リストカットシンドローム

著者:ロブ@大月
出版社:ワニブックス
読了日:2003/12/19

 面白かったです。2時間弱で一気に読みました。

 自分で自分の手首を切る人が世の中にこんなにたくさんいると知ったのは、医学生も後半になってからのことでした。実際に会って話をしたのは、大学での実習で担当した患者さんが一人、市中病院での実習で一人。話してないけど見たのは、それこそ数知れず。私自身にも、リストカットこそしたことはありませんが、自傷および自殺念慮はたまに起こります。まあ、私も自己評価は低い人間ですから……。

 そして、医者になってからは本当に驚くくらい診ました。絶対数が多いというよりも、予想よりもはるかに多いという意味ですが、手首を切るなんて行為は私にとっては完全に非日常的なものなのに、それがほとんど日常化している人までいるというのですから……。

 本書は、若年者に多い繰り返す手首自傷行為、すなわちリストカットシンドロームについて、8人の経験者にインタビューしたものです。読む前には正直言って、ここまで秀逸な構成とは思いませんでした。本書を読んでもリストカットを繰り返す人の心理がまったく理解できなければ、それはこの本のせいではなく、読む側に原因があると思います。

 本書の主旨として、「彼らは生きるために手首を切る」というのがあります。これに対しては私は必ずしも賛同できません。というのは、短期的に見れば正しいかもしれませんが、自傷を繰り返す人が最終的に致命的な手段で死ぬことに成功する場合もまた多いからです。本人が意識しているかどうかに関わらず、リストカットは本質的に希死念慮の表れであり、少なくとも臨床医にとっては自殺の危険信号であることに変わりはない、とむしろ本書を読んで感じました。

 帯には「リストカットしてても、死にたくはないんですよ」とありますが、むしろこっちの方がわかります。死にたくないけど生きていたくもないから、死に至る可能性の低い自殺手段であるリストカットによって自らを生と死の境界に置くのであり、血の流れや傷の痛みを感じることで生の実感を得るのでしょうね。

 また、共通の原因として「両親との不和」を挙げています。でも本書を少し注意して読めば、むしろ両親を含めた「大人との不和」であることは明らかです。自傷の基盤を形成したのは両親との関係であっても、それを促進したのは必ずしも両親だけではなく、心無い教師の叱責であったり無神経な医者の一言だったりもします。また、いじめもその要因の一つであり、いじめそのものと、いじめに対する周囲の大人の対応のまずさが人を自傷に追いやるのだろうと感じました。

 著者の筆力はまあまあ。私とほぼ同い年、つまり若いので、今後には期待できるでしょう。アングラ系・サブカル系の本は文章が読みにくいことが非常に多く、読む前には私も警戒していました。しかし、この著者の文章は大変読みやすいですし、読み終わった今では本書をそうカテゴライズすること自体に抵抗があります。

 でも、私も一応医者ですから、さすがにリストカットをしてもいい、とは書けません。むしろ、本書の最後にも書かれているように普段から十分なドクターショッピングをしておいて、リストカットする直前に駆け込めるような病院を探しておくのがいいと思います。