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氷砂糖



 ふと、夜空を見上げたら、ちょうど流れ星が空を滑っていた晩のこと。

「おじさん」
 駅の改札を抜けて、バス停までの人通りの激しい道を、なにも考えずに歩いていたら、呼び止められた。
 いや、これだけ人がいるのだからわたしのことではなかったのかも知れない。しかし、振り返ってしまったのだ。
 わたしを呼び止めたのは、小さな子供だった。一瞬迷子なのかと思う。迷子にしては意志の強そうな眼をしていたが。
「……どうしたの? 道に迷ったの?」
 わたしは声をかけた。子供はにっこり笑って、首を振った。ポケットに突っ込んでいた手をこちらに差し出し、握っていた手を開いた。
「おじさん、これやる」
 手のひらの上には、白く半透明な石があった。
「これ、くれるの? どうして……?」
「おじさんが立ち止まってくれたから」
 そういって、子供はわたしの手に石を握らせた。

 よくよく見ると、それは氷砂糖だ。つい先程まで子供が握っていたとは思えぬほど、冷たい。
 そうして、なにがなんだかわからぬうちに、子供はわたしに別れの挨拶をいうと駆け去ってしまった。

 子供が行ってしまうと、今の出来事が現実なのか、わからなくなる。唐突にわたしの人生に割り込んできた非現実。きっと流れ星など見たからだ。
 わたしは所在なく、立ちつくしていたが、我に返って歩き出した。道の流れを乱しているため、人の視線が痛かったのだ。
 バス停は相変わらずの長蛇の列。その最後尾について、わたしは、そっとポケットから氷砂糖を取りだし、口に含んだ。この氷砂糖はもしかしたらあの流れ星なのかも知れないなどと、愚にもつかぬ事を思いながら。

 氷砂糖は、ひんやりと冷たくて、追憶の味がした。




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