いすみ鉄道と小湊鉄道  いすみ鉄道は、外房にある大原から上総中野までを結んでおり、そこから内房側の五井 までを小湊鉄道が繋いでいる。この二路線が手を取り合うような形で、房総半島を横断し ている。  いすみ鉄道は黄色い車体に眼鏡をかけたようなお茶目な顔立ちで、僕がのったときは一 両だけだった。一万三千円で家族専用の列車を連結して走らせてくれるらしいが、今回は 申込者がいなかったようだ。  いすみ鉄道の駅は基本的には無人駅だ。車両の入り口でバスのように機械から乗車駅名 が印字されている紙片を受け取り、降りるときに料金とともに料金箱に投げ込む。  車内はレトロ感が充満していて、壁に張り付くように長椅子が設置されている。弱めの 冷房が肌に心地よく、車体の古さを感じさせない快適さだった。  動力はディーゼルで、電車が走り出すとディーゼル特有の細かい振動が発生する。窓を 開けると音がうるさいが、そこが旅情を誘う部分でもある。  電車は大原から離れると、すぐに田園地帯に突入する。北海道のような広大な景色は望 めないが、両手で抱えきれないほど田園が広がっている。ときおり道路が電車に近づき、 離れていく。家が続いたと思ったら途切れ、荒地が見えたと思えば田園がまだ始まる。  平野でもなければ山林でもないし、かといって盆地でもない。あらゆる要素を薄めて混 ぜたような景色が広がっている。  ふっと小さな山を越えたときに、カメラを向けている青年の姿が目に入った。たしかに 綺麗な電車ではないかも知れないが、人々をひきつける魅力があるのだろう。田んぼの畦 道から電車を狙っている青年の姿を見て、そう思った。  小湊鉄道とは上総中野駅で連結する。といっても、ホームが違うので乗り換える必要が ある。下半分が赤で残り半分がクリーム色というツートンカラーが、路面電車を連想させ る。  車両はいすみ鉄道から倍増の二両になり、料金支払いシステムもバス方式から車掌さん が車内で切符販売して集める田舎電車方式に変わる。冷房は無くなり、その代役として昔 ながらの扇風機が必死に空気をかき回している。扇風機付の電車を見たのは、小学校いら いだろうか。  小湊鉄道も動力はディーゼルで、苦しそうに唸りながら徐々に加速していく。小湊鉄道 から見える景色ははいすみと趣が変わり、田園のかわりに山が増えてきる。養老渓谷、大 滝ダムという房総半島を代表する山間部を通り抜ける。ときおり手作業でも掘れそうな小 さなトンネルを抜け、その瞬間だけひんやりとした風が車内に入り込む。  民家は途切れがちというよりたまに見える程度で、キオスクなどは忘れたほうがいい。 ひたすら山と畑が続いていく。  千葉県のど真ん中を通り抜け、五井の四駅手前あたりから急に町が開けてくる。山は途 切れ、民家どころかビルまでもがポツリと見えてくる。車内にも人が多くなり、流行の服 に身を包み金髪に染めた若者も目立つ。ここまでくると、もう東京圏なのかも知れない。  一生懸命車内で化粧をする若い女性と、天井で回る扇風機とのギャップが、どこかこの 電車を面白くしている。  千葉県横断までもうすぐだ。