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月の砂漠



 砂漠に住む人々は、夜空を愛でたりはしない。
 星が見えすぎるので、恐くなるからだというのがその理由だと、いつだったか読んだ本に書いてあった。
 そんなことをふと思い出して、男は砂まみれの髪を掻き上げ、天を見上げた。目眩さえするような輝き。
 あながち嘘ではないかも知れぬと思う。天を彩るこの光景の前ではどんなに大粒の金剛石も霞んでしまうだろう。そして、この煌めきは決して金では買えないのだ。見る者を魅了してやまない星の光は、独り占めすることさえ許さない ── 。
「……、あまり見つめてはいけない」
 同じテントのベドウィンの青年に声をかけられているのに、気がつかなかった。目の前を手で遮られて初めて、男には彼の言葉が聞こえてきた。
「星をみるのはほどほどがいい。でなければ魂を持っていかれてしまう」
「ああ ── そうだ、ホントにそんな気がしたよ。ぼうっとしてしまって。ありがとう」
 男は、照れ笑いをしつつ、青年を眺めた。しなやかな、黒豹のような肢体。月を背にして立っているので、表情は読めない。ひときわ大きな、青い月。
「今度は月にみとれたろう? 懲りない人だな。そうだった、あんたは天文学者だもんな。半分気が狂っているんだ」
 青年は男の隣にどかりと腰を下ろすと、まじめにそういった。男は苦笑する。
「気が狂っている、か。星や月が好きな人間がそうだというなら、確かにわたしは気違いだ。だが気狂いでない人間などつまらないものだよ」
「どうして?」
「そのうちわかるさ」
 しばらく、黙って砂漠の海を眺めていた。昼の熱気は去り、寒さがあたりを覆っている。所々でなにかが動く気配がする。きっと夜行性の動物たちがひっそりと活動しているのだろう。なにもかも死に絶えているかに見える砂漠でも、生命の営みはある。
 それにここいらにはまだ、人だって住んでいるのだ。
「……オレたちの間には、この砂漠は月の墓場だという言い伝えがある。夜、月はこの砂漠の中に沈み、粉々になって死ぬ。その躰は、砂漠の砂粒になって散らばる。そして朝になると、砂漠の砂の間から新しく生まれるんだ」
 青年は、自身も月を眺めながら、そんな話をしてくれた。
 夜毎、日毎に砂漠で死んでは生まれ変わる月。それはそれで多分に詩的な話だ、と男は思い、砂漠から月へと視線を移して、その伝説に思いを馳せた。



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