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第4回  「遺伝子の記憶」

   ……発生反復と誘導;人魚姫とペガサス

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▼「個体発生は系統発生を短縮した形で繰り返す(発生反復の法則)。」

まず、これは、発生過程の形態について、ヘッケルという学者によって1866年頃に提唱された仮説です。

ある種の個体の発生の過程を順番に観察してみると、その種が進化してきた系統の発生過程を、短縮し、単純化された形で繰り返しているように見える、という考えです。

ヒトの発生過程を例に挙げましょう。ヒトの発生過程の形質を、受精卵 → 胚 → 胎児 → 乳児 → 成人、という大まかな分類で観察してみると、単細胞生物 → 魚類 → 原始哺乳類 → 類人猿 → ヒト、という系統発生の過程とよく似ている。これは、個体発生が系統発生を短縮した形で繰り返しているように見える、というわけです。

もう少し具体的に言いますと、胚の時期が魚類に相当する、というのは、ヒトの初期の胚は「えらひだ」を持ち、1心房1心室の心臓を持っている(これは、魚類と共通する特徴である)からです。

そして、胎児の時期には尾骨はまだ比較的突き出しており、体毛が多いことから、「けもの」の段階、出生後、四つん這いから徐々に立ち上がって行く過程は、前腕を歩行の補助に用いると言うことで、他の霊長類と同じ段階に相当する、ということです。

また、同じ系統に属する多くの動物では、成体の外観が全く異なる場合でも、発生の初期である胚の時期には、驚くほど似た形態をしています。

つまり、カメもニワトリもヒトも、ごく初期の胚ではそっくりに見えるのです。そして、系統的に近い種であるほど、発生のあとの方の時期までよく似た形になります。エビやカニに至っては、幼生の初期段階では研究者にも区別が付かないくらいです。

 

   
左からウグイ、イモリ、カメ、ニワトリ、ウシ、ヒト

〜脊椎動物の胚の発生過程〜

左から魚類・両生類・は虫類・鳥類・ほ乳類(ウシ・ヒト)の順。

発生の初期ほど胚の形態や構造に共通部分が多い。

同じ起源から徐々に分化していったことをうかがわせる。

  〜カニとエビの初期幼生〜

   

 

さて、ここでまた別な説を一つ検討します。

▼「発生が進んだ段階の核でも、卵を正常に発生させる能力を完全に失ってはいない。」

これは、オタマジャクシの腸の一部から採った細胞の核を、紫外線で核を破壊した卵に移植すると、ごく一部ではあるものの、正常な成体にまで成長する、という実験で確かめられました。最近では、ほ乳類でも同じような実験に成功しています。

そして、この結果は次の仮説と適合的といえます。

▼DNAは発生の過程をコントロールするが、その役割を終えたあとでも機能を失うわけではなく、環境の変化によって再び発動する事がある。

つまり、遺伝子は、いったん機能が不要となっても、直ちにその機能を放棄してしまうわけではなく、休眠させているにすぎず、環境の変化という刺激があれば、再びその機能を働かせることができる、ということになります。

 

さて、最初の説では系統レベルでの発生の過程についての「遺伝子の記憶」のようなものを、次の説では個体レベルでの発生の機能についての「遺伝子の記憶」のようなものを扱いました。そして、これらを統合するような実験の結果があります。

まず、ニワトリの皮膚をネズミの皮下組織の上で培養すると、羽毛の生えた皮膚ができます。ところが、ヒヨコのあごの表皮になるべき組織をネズミの皮下組織に乗せて培養すると、表皮の組織中に歯が形成されるのです。これはどういうことでしょうか。

実験の結果からは、下の二つのことが推測できます。

1.ニワトリの皮膚細胞は、羽毛は作れても毛皮を作ることができない。

2.ニワトリの皮膚細胞は、歯を作ることができる。

そして、ニワトリは鳥類、ネズミはほ乳類です。この両者は、は虫類から別々な系統に別れて進化してきたものと考えられます。は虫類には、ネズミのような体毛に覆われた皮膚はありませんでした。鳥類には歯はありませんが、は虫類にはありました。

