▼進化は伝染病である。
こんな刺激的な一行で始まるのが、「ウイルス進化論」である。
この仮説(著作)には大きく分けて二つの要素があるので、今回はそのうちの一方、「ウイルスは生物の進化のための小器官である」、という部分について紹介する。もう一方については、進化論との関わりでダーウィニズムの後に「ウイルス進化論(2)」として取り上げる予定である。
▼ウイルスは、生物の進化のための小器官である
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バクテリオファージの構造模式図。
頭部に納められている核酸(DNA)を
宿主となる細菌の中に送り込む。
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核酸を送り込んだあとの、
バクテリオファージの「抜け殻」。
”ファントム(亡霊)”と呼ばれる。
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まず、ウイルスによる遺伝子の移動、ということを考えてみましょう。
普通、「遺伝」というときには、親子間でのDNAのやりとりが問題となります。親から子へと、垂直に遺伝子が複製、移動される。「血」のきずな、というやつです。
体格や顔つき、髪質などはわりとこのような遺伝で決まる部分も多いようで、親子で全く似ていなければ、似てないねえ、ということになり、隣の家のおじさんに息子がそっくり、などということになれば、どうしたんだろうねえ、ということになります。
ところが、この「ウイルス進化論」では、ある個体の遺伝子が、他の個体へとウイルスを介して移動される可能性がある、ということに注目します。
つまり、その個体の子孫でなくとも、ある個体の性質を引き継ぐことがある。従来からの親子間の「垂直遺伝」のほかに、ウイルスによる個体から個体への「水平遺伝」がありうる、というのです。
そこで、まずこの仮説の生まれるきっかけとなった、薬剤耐性菌の話を見てみます。
「薬剤耐性菌」というのは、抗生物質のような、細菌を殺すための薬剤に対する耐性を持つ菌のことをいい、早い話が抗生物質で死なない細菌のことです。薬剤耐性菌が出現したことにより、結核などの、すでに治療法が確立し、克服されたと考えられていたいくつかの病気で治療が困難になっています。
日本では、1952年にはじめて薬剤耐性を持った赤痢菌が発見されました。その後の5年間くらいは、ときたま発見例が報告されるくらいであったのが、1958年から急激に増加をはじめ、6年程度で日本中の赤痢菌の8割がこの耐性菌になってしまったといいます。
急激にこのような耐性菌が増殖した原因を調査するために、様々な研究が行われました。その結果、病院でとれた薬剤耐性菌は、抗生物質に対する耐性をコントロールする遺伝子を、Rプラスミドという構造を利用して、菌から菌へと直接伝達することがわかったのです。
つまり、ほとんどの菌が耐性菌になった、という現象の実態は、単に普通の菌が抗生物質で死んでしまい、耐性菌が生き残って大繁殖した、というだけではなく、普通の菌が耐性菌から「耐性」遺伝子を受け取って、耐性菌へと変化したというものだったのです。
遺伝子の伝達を「遺伝」というのなら、これはまさに「遺伝」といっていいでしょう。赤痢菌間の、「水平遺伝」です。
さて、ここでまず、生物間の「水平遺伝」という可能性が確認されたわけです。しかし、これはあくまでもごく原始的な生物の話であって、すべての生物にあり得るとはかぎりません。
と書いてみましたが、実はこの先のこともすでにわかっています。遺伝子操作、あるいは遺伝子治療、というのは、人為的ではあれ、まさにこのような「水平遺伝」そのものだからです。
ここで注目するのは、遺伝子操作や遺伝子治療そのものではなく、そこで使われる、「ベクター(運び屋)」です。
遺伝子操作では、細胞の元のDNAを殺しておいて、別なDNAをそこに入れる、といったことが行われます。もちろん、DNAの断片はピンセットでつまんでどうこう、とういうサイズではないので、運び屋もごく小さなものです。そこでは、ウイルスやプラスミドの一種が使われているのです。
遺伝子操作にウイルスが使われていること自体は、別に新しいことではありません(「ウイルス進化論」だって、最初に提唱されてから30年近く経っています)。
そして、このような作業はほ乳類でも普通に行われているし、人間でも行われつつあります。遺伝子治療、がこれにあたります。さすがに人間ではまだ治療目的でない「遺伝子改良」は行われていませんが、残されているのは極めて低い「倫理」というハードルにすぎません。
