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糸数壕(アブチラガマ)


沖縄県:アブチラガマ



 沖縄本島南部にはガマ≠ニ呼ばれる自然洞窟が無数にあり、戦跡となっています。 中でもアブチラガマは、数少ない平和学習の場として修学旅行生を中心に年間15万人が訪れる鍾乳洞です。 全長270mの壕内は、ほぼ全域が公開されていますが、非常用以外の照明が無く、 沖縄戦追体験として「漆黒の闇」を体験することが出来ます。

付近にある説明板には
糸数アブチラガマ 〜 案内板

と書かれています。


所   在
  沖縄県南城市玉城字糸数 (旧:島尻郡玉城村)
公   開   9:00〜17:00 (12月29日〜1月3日休業)
※修学旅行等の団体は、事前予約による「入壕調整」が行われています。 一般の旅行者は予約なしでも入壕可能ですが、無用なトラブルを避けるためにも、 “漆黒の闇”の体験中等は、団体への配慮も必要です。 (1〜3月,7〜9月が修学旅行のオフシーズン)
入 壕 料   大人250円,小人100円 ...南部観光総合案内センターにてチケットを購入。
  ガイド料 9名まで1,000円。(複数グループなら折半) ...ガイド無しでの入壕はできません。
  同センターにて懐中電灯の貸し出し(100円)も行っています。
交   通
那覇バスターミナルから、[51〜百名船越線],[53〜志喜屋線]で、「糸数入口」下車。
玉泉洞からなら、[51〜百名高陽高校線]- 那覇バスターミナル行きで、「船越」下車、「糸数入口」バス停までは、徒歩900m。
車の場合は、国道331号線を玉城村役場方面へ左折し2km。
駐 車 場
  南部観光総合案内センターの駐車場を利用 (12台 無料) 2007年4月現在



 Makoboyさん2015/1/8

 玉泉洞から玉城村役場をめざし、玉城城址をぐるりをしたら観光センターを発見。 そこに車を停めて(トイレもあります)様子を聞くと、基本的には予約で受け付けているそうです。 大体30分おきくらいの出発で、ガイドさんが説明をして行きます。 (待っている間に、ガマで生存した方のDVDを流してくれました。 が、そばに飾ってある写真の結構ぐろいこと。 真実を写真だけなんだけども、子ども二人唖然とさせられました。) 

 ガイドさんに連れられ、入口はそこから2-3分のところ。 一気に下っていき、最初は滑りに足をとられる始末。 C念さんという年配のガイドさんの丁寧な説明と現状に驚くばかり。 凄く狭い印象をもっていたのですが、中は広く、ひたすらまっくら。 ただ、5人で入れば広いものの、そこに600人もいたのかと思うと衛生状態も含めて、信じがたいものでした。 戦後70年にもなるのに、当時の遺物もそのまま残ってました。 どんな思いで自然のガマを自分達の避難用に作っていったのか、壁の岩の冷たいこと。 真っ暗にしたときの恐怖感。 そこでの3ヶ月の生活は言葉にならないものだったでしょう。

 地上は本当にのんびりとした感じの所でした、でもこういったガマが沖縄には1万以上もあると聞き、我々はやっぱりここで起こったことをしっかりと見つめないといけないと感じ、子どもがどう感じてくれたのかが気にはなりました。 今回北部へも行ったのですが、那覇とそれ以外の差の激しさ。 観光客の浮かれ気分だけでいいのかなって強く感じた次第です。 (少々それてしまい失礼しました。)

 ちょっと写真を撮る雰囲気にはならず撮っておりません。すいません。   
 こちらも個人を含め完全予約制となったようですね。 Makoboyさんの場合は、ガイド料はいくらでしたか?  年末ギリということで予約なしで入れることもあるかもしれませんが、基本、修学旅行の団体さんで込み合う壕ですので、見学をお考えで、このページをご覧になられた方は、計画をシッカリと立てて、予約をしないといけませんね。 ガイドの方のお話(証言)は、手間をかけた以上に価値のあるものですので、申し込み書の提出を忘れずに。 ですね。
 Makoboyさん2015/1/12

