「強い人が好きよ」

強い人が好き。誰にも負けない強い人。

「けどね」

太陽の光を受けると金色に輝く髪が涼やかに揺れる。

「強くなってく人はもっと好き」

その笑顔が本当に綺麗で憧れる。










+Affection++









両足を机の上に組むようにして置きながら張奎は椅子の背凭れに寄りかかって座っていた。

かなり不安定な座り方で転ばぬように微妙なバランスをとっている。

そして、溜息。

「心配?」

「‥‥‥のわっ‥‥」

突然背後からした声に必要以上に驚いたらしい張奎は次の瞬間派手な音を立てて椅子ごと後ろに倒れこんだ。

景気よく頭の後ろに衝撃が来る。不況のご時世その景気良さに思わず拍手したくなる程に。

「あなた‥‥」

やや呆れ気味の声をかけた人物蘭英の声。自分のドジを呪いつつ一瞬意識が朦朧とした張奎だった。






頭が痛かった。

蘭英の顔が近くに見える。

部屋の隅にあった長椅子に張奎は寝かされていた。

窓から殷の国全土を照らしている太陽がもうすぐ昼だという事を知らせている。

「コブできてるわよ」

これ位で死ぬわけじゃないけど、と言いつつ蘭英は手際良く張奎の手当てをする。

蘭英は最後にそのコブのところを軽く2.3度叩いた

「痛っ‥‥‥」

張奎は軽い呻き声とともに顔を軽く顰めた。

「たいしたことないわよ、たぶん」

確かに彼女の言うとおりもともと道士なのだからたいした怪我なわけないし

何よりもう痛みは引きはじめている。

彼女の素早い手当ては賞賛に価するほどのものだと張奎は思っていた。

ありがとう、と言おうとして張奎は蘭英の顔を見る。

彼女は窓の外を見ていた。

――――――わ‥‥‥

すごく綺麗。声を掛けるのも躊躇うほどに。

窓から差込む太陽が彼女の美しいウェーブのかかった髪を照らし出している。

しばし見惚れていると蘭英は視線に気がついたのか張奎の方を向いた。

覗きこむのはお互いの目の奥。

「聞仲さまのこと心配?」

彼女の唇が急に動いたから一瞬なんて言ったのか理解出来なかった。

そしてそのあと理解する。

「あの方は無理しすぎだ‥‥‥」

視界がかすんで彼女の顔が歪んで見える。

張奎は頬を伝う熱い液体から自分が泣いていることに気づいた。

流れ落ちるのは涙。

「今日は洗濯日和ねえ」

素早く視線を逸らせいい年して泣き出した自分を見ないふりをしてくれた妻のさりげない優しさに

張奎は甘えていてはいけないと感じた。

それでも、そう思っても涙がとまらない。

本当に情けなかった。どうしようもない程に。

両手で顔を隠す。余計惨めになるのは、分かっていたけど。



二人の沈黙は長くは続かない。



「私は、強い人が好きよ」

蘭英が呟く。張奎はそう言われ、縋るように彼女を見つめた。

「だけどね」

一息置いて。

「強くなる人はもっと好き」

洗濯日和と彼女に称された太陽が朧気になるほどまぶしい笑顔だった。

「結婚する時言ったわ」

「けど僕は‥‥‥」

君がいてくれなかったらきっと泣いてばかりの弱い男だ。

そう言いたくて、言いたくなくて。

だが蘭英は

「大切な人が心配だったら泣いたっていいのよ」

きっぱりそう言い放ちもう一度。

「泣いたっていいの」

いつのまにか顔から離れていた両手が蘭英の暖かい手に握り締められていた。

「そして泣いたぶんだけ笑えばいいのよ」

こともなく言ってのけてくれる。

蘭英は立ちあがると一回伸びをした。

「じゃあ私は行ってくるわ」

「どこに?」

突然『じゃあ』とか言われたって一体なんのことなのか分からない。

「洗濯だけど」

さっさと歩き出していた蘭英はそう言って不思議そうに振りかえる。

「その‥‥‥僕がやるよ‥‥」

その笑顔を見ていたら無意識に出てきてしまった言葉。

照れくさそうに頭を掻く張奎を見て蘭英は本当に嬉しそうに笑った。

「家事やってくれる人って好きだわ」



そしてその笑顔が浮かんだのは。



太陽が、彼女と重なった瞬間。










++end++++++++++




もどる