
日本では大学卒業の学歴は珍しいものではありませんが、エジプトでは非常に希です。(ちなみにエジプトの識字率は50%です。)
現地ガイドのファトヒさんはカイロ大学を卒業し、日本にも留学経験がある人でした。
もちろん、日本語はペラペラ、エジプトの公用語であるアラビア語は当たり前ですが、英語も話せます。さらに、フランス語も話せるらしいのです。ルックスも良く、男前。
私がガイドをしてもらっていたときは、新婚ほやほやで、結婚式の写真を 見せてもらいましたが、奥さんがこれまた美人。さらに、お金持ち。(エジプトで高い教育を受け、一流ホテルで結婚式を挙げられるのはお金持ちの家だけです。)
うっ羨ましい(^_^;)。一物分けてほしい(^_-;)
エジプトの首都、カイロはビルが建ち並ぶ近代都市です。
しかし、道を行き交う車のほとんどが20年以上前のものです。この車にはエアコンは付いていません。
窓を全開にして走っています。古い車ですから、当然よく故障します。
道ばたでエンジンルームを開け、修理をしている車を何度か見かけました。
まさにエンジンルーム、よけいなものは付いていません。
手を入れる隙間さえない日本の車と違い、エンジンルームはすかすかです。道にはこの古い車に混じり、ピッカピカのベンツやBMW、さらに馬車やロバ車などが 入り交じって走っています。
そしてその間を縫うように人が道を横断していきます。車が整然と一方方向へ流れ、信号が変わると人が渡りはじめ、やがてまた車が走り出す。
日本人が持つ道のイメージはこんなものだと思います。
しかし、エジプトでは雑然として、いろんなものが交わるところが道です。
エジプト人男性の顔は浅黒く、ほとんどの人が口ひげを生やしています。
身長も高く、見るからに怖そうです。
また、街のあちこちで激しい口論しています。(少なくとも日本人にはそう見えます。)一見して物騒な街に思えますが治安は決して悪くはありません。
エジプト人の90%以上が信仰するイスラム教徒には「人のものを盗んではいけない」という教えがあります。(もちろん、キリスト教でも、仏教でも同じでしょうか)
このために、見た目よりも治安は保たれているようです。しかし、カイロの市街地や観光地には非常に多くの警官がいます。
彼らは、ピストルではなく、ライフルを肩にぶら下げています。
日本人からすると軍隊が戒厳令を引いているのでは、と思えるほどです。何故このような人たちがいるのか?
エジプト人の中に観光客を襲う過激派がいるからです。
彼らの目的は観光客の金や物ではありません
襲撃し、時には命を奪って、観光客がこなくなることが目的です。現在のエジプト政府は外貨獲得のため観光に力を入れています。
多くの遺跡やイスラムの寺院であるモスクにも観光客は入ってきます。
また、観光客は酒を飲み(イスラム教では飲酒はおろか酒を造ることも触れることも禁止です。)、女性は肌を出しながら歩きます。
厳格なイスラムの女性は目と手しか人目に触れないようにしています。このように外貨獲得のために受け入れている観光客がイスラムの教えにそぐわず、それに影響される人々が増えるのではないか(いわゆる西洋化)という危惧が過激派にあります。
9月の初めにも襲撃がありました。
ツタンカーメンの黄金のマスクが納められている、エジプト考古学博物館前で 観光を終え、バスに乗っていたドイツ人がねらわれ20人以上が殺害されました。
日本人がいなかったので日本では大きなニュースにはなりませんでした。これを書いているとき、エジプトで痛ましい事件が起きました。
大変残念でなりません。亡くなられた方々の、ご冥福を祈ります。
また、ご遺族の方々にたいして、お悔やみを申し上げます。
エジプト旅行中、私の財布の中にはの3カ国のお金が入っていました。
日本¥、エジプト£、アメリカ$です。
エジプトではアメリカ$が博物館などの公共施設を除き使用できます。エジプト£は当然現地での買い物用ですが、エジプト£を再び¥や$に交換することは不可能に近いのです。帰国するまでに、エジプト£は使い切ってしまわなければならず、このため、アメリカ$まで持ち歩く羽目になりました。
さて、この3種類のお札ですが、それぞれに特徴があります。
成田でアメリカ$を手にした瞬間、くっさ〜。何か札についているのではないかと思うくらい臭いました。
エジプトのお札はひどいものです。
まず、手あかで真っ黒。よくよく見ないとお札の区別がつきません。 その上に、手の汗(脂)がしみ込んでいて、お札がふやけ状態でしっとりしています。 比較的新しいお札が手にはいると、お土産用に別にとっておきました。
