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第7回  「ダーウィニズム小考(2)」

   ……無方向な変異、純粋な競争

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  さて、「ダーウィニズム小考」の後半です。
前回の配信のあとに何回かの番外編を執筆したために、ずいぶん遠ざかって
しまった気分です。自分でも前に何を書いたのか忘れてしまいそうな・・・
前回の話を思い出しつつ、番外編で紹介した話も織り交ぜながらいきます。


それでは本編です。かなり長くなりましたので、時間のあるときにどうぞ。

ダーウィニズムに基づく進化の流れを追いながら、検証してみましょう。
ここでいうダーウィニズムの定義については、第6回の配信内容を参照してください。

まず、
1)生物個体は変化する(突然変異)
2)生物は、その環境が許容する個体数以上に子を産むので、その中で生き残るために、競争する(生存競争)
3)個体の変化がたまたま環境に適応し、生存の役に立つものであれば、その個体は生き残りやすいだろう(自然淘汰)
4)その個体の変化が、遺伝するものであれば、その子孫も生き残りやすいであろう

と、ここまでの部分から考えてみましょう。

進化論で言う突然変異が遺伝するものではなければならないこと、つまり遺伝子の変異であることについては特に問題はありませんね。

しかし、この突然変異がでたらめであるか、と言うことは問題になります。
現在の通説では、突然変異は無方向に、中立的に起こる、とされています。
でたらめな突然変異が、目的を持たずに起こるはずだ、と言うのですね。
そして、ほとんどの変異は生物の生存に影響を与えないのでそのまま残り、あるいは生存に害を及ぼすためにやがて消滅してしまう、と。
ただ、有利になるような変異は残りやすいので、結果として有利な方向に変化するような働きがあるように見える、と言う説明です。

また、変異が無方向であるのは、環境の変化に柔軟に対応するためであって、あらかじめ変異の方向が決められていたのでは、その方向が環境の変化に適応的でなかったときに困るからである、と説明します。

ちょっとややこしいと思う方もいるかもしれませんので、クルマの開発(改良)というたとえを挙げてみます。
先ほどの流れでいけば、
1)クルマは改良される(突然変異)
2)クルマは、消費者が購入する台数以上に開発されるので、その中で売れるために、競争する(生存競争)
3)クルマの改良がたまたま消費者のニーズに適応し、購入促進の役に立つものであれば、そのクルマは売れやすいだろう(自然淘汰)
4)そのクルマの改良が、後のクルマにも継承されるものであれば、その後継車も売れやすいであろう

とこんな感じでしょうか。

ここで、従来のダーウィニズムの考えでは、変化は無限定で無方向だ、というのですね。いつ、クルマのどの性能を、どんな風に改良するかはすべて偶然、と言うわけです。
燃費の向上と馬力の向上は反比例します。乗り心地の良さとスポーツ性能も、反比例します。両立させる、と言う宣伝文句はよくありますが、片方を犠牲にすればもっと向上するでしょうから、両立と言うよりは妥協です。

さて、どうやら最近になって消費者のニーズ(環境)が変化してきた。
前まではパワーや力強いデザインが選ばれていた(選択)のに、コンパクトで実用性があり、親しみやすいデザインのクルマが選ばれるようになってきた。
ここで、クルマの改良がどういう風に行われるべきか。

定向進化説社長によれば、「うちはスポーツカーメーカーなのだから、スポーツカーを作っていればよいのだ。よりよい技術が完成したときにその部分を改良すればよい。世間の流行に惑わされることはまかりならん!」などというわけですね。

ダーウィニズム社長ではどうでしょう。「いろいろな客層に向けていろいろなクルマを作っておれば、中にはヒットするクルマも出てくるはずじゃ。そうしたら、それを増産していけばよいじゃろう。開発費はいくらかかってもかまわん、それぞれの開発者が好きなクルマを作っていきなさい。」というかもしれません。

どれだけ現実的か、と言うはなしはさておき(^^;)、どちらもどうも商売としてはうまくいきそうもないですね。どれだけそのクルマが優れていても、要らないものは買ってもらえません。一方、それなりに売れるとしても、余分な開発費がかかりすぎれば、利益を上げていくことはできません。

いつ、どの機能を、どのように改良するか、という判断ができる、というのは自然界においても非常な武器となるでしょう。ビジネスにスピードが必要なら、進化にもタイミングはあるのです。

まず、いつ、という話ですが、個体(あるいは種?)が危機に瀕した時には、突然変異の起こる頻度がはるかに高まる、と言う事例は番外編その5で紹介したところです。

どの機能を、と言うことについてもこの回の話にありましたね。突然変異で酵素の合成ができなくなったような場合、その機能に関連する部分だけ、変異の頻度が極端に上昇する、と言う事例です。

