Birthday and War.





黒に混ぜるなら絶対に白が良い。きっと染まって灰になって、空高く舞い上がってゆくから。
その時の悦びは、何もかもを滅茶苦茶に蹴散らしてしまいたい衝動を昇華させるのだろうから、結局、どんなに穢れても白に憧れる気持ちだけは、生まれたあの日のまま傍を離れていないのだとわかる。


だからだろうか、唯今だけは沈んでいたい、そんな泡沫が幻に似て笑う。一時でも肺に負担の掛からない呼吸が出来るなら、このまま。
出来ることならこのまま。ずっと。
(意識が途絶えるまで)
深く息を吸い込むように、願う。
そんな風に思うのは何故かと訊いてみた。自分自身に。だけど返らない答えを待つ暇が在るなら、今は唯だ零れ落ちて来る白に同化してろと、左脳がそういうシグナルを打った。殆ど本能で。
(でもそれって本能未満)
なんて考えたら可笑しくて仕方なかった。仄かに声を洩らす。何の説明にもなっていない。
……where・when・who.
それは白い世界、白い時間、白いアタマ。……………まっしろ。
「だったら同じだし」
うつ伏せたまま、今も尚増し続ける地上の積雪に口付けた。
白と黒の交合。それは卑しくも神聖なひとつの儀式だった。罪悪として裁かれる未来を描くのは自虐だと、嘲りを込めて。
(うるさいんだ)
地下から湧いて来る、キレイキレイとオメデタイ声に耳を塞ぐ。
触れた部分はやはり唇の熱で溶けたりしているのだろうか?それともこれは「食べてる」とでも言うのだろうか?投げ遣りな心を小脇に抱えて問う。
食物連鎖。ホントウの弱者は?
―――――どちらでも良い。

この無意味な行為が、理由なんて解らないけれど好きだった。


「キスだけじゃ子供は生まれないのよ」
「別に何かを残したいわけじゃないから」
微笑もうとして、かえって歪んだ。それを誤魔化すように、どこか躊躇いがちに目を合わせるけど。
「ねぇ、嘘じゃなくてさ」
言い訳ではなく、それはただ真白な時間に落とすシミでしかない。もっと無意味で無価値なものだ。
こころなんてのは当てにならない。信じてはいけないよ。………そう、訴えるから。
「このまま死ぬのだけはいやなんだけど」
たとえ餞が天与の白でも。
「そうなんだ?」
「僕のいのちなんて誰も欲しがらないからね。手放すだけ勿体無い」
「うわ、卑屈。慰め待ってますって言ってるよーなもんよ、それ」
今度は笑いたくないのに笑っていた。けれど、何が可笑しいのか誰を笑っているのか、その事の把握は完全に僕を越えていた。僕は僕ではないのかもしれない。唐突にシュールレアリズムへの走性が掻き立てられる。
けれど声はちゃんと出た。
「ナニソレ」
ポツリ、気付くにはささやかすぎる落とし物をしたのは何故?
「誰も貰ってくれなきゃ、あたしが貰ってやってもいいって話」
「………ナニソレ」
いつだって欲しいのは××だから。同情じゃないんだと綴る。
ちょっと歪んだ………
(だから、同情?)
違う、それは矛盾。
―――――ひどく泣けた。肉体より精神で。
苛立ちは確かにあったのに。何かの形での報復をこの手は、このこころは望んだのだけれど、困ったことに指がぴくりとも動かなかった。
だからきっと「怒った?」と問われれば、答えはイエスでもありノウでもあったのだろう。
行方不明の梯子、自殺未遂、挫折にしか繋がらない実験文化……………
なんか、もう、とても複雑かつ不正確なパターンが点滅していて。その周期の合間を縫って感覚が僕を揺さぶる。だけど時を感じないのは、世界が悴んだ両手で時計の針を回しているからに違いない。
麻痺したセンス、酔狂なセンス、そして僕も。闇に沈んで。
けれど、吐く息は白く。
「…………ちゃんとした理由もある」
「今死んだらオシマイだもんね」
行き止まりがあるのだと、
「そう。生まれ変われない」
凍えることも忘れて語ることを択んだ。
検証済みの不可思議よりも陳腐な一つの真理であり、それは絶対に間違っていることだった。口唇に載せた現実感は四角くて微かに食い込む。
「もし、だよ。生まれ変われるなら、君は何になりたい?」
その痛みが僕だけのものなのか確かめたくて、試しに尋ねてみた。
「オトコ」
「どうして」
目を丸くしていると、拗ねた表情の呟きがあった。
「ムカツクから」
思わず苦笑する。ムカツク?何が?誰が?君は何処の誰の話をしているんだ?
「なに?」
「何でもないよ。ただ」
静かに静かに雪は降り続いて。なんて平和なんだろう。
「オトコなんて弱くてだめだ」
それでも気が付けば矛盾が波紋を拡げている。
僕は何処の誰の話をしている?そう大声を上げて吐き出したいと思った瞬間に、やっぱり自虐なんだねと言われた。返す言葉がなくて、仰向けになって天を仰ぐ。つまらない知識や常識で汚されてくすんだ色。
どんなに暗くても、それは天候の所為で、夜になったわけではなく…………だから星の運行も見えやしない。
風に吹かれて瞳の中を揺れるのは寒さの証拠だった。左右から伸びる枯れたアーチ。来年も花を咲かせられる保証なんてないのに、佇んでいた。だけど、空とこの身体の狭間で両手をいっぱいに拡げて酸素を吐き出している被子植物は、結局のところ健気なのか卑らしいのか判断に悩む。