日本のお札のすばらしさを認識させられたエジプト旅行でした。
私が参加した、エジプトツアーは最小催行人数6名で、申し込み人数がこれ以下だとツアーが流れてしまいます。日程はゴールデンウィーク直前の4月19日(土)〜26日(土)で、ひょっとしたら成立しないのではないかと心配していました。
ところがです、なんと、参加者34名!。「世の中結構、ひま人が多いんだな〜。」と自分の事を棚に上げて思っていました。今回は同じツアーの参加者の顔ぶれをお話します。
参加者の中で最も多かったのが、初老のご夫婦で、5組10名ほどいらっしゃいました。会社を定年退職され、ご夫婦で世界中の色々なところを旅行されている方です。「ひま人」と形容するのは失礼に当たりますね。何しろ毎日休みですから。
この方たちは、海外旅行の経験が豊富です。 どこそこへ言ったかという話で盛り上がっていました。
また、行動が慎重で、今回の旅行では食事や水で下痢を起こしやすいと言うことで、現地の食事にはわずかに手をつけるだけでした。私などは食事も旅行の楽しみの一つですが、彼らは楽しみではないと言います。彼らが食べるのは、ほとんど調理されていないバナナなどの果物と、日本から持参したレトルトのお粥などです。レトルトは持ってきたポットの中に入れて暖め、また、それで沸かした湯で日本茶を入れて飲んでいました。
次に、新婚旅行の若い夫婦が4組ほど。この方たちも、まあ、一生に一度のこと(?)ですから。他にも新婚旅行ではないけれど、毎年海外へ行くという若い夫婦が数組いました。 有給休暇を使っての参加のようです。やはり、海外旅行の経験は豊富です。
20代後半から30代前半までの男一人での参加者(私を含む)は4名で全員、海外ははじめての体験でした。
男一人での参加はヨーロッパは似合いません。やはり、エジプトですね。
双子の姉妹は福祉関係の仕事で、G.W.はむしろ忙しくて休めない、ということでした。
他には、失業旅行の男二人旅。後に、みんなから猿岩石なるニックネームをもらいました。
「仕事を休むと、クビにするぞ」と棟梁に脅かされながら参加のトビ。
世界各国を巡り歩いているOL一人旅、等々です。
エジプト最終日前日、カイロのホテルで夕食を終えて添乗員さんとおしゃべりをしていたときです。突然、ファンファーレが一帯に響きわたりました。そして、奥の部屋からバレリーナの服装をした12〜15才くらいの少女が2列になり4人出てきました。
手に持ったバスケットから花びらを花吹雪のように巻きながら歩いてきます。
そしてその後ろに、トランペット隊の男性4人。その後ろには、新郎新婦が続いています。そのまま2階からフロントのある1階に降りていきました。
もちろんフロントには色々な人がいますが、みなさんの注目を浴び、祝福を受けています。
さらに、親族のおばさまと思われる連中が輪になって歌いながら、踊りを始めました。この後、結婚式は夜を徹して行われたはずです。当然イスラム教徒ですからお酒は一滴も出ません。
しかし、このような結婚式はエジプトでは一般的なものではありません。
通常、結婚式は自宅で行い、ホテルを使うのはよほどのお金持ちです。日本でも、インターコンチネンタルホテルで結婚式を行うのはお金持ちですよね。
人の笑顔はいいですね。周りの人まで明るくします。
ただし、この場合の笑顔は事態を悪くするだけでした。
同じツアー参加者の中に、「トカちゃんパパ」と言うあだ名が付いた人がいました。 元プロボクサーで、芸能人の渡嘉敷勝男ににていて、非常に笑顔が素敵な方です。
参加者の年齢は、20代後半から30代前半と、会社を定年退社した50代後半の二つの年齢層に分かれていたため、渡嘉敷勝男に似たお父さんのような人、という意味でこのようなあだ名が付きました。
さて、ツアーも終盤、王家の谷の観光を終えて、門からバスが待つ駐車場までのことです。 距離にして、200mほど、それだけであれば、暑いだけで大したことはないのですが、 現地の人がビッシリ。門から出てくる人に手当たり次第、土産物を売りつけようとしています。
私の場合、相手の目を見て、時には足を止め、強い調子でノーサンキューと言うと相手は引き下がっています。2、3人もこの調子で追い返すと後は、「こいつに売ろうとしても無理だ。」、と理解するのか、もう誰も寄ってきません。
ふと見ると、トカちゃんパパが土産物屋につかまっていました。しかし、この年代の方ははっきりとものを断ることが苦手ならしく、うつむき加減でニコニコしながら、顔の前で手を振るだけでした。
