竜吉公主を預かった。
「しばし留守にする。その間、ここの処理を頼む」
黒麒麟に竜吉公主を乗せて、聞仲は空へと浮かび上がっていった。
「まかせてくれたまえ!!今度はさらにゴージャスな店を作っておくからね」
「・・・また騒動おこすのかよ」
飛虎の声は風に消え、派手なくどい男は、ハンカチを優雅に振り続けたのだった。

 




その様子を物陰からから見ていた赤雲、碧雲の二人は、公主を見つけたものの、聞仲が怖くて出るに出られないでいた。
「公主さま、ケーキバイキングが目当てだったのね」
赤雲が頭を抱えれば、碧雲も深くうなだれる。
「そういえば、心当たりあったわ。公主さま、最近スタイル気になさってたもの」
「あの仙丹って、きっとダイエット用だったのね」
「お気になさることはないのに・・・」
碧雲は公主のすらりとした、あやめのように上品な姿を思い出し、行動とのギャップに苦しんだ。
「でも、カロリー控えめのケーキだったら、私達も食べたいわよね」
赤雲はいたずらっぽい笑みを妹弟子に向け、碧雲も苦笑を返した。

その後しばらくの間、鳳凰山の近くを通った者は、吐き気がしそうな程の甘い匂いに悩まされたという。

 

 

○終わり○

 

 












元ネタは映画(のタイトル)ッス。バスト女王のお色気コディーと書いてありました。どうやってバストでコメディするんだろう?
女王と言うからには大きそうだけど、村山さん(某政治家)が眉毛の上にマッチ棒をのせるように、胸の上に『うまい棒(駄菓子)』のっけて、何本のるか競うんだろうか?っていうギャグかました為にでてきたお話がこれです。
・・・今見ると自分でもつまんないやと思うなこのギャグ。
えー、こんなんですが、楽しんでいただければ嬉しいです。






オチを読んでからまた読み返すともう一度楽しめます! こういう公主大好き!(笑)
しかも出てくるキャラがなんかすごいツボで、この組み合わせでもっと読みたいと思うくらい。
くどい男とかね(笑) 短気な聞ちゃんとかね。胸がすかっとするぐらい楽しい小説でした(幸せー)
草子




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