「………あんたは何に生まれ変わりたいの?」
「もう一度、僕に」

無知な子供が月を欲しいと泣いて縋る。無い物ねだり、それに等しい馬鹿げた質問。そしてもっと馬鹿げた解答。どうしてこんなことを口にしているのかがそもそもの謎で、僕は僕を疑う。五感全てを投げ出して考えようとするけれど、目を伏せても、もうつめたさは止まなかった。
けれど病んでいるのが誰かはよく解っていたから、きっとその所為なのだろう。
自分以外の誰にも通用しない哲学を僕が並べている間、彼女は冬眠でも始めてしまったのではないかと、只今はそう疑うのが似合いの沈黙ディーヴァを演じていた。両膝を抱えて丸まっているその姿は、春の嵐が訪れるまで変わらないような気がした。
沈黙は金ではなく歌だと思った。永久に朽ち果てない天上の音楽だと思った。
………なんでだろう………
やはり理由はなくて。僕の思想の殆どは、そう。だから僕は殆どを口に出さない。
この無意味な生殖はまた繰り返すけれど、どうしようもない。生き物が次々と生み落とされるのと同じだ。
けれど誰かがそれを望んでいたのかもしれない。
殆ど偶発的事象、ロシアンルーレット………名無しの気紛れの。
そして案外それはすぐ傍で愉しみを示していたりするのだろう。
「飛びたい?」
時々干渉したりしながら。


馴染んだトーン・なのに・見知らぬもののよう。
君が指差した先、とある軌道の行き止まりで。
「何だこれ」
それは垂直に伸びた腕だ。誰の?―――――僕の。
ばかみたいに。ホント、ばかみたいな反応して。
無意識のうちに空を掴もうとしていた右手が、何も触れないことに項垂れた。
弱々しく地上に戻って来る。
「あーあ……」
結局、羽根なんてなかった、それだけのことなのに。―――――在処を失くしたと叫ぶんだ。
だから飛びたかったのかもしれない。
渇望の先には思いも拠らぬほど小さなひかりが目覚ますことなく、深い眠りという架空の庭でその名を呼ばれるのを待っている。
「正確には“空に近付きたい”、かな」
探すとき。渇望の先には、いつも。
「それってもっと命懸けのことなのよ」
彼女は事も無げに言う。随分と長い間、そうしてきたかのように感じさせる。彼女のそれはもう終わったのか、それともまだもがいているのか…………それより先は僕には関係ないことであったのだけど。
「……だろうね」
「だけど飛ぶより容易いの。――――知ってた?」
「聞かないな」
ちらりと一瞥を遣して。
視線が絡まって螺旋を描くその瞬間に、
「おとせばいい」
実に容易いことだと教えた。
そうだね、と。認めれば幕引きだ。けれどそれは。
「おとせるなら、もうそれには何の価値もなくなったってことだよ」
「わかってるんだ」
「………それくらいは」
屈してはいけない。叶わなくても。その場所に在り続けるものでなければ、それは憧れではないから。
「捨てちゃえば楽になれるのにね」
「………いつからこんなに辛抱強くなったのかな。僕は」
恒常化ではなく。………それは救い?
安っぽい言葉だと、そう思う。けれど口に出して言えないから僕は未だ死にゆくことも出来ないでいる。それが正しいかどうかなんて知らない。ただ、結局は生にしがみ付いている僕がいるということ、それだけが僕にでも理解出来る事実だった。
「じゃあ、救いか」
脈略のない僕の小さな声は聞こえない振りで、彼女は何かに想いを馳せていた。
僕らの接点はえらく味気のないものなんだなと、今更ながら改めて思う。しかしそれにはお構いなしで、暗いメイクで澄ました神様の国が流れる。世の中はこんな風に出来ている。
悪くない。
「ようは考え方なのよね」
「考え方」
中途半端にシャドウした。そうさせたのはいやに浮付いた今だった。多分他に言うべき言葉はあったのだろうけど………言わなくてはいけない言葉が確かにあったのだけど、先にそれがはみ出して彼女の足下に転がっていった。僕の指先は届かない。正直、これはバカの一例だと、感心せずにはいられないほど呆れた。
「じゃあね………」
そんな僕の心の内まではさすがに知る筈(ヒツヨウ)もなく、彼女は少し考え込んでから、僕を向く。
「おとすのが嫌なら」
顔を覗き込んで、
「お願いしてみれば?」