 詳細を忘れてしまいました! 入壕料は高くなかったのですが、ガイド料も500円くらいだったような気がします。 懐中電灯は有料でした。(うちはヘッドライトを持って行きました。)

 yuukaさん2014/8/17

 去年の修学旅行の時にアブチラガマに入らせていただきました。

 もう去年のことになってしまいましたがはっきり覚えています。 今も思い出すと涙が止まらなくなります。 懐中電灯をつけていきましたが、ガイドさんの合図でみんなで懐中電灯を消しました。 目を閉じている時みたいな暗さでした。この暗さが、戦時中のときは安心する暗さだったと言うのを聞いてとても驚きました。 負傷者のうめき声が絶えなかったそうで、それを想像すると涙が止まりませんでした。

 私たちがいま、なんの不自由もない幸せな暮らしが送れるのは、戦時中に戦ってくれた人々のおかげだから、それを忘れないでください。 それだけで、その人たちの供養になります。 というガイドさんの言葉は今でもはっきり覚えています。心の中に刻まれています。一生忘れません。

 貴重な体験をさせていただき感謝しています。ありがとうございました。
 漆黒の闇の体験は、人によっては、目を閉じた時よりも暗いんだそうですね。 時を隔てていても、あの時と同じ空間を共有することでの体験が、 涙が止まらなくなる程の感情を呼び起こすのでしょうか。この体験は、 忘れないことも大切ですが、語り継いでくことも大切だと思います。

 ふーさん2013/8/13

 今では一年半以上前になりますが、高一の頃に修学旅行として沖縄を訪れた際、糸数壕に入らせていただきました。

 中は暗く、懐中電灯なしでは歩けないほどでした。中に入った途端、今までに経験したことの無いような空気、雰囲気に圧倒されました。周りに光を向けると、当時そこに逃げた方が履いていたのであろう靴の底やバケツなどがそのまま残されていました。奥に入ると手の施しようのない方々がいらっしゃったという場所に辿り着き、そこでガイドさんの指導で懐中電灯を消しました。クラス全員で一気に消すと途端に真っ暗になり、静寂の中で水の滴る音だけが響き渡り何とも言えない気持ちを感じました。そのガイドさんは終始涙を流しながらお話をしてくださり、戦争がどれだけ悲惨なものかを肌で実感できました。

 私は糸数壕を訪れることができて、良かったと思っています。今まで現実的に理解出来ていなかった戦争という惨事を自分の五感で感じることができました。沖縄は当時の記憶が形として残っている貴重な場所であるといえると思います。そのような地に私達のような戦争を経験していない世代の人が赴き、その悲惨さを知りまた後世に伝えていくことが必要だと思いました。
 生の声、話す方も聞く方もつらく悲しい時間ですね。 ふーさんにとっては、人生に一度きりの沖縄戦追体験だったと思いますが、語り部の方には、毎回涙しながら話す程の悲しい現実が本当にあったということを知り、 その時の語り部の方の心の痛みまでも感じとって戦争というものの悲惨さを理解していくことは、おっしゃる通りとても大切なことだと思います。

 6tn.1ymgさん2013/6/25

 私は3月に、高校生沖縄の翼で糸数の壕に入らせて頂きました。 中はじめじめしていて、懐中電灯無しでは中に入れないほど暗かったです。 また、懐中電灯で地面を照らすと、当時のものと見られる跡も残っていました。 中間地点で見学していた団体皆さんと「ふるさと」を歌いましたが、暗い中で家族に会いたいのに会えない…という思いをずっとしていたのかと思うと、胸が苦しくなりました。

 私たち高校生が平和になるためにできることは何かを考えていきたいと思っています。 また、沖縄で経験してきたことを家族や友達に伝えていきたいです。 言いたいことがまとまっていなくて申し訳ありません。 修学旅行では経験できなかった貴重な体験でした!
 「高校生沖縄の翼」の活動についてはよく分かりませんが、沖縄では、色々な形での「戦争追体験」が可能なツアーが行われているんですね。 確かに、修学旅行という団体での体験学習と、目的を絞り込んだ人たちの体験学習とでは、感じるものが違ってくるのかも知れません。 今の気持ちを大切に、平和の思いを伝えていってください。