そして、どのように、と言う要素です。
これはちょっと事例を挙げるのが難しいですね。結果と原因をうまく分離することができないからです。
ただ、現在は働いていない遺伝子であっても、中立変化などで「風化」することはすくなく、ちゃんと機能を維持している、と言う事例はこれに近いかもしれません。
遺伝子は、「有用」な機能を知っている(あるいは、有用な機能は保護されるようになっている)のですね。

自然選択の結果合理的なものが生存するのだとすれば、機能や構造だけでなく、方法だって合理的なものになっています。
たとえば、ある機械が作られてちゃんと機能しているとき、その機械の設計図は少なくとも機械の構造と同じレベルに複雑でなければならないはずです。
遺伝子の場合、たとえばヒトではDNAのうちの数%しか働いていないといいます。とすれば、設計図が完成品の数倍の複雑さを持っていてもおかしくはない。

遺伝子が目に見えないほど小さいからといって、自分たちの考えるレベルのことさえ考えることができない、と言う思いこみはどんなものでしょうか。


次に、
5)生き残りやすい子孫は徐々に増えていって、やがてその種の多数を占めるかもしれない

6)結果として、種はより環境に適応した形質を目指して変化していくように見えるだろう(種の変化)

について考えてみます。

ここでは、元に戻る可能性のある変化も「進化」と呼ぶか、と言う問題があり
ます。
自然選択の有名な例として、ある種のガの工業暗化、と言う事例がよく挙げられるので、紹介してみます。


オオシモフリエダシャクの原型と黒色型

原型 黒色型


この種類のガでは、本来は白色のものが原型、つまり標準でした。
ところが、工業化が進み大気汚染がひどくなったために、森の木々がススで黒くなり、白いガは木に止まっていても目立つようになり、天敵に襲われやすくなってしまいました。
このガには、変異型として黒い個体がいます。
そして、この黒色型の方が目立ちにくかったために、徐々に種の多数を占めるようになったのです。

これは、明らかに生存に有利に働く変異であり、自然選択によってそのような個体が増えた事例と言えます。

ところが、工業燃料が石炭から石油へ変わり、また環境への配慮もあって煤煙の発生が抑制されるようになると、森の木々は再び白くなりました。
すると、今度は黒いガの方が目立つようになってしまいます。その結果、現在では再び白いガの割合が増えてきました。

さて、このような現象を指して、進化と呼ぶべきでしょうか。
環境が変化したときに、それに適応するような変異のうち子孫に伝わるものが進化である、とすると、耐性菌の増殖は進化と言えますね(耐性菌の詳しい説明は第3回「ウイルス進化論(1)」にあります)。
耐性菌も、その病気自体が減ったりして抗生物質が使われなくなると、全体に占める耐性菌の割合が減るのです。

このガの例も耐性菌の例も、確かに生存・増加したのは変異によって適応したタイプの個体(とその子孫)です。しかし、実際にはその突然変異の内容は、「すでに用意されていた」変異のうちのひとつでしかないともいえます。

そしてもうひとつ。劣っているはずの個体もちゃんと生き残る、と言う現象は、単なる競争原理では説明が付きません。

これは、偶然ではなく実験でもそのような傾向が確かめられています。
その実験では、酵素働きの効率の異なる2種類の菌を一緒に培養すると、確かに効率のよい菌のほうが勢いよく増殖するのだが、効率の悪い菌は死に絶えて消えてしまうわけではなく、一緒に生き残る、と言うのです。

これには、「優れた性質のモノだけが選ばれるのではシステムが硬直化し、やがて均一化して破綻する。だから、『ゆらぎ』を持つようにしているのだ」といったような説明がつけられます。
だとしたら、これは純粋な競争とは言えません。

ダーウィニズムの「無方向な変異」と「純粋に外的な淘汰」という単純なシステムが進化の本質でしょうか。
あるいは、生物自身が「意志」とも思えるような機能を持っているのでしょうか。
それとも、単純に見えるシステムがいくつか連動する結果、きわめて複雑な振る舞いをするようになったのでしょうか。

次回からは、ダーウィニズム以外の進化論について紹介し、考察してみたいと思います。

 

 → 第8回 「ウイルス進化論(2)」

   ……伝染する進化。

そのゾウは、鼻の伸びるのを止められなかった。
そのシカは、角の伸びるのを止められなかった。
そのキリンは、首が伸びるのを止められなかった。
 
一頭が、「そう」であるならば、それは「異常」である。
その場にいる、すべての個体が「そう」なったら。



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