聴覚障害の基礎知識
 
■耳の構造と音の伝わり方

耳の構造

部 位 音の伝わり方
耳介(じかい) 音(空気の振動)を集める。
外耳道(がいじどう) 音を鼓膜に導く。
鼓膜(こまく) 音を受けて薄い膜が振動する。
耳小骨(じしょうこつ) ツチ、キヌタ、アブミの3つの骨が鼓膜の振動を内耳に伝える。
蝸牛(かぎゅう) 内部がリンパ液で満たされていて、音の振動を電気信号に変える。
聴神経(ちょうしんけい) 音を電気信号によって脳に伝える。
脳:聴覚中枢(のう:ちょうかくちゅうすう) 音や言葉を認識する。
   
■聴覚障害の原因と種類
◆障害者の定義
障害者基本法では、「この法律において”障害者”とは、身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」としています。国際障害者年行動計画(1980年)には、「障害者は、社会の異なったニーズをもつ特別の集団と考えられるべきではなく、通常の人間的なニーズを満たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである」とあります。
障害者と健常者は同じ権利を有する住民であり、対等な立場で社会参加する一人として障害者を支援する時代へと、国の考え方も大きく変化してきました。

聴覚障害の原因
聴覚
障害になった時期により、先天的、後天的に分類されます。

先天的 聴覚組織の奇形や、妊娠中のウイルス感染(特に風疹)などで聴覚系統がおかされた場合
後天的 突発性疾患、薬の副作用、頭部外傷、騒音、高齢化などによって聴覚組織に損傷を受けた場合

聴覚障害の種類
聴覚障害になった部位により、伝音性難聴、感音性難聴、混合性難聴に分類されます。
伝音性難聴 外耳、中耳の障害による難聴
音が伝わりにくくなっただけなので、補聴器などで音を大きくすれば、比較的よく聞こえるようになります。 治療によって症状が改善される場合もあります。
感音性難聴 内耳、聴神経、脳の障害による難聴(老人性難聴も感音性難聴の一種です。)
音が歪んだり響いたりしていて、言葉の明瞭度が悪い。補聴器などで
音を大きくして伝えるだけではうまく聞こえません。補聴器の音質や音の出し方を細かく調整する必要があります。
混合性難聴 伝音性難聴と感音性難聴の両方の原因をもつ難聴

聴覚障害者とは
聞こえの不自由な人を聴覚障害者と言いますが、聴覚障害の原因や種類、聞こえの程度が様々なため、聴覚障害者を分類し定義することは非常に難しい。聴覚障害者は、 「中途失聴者」、「難聴者」、「ろう(あ)者」に分かれますが、その人がどれに当たるかは、その人自身がどう思っているかというアイデンティティの問題でもあるのです。
「中途失聴者」と「難聴者」の両方を含む広い意味で「難聴者」という場合があります。
中途失聴者 音声言語を獲得した後に聞こえなくなった人で、まったく聞こえない中途失聴者でも、ほとんどの人は話すことができます。
難聴者 聞こえにくいけれど、まだ聴力が残っている人です。補聴器を使って会話できる人から、わずかな音しか入らない難聴者まで様々です。
ろう(あ)者 音声言語を習得する前に失聴した人で、そのため、手話を第一言語としている人がほとんどです。

  
■聞こえの程度の分類
聞こえの程度
聞こえの程度は、オージオメーターという測定器を使って検査します。聴力レベルは、音の強さを示すデシベル(dB)という単位を使って、オージオグラム(聴力図)に書き表します。(
縦軸はdB(デシベル)で音の大きさを表します。正常値が0で、数値が大きいほど大きな音になります。横軸はHz(ヘルツ:周波数)で低い音から高い音を表します。
これにより、聞こえの程度や障害部位(外耳、中耳、内耳など)を知ることができます。
正常聴力の場合は、0dB近辺であり、難聴の程度が強くなるほどこの値が大きくなります。通常30dB以上が「軽度難聴」、50dB以上が「中度難聴」、70dB以上が「高度難聴」、100dB以上が「ろう」とされます。
オージオグラム(聴力図)
聴力 実際の聞こえ具合 聞こえの程度 難聴の程度
0dB 健聴者が聴き取れる最も小さい音   正常
20dB   会話が聞き取り難かったり、間違えることがある程度
30dB     軽度難聴
40dB 静かな会話 普通の話し声がやっと聞き取れる程度
50dB     中度難聴
60dB 普通の話し声 大声で話せばなんとか聞き取れる程度
70dB     高度難聴
80dB 大きな声の会話 電車がホームに入る音が感じられる程度
90dB 怒鳴り声や叫び声  
100dB 耳元での叫び声   ろう
120dB かなり近くからのサイレン 飛行機の爆音が感じられる程度