 高校2年さん2012/12/24

 修学旅行で糸数壕に入りました。 中は暗くて、じめじめしていて、息が苦しかったです。 ガイドさんの話の重たさに、心がつぶされてしまいそうでした。 しかし、知らなくてはならない真実であり、これからも忘れてはならないと思います。 命の尊さを改めて感じました。 修学旅行という機会に入ることができて、よかったと思います。
 じじいの経験として思うのですが、最近、年をとったせいかどんどん感性が薄れてしまってきているようです。 高校2年生という若い今だからこそ、感じることができた色々なこと、心を痛めた思い出を、少しでもこれからの人生の糧にできたらいいですね。

 田村さん2011/12/25

 12月3日に高校の修学旅行でアブチラガマを見学しました。 最初は怖かったです。 ライトを当てて、目の前に見える光景が生々しくて、なにかの映像を見ているような感覚でした。 もう少しで鈍く動く人たちが見えるような…。 私の周りでは「怖い」「早く出たい」「気持ち悪い」などヒソヒソと聞こえてきましたが、私はそんな感じはしなくなっていました。 ただ呆然とガイドさんの話に耳を傾けていました。 ここで亡くなった人は、どんな気持ちだったのだろう? 奇跡的に生き残った人は、まわりの骸を見てどう思ったのだろう?  そんな事をぼーっと考えていたら、涙が出てきました。

 外の青く茂った美味しそうなサトウキビや、沖縄の澄んだ海や青空がまるで、ここが戦場だったという事実を隠しているようで、ガマの内部とではあまりにも別世界でした。 アブチラガマは戦争に無縁な私が、初めて戦争の恐ろしさを知った場所となりました。 そして沖縄は私に平和の大切さを教えてくれた先生になりました。 また沖縄に来ます。 そしてできればアブチラガマをもう一度見学したいなぁ、と思っています。 今はWW2、太平洋戦争、沖縄戦争について独学で勉強中です!
 70年前に、転がった一粒の小さな石が、次々と周りの石を巻き込んで大きくなっていった大戦のことを勉強なさっているんですね。 アブチラガマの出来事は戦争終盤の悲惨な記憶ですが、アブチラガマでの出来事だけが戦争ではありませんので、次世代に語り継ぐためにも色々勉強を積み重ねてくださいね。 そして、澄んだ海や青い空を前にした時、戦争はなんて無意味な行為だったのかを感じ取って欲しいと思います。

 江戸川高校2年さん2010/12/16

 先日、壕に入らしていただきました。 ありがとうございました。 入った瞬間のあの息苦しさ真っ暗さ今でも覚えています。 案内人の方が丁寧にこの中で起こったことを話して下さったとき、とても辛く涙が止まりませんでした。 今では、全く想像ができないほどの残酷なことがあの中で起こていたと思うと、自分が本当にちっぽけだと思いました。 あれが嫌、これが嫌。 なんて贅沢なんだと思いました。 日本の皆はこの事を絶対に知るべきだと思いました。 しっかり胸に刻んで、もっと自分を見直すへきだと。 命をむだにすることがどんなにいけないことか。 私は最初壕に入った時怖くてたまりませんでした。 でも次行ったときは少しでも違った気持ちで入れたらと思いました! 言いたいことがうまく言えず、申し分けありません。本当にとても貴重な体験をありがとうございました!
 戦争の悲惨さだけでなく、命の大切さも体感されたようですね。 御嶽(うたき)に代表されるように沖縄の洞窟は本来ポジティブなパワーに満ちていたはずでなのに、アブチラガマで感じる息苦しさや怖さっていうものは、洞窟が当時の出来事の凄惨さを記憶してしまっているからなのかも知れません。

 中学生さん2009/2/19

 2月の修学旅行で糸数壕に入りました。 中の空気から当時の戦争の重みが伝わってくるようでした。 壕に入ってからは、案内人の方の話を聞きながら進んでいきました。 話を聞いただけで悲しくなってきました。 真剣に考えなければならない今回の貴重な体験と、忘れてはいけない「あの日」の事を深く心に刻むことができたと思います。
 洞窟という独特の雰囲気の中では、容易に悲しみを共有できるんですが、 案内の方が修学旅行生に教えてくれた、平和を求める沖縄の気持ちを個人の体験に留めず、今度は若い皆さんが世界に広めていけると素敵だと思いますよ。 簡単なことではないと思いますが、修学旅行の体験が生かされるといいですね。