トカちゃんパパはバスに乗り込むまでしつこい土産物屋につけ回されたのは言うまでもありません。
日本人は基本的にシャイです。しかし、旅の恥はかき捨てなる、ことわざ(?)もあります。
それは、観光をはじめて2日目の夜、ナイル川を客船で下りながら、ベリーダンスをはじめとするショーとディナーを楽しむという企画でした。船に乗り込むと我々のツアーの席はステージの真ん前。ステージといっても高さ、10cmほどで、近いところで30cmと離れていません。
イャーな予感がした私は少し離れた席に着きました。
ショーも後半に入り、盛り上がってきたところへ、最初にベリーダンスを踊ったダンサーが再びステージに立ちました。
そこで、我々のテーブルから女性一人をステージひっぱりあげ、一緒に踊りだしました。
同じように一踊りしたおじさんは、ステージから降り際に、ダンサーのバストにタッチ。イスラムの国で何てことをするのかと会場は一瞬引きました。
ステージにあがるのを拒否するのは、日本人より、むしろアメリカ人やドイツ人でした。 席が近いせいか、次々にステージにひっぱられ、我々のテーブルだけが、異様な盛り上がりをみせているとき、最後の曲がかかりました。
聞き覚えのある曲で、すぐに判りました。
世界的な大ヒット曲、「マカレナ」です。
我々のテーブルからマカレナ踊りを体得している若者が、呼ばれもしないのにステージに次々と上がり、総勢10名ほどが、ダンサーと最後の踊りを楽しみました。
ここが、エジプトか?と疑うような一夜でした。
海外旅行へ行くと、日本では考えられないところでお金がかかります。 よく言われているのが、チップです。今回の旅で、一番チップを払ったのが ホテルのベットメーキングに対するもので、 相場は1£(エジプトポンド 40円弱)です。
その他には、トイレにもかかります。 土産物屋や街にあるレストランでトイレに入ろうとすると、 入り口(あるいは出口)で人が待ちかまえていてチップを要求してきます。 相場は50ピアストル(0.5£ 20円弱)です。 もちろん、ホテルの自室や空港などの公共機関では必要ありません。
この、1£とか50ピアストルとかいうお金はどれほどの価値があるのでしょうか? 王家の谷に、観光客相手にコーラ(180ml)を売っていましたが、 3£(120円)でした。 通常、街中にあるふつうの店で買うと50ピアストルでしたから、一挙に6倍!。 いいカモですね。
サッカラにある階段ピラミッドの横で修復作業を行っているヌビア人(黒人)がいました。 いい味を出しているので、写真を撮っていいかと訪ねると、OKだったので一枚写しました。もちろんというか、さっそくお金を請求されました。一人5ポンド(200円)でしたが、180mlコーラ10本分と考えると、日本では600円くらいの価値はあるのでしょう。
ただし、黒人を逆光でとったため、ほとんど表情がわかりません。(;^_^;)
いゃ〜 エジプトに来て、筋肉痛になるとは思いませんでした。
何をしたら、筋肉痛になるかって?
原因はピラミッドです。内部にはいるとき非常に狭い通路を上り下りします。 高さが低いため、腰と膝を曲げて歩きます。 しかも、出てこようとする、背の高いドイツ人や、太ったアメリカ人とすれ違わなければなりません。また、中に大勢の人がいるため、湿度が高く、異常に蒸し暑いです。当然、内部では風もなく、エジプトに来て、一番、汗をかいたのがこの場所でした。 次の日、見事にモモが筋肉痛になりました。
苦労して、内部に入っても玄室には空っぽの石の棺がポツンと置いてあるだけで、大したものはありません。最大のクフ王のピラミッドの内部には、大回廊という高さ8mの通路がありますが、暗くてうまく写真が撮れません。カメラを持ち込むにはお金がかかりますし、大したものはなく、また通路が狭いため石の壁にぶつける可能性が高いので、持ち込まない方がよいでしょう。
でも、せっかくエジプトまで来たのですから、ピラミッドの中も見たいですよね。
アスワンハイダムの建設によりアブシンベル大神殿が一部水没しました。これを国連のユネスコ(教育科学文化機関)が中心となり、移築されたというのは有名な話です。
何故、エジプトの遺跡を動かすのに、国連がお金を使わなければならないのでしょうか? もともとの原因をつくったのはエジプト政府です。
現地ガイドは言いました。「アブシンベル大神殿は人類共通の遺産です。だから、国連がお金をだして、移動させた。」
なるほど。でも、人類共通の遺産なら何で、入場料を取るのだろうか?しかも、観光地は全て国営なので、エジプト政府にお金が入っていく仕組みになっている?
