part 1.
ザザン、ザザザザ……。
波音が耳に届いているのに波は僕の目に見えない。海の感触が体にまとわりついて離れないのに海はここにない。目の前はやわらかな光がゆらゆらと揺れて、かすかに青っぽい。
(もしかして、ここは海の中なのかも知れない)
そう思って僕は、口を開いて怖々空間を頬張った。ふわっと流れ込んでくる、これはなんだろう。
しょっぱいような感じが僕に、やはりここは海の中なのだと感じさせるが、それにしてもここには僕の海に持つイメージがあまりない。僕の海は黒く濁ってどろどろしている。浜辺は観光客の落としていく塵で汚れ、海は工場の流す汚水で穢れているのだ。
テレビで、それは美しい海の姿を知ってはいるが、その姿は僕には無縁のものだった。その海らしきものが、今僕のもとにある。これは喜ばしいものではないか──?
海は僕にとって永遠のあこがれだ。その昔、男たちは荒々しい海のもとへ競って船出し、その胸に抱かれたのだ。その強く優しい腕に。
part 2.
穏やかに押し寄せてくる波の間に、素足で分け入って、わたしは海の暖かさを知った。足指に絡まる白く細かな砂、貝のかけら、押し寄せては帰っていく海の流れ。そして目前には崩れたビルの残骸が、珊瑚さながらに横たわっている。それが妙に違和感なく眺められるのは、わたしの心の海だからなのだろうか。
ここには、わたしが海に想い描いていたものがすべてあるのだ。断崖絶壁の切り立った崖の真下に、穏やかな趣の波が優しく押し寄せる。遥を見渡す水平線にはなんの障害もなく、朽ち果てたビルだけが唯一のものだ。
わたしは近くのコンクリの塊に腰掛けた。コンクリートは太陽に暖められて、少し熱い。気持ちのよい風が吹いてきて、わたしの髪を僅かに引っ張る。わたしの心は体を抜け出し世界を駆け巡る。
夢なら、覚めねばよいとわたしは考えた。
part 3.
アクアマリンの海。
その海の中にあるのは、朽ち果てたビルの残骸。
切り立つ崖の上から見るその光景は、まるで墓場のようだ。
波に揺らめくビルは灰色。
しかしそこに珊瑚が息づき、海藻が覆い、いつしか姿は消えてゆく。
海の中に。
崩れて消える、母の腕に。