 石川県高校2年生 16歳 りんさん2007/6/8

 こんにちは。 石川県に住む高校2年で6月5日に修学旅行で糸数壕へ私達は入りました。 糸数壕へ入る前夜に実際にその糸数壕で働いていた島袋淑子さんの講演を私達は聴く事ができました。 話を聞いていた以上にとても怖くて灯りがないと本当になにも見えなくてとても怖かったです。 懐中電灯ではたりないくらいでした。 隣にいる友達さえも灯りを消すとどこにいるかわからかったです。 そんな壕に私と同じ位の年代の女の子達が傷付いた兵隊さんのお世話をしていたと考えるととても怖かったです。 今、戦争が勃発してひめゆり学徒隊のみなさんのように働くと考えると私はそんな勇気はなく絶対に弱音を吐いて泣いていると思います。 島袋さんのお話を聞いていると、とても生々しくどんな怖い思いをしたのかがよくわかりました。 壕の入り口付近のドラム缶の話はびっくりしました!  ガイドのおじさんも「60年もこの天井に鉄板がくっついてて私も何年もガイドしているけどよく落ちてこないなと思います」と話してて60年!?って思いました。 それほどひどい地上戦なんだなと思いしらされました。

 なんのために戦争をしたのか。 なんのためになにも罪のない沖縄住民を殺さなければならないのか。 戦争はさせない繰り返させないと島袋さんは語っていて私もそうだと思いました!  ひめゆり学徒隊の亡くなった方、亡くなった兵隊さん…  心よりご冥福をお祈りします。 そしてもう2度とこのような戦争はしないと世界中の皆が約束し、平和な世界であることを願いたいと思います。
 普通だったら忘れたままそっとしておきたいような記憶なのに、 「若い世代に、二度と自分たちのような体験をしてほしくない」という思いで証言し続けている、語り部の方たちの真剣な気持ちが、りんさんにはきちんと伝わったようですね。 最近は、話を聞かなかったり,ガマで騒いだりする生徒さんも見受けられるようですが、 これから、平和学習に訪れる皆さんも、しっかりと事前学習をしてから証言員の方に向き合って欲しいものです。

 福岡県の中学生さん2007/3/3

 こんにちは。私は先日、沖縄に修学旅行に行った、福岡県の中学生です。 はっきり言ってガマに入る前は、みんなワクワクしていました。 ただのトンネル程度だと考えていました。 でも階段を下りた瞬間、そんな気持ちはみじんも無くなったのです。 ガマはすごく怖かったです。 一歩中に入ると、目の前に手を出しても見えないくらい真っ暗でした。 懐中電灯なんかでは全然足りないと思いました。 それに足場がとても悪くて何度もこけそうになりました。 こんな所に人がいたなんて、考えられませんでした。 何も見えないのに、どうやって攻め、どうやって逃げていたのか、想像もつきません。

 また、あとで聞いたのですが、ガマの中のあの白い地面には、ガマの中で亡くなった方々の骨が混ざっているそうで・・・・・・。 そんな地面の上を歩いていたなんて、なんとも言えない気持ちでいっぱいです。 ガマの中のいたるところに「病棟」「死体安置所」などの看板が立っていましたが、看板も当時は無かっただろうのに、どうやって見分けていたのだろうかと思います。 それを考えると、ガマの中は真っ暗だから、今自分がどの位置にいるのかなどもわからないのではないかと思います。 いくら真っ暗でも、いくら気味が悪くても、ガマから逃げ出すか、その場で死ぬかしかなかったなんて、悲惨すぎます。 沖縄戦のひどいところは、日本人同士が殺しあったとことだと聞きました。 同じ日本人なのに、味方であるべき日本軍なのに、大切な国民を殺したなんて、悲しい限りです。

 また、私たちもガマの中の広い空間で、ガイドのおじさんの話を聞きました。 そのおじさんの話を聞いている間に、女の子はみんな泣きました(男子とは別でした)。 懐中電灯を消すように言われ、真っ暗な中で話を聞きながら、泣きました。 とても悲しかったです。 ガマに行く前に、平和祈念公園に行ったのですが、おじさんの親族9人の名前もそこの礎に刻まれていると言っていました。 もし自分の大切な人と二度と会えなくなってしまったら、もし自分のお父さんやお兄さんや弟の名前が礎に残っていたら、そんな風に考えると、涙が止まりませんでした。

