真 夜 中

サ ラ ダ

 ゼンマイ仕掛けの時計がチク=チャク、チク=チャク。
 薄暗がりのキッチンの、ランプひとつの灯りを頼りに僕はトマトにさくりと包丁をさしいれた。
 滴る汁に指先を濡らして、一切れすくい上げ、味見する。甘酸っぱい味が広がって、僕は満足に頷いた。
 残りをまな板の端へ押しやり、次はバナナと胡瓜を輪切りにする。
 トタタタタン。
 バナナはすぐにレモン汁を振りかけ、ちぎったレタスとあわせて特性のヨーグルト・ソースであえる。それらをボールに装って、仕上げにトマトを上に飾った。
 さあ、できたぞ。
 真夜中に食べるサラダは刺激に満ちている。
 今日はこっそり別にしておいた美女の血をワインで割って、テーブルに並べる。
 近頃は吸血鬼も優雅には暮らせない。
 吸血鬼の伝染性は、とっくの昔に解明され、駆除された。けれども、後遺症として、遺伝子に変質を起こした。
 生き血を定期的に補充しないと、貧血で倒れてしまうのだ。吸血鬼の血液は、体内でつくられる量が普通よりも少ないらしい。
 そのところの医学的メカニズムは、今だ研究中。
 だから、人間の生き血が吸血鬼にとって、増血剤になるわけはわからない。
 それになぜか吸血鬼の特質といわれていたこともそのまま残った。
 昼間に仲間と献血自動車のアルバイトに精を出し、日給は三十五マイカーシルと試験管一本分の血液。
 破格の値段なのは確かだが、半分は危険手当だ。
 なにしろ太陽光線は僕たちを殺す。今日はうっかり左手の手袋をはめ忘れて、火傷をしてしまった。夕方だったのが幸いだ。

 ぱりっと張りのあるレタス。
 菜食主義の僕は、最近の野菜の値上がりも悩みの種だ。好物のアスパラガスも去年と比べて四分の五マイカーシル上がっている。
 夜間割引の電気料金に加入し、冷暖房機、冷蔵庫、食器棚、真四角のテーブルと椅子、ソファ、棺桶、書棚のみのこざっぱりとした部屋。5LDKは一人で暮らすには広すぎる。
 けれど、これでも狭い家に越したつもりなのだ。先祖代々の屋敷のひとつを売り飛ばし、街の郊外の緑あつい場所に家を買った。それがここだ。街に出るにはバスに乗って行かねばならず、都市に出ようとしたらさらに電車に乗らなければならない。
 アルバイトのおかげで生き血には困らないが、ニンニクや十字架はそこら中に溢れているので、街は危険に満ちている。うっかり中華街に迷い込んだら生きては出られないかも知れない。
 吸血鬼なんてものは、そこらの人間などよりもよほどやわにできているのだ。
 人間がニンニクや太陽光線みたいなもので死ぬ目にあったりするだろうか。人間が死ぬのは、同士討ちか病気か飢えで死ぬくらいだ。僕たちだって、病気になるし、食事は他のものだって食べられるが、基本的に生き血を採っていないと食事の意味がない。人間は雑食だからなんでも食べて栄養にする。僕たちはそうはいかない。
 僕たちには禁止項目がありすぎる。
 書物や映画に出てくる恐ろしげな吸血鬼のようになりたいとはもう思わなくなったが、子供の頃にはやはり憧れた。
 あんな風に強く、格好良く生きられたらいいなとか、美女のもとに夜な夜な通うハンサムな吸血鬼になりたいとか、今となっては子供じみた童話だが、昔はかなり真剣だった。やがて、その夢物語と現実とのギャップに圧倒されて、つまりは、ぼくたちがそれほど強くはないって事がわかって、次第に冷めていくのだ。
 これを人間は大人になると表現するのだろうか。
 人間よりも長く生きる分、僕たちはきっと弱くつくられているのだ。
 それが自然の摂理というものだろう。
 時代の歴史家の多くは僕のような吸血鬼だった。長い時間を持て余した僕たちは、いつしか人間の歴史を書き記すのを生業とするようになったのだ。僕たちは冷静ないい歴史家だと思う。
 人間と吸血鬼とが相容れない存在である以上、彼らの歴史に感情的ないれこみはないし、客観的に見られるというものだ。
 それはもちろん、僕たちは人間達に生活を依存している部分はある。選挙権だってあるし(ただし立候補する権利はない)、人権と人が呼ぶものだって保証されている。
 僕たちは完全な平和主義者だから、しょっちゅう戦争やら殺人やら強盗やらするという感情は理解ができない。これらの言葉だって、僕は人間から学んだ。
 その本質も今では認識できた気もするが、僕にはそれを実行はできない。これらは人間の言葉であって、僕たちの言葉ではないのだ。

 サラダを食べ、飲み物を飲み干すと、僕はもう満腹だった。
 いつものようにてきぱきと片づけを終えると、火傷でヒリヒリする肌をシャワーで冷やして、ソファにゆったりと腰掛ける。ごわごわしたバスローブは気持ちがよく、真夏の夜は蒸し暑かったが、僕は幸福だった。
 いや、僕たちの生活は、というべきだった。
 僕がこうして生活できるのも、ご先祖様達の努力の賜物なのだから。僕は幸福を感じることを幸福に思い、それらを実現させていることどもに感謝を捧げ、棺桶の蓋を閉めた。
 ゼンマイ仕掛けの時計がチク=チャク、チク=チャク。
 今晩も変わらぬ時を刻んでいる。
 次に目を覚ましたら、螺子を巻いてやらなければ。


おしまい

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