今度、エジプトに行ったら聞いてきます。
飛行機での長旅で、楽しみは何でしよう?
機内食?いいえ、スチュワーデスですよ! アシスタントパーサーでも、キャビンアテンダントでもありません。 「馬鹿でうすのろのカメ」ではなく、「アテーションプリーズ」のスチュワーデスです。
ところが、いざ機内に乗り込むと、そこにいたのはエジプト人のスチュワード(男)だったのです。乗った飛行機会社はエジプト航空。エジプトの国営会社です。 エジプト人の90%以上は厳格なイスラム教徒で、女性は肌をほとんど見せません。 そればかりか、髪をみせるのも恥ずかしいことであるとして、頭から布をかぶり、目だけしか見せない人もいるほどです。 よって、スチュワーデスのような接客業はむかないのです。
がっかりしていると、後ろの方に2人ほど女性のスチュワーデスがいました。 日本人と、アメリカ人と思われる女性です。 日本発の便ですから、日本人が乗っているのは当然といえば当然でしょう。
とある、金銀製品を扱うお土産の店に「おしん」を演じた女優の写真が飾ってありました。 今年の、はじめにエジプトに来たそうです。店のオーナーと列んで写っていました。 エジプトには教育大臣が招待してくれたそうです。
日本人観光客は大勢来ますが、エジプトでは日本の情報は極端に少なく、人々は日本について知りたがっています。 今年のはじめにテレビで「おしん」が放送されると、90%を越える視聴率を上げたそうです。「おしん」が放送中は街から、人がいなくなった、というくらい人気があったそうです。
エジプトの市場「スーク」へ行くと、日本人の気を引こうとして「バザールでござーる。」 と声をかけてきます。「あなたと私、友達」といって特別な値引きのように見せかけて、高く買わせようとします。また、別れ際には「さらばじゃ」といって手を振ってくれます。 いったい誰が教えるのでしょう?
カイロに着いて3日目に病人が3名でました。 特に、双子の姉妹の妹は重症で添乗員さんに連れられて、 病院へ行き、そのまま入院してしまいました。
残る2名も、アブシンベル観光をあきらめて、医者の治療を受け ホテルで休むこととなりました。
私も5日目に下痢と発熱があり、その日の観光を終えるとすぐに休みました。 冷房を切り、部屋中の毛布をかぶり、ビッショリと汗をかいて寝ると、 翌日には熱は下がりましたが、下痢はしばらくの間続きました。
その後も体調を崩す人が後を絶たず、結局、ツアー参加者の約半数が、 下痢や、発熱、吐き気などを訴える有様でした。
私は、添乗員さんに声をかけました。 「今回のツアーは病人がたくさんでて、大変でしたね。」 添乗員さん曰く、 「いつもこんなもんですよ。 暑くなると、もっと増えます。」
飛行機に乗れば、エジプトへはすぐに行くことができますが、 人の体は、そう簡単になれることはないのです。
「バクシーシ」・・・意味は「お恵みを」です。
「富める者は貧しき者に富を分け与えよ」
という教えがイスラム教にはあるため、恵んでもらうという悲壮感はありません。 教えからいえば、それは当然のことである、という考えです。 我々日本人は彼らからみれば、とてつもない金持ちです。
2日目に夕食までのあいた時間に、ホテルの外を散策してみました。 その帰りのことです。道ばたにイスラムの服装をした、老婆と孫と思われる 4,5歳の子供がいました。老婆は足が悪いらしく、 歩道に寝そべるように座っていました。 私が、その横を通り過ぎた時です。 子供が後ろから小走りで近寄ってきて、私の左手をつかんで「バクシーシ」 とつぶやきました。 しかし、私は反射的に手を振り払い、さっさと歩き去ってしまいました。
ホテルの部屋に帰って私は思いました。
「なんて自分は冷たい人間なんだろう。」
「少しくらいあげても、いいじゃないか。」 私は、手を振り払い、振り返りもせず、行ってしまった。 「私の後ろ姿を、あの子はどんな気持ちで見てただろうか。」 私に、人の心を思いやる優しさが少しでもあったなら、 膝をつき、子供と同じ視線になって、いくらかのお金をあげただろう。
今でもあの子供と老婆の姿を思い出します。 楽しかったエジプトツアーの中で唯一、心痛む思い出です。
