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上弦の月



 昨晩のニュースで、来月、得体の知れぬ宇宙怪獣がこの地球を襲いに来るという、なんとも荒唐無稽な話が流れた。
 はじめは一笑に付した民衆も、政府筋から映像やその獰猛な生態や当日の対処法などが発表されるにつけ、笑い事ではなくなった。
 それでも、民衆はパニックを起こさなかった。
 なぜなら、地球襲来の当日、月は上つ弓張であるからだ。
 お月さんに弦を張り、巨大な毒矢をもって敵に射掛けるという。現在はその毒矢を急ピッチで製造中とのことだった。

 さて、問題の夜。皆総出で、見物をした。
 天空にかかるお月さんには、ピンと弦が張られ、矢がつがえられているのが見える。
 敵の宇宙怪獣も、その姿が見えた。なんとも恐ろしげな風体である。皆固唾を呑んで見守った。
 やや緩慢に、弓から矢が放たれ、ぶすりと怪獣に食い込んだのがはっきり見えた。怪獣は悲鳴を上げたらしい。音は届かなかったが、空気がビリビリと振動したのが皆にも感じられた。どこかで津波が起こるに違いない。
 怪獣はゆっくりと地平に沈んだ。

 凄まじいのが、その翌日のニュースである。
 国連が、その怪獣を捕獲した。とうに息絶えていたということである。早速解剖が行われ、その肉が人にも食える食材であることがわかると、その巨体の処理に困った国連は、すべて料理して、地球人総出で食そうと提案したのである。
 提案は迅速かつ、早急に各国政府の間を通り抜け、かつてないスピードで、提案を呑む結論をはじき出した。
 すでに冷凍済みの肉塊が、各国に配られ、それが更に、各地方自治体に配られ、そのまた更に更にと細かく配分され、肉を食べない人種には、配るのは控えられたが、その他には有無をいわせず、肉は配られたのだった。
 わたしの住む地域にも、肉はやってきた。自治会の女たちがいろいろ相談をして、結局サイコロステーキにして皆で食べようということになった。
 わたしも、興味津々でその肉を喰ってみた。ミディアム・レアに調理された肉は、牛に似ていた。少し臭みがあるにはあるが、そんなに気にならない。脂が乗っているわりにしつこくなく、うまいと感じた。
 そうしてわたしははっとする。
 結局、一番恐ろしいのは、このわたしたちではないかと。



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