とにかく、ここではっきりしているのは、ほぼすべての生物で、ウイルスを介して遺伝子を操作し、あるいは遺伝子を移動させることができる、ということです。
ここまでで、1)細菌間で遺伝子が水平に移動するという自然現象があること、そして、2)ほぼすべての生物で、ウイルスを使って人為的に遺伝子を変化させることができる、という前提ができました(ものすごくおおざっぱではありますが)。つまり、こう言えます。
▼すべての生物において、ウイルスやプラスミドによる「水平遺伝」の可能性がある。
さて、ここで視点を変えます。
▼もし、進化が生物のある種の機能であるとしたら、生物には自ら進化を行うための器官がなくてはならない。
違和感があるなら、「進化を行うような器官があったから進化した」と言い直しても構いません。最初に発生した原始生命を基準とすれば、、地球上の生物は「成功」した、と言っていいでしょう。進化という現象は生き物にとってプラスに評価できるはずです。であれば、進化をすることは生物の一つの機能といってよいでしょう。
ここで、ようやく今回のテーマです。
▼ウイルスは、生物が進化するための小器官である。
先ほど登場した「プラスミド」。これは、別名を「核外遺伝子」といい、細胞内にあって染色体とは別に独立して増殖できます。自己増殖ができるから生物だというのなら、プラスミドも生物となるはずですが、プラスミドを生物という学者はいません。
プラスミドはプラスミド自身の遺伝子と、タンパク質でできたパイプ(線毛)からできており、このパイプのなかに宿主のDNAを納めて運ぶことがあります。
これに対しウイルスは、自身のDNAをタンパク質の殻が覆っており、細胞外にも出ることができます。そして、感染した宿主の遺伝子を変化させることもある。たとえば、ウイルス性のガンというのは、ウイルスが宿主の遺伝子に異常を発生させるために、細胞がガン化して増殖するものです。
この両者のはたらきの違いは、細胞外に出るかでないか、という違いでしかなく、これらのはたらきを「感染遺伝」として一緒に扱う教科書もあるといいます。
そして、細菌、植物、昆虫、脊椎動物、すべての生物は、それぞれを宿主とするウイルスを持っています。バクテリアですら。しかし、ウイルスの宿主とならないただ一つの存在、それが「ウイルス」なのです。ウイルスはウイルスに感染されない、このことからも、ウイルスが生物でない、ということをうかがわせます。
ウイルスによる水平遺伝があるとすると、進化論は劇的に変わる可能性があります。
一個体に、種の壁を超えるような劇的な突然変異が起こったとする。そして、それが強力な感染力を持つウイルスによって伝達されうるとしたらどうでしょうか。
まさに、その個体が生きている最中に、しかも極めて多数の個体が同時期に、別な種へと変わっていくことができるのです。地質学的に見れば一瞬の間に、一つの種が消滅し、新たな種がその空間を占めたかのように見える。中間の化石も残らない。
「ミッシング・リンク」は、このようにして生じたのではないか…?
この先は「ウイルス進化論(2)」で再び検討することにします。
「ウイルス進化論」は、文庫版がハヤカワ文庫から96年に出ております。ネットで検索をかければ結構引っかかってくると思います。中原英臣氏と佐川峻氏の共著です。
ただ、ネットの検索では、この作品よりも、この理論を応用した産業技術系の論文やシステム関連のサイトに行ってしまうことが多いようです。なぜか、という話は本を読めば分かる、かもしれません・・・
この「水平遺伝」にヒントをえたのではないか、と思われる作品は、小説の「らせん」です。超メジャーな作品ですし、発表からそれなりに時間も経ってますから、ネタばらししてもいいでしょう。
貞子のDNAを細切れにしてウイルスに運ばせ、ウイルスに感染した者を「作り替えて」しまう、この辺です。
「『貞子』への進化」、というテーマを扱っていながら、従来の進化論につきものだった、自然淘汰や適者生存といったキーワードはかけらも出てきません。ウイルスによる進化、ウイルス進化論が元ネタと見ていいのではないでしょうか。
あと、「風の谷のナウシカ」。
映画ではなく、原作であるコミックス版の最後に出てくるモチーフですが、「世界のすべての生き物を、腐海のほとりに住めるように作り替えた」「清浄な世界が訪れたときに、生き物を再び元に戻す」、このあたりの言い回しはウイルスなどによる一斉進化を思い浮かばせる気がします。