大阪の大正区は、沖縄から出稼ぎにやってきた人々が固まって住んでおり、今日でも人口の三分の一が沖縄県関係者だと言われています。
区役所の斜め向かいには、大阪沖縄会館という建物があります。ちょっと路地に入ると、民家の屋根にシーサーが置いてあったり、沖縄そばの店があったりしますし、
商店街の八百屋にはゴーヤー(ニガウリ)、ナーベラー(食用ヘチマ)、フーチバー(ヨモギ)、食料品店にはサーターアンダギー(沖縄風ミニドーナツ)やムーチー(餅菓子の一種)・・・正しく「リトル沖縄」です。
この地域は、恐らく地元・沖縄の次に沖縄料理の店が多い地域でしょう。
私は3回行ったことがあります。ニフティのあるフォーラムのオフで2回、つい最近もう1回。
会社で支社長と雑談をしているうち、
「S(私の本名)、沖縄料理の店の心当たりがあるんなら、連れてってくれよ」
と命ぜられ、
くだんの店に予約を入れ、外注さんに声をかけました。
そのついでに、私はある後輩を誘うことにしました。沖縄県の出身で、自分で豚の三枚肉を買っては何日もかけてラフテー(角煮)をつくる程に故郷の味に愛着を持っているので、その店の味と本場の味の差を確かめさせよう、と企んだのです、はい。
支社長、外注さん、後輩、私の4人はJRの大正駅で待ち合わせ、バスで南恩加島へ。大正区は北の端以外は鉄道・地下鉄網とは縁が無く、区を南北に貫く大正通りを走るバスがメインの公共交通です。
その店は玄関をくぐるといきなり壁が目の前にあり、左手のドアから店内に入るようになっています。入ってすぐの椅子席が12くらい。座敷席にはテーブルが縦に3列並んでいます。詰め込めば60人くらいは入るでしょうか。一番奥には幅5m、奥行き1m半くらいのステージがあり、向かって左手にカラオケセット、右手に太鼓が3つほど置いてあります。
予約しておいた中央最前列の席につき、まずはオリオンビールで乾杯。
腹をふくらませるために、ナーベラーチャンプルー(炒め物)、ゴーヤーチャンプルー、ジーマーミー(地豆;ピーナツのこと)豆腐を注文。沖縄料理をあまり知らない支社長と外注さんは‘ヘチマの炒め物’に目を丸くしていました。
ジーマーミー豆腐はプリンのような光沢があり、口に入れると舌に粘り付くような食感で、独特の風味が口の中にひろがります。普通の豆腐より塩気との相性が良く、少し醤油をつけると実においしいです。スクガラス(スクという小魚の塩辛)をのせたいところですが、人によっては小魚そのままの姿のスクガラスを気味悪がるので、ここでは遠慮しておきました------昔、大学の研修旅行で高野山に行った時、精進料理の中にあった胡麻豆腐が、このジーマーミー豆腐と良く似た食感でした。
沖縄そばの麺は、うどんより細くてやや平たい麺です。スープは豚肉の茹で汁を塩で味付けしたもの。具はこの店のように豚のソーキ(あばら肉)が一番一般的なようです。
ヒージャー汁(ヤギ汁)は、骨付きのヤギ肉を水だけでじっくりと煮込み、塩で味付けしたもの。ヤギ肉はウチナンチューでも「あんな臭い肉」と言って嫌う人がいるほど匂いがきついため、彩りを兼ねてフーチバーを散らし、更に匂い消しのためにおろし生姜を添えます。確かに匂いますが、北海道のジンギスカンの店で安い羊肉の臭気に慣れている私には、全く苦になりませんでした。ヒージャーはヌチグスイ(命の薬;上等な滋養食)などと呼ばれ、かつてはハレの日の御馳走だったといいます。
ここで、後輩が小さい頃のエピソードを披露しました------友達の家の宴席に呼ばれた。家の前にはヤギがいて、私は「可愛いね」と言いながら頭を撫でた。宴会ではとてもおいしいヒージャー汁が出た。帰る時に玄関先を見ると、ヤギはいなかった。自分が食べた料理になったのだと気が付き、大変にショックだった、と。洋の東西を問わず、似たような話はあるものですね。
次々と運ばれてくる品々に舌鼓を打ちつつ、私は時計にちらちらと目をやりました------ここの料理は掛け値無くおいしいのですが、3人をここに連れてきたのは、ここが料理だけの店じゃないからです。
(その二へ続く)