身体障害者福祉法における聴覚障害者の程度等級
日本では、聴力レベル70dB以上から身体障害者手帳の交付ができます。手帳交付を受けている聴覚障害者は、全国で約36万人とみられています。しかし、国連の世界保健機構(WHO)では41dBから補聴器の装用が推奨されるとされており、この基準に基づくと600万人にのぼるとみられます。
聴覚障害のみの場合は、最も重度なものでも障害者程度等級は2級までとなります。ろう(あ)者は、言語障害が加わると、1級に認定される場合があります。

障害者
程度等級

判定基準

2級 両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB以上のもの(両耳全ろう)
3級 両耳の聴力レベルが90dB以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの)
4級 1.両耳の聴力レベルが80dB以上のもの(耳介に接しなければ話声語を理解し得ないもの)
2.両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50%以下のもの
6級 1.両耳の聴力レベルが70dB以上のもの(40cm以上の距離で発声された会話語を理解し得ないもの)
2.一側耳の聴力レベルが90dB以上、他側耳の聴力レベルが50dB以上のもの

(注)
1)同一の等級について二つの重複する障害がある場合は、1級上の級とする。ただし、二つの重複する障害が特に本表中に指定されているものは、該当等級とする。
2)異なる等級について二つ以上の重複する障害がある場合については障害の程度を勘案して、当該等級より上の級とすることができる。
(身体障害者福祉法施行規則別表第5号「身体障害者障害程度等級表」より)

  
■聴覚障害者の不便さ

聴覚障害者は、日常生活の中でさまざまな不便を感じています。

(1)周囲の方に気づいてもらえないことがあります。
聴覚障害は、一見してその障害がわかりません。特に言語障害は、知りたいことを質問できない不便さを理解されず、日常生活にさほど不自由しないと思われがちです。そのため周囲の方に気づいてもらえないばかりか、心ない言葉を受けることもあります。
(2)放送や呼びかけにも気づかないことがあります。
放送による呼び出しや声をかけることでは通じない場合があり、銀行や病院などで不在だと思われることもあります。また店内放送や駅の構内放送などにも気づかずに、適切な行動がとれないこともあります。
(3)音によって周囲の状況を判断できない場合があります。
日常生活の中で、音などから周囲の状況を判断できない場合があるため、事故や事件が起こったとしても、どうすればいいのかわからないことがあります。そのため不自由を感じるだけでなく、危険な目にあうことも多いようです。
(4)コミュニケーションの方法を間違われることがあります。
聴覚障害者には、手話や筆談など、その方なりのコミュニケーションの方法があります。コミュニケーションの方法が適切でないと、話を伝えることができません。その方に合ったコミュニケーションの方法をまず理解することが大切です。
   
■聴覚障害者のコミュニケーション手段
聴覚障害者のコミュニケーション手段は、同じ聴覚障害者でも、その人の失聴年齢、残存聴力、言語力、読話力、発語力、教育歴、家庭環境などによって異なります。一般的には、聴覚障害者だから手話ができると思われがちですが、手話を習得していない聴覚障害者も大勢います。聴覚障害者は、一つのコミュニケーション手段だけでは、十分な情報を得ることができません。補聴器で聞きながら読話もします。講演会などでは、要約筆記のスクリーンを読みながら、手話通訳が付けば手話にも目を走らせ、磁気ループや赤外線補聴システムがあれば補聴器でも聞きます。このように可能な限りの方法で、少しでも聞こえを補い情報を得ようとしています。
詳細版:難聴者コミュニケーション講座資料