 戦争をした日本は馬鹿です。 戦争はしてはいけないのではなく、存在してはいけないと思います。 現在でもいろんな国々で戦争が続いていると聞きますがそんなのは同じ人間として、絶対にだめだと思います。 それに、沖縄戦のように仲間を殺し合う内戦はもっといけないと思います。 ガマを通して、戦争がどれだけ悲惨なことか、平和がどれだけ大切なことか、それらを改めて痛感しました。 戦争経験者の方が生きている間に、もっとたくさんの人に沖縄戦のことを知ってほしいです。 機会があれば、また行きたいと思います。
 おっしゃるように、日本の総理大臣も戦争を知らない世代になるくらいに、 戦争経験者の高齢化は年々進んでいますので、多くの人にこの機を逸することなく、 ガイドさんの生きた沖縄戦の話を、そして、平和へのメッセージを聞いて欲しいものですね。

 brassband-buchoさん2006/12/29

 私は、12月14日に、修学旅行でガマに入りました。 平和ガイドさんの説明はとてもリアルでした。 そして、実際にガマの中に入ってみると、真っ暗で、何も見えません。 懐中電灯の明かりを全員が消した時、その暗さは瞳を閉じた時と変わりなく、こんな所に、私たちと同じ年の女の子たち(ひめゆり学徒隊)が隠れていたとは、信じられません。 足元も不安定で…  戦争の悲惨さを思い知り、哀しくなります。
二度と戦争をしてはならない。 と、ガマは教えてくれているんだと感じました。
 平和ガイドさんのお話は、自身の忘れたくても忘れられない記憶ですので、 どうしてもリアルな内容になってしまうんでしょうね。 これからは、brassband-buchoさんが感じた「漆黒の闇」の追体験の記憶を、 戦争なんて遠い世界と思っている若い人たちに、これは現実なんだって 語り継いでいって欲しいものです。

 細田さん2006/7/12

 先月の26日に修学旅行でアブチラガマに入りました。 入り口の高さは低く、中は暗くて寒かったです。 この場所で、たくさんの人が苦しんで亡くなったと思うと、とても悲しくなりました・・・。 この先、昔のような惨劇が起きない事を願っています!!
 これから「アブチラガマ」を訪れる修学旅行生の皆さんにも、細田さんのように ガマで戦争の惨禍をみつめ、心を痛めた想い出をしっかりと記憶にとどめて、 平和について考えていってくれたら良いなと思います。

 山田けんじさん2006/6/28

 私の住む街に、沖縄戦を体験された方がおります。 その、現北名古屋市(旧西春町)在住の日比野勝広さんが、証言者として「アブチラガマ」を出版されました。 編著者は半谷弘男氏です。 この本の「アブチラガマ」というタイトルの意味が全く分からぬまま、本を頂戴しました。 読んでいくうちに洞窟であることが分かりました。

 想像を遙かに超えた洞窟なんですね。 戦争を知らない僕らには、知らないことが一杯。 広島、長崎で原爆の恐ろしさを知り、本で沖縄戦の悲惨さを知りました。 このような洞窟是非何時までも残しておきたいですね。 歴史の証言者として!
 「アブチラガマ」の名前をはじめて耳にされる方は多いでしょうから、 そこがどういう所で何が起きていたかをまず知ってもらうためにも、 年々高齢化していく生還者の言葉を、記録していくことは、 ガマ自体を保存していくことと同様に大切なことですね。

 元上高さん2005/6/20

 僕は高3の秋に修学旅行で糸数壕を初めて訪れました。 小さい頃から祖父の影響で様々な戦争映画を見てきて、沖縄の壕が本土の防空壕とどう違うのかと、 沖縄に行くのを楽しみにしていました。 1日目に糸数壕に行きました。 辺り一面さとうきび畑しかなく、本当にこんな平野に洞窟があるのかな?と思わせるような場所にありました。

