エゴイズムと「利己的利他主義」
エゴイズムと「利己的利他主義」
今までお話ししてきたようなさまざまな人権侵害や差別の一番根底にあるものはなんでしょうか。頭の中では人権は大切だと考えながらも、目の前にいる人の人権を大切にできないのはなぜでしょう。わたしは、それはわたし(あなた)の中にあるエゴイズムだと思います。
エゴイズムの根底にあるのは、自己保存本能です。自己保存本能は、人間の中にある「生き延びよう」とする最も強い本能です。危機的な状況(例えば、新型コロナウイルスの感染拡大)になると、人はこれに支配されます。新型コロナウイルスに伴う「自警警察」や感染者の排除、県外ナンバーの車の排斥等はすべて、「(他人はさておき、わたしは)生き延びたい」というエゴイズムが根底にあります。このようなエゴイズムが、ナルシシズム(自己愛、自己万能感)と結びつくと「自分の思うとおりに他人を生きさせたい」、「他人が自分の思うとおりに生きないのは、わたしに対する嫌がらせだ。自分は被害者だ。」という思いになります。
エゴイズムは自己保存本能が根底にあるため、それを克服することはとてもむずかしいことです。自分を犠牲にして、相手のために尽くすこと。そこまでいかないまでも、自分と相手を、自分にとって同じ価値の存在として見るなどということは、本来、人間には無理があることなのかもしれません。その意味では、人権を尊重する、すなわち、相手の人権を自分の人権と同じように考えるということは、不可能に近いこととも言えるわけです。
エゴイズムを脱するということは、どういうことでしょうか。エゴイズムの根底に「自己保存本能」があるとすれば、エゴイズムの反対の思いは、「今、このまま、ここで自分が死んでも、それはそれでいい。」と思えることになります。エゴイズム、すなわち自分の都合、自分の計らいごとをすべて捨て去ることができれば、「今、ここで死んでも、わたしはそれを受け入れる」ということになります。ここまで来ると、宗教や悟りの一歩手前まで来ている感じがします。
ジャック・アタリというフランスの思想家が、「利己的利他主義」ということを主張しています。エゴイズムは利己主義を生み出し、利己主義の反対は利他主義ということになります。人間はエゴイズムから抜け出すことは不可能だと考えれば、利他主義などというのは余裕のある時のきれいごと、自分の本性を理解していない人間の世迷い言とも言えます。しかし、ジャック・アタリはそのような考え方をせず、自分に本当に良かれと考える(利己主義)ならば、人間は、他人にとって良いことをする(利他主義)しかないのだと考えます。逆に、他人の利益を無視して自分の利益だけを追求すれば、自分の利益さえ失ってしまうと考えるわけです。日本に昔からある言い方で言えば、「何事もお互い様」、「情けは人のためならず(自分のためになる)」ということになります。なるほど確かにその通りなのですが、新型コロナウイルス感染などの危機的状況に追い込まれたとき、そのような長期的、包括的視点に立った理性的判断が人類にできるかどうかは、なかなかむずかしいものがあります。