残存聴力を生かす

補聴器 少しでも聴力が残っていれば、補聴器で音を大きくして、残存聴力を最大限に使います。 しかし、補聴器は、単に音を大きくするだけのものであり、言葉の識別を助けるものではありません。話の内容まではわからないとしても、話しかけられていることが分かりますし、車のクラクションが聞こえるようにと、身を守るためにつけている人も います。 最近では、一人一人の聞こえる音域の音を大きくできる、性能の良いものも開発されてきました。また、デジタル化により何種類かのプログラムを持ち、聞く環境によって自動的に選択できて、より自然の耳に近い機能を持つ補聴器ができてきました。それだけに調整が複雑になり、値段が高くなって、新しい問題も生まれています。補聴器は 音を大きくするだけですから、自分にあった補聴器を選んで正確にフィッティングをし、聞く練習をして、補聴器に慣れることが必要です。
人工内耳 人工内耳の仕組みは、簡単に言いますと、スピーチプロセッサーという機器で音を電気信号に変換し、手術によって内耳の蝸牛に埋め込まれた電極に送ります。それが聴神経に伝わり、脳で音を解読するのです。人工内耳は入院して埋め込み手術する必要がありますが、1994年から健康保険が適用になり、急速に広がりました。2000年3月の時点で、全国で人工内耳の手術が行われる病院は54ヶ所、約1400人が手術を受けています。個人差はありますが、補聴器では音声の識別が不可能であった人も中軽度の難聴者の聴力レベルに戻れるようです。しかし、効果のない人も例外的にあります。
補聴援助システム マイクの音声を補聴器や人工内耳で聞きやすくするシステムです。補聴器も人工内耳も機械で音を伝えるため、自然の耳のように、聞きたい声だけを取捨選択するという能力を持っていません。騒音など不必要な音も大きくなってしまうし、距離の離れた音源を捉えにくいのです。このために、補聴援助システムが必要になります。補聴援助システムは、マイクからの音声を伝えるので、音源を耳元に近づけるのと同じ効果があり、聞きやすくします。
・磁気誘導ループ
補聴器である程度聞こえる人には、なくてはならないシステムです。磁気誘導ループは、ループアンプから床面に配線したループアンテナに、マイクからの音声信号を流すと、ループに電磁波が発生し、直接、補聴器(受信機)に送ります。補聴器のスイッチを「T」に切り替えると、マイクからの音声だけが補聴器に入るので、騒音の中でも聞き取りやすくなります。特別なアダプターを使えば人工内耳の人も利用できます。
・赤外線補聴援助システム
マイクからの音声を赤外線送信機により赤外線を飛ばし、赤外線が届く範囲にいる人は、ヘッドホーン(赤外線受信機)で聞きます。タイループを使って補聴器で聞くこともできます。特別なアダプターを使えば人工内耳の人も利用できます。赤外線補聴システムの利点は、補聴器のない人も使えることです。
・FM補聴システム
FMラジオ放送と同じ仕組みで、マイクからの音声をFM波で送り、FM受信機を内蔵した補聴器で聞きます。1つのマイクからの音声をいくつかのFM補聴器で受信できますので、ろう教育の場などで活用されています。

視覚から得る情報
耳から情報が入り難い聴覚障害者にとって、視覚からの情報はとても重要です。聴覚障害者は、目で「聞く」。巷で溢れているマスメディアの情報も、新聞や各種の書物、テレビの字幕、文字表示装置などがその主な情報源になります。

手話・指文字 手の位置や動き、顔の表情などで意思を表現する。目で見る言葉です。ろうあ者の生活の中から生まれた日本手話は、独自の文法や語彙を持っています。今は日本語対応の手話もあります。指文字は、五十音、アルファベット、数などを指の形で表すもので、手話の補足に使います。
読話(読唇) 話し手の唇や舌の動き、顔の表情から話の内容を読みとること。読話だけで理解するには訓練と天性の勘が必要ですが、中途失聴・難聴者は自然に読話を取り入れて聞こえを補っています。
筆談 口で話す代わりに、大きめのメモ用紙に文字を書いて意思を伝え合います。健聴者、聴覚障害者双方にとってコミュニケーションの正確度が高い手段です。
要約筆記 健聴者が聞き取った話の要点を、聴覚障害者に文字で伝える通訳です。OHP(オーバー・ヘッド・プロジェクター)やOHC(オーバー・ヘッド・カメラ)を使って、3〜4人で交替しながら書いていく手書き要約筆記と、ノートパソコンを使ってキーボードで打ち込むパソコン要約筆記があります。また、 より確かな情報を伝えようと始まった「二人書き」要約筆記も広がってきています。他に、紙やホワイトボードを使ってノートテイクする方法もあります。
その他 視覚による情報伝達の手段としては、FAX携帯電話による文字メールパソコン通信(チャット)インターネットによる電子メール/電子掲示板などもあります。FAXはすっかり社会に定着し、聴覚障害者は電話代わりに重宝しています。パソコン通信のチャットでおしゃべりを楽しんだり、携帯電話やインターネットによるEメール(電子メール)の交換も、聴覚障害者の間で利用が多くなってきています。また、テレビ電話を利用したおしゃべりも実用化になりつつある。