つまり、ニワトリの細胞、すなわち遺伝子は、は虫類であった頃の機能をいまだに持っているのです。鳥類の皮下組織という環境の元では、くちばしが作られるけれども、環境が変わり、歯を作れ、という命令を受ければ、「思い出して」歯を作ることができるのです。

▼遺伝子は、系統発生の過程でいったん生じ、その後退化ないし変化した器官の設計図をも記憶していることがある。

ということが言えるのではないでしょうか。

 

とすると、ほ乳類の場合はどうなるのでしょう。

ほ乳類は、魚類やは虫類であったことはありますが、鳥類とは別な枝道を進化してきました。とすると、魚類の器官は作れても、鳥類に特有な器官は作れない、ということになります。

人魚姫は生まれても、ペガサスは生まれない。さて、そんなことがあるのでしょうか・・・

 

発生反復説、カエルの核移植の実験はいずれも生物学上の古典で、高校レベルの生物の教科書でも登場します。

後者の実験は、多数の人間が関わった上に何度も実験が行われ、しかも結果の「誤差」について長い間議論がなされたためか、誰の実験、という言い方はされないようです。

ニワトリの皮膚片をネズミに移植、という実験は、手軽なところではブルーバックス社の「新しい生物学(第3版)」などで少し触れられていますが、これも研究グループ名はちょっと特定できませんでした。

 

「遺伝子の記憶」をモチーフとして作られたと思われる作品を挙げてみましょう。

「レフトハンド」という小説があります。角川書店からホラー大賞の受賞作として出版されている作品ですが、前回扱った「ウイルス進化論」の影響も多少感じられます。

「遺伝子の記憶」の仮説と重なるのは、ウイルスに感染した人間の肉体の一部が、異生物として活動するようになる。しかし、そのDNAはヒトの時と変わっていない。ウイルスによって体内環境が変化し、そのためにヒトのDNA上の、今まで眠っていたコードが働きだしたのだ、という部分です。

この作品では、もうひとひねりありまして、「カンブリア」というキーワードが出てきます。その異生物の器官は、一体いつの「記憶」なのか、いったいどのような生物がこのような器官を持っていたというのか、という問いかけがあり、それに対する答えが、「カンブリア」にある、というのです。

この説明ではよくわかりませんね?なぜか。このネタは、またそのうち紹介するつもりなんで、その時までとっとくんです・・・

「レフトハンド」という作品は、個人的には結構気に入っています。登場人物に正義感も情熱もないところがいいですね(^^;)。中年でキューピー人形のような公務員、30すぎてかわいらしくすねてみせる女性研究者、傲慢で独りよがりな助手、一癖も二癖もあるキャラクターばかりです。

それほどSFらしくないので、SFに興味のない方も、読んでみてください(好みは分かれるかもしれません。特にラスト付近)。作者は中井拓志という人で、97年に初版が出ています。この作者の他の作品はちょと知りません。

 

ところで、今回の「遺伝子の記憶」ですが、この内容に当たる説(というか概念)の正式な「名前」がわかりません。Yossieが勝手に「遺伝子の記憶」と呼んでいるのですが、どなたか教えていただけないでしょうか。

 

さーて来週のさざ***は?

 → 第5回 「ウイルス起源論・利己的遺伝子」

……すべての生物は、DNAの乗り物にすぎない

前回紹介したウイルス進化論が、ウイルスを細胞の一器官にすぎない、とするのに対し、ウイルスこそ細胞の起源である、とする説もあります(むしろこちらが多数派でしょうね)。

そして、このウイルス起源論と親和的(なじみやすい)仮説として、「利己的遺伝子(Selfish Gean)」の概念がありますので、あわせて紹介します。この利己的遺伝子論は、ウイルス進化論によって支持されている「今西生物学」と対立するものと言えます。

この「ウイルス起源論−利己的遺伝子論」と、「ウイルス進化論−今西生物学」という対立は、このあと数回にわたって扱う「進化論」の軸となる、根本的な対立といってよいと思います。今度は少し大きなスケールの話をしてみましょう。

 


   
 
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