私がホテルのフロントに話しかけています。
「エクスキューズミー
マイルームキー、インマイルーム、シャトザドアー」
フロントの人はうなずくと、部屋の鍵を開けてくれました。
別の、ホテルのフロントです。
私 「エクスキューズミー
ファットタイムオープン?、エジプシャンミュージーアム」
F 「ナインオクロック」
私 「キャン アイ ユーズド ユーエスダラー?」
F 「??????」
私 「ユーエスダラー オーケー?」
F 「ノー、エジプトポンドオンリー」
私 「ハウマッチ?」
F 「20ポンド」
私 「カメラチケット?」
F 「10ポンド」
私 「サンキュー」
F 「ユーアーウエルカム、サー」
(解説)
エジプト考古学博物館の開館時間をたずねました。
エジプトではアメリカ$が使えるところが多いので、博物館の入場料を$で 支払うことが可能かたずねました。
また、入場料と、カメラ持ち込み料の値段をたずねています。
どちらも、ひどい英語(らしいもの)ですが、 この程度でも、一応通じました。
ルクソールには非常に粒のそろったきれいな砂漠があります。
もちろんエジプトは砂漠だらけですが、観光客が行くところで、 これほど、きれいな砂があるのはここだけです。
カイロなどでは砂利などが混じっていて”砂漠”のイメージとはかなり違います。
エジプトのお土産に砂を持ち帰るのは日本人だけだそうです。
甲子園と関係があるのででしょうか?
この、砂を持ち帰るのは8年ほど前からはじまったそうです。
はじめの頃、日本人ツアーの全員がペットボトルに砂を詰めて帰国しようと 空港で手荷物検査を受けたときの話です。
そのうち一人の手荷物から見慣れないものが発見されました。
空港の係員が不審に思い何かとたずねました。
その人は、もちろん砂であるとこたえますが、 そんなものを持って帰ることはエジプト人には理解できません。
さらに調べると、他の日本人全員が持っているではありませんか。
これは何かと空港で大騒ぎになったそうです。
ちなみにこの砂、成田で見つかると没収されます。
自然にあるものを勝手に持ってくることは、いけないという認識を持ちましょう。
わたしは、フィルムケース2個分しか持ってきませんでした。(-.-;
カイロに到着し飛行機からでた瞬間、「涼しい」と感じました。 ただし、到着したのはAM3:30でしたが。
途中でよったバンコクは非常に蒸し暑かったので、意外な気がしました。
3日目からエジプトの南部(アブシンベル、アスワン)へ行きました。 さすがに、暑い。アスワンでは最高気温43℃を記録。
額から汗はしたたり落ちるは、きているものはビッショリ濡れるは。
とは、なりませんでした。 乾燥して暑いため、汗はでるそばから揮発して飛んでいってしまいます。 着ているものもさらさらで、日本の夏とは全然違う感じです。 汗が揮発熱をどんどん奪っていくので、日陰にいると暑さはそれほど感じません。 バスの中はエアコンがきいていて涼しいし、 ハンカチの出番はあまりありませんでした。
映画「私をスキーに・・・」を見たことがありますか?私はありません。
その中で仲間同士がムカデのように縦につながって滑るシーンがあります。
エジプト3日目の早朝、カイロからアブシンベルへ向かうために空港へ行きました。
その、空港のターミナルでの出来事です。
ツアーは同じような動きをするもので、カイロからアスワンやルクソールへ 向かう人で非常に超混雑していました。
それは、日本のラッシュアワーの駅のホーム以上のものがありました。
そのターミナルに入る前にボディチェックがあります。
金属探知器のゲートをくぐるあれです。
一人一人通過するものですが、大混雑のため、まさにムカデスキーの 状態でみんな中に入っていきます。
金属探知器はピーピーなっていますがお構いなしです。
そもそも、誰のところで鳴っているのかなんて、区別がつきません。
もっと広いターミナルがあり、いつもはそちらを使うので、 このようなことは無いと言います。
ちょうど私たちがエジプトを訪れたときは、多くのエジプト人が メッカからの巡礼を終えて帰国する時期に当たり、 広いターミナルは彼らが使っているため、このような有様になったとのことです。
それにしてもひどかった。
