バスで帰宅の途中、さしかかった空き地は半分だけ陽が差して、くっきりとした陰影をつくっている。春の煌めきに満ちた光は、ただそれだけで眩しい。芽吹いた雑草の類がやわらかな緑をつくっていた。一方、影の側はすべてが暗い。ひっそりと静まりかえっている。
この時節にはありふれた光景。しかし見飽きることはない。それらすべてを一瞬に読みとって、僕は、陽の当たる側に意識を向ける。
長くのびた葉先が陽光に透けて、まばゆい緑の輝き。風に揺れて、瞬く、瞬く。リズミカルな煌めき。葉と葉が重なるにつれ、光は弱まり、濃く影を落とす様が命の芽吹きを伝えている。
そこに猫が背を向けて座っていた。
微動だにせず、草っ原の風に吹かれている。そこだけ切り取られて僕の記憶に残る、そんな一瞬の邂逅。
平凡な日常の一場面であるはずのそのことが、その時はいやに印象的に思えたのだ。
彼は飼い猫だった。生まれたのは、野良猫だった母猫が拾われた先の家の、居間に置かれた机の下だ。拾われたとき、すでに子供を宿しており、食欲があるのをいいことに、家人はよく餌をやった。そうして、ある日うなり声をあげながら、家中を徘徊する母猫に家人はとまどいながらも見て見ぬ振りをし、静かになったと思ったら、子猫を産んでいたのだ。
環境が激しく変わったためだろう、子猫は一匹だった。
その夜、部屋に子猫をくわえてやってきた母猫に「じゃあ、父親役は僕がやろう」と言って、部屋の片隅にタオルやらしきりやらを取り付けてくれたのが、部屋の主の人だった。
以来、目が開くまでは、その部屋が世界のすべてだった。入れ替わり立ち替わり物珍しげにのぞいてくる人間たちの気配を感じつつ育ち、大きくなったときには、人間である父と母と川の字になって一緒に寝ていた。
その父が、もう家に帰ってこないという。
皆黒い服を着て、涙を流しつつ、彼にそういったのだ。
「おまえのお父さんはね、もう地球にいないのよ。宇宙に行ってしまったの。選ばれて、遠いどこかの惑星の礎となるのです。名誉なことだけれど、わたしたちはやはり哀しんでしまうわね」
猫の後ろ姿は孤高だ。凛として、たたずむ。
そうして、空を見上げて、あの猫はなにを思っていたのだろう?