 壕の入り口は地面の下へ下へと進んでおり、ライトが無いと完全に真っ暗でした。 地下水の滴る音しか聞こえなく、これが壕、および野戦病院と言えるのか?とまじまじと思いました。 来る前の沖縄は海が綺麗で自然いっぱいの地上の楽園と、表面しか見てない印象でしたが、 今回の糸数壕・ひめゆり記念館・平和祈念資料館を訪問した感じたことは、 本土の僕らにとって沖縄の地上戦は昔の他人事のようにしか思えていなかったという点を改善しなければならないということでした。

 今を生きる僕らは戦争のことをあまりよくは知りませんが、沖縄の自然壕や資料館を訪れることによって、 1人でも多くの若い方々が戦争の怖さ・悲惨さを心で感じてもらえればと思います。 歴史の重みを肌で感じれる自然壕。 先へ進む一歩一歩は先代の尊い犠牲者によってかたどられている事を忘れないでほしいです。
 確かに、戦争の悲惨さや沖縄の方々の尊い犠牲は計り知れないものがあります。 平和がいかに尊いものかを再認識して、平和であることのありがたさを 次の世代へと伝えてかなければいけないですね。

 カミハヤさん2005/5/20

 一昨年、沖縄県に引越しいたしまして、こっちの洞窟(ガマ)にもいくつか足をはこびました。 名も無き(?)穴もあれば、「遺族としては他人に入って欲しくありません」という旨の看板が立っている、かつて防空壕として使われていたものなど、たくさんの洞窟があちこちにあります。 一般の地図にのってなくて、車で出かけた際に偶然見つけることも多く、素人ファミリー探検隊として興味をそそられる一方で、とても複雑な思いも感じます。 もちろん許可されている所のみしか入ってはいませんが(危険ですし)、楽しい洞窟探検♪とは違う気分になる所の方が多いです。 新聞記事にもガマでの慰霊の写真が時々載ったりします。 アブチラガマのように平和学習のため、今後一般公開されるガマもあるようです。

 やはり沖縄では、洞窟は戦争を連想するらしく、こっちでできた友人に「洞窟探検が好き」とか言うと「えっ!?」という顔をされることが多いです。 本土の洞窟のように(竜が棲んでいた…)とか(鬼の隠れ家…)とかファンタジーな伝説があるのではなく、リアルな戦争体験の跡があるわけですからね。 鍾乳洞としては素晴らしいものであっても、霊場や聖域になってる所には外部の者が触れるべきではないし、 その場所にある人々の思いを考えると(一般公開されていても)私のようなヨソ者が入っても良いのだろうか?と悩んでしまいます。
 沖縄に転居、はた目には、いーですね!って感じですが、 実際住むとなると、色々大変なこともあるんでしょうね。 鍾乳洞に関する捉え方の違いもそんなひとつなのかもしれません。 悲惨な歴史を抱えながらも、素朴で寛容な気風は変わることがなかった 沖縄の人たちを傷つけることのないよう、気配りを忘れずに、 鍾乳洞王国沖縄を堪能なさってくださいね。
アブチラガマの入壕料,公開時間に関する最新情報ありがとうございました。

 final-runnerさん2004/6/12

 6月8日から2泊3日修学旅行にいきました。 アブチラガマにゎ、1日目に入ったのですが、おばさんの話を奥の広い空間で聞きました。 多くの人たちが避難した大事な場所だそうです。 生々しいはなしをライトを消した真っ暗闇で聞きました。 恐くてたまらなかった。友達とひっついて聞いた。 外に出ると、太陽のありがたみが分かった…  まだまだ感じたことはある…
 ガマの中で何が起こっていたのか。 現在の私たちが忘れてしまった、ガマの、そして、戦争の記憶をたどる修学旅行はとても貴重な体験だったと思います。 final-runnerさんが感じた恐さ≠忘れず、これからの平和な社会を守る一助にして下さい。