マスメディアから得る情報
字幕 一般向けテレビ、ビデオ、映画、劇場などに字幕を付ければ、聴覚障害者も楽しむこともできます。アメリカではテレビ番組の約95%が字幕付きですが、日本では未だ数%しか字幕が付いていません。全難聴が中心となった字幕推進運動による成果として、国会で字幕対策が予算化され、テレビ局も少しずつ前向きに字幕化に取り組むようになってきました。字幕でテレビを楽しむには、文字放送デコーダか、内蔵型テレビが必要です。最近では、音声変換によるリアルタイム字幕も実現されています。
その他 初めから文字で提供されるものとして、文字(字幕)放送見えるラジオ携帯電話による文字ニュースインターネットによるホームページなどがあります。電光掲示板は、新幹線の中の文字ニュースや、バスや電車の中での停車駅の案内などかなり色々なところに普及してきて、聴覚障害者には便利になっています。他に、情報提供施設による字幕入りビデオの貸出などもあります。

  
■聴覚障害者のリハビリテーション
聴覚障害者のリハビリテーションは、言葉を聞き取る訓練や正しく発声する訓練を行います。音声機能、言語機能、聴覚に障害のある人の訓練、検査、助言、指導をする専門家として、1997年に言語聴覚士(スピーチセラピスト)の国家資格制度が発足しました。しかしまだ人数が少なく、十分な訓練を受けられない聴覚障害者が多く、今後の高齢化社会に向かい、各病院、福祉施設、教育分野での充実が望まれています。
補聴器は、眼鏡のように掛ければすぐに役立つわけではありません。自分の聞こえに合う補聴器を選び(フィッティング)、少しずつ使用時間を長くして馴らしていく必要があります。
 
■聴覚障害者に関係する福祉施策
詳細版:京都市保健福祉局福祉部障害福祉課のホームページ
 
年金の支給 ・障害基礎年金(国民年金)の支給
・障害厚生年金の支給
障害者手当の支給 ・特別障害者手当の支給
・障害児福祉手当の支給
生活福祉資金の貸与 ・障害者更生資金の貸与
・生活資金の貸与
・福祉資金の貸与
・住宅資金の貸与
税金の減免/控除 ・自動車税、自動車取得税の減免
・所得税、住民税、相続税、贈与税などの障害者控除/同居特別障害者控除
・非課税貯蓄(マル優、特別マル優)
交通運賃の割引 ・JR旅客運賃の割引
・民間交通機関(私鉄/民営)運賃の割引
・タクシー運賃の割引
・国内航空運賃の割引
・国内船舶運賃の割引
・有料道路通行料金の割引
【京都市】
・市バス/地下鉄が無料で利用できる福祉乗車証の交付

重度障害者タクシー料金助成(タクシー利用券)の交付(福祉乗車証との選択制)
各種利用料の割引 ・NHK放送受信料の減免
・障害者用冊子小包及び聴覚障害者用小包の減額
・電話設置料の分割払い、福祉用電話機の料金割引
・映画館・演芸場(寄席)入館料の割引
・文化施設などの入園料/入場料/使用料などの免除/減免
【京都市】
・動物園/二条城/美術館(京都市主催展のみ)/青少年科学センターの入場無料
補装具の交付/修理 ・補聴器の交付/修理
・補聴器用電池の交付
日常生活用具の給付/貸与 ・聴覚障害者用通信装置(FAX、文字電話など)
・文字放送通信デコーダ
・聴覚障害者用屋内信号装置(聴覚障害者用目覚まし時計、サウンドマスター、聴覚障害者用屋内信号灯)
住宅施策 ・公営/公団住宅の優先入居
社会参加の促進 ・手話通訳者/要約筆記者の養成/派遣
・手話通訳者の設置(役所や福祉事務所などに)
緊急時の通報 ・聴覚障害者用携帯メール110番の運用(滋賀、大阪、北海道などの一部地域)
・聴覚障害者専用119番緊急メール通報システムの運用(滋賀県長浜市など)

【京都市】
・火災・救急などの緊急用ファクス(文字で伝える救援信号)の運用
・京都府警ファクス110番の運用(FAX番号:075-415-3110)
・京都府警電子メール110番の運用(メールアドレス:kyoto110@pipopa.ne.jp)
 [平成14年1月10日より運用開始]
情報提供の普及 ・公衆FAXの設置
・電光掲示板の設置
・字幕付き映画の上映
・字幕放送の普及
・文字情報提供(インターネット/携帯電話/文字放送/見えるラジオなど)の普及
・字幕ビデオの貸出(京都市聴覚言語障害センターで貸出可能) など
相談窓口の設置 【京都市】
・各区福祉事務所
・身体障害者リハビリテーションセンター
・京都障害者職業相談室
・京都障害者職業センター
・京都市聴覚言語障害センター
・京都府/京都市聴覚障害者協会
・京都府難聴者協会/京都市中途失聴・難聴者協会 など

(注)障害程度等級、所得などにより、対象者にならない場合があります。

 

要約筆記奉仕員養成講座(基礎課程)テキスト(全難聴・全要研合同テキスト委員会)より抜粋