そもそもは掲示板に作者自身で書きこんだのですがもっとたくさんの人に
読んでもらおうと思いページを別に設けてみました。
うちのリーダー的存在の隊長がレスつけてくれましたので、それも載せて
おきます。
個人的な考えかもしれませんが是非読んでみてください。
感想、意見、何でも思ったことを掲示板またはメールしていた
だければ、さらにありがたく思います。


シーモの主張(文責yoshi@別館)

トップページにわしらは車椅子の方のスペースに
絶対にとめないということをかきました

前回の四国ツーリングの帰りに山陽自動車道のあるS.Aで
休んでいた時の事、その日は朝から雨で荷物やら服やら
全部濡れてしまって大変でした。
S.Aのバイク置き場には屋根があったのですが、
他のライダーさんでいっぱいだったので止めることはできません
我々は雨には濡れますが仕方なく他の邪魔にならないところに停めました

雨が降るのはどうにもならんからゆっくり休むんべ、てな感じで
休んでいると、車椅子の方の為の駐車スペースに車が入ってきました。
その場所は乗降する時も、トイレなどに移動する時も
濡れる事がないように施設まで屋根がかかっていました。

ぼんやりと眺めていましたが、なんかおかしい。
車内を見ると典型的な家族連れの旅行の様子、
子供ははしゃいでいて、その親が運転している。
ドアが開いて、運転者が降りてくる時、ハンドルその他を見た。
足を使わず手だけで運転できる装置はついてはいないようだ
ならば、その家族に車椅子の方がいるのか?
はしゃぐ子供や、その運転者の妻であろう人物も自分の足で
歩いている。心身ともに障害を持つ人はいない様子。
車内に残っている人物はもう居ない。

あなたならどう思うだろうか?
それとも気にも止めないだろうか?
恥ずかしいがこの文章を書いている自分はその時までは
しょうがない奴だな、位にしか思っていなかった。

その後、別の車がそのスペースに近づいてきた。
しかしそのスペースには障害のない人が止めているので
もう車は屋根の下へ止められない。
その車には車椅子を使用されている方が乗っていた。
仕方なく屋根ぎりぎりに止め(といっても確実に濡れる)
ドアを開け、車椅子を降ろしシートからそれに乗り移っていた。
車椅子は両手を使って動かすものだ、当然傘はさすことはできない。
降りの激しい雨は、容赦無く車椅子を濡らす。

それを見ていたうちの隊長がキレタ

あつかましくずーずーしく平気な顔で専用スペースに
障害も無い人間が車を止めること、そしてそれによって
本来ならば優先されるべき方が雨に濡れなければいけなかったことに。

車椅子の方が乗っていた車は他の駐車スペースに移動した様だ。
本来ならば、優先的にそのスペースに止められるはずなのにだ。
優先スペースに止めた車はもう長い時間止まっている
車の中には誰も居なかったので、車椅子の方が濡れながら
乗降していたことなど、当然知ったこっちゃない。
うちの隊長はますます腹を立てた、運転手が戻ってきたら
ヒトコトいってやると言う。無理も無いだろう。

運転手が戻ってきた。
隊長、その運転手に近づき一言いってやった。O君も加わる。
ここは障害を持つ方が優先的に止められるスペースであること・・・
あんたが止めていたので車椅子の方が濡れながら降りていたこと・・・

その時のその運転者の反応は・・・
その運転者は憮然とした表情をしていた、なにか言いたげな
顔をしつつも何も言えない。なにか小声でぶつぶつ言っていた
かもしれない。それよりも文句を言われたことに、ただ
腹を立てていただけかもしれない。
それとも多くの人の前で恥をかかされたから怒ったのか?
とにかく反省の色は無いようだ。

その車は屋根のしたから出ていった。
乗っていた人間は、雨になんか濡れちゃいない。靴もだ。

後に残ったのは、やりきれない思いと腹立たしさだけ。
隊長、しきりに怒っていた。

ここまで読んでくれてありがとう。
あとの行動と判断は読んでくれた人にお任せします。
今後ともシーモはそのスペースにバイクを止めることは
絶対にないでしょう。


(以下)隊長の言葉

ども、たいちょうです。
まぁ、おおむねここに書かれていることが、事実です。
知り合いで車椅子を使用されている方がいらっしゃいます。
やはり、この文章と同じようなことがよくあるようです。
それどころか、じゃまやから、はよのけ!!と言ってくる輩
もいるようです。

別にだから、なんなんや。って言われると、こまりますが、
良識をもって考えれば、分かることではないでしょうか?

この話しのなかでも、みんなに、そんな、怒らんでも、って
言われました。その話しが出た後に、車椅子の方の車が
来たわけです。
正義感ぶってといわれれば、その通りかも、しれません。
全部に全部注意することもできません。ただ、こういう事実が
あって、シーモのメンツは共感してくれただけです。
ぞれ以上でも、それ以下でもありません。

各地にツーリングに行き人の暖かみを肌で感じました。
困ってる時に助けてもらったこともあります。
わたしは、公共的に設けられたルールを守りたいと思います。


yoshi@別館

人それぞれ、意見、考え、行動、違って当然です。
生まれてきたいきさつ、育てられ方、その環境によって違ってきます。
社会の一員として責任を持つ立場になってからも考え方は変わってきます。

この社会で弱者(この言葉は実を言えば嫌いです)と呼ばれる方たちは
自らの意思でそうした立場になったわけではないはずです。
結果的に不幸にもそうなっただけだと思います。明日はわが身と言うこともいえるはずです。
いや、健常者である私たちよりもすばらしい人生を送っている方もいるでしょう。

身体的なあるいは精神的なハンディキャップと言うのは健常者の私には想像できない部分が
当然ありますが、ハンディを持った方が社会において行動する時、多かれ少なかれ不便なことが
あると言うのは私にも容易に想像することができます。

私たち健常者ができることは、そう言うことを少しでも理解して、困っていることがあれば
直接、あるいは間接的にでも、義務感ではなくとも、ほんの少しの思いやり、気配りで
手伝ってあげれば、良いのではないかと思うのですが、どうでしょうか?
もちろん、誰の助けも借りずに自立されている方もいらっしゃいますが。

私たちにまずできることは、ハンディキャップを持っている方たちを理解し受け入れる
それが、まず第一の義務であると私は信じています。難しい事ではありません。

これを読んでくださった方には是非、お考えになって欲しいと思っています。
   

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