 アトムさん2004/1/14

 私は、平成15年の5月20〜22日まで修学旅行で沖縄に行きました。 一日目は平和学習の日でした。 朝からひめゆり学徒隊のお墓を訪れました第三外科が使っていた防空壕がありました。 とても悲しくなりました。 それから、博物館を見学して、お昼から糸数壕に行きました。 中に入ると、とても真っ暗で、とても悲しくなりました。 当時の人が暮らしていたことを思うと、今はとても幸せなんだなと思います。 あんなきれいな沖縄が被害にあうなんてとても残酷な話だと思います。 どこの国でもそうだけど二度と戦争は起こって欲しくないです。 でも今現在も内戦が続いています。 早く世界の国全部が平和になって、二度と戦争をしない時代になってほしいです。
 人類の歴史って戦いに明け暮れて来た歴史ですので、アトムさんの生きている間に、希望が叶えられるのは難しそうですが、 アトムさんも「二度と戦争をしない時代」を築いていくメンバーの一人だということを忘れずに、 今回の修学旅行を有意義なものにして下さいネ。

 ぺナギさん2003/12/12

 11月半ば、修学旅行にてこの糸数壕に行きました。 中は真っ暗でガイドさんの話を聞いているだけで怖くなりました。 黙祷をした時に泣き出した生徒もいました。 沖縄に行って58年経った今でも決して癒されることのない沖縄戦の傷跡を見て、戦争に対する考え方が変りました。

 平和祈念資料館展示室結びの言葉より・・・

 「沖縄戦、このなまなましい現実の前ではいかなる人でも戦争を肯定し 美化することはできないはずです。 戦争を起こすのは確かに人間です。 しかしそれ 以上に戦争を許さない努力のできるのも私たち人間なのではないでしょうか?」
 小泉首相は自衛隊イラク派遣を正式に発表しました。 これは戦争への第一歩かもしれません。 みなさんにも今一度戦争に対して考え直し、平和な社会を望んでいっていただけたらいいなと思います。
 「過去を知り,現在を見つめ,未来を考える。」 沖縄への修学旅行はそういったテーマの元に行われているのだと思います。 今回、ぺナギさんが糸数壕で体験したこと、そしてもし、沖縄戦体験者から直接話を聞く機会があったのなら、 ぺナギさんの沖縄戦追体験や 体験者の話を自分の中に吸収したうえで、 できるかぎりそのままの形で後世に語り継いで行くことが大切なのだと思います。

 クゲールさん2003/7/2

 アブチラガマ(糸数壕)は玉泉洞から5kmほどの糸数城址の近くにある自然洞窟(鍾乳洞)です。 しかしながら、この鍾乳洞は単なる観光鍾乳洞とは全く意味合いの違う鍾乳洞で、 沖縄戦時代に防空壕として利用された歴史のある鍾乳洞です。 アブチラガマでは沖縄戦時には陸軍病院として利用され、重傷者には毒入りのミルクを飲ませ 処置したり、米軍の攻撃を受け多数の死亡者を出すなど大変悲惨な歴史を持っており、 現在はその悲惨さを伝える為に現在平和教育目的で一般に公開されているものです。 洞内には照明は無く、近くの案内所で100円で懐中電灯を借りて入洞します。 暗い洞内を懐中電灯で照らしながら前進していくと「病棟」「トイレ」「軍事司令部」など当時の 洞内の情況を示す看板があちこちに立っています。 アブチラガマの全長は約270mで、自分で懐中電灯を照らしながら前進していかなければならないので、 出口まで30分以上を要する場合もあると思います。

 アブチラガマは一般的な観光洞と趣旨が違うので、投稿するか否か多少迷いましたが、 玉泉洞の投稿で戦時中の防空壕の話題が出ていたこともあり、敢えて防空壕として 利用されていた鍾乳洞の代表を知ってもらいたいと思い投稿させていただきました。 繰り返しになりますが、この洞窟は単なる観光鍾乳洞と違い、歴史の重さを知る場所ですので、 おきらく探検目的でこの鍾乳洞へ入洞することはお勧めできません。 ですが、沖縄戦の現実を知る為には大変興味深い場所ではないかと思っています。
 南部には、ガマ≠ニ呼ばれる自然洞窟が数多く存在し、戦跡となっていますが、 具志頭(くしちゃん)村のガラビ壕が公開を中止するなど、 悲惨な歴史を秘めたガマ≠ノ入って戦争の恐ろしさを体験できる場は限られています。 地元の理解があって成り立っている場ですので、クゲールさんのおっしゃる通り、 遊び心での入洞は避け、マナーを守った見学をして欲しいと思います。



E-mail
2,3行で構いません。 アブチラガマへの行き方や,
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