傾いてた軸を軋ませて折るように。

「降りてきて、って」
「手を引っ張ってはくれない?」
愚かな質問?その問いへの解答は、新雪だった。
白い手が、掬った白い雪を。泣き虫の子供の顔をした僕の上に降らせる。雪の中を雪が舞う。
「それって優しさじゃなくて甘さだわ」
「………なるほど」
キレイだと思った。だからきっと愚かな質問だ。
雪の冷たさは疼きを、声の厳しさは標しを。
壊してつくって、さいごに与えた。
飾らずに。



今は吸い付けられて来る白を拒みも受け入れもせずに、解放を続けた。
寒々とした大気の中を移ろい揺れるひかりを見つける。
「じゃあさっそくお願いしてみようかな」
信仰心だとかは関係ない。ただ、祈ったりもして。するよ。

「キスしていい?」
「ヤダ」


そして多分これは、世の中そう甘くはないというオハナシ。
甘かったら僕が困る。絶対だ。
もう信じられないくらい素っ気無い背中……そんなの最初から知ってるから、
「……“死にたい”の反対って“生きたい”?」
薄ら灰色の足跡だけ残して遠ざかって行く彼女に。今はこの声、どうしたらそれ以外の誰かに届くだろう?
だからこそ、もうすれ違う時間になっていても彼女は足を止める。
そして最後に祝福をくれるんだ。
「さあね」
答えにならない答えで。




彼女の姿が見えなくなった後も、僕は暫くそのままでいた。
身体はすっかり冷気を吸い込みきっていて、だけどこのまま目を閉じても死ぬことだけはないんだなとか考えていた。
予感めいていた。その思想そのものが。
仰向けになって天と向かい合った僕は、今はひとりで。自分の吐き出す二酸化炭素の色を眺めては、生きていると言うことを実感していた。
意識は暫く彷徨った挙句、無いはずの姿を隣に描いた。その手を握ってみるけど、其処にはもう何もなく。
否、雪が。
掌に収まったそれは、けれども形を持たず、熱を持たず。心を持たず。擦り抜けていった。
虚しさに似ていた。それは永久の偽り故の。
けれど、どうせいつかは消えてしまうのだ。何度の機会が与えられようと、僕はもうこれ以上彼女を引き止めないし彼女も振り返らない――――その確かな予想図が示す通りに。
それをちょっと寂しく思いながら、僕は静かに目を伏せた。
「さよなら。」
その声の行方を僕は知らない。
ただ、僕は君がもう少し可哀相ならよかったと思ってる。

微かに笑んだ口許の理由は、僕を灰に染めた。





滲んで消えない。
















――――for behold,
I bring you good tidings of great joy which shall be to all of the people.


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【黒(B)×白(W)】


……は、モノクロでもゼブラでもなく灰だという話デシタ。
いやそれはちょっと違うか。
詳しくは「片っぽを択るならもう一方は捨てようね」と言う話。
両方択るのは虫がよすぎる、世の中そう甘くないんだぞ、ってことで。
Birthday(誕生日)は祝ってもらえてもWar(戦争)は敗北。
でもなんか甘くなっちゃう。愛故か?

楊ゼンと蝉玉(どこが?)。実は大好きな取り合わせです。ラヴ。
YOU&Iで扱うには距離があるな、ということでHER&I(でも最後チガウョ)。
だから勿論(……?)CRじゃないんです。かなり紛らわしい書き方しててなんですが(笑)。
まぁ、どっちにしろあまりにイレギュラーなため自分で書いてんだ。末期。
だけど「好きだから書く」、何も間違っちゃいないんだし。
ねぇ……?

 

 

 

 




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