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鉱石ラヂオ



 覇王樹通りに、おもしろいラジオをおいている居酒屋があるというので、その夜は友人と連れだって、冷やかしにゆくことにした。
 通りの由来でもある覇王樹の前で待ち合わせた。根本には花時計があり、時が来ればシャラシャラと音楽が鳴る。今ちょうど、19時の音楽が流れている。友人は少しばかり遅刻らしい。
 この通りは最近できたところで、片方の端は、なじみのカシマイル通りにつながっている。どの店もできたばかりで真新しかった。
 5分ばかり、待たされたところで友が来た。挨拶もそこそこに店に向かう。覇王樹の二つついている腕の左手が指し示す方向に目指す店はあった。


 緑に塗られた木製の扉には、開店を知らせる下げ札の上に店名の入ったガラス窓がついていて、三分の入りであることが見て取れた。
 まだ手垢の付いていない扉をくぐると、中央にガラスケースに収められた巨大な海王石が目にはいる。青が美しいベニト石と白いソーダ沸石の混じりあった上に、いっそ黒いといってもいいほどの濃い赤色をした見事な海王石がのっている。だが、マンガンの少ない部分は赤みが強いので、赤が濃すぎて黒く見えるのだと知れる。
 そのガラスケースの台の下から様々な色のコードが伸びており、まわりのいかめしい機械につなげられていた。壁の一面がコイルになっており、そこにもコードが伸びている。
 また、カウンターにはアンティーク趣味のスピーカーが備えられており、しかるにこれがラジオの装置らしい。こうしていると物々しい感じがするが、そこはうまく店内のデザインが決まっていて、洒落た感じになっている。なかなか感じのいい店になっていた。
 我々は目を見合わせた。噂のラジオは鉱石ラジオだったのだ。
 鉱石ラジオは、回路の一部に鉱石の結晶を用いた受信機で、電源を必要とせず、空間に満ちている電波を感じ取って作動する。一風変わったラジオなのだ。
「これは、ずいぶん立派なラジオですね」
 わたしは友人と一通り装置を見ていった。少なくとも、こんなに大きな鉱石を使ったものは初めて目にした。
 わたしの言葉に店のマスターは顔をほころばせる。
「おわかりになりますか」
「ええ、懐かしいですね。子供の頃にわたしもつくってみたものです」
「そうそう。自分で拾ってきた、いろいろな石をつなげてみたよ」
 カンパリソーダをやりながら、どんな鉱石が一番よく聞こえたかなど、話は盛り上がった。
「さて、マスター。そろそろこのラジオの音を聞かせてくれよ」
「そうとも、我々はそれを楽しみに来たのだから」
「それでは、スウィッチを入れましょう。今晩はよく聞こえますかどうか」
 なにやら意味深なことをいう。
 カチッとスウィッチの入る音が聞こえ、同時にか細く話し声が聞こえる。
 思ったほど音は大きくはなかった。我々は耳をそばだてる。聞こえてくるのは話し声だ。
[・・・・・・明日の・・・・・・はビールが一杯2マイカーシル・・・・・・冷える夜・・・・・・熱燗・・・・・・時々星くずが降・・・・・・で・・・・・・]
 マスターはボリュームを調節してくれた。普通よりは、小さい音だが、ハッキリと聞こえるようになった。
[・・・・・・朝には、露がつくでしょう・・・・・・ホットワインがおすすめ]
「これは一体全体なんの番組だろう?」
「なんともこのご時世に荒唐無稽じゃないか」
 マスターはニヤリと笑った。
「これは正規のラジオ放送じゃないんですよ。偶然見つけた声なんです」
「どういうことだい?」
「信じられないでしょうが、実はこれは通りの覇王樹がしゃべってるんですよ」
「ええ?」
 一様に驚く。確かににわかには信じがたい話だ。
 我々の反応は予想通りだったらしく、マスターは気を害するふうもなく説明を重ねた。
「エンパシーです。大抵の植物が持っている力なのだそうですが、特に強いのが覇王樹なんだそうですよ」
「胡散臭いなぁ」
「別に、そんなおかしな話ではないんです。ほら、植物は話しかけながら育てたほうがよく育つというじゃありませんか。つまり、植物は人の話す言葉というか感情がわかるわけです。それで普通は、そういうぼんやりした気持ちの送受信をしているだけのようなのですが、どうしてだかあの覇王樹は、こうして人の言葉を話しているようなのです」
「どうしてまたあの覇王樹だと決めつけるんだい? どこかの海賊放送を受信しているのかもしれないよ」
「うむ。そちらの方が信憑性があるな」
「いえいえ。証拠があるのです。あの覇王樹の下には、時計があるでしょう? 時がくると、音楽の鳴るやつが」
 そういえば、覇王樹の根本には綺麗な花時計があって、時報を音楽で告げるようになっている。
「もうすぐ、9時です。耳をすませてご覧なさい・・・・・・」


 話す言葉の後ろで時計の音楽が聞こえる。我々は納得した。
 そうして、覇王樹の不思議なおしゃべりに耳をすませながら、夜の更けるまで飲んだ。



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