同和問題(部落差別)
同和問題(部落差別)
同和問題(部落差別)は近代の日本が抱えた(今も抱えている)おそらくは最大の差別です。なぜ、部落差別が生まれたのかについては、ここ数十年でさまざまに研究が進み、従来の「江戸幕府が、士農工商の身分序列(身分のピラミッド)の下に、さらに被差別部落の身分を作った」という説明が誤りであったことが明らかにされました。また、そもそも江戸時代に士農工商という身分序列(身分のピラミッド)があったというとらえ方も、間違っていたと考えられ、教科書から「士農工商」という言葉は削除されました。さらに、「身分(身分集団)」をどうとらえるかという考え方も、最近の研究の中では大きく変化し、従来のような上下の階級ではなく、職業(職分)等に伴う「特権」や「義務」と結びついた集団としてとらえる考え方が主流となっているようです。身分制社会においては、身分はすべての人について回るものであり、自分の身分も他人の身分も、基本的には入れ替わることがない「当然のもの」としてあったはずです。それを自分に対する差別と考える人は(ほとんど)いなかったと思われます。身分は自分を拘束するものですが、一方で自分の生活を保障するものでもありました。身分を否定し、身分から抜け出そうとすることは、生活を支える職分(職業)を失うことであり、きわめて困難なことであったはずです。江戸時代の身分制度を「差別」と考える人は、近代の感覚で身分制社会を見ているわけで、「差別」というような感じ方は、身分制社会の中に生きていた人には、基本的にはなかったはずです。(もちろん、いつの時代にも、自分を拘束する身分制度について反感を持つ人や、戦いを挑む人はいました。しかし、それらは常に少数派です。大多数は、身分制そのものを肯定的に受け入れていたからこそ、身分制は続いたわけです。)
そう考えると、現在あるような「部落差別」が生まれたのは、中世でもなく、近世でもなく、明治時代だと考えるべきです。日本が身分制社会から明治政府によって近代的社会に生まれ変わる中で、被差別部落の人たちが、とりわけ近代的差別の対象となってしまったことになります。つまり、明治政府が、1870年に江戸時代の身分制度を新たな「華族・士族・卒族・平民」に再編し、1871年の太政官布告(解放令)によって江戸時代において「えた・ひにん」などと呼ばれていた人々も平民となり、1872年には「華族・士族・平民」に再編されました。このような動きにともなって明治政府は、平民が苗字を名乗ることや、華族や士族との通婚、職業移転の自由も認めました。
しかし、太政官布告(解放令)に対しては、それに反対する一揆が岡山県などで1871年から起きています。人々が被差別部落を襲い、家を焼き、そこの住人を殺害するという事件が起きました。江戸時代において、「けがれ」の意識に基づく「忌避(避けて、遠ざける)」感によって、対等の人間的なつきあいがなかった人たちと、「いっしょにされる」ことへの抵抗感がこのような差別や犯罪を生んだと考えられます。いわば、この時点で中世・近世の身分制にもとづく「畏怖」や「忌避」の念が、ねじれるような変化を経て、近代的な差別意識に姿を変えたことになります。現在の部落差別は、この時点から始まったと考えるべきです。ちなみに、明治政府によって初めて作られた「壬申戸籍」は1872年に作られ、一部の地域の戸籍には「新平民」等の記載がありました。
明治政府によって身分が再編され、それによって身分に伴う特権の多くも消滅しました。特にその影響は士族と被差別部落の人々にとって大きく、多くの人々が、それまでの職を失ったり、さらに貧しく、生活が苦しい状態に追い込まれたりしました。このような経緯が、被差別部落の人たちの生活環境の悪さ、識字率の低さ等を必然的にもたらし、そのような変化が、被差別部落の人たちへの差別意識をさらに深めていきました。このように歴史を見ていくと、部落差別は結果的に明治政府が近代化の中で生み出したものだと言っても、それほど間違いではないように思えます。
しかし、同和問題(部落差別)を考える上で、一番重要なことは、「現在も同和問題(部落差別)はある」ということです。従来の同和教育や部落解放運動は、「部落差別がどんなに悲惨なものか。部落差別がどんなに不当な、根拠のないものであるか。」を強調してきました。そして、現在は、部落差別の源が中世にあったこと、被差別部落の人々が、中世、近世を通じて社会からどれほど強い禁忌の念を受けてきたか、どれほど不当な扱いを受けてきたか(差別戒名(法名)等)を、さまざまな資料などを通じて詳しく説明しています。部落差別の根源がどのようなものであったかを知る上で、もちろんそれは重要なことです。しかし、現在においては、特定の地域の出身者であることや特定の仕事についていた人たちの子孫であることを理由に、人を差別すること(部落差別)が、どう考えてもまったく根拠のない、おかしなことであることは、誰にとっても明らかなことになってきています。にも関わらず、この後でお話するように現在も部落差別はなくなっていないことを考えると、中世、近世における「被差別民」に関する研究や説明は、たとえそれがどれくらい進められても、現に今、行われている部落差別をなくすためには、あまり効力がなかったということになります。今の日本では部落差別がいけないことは、わたしも含めてみんなよくわかっている(と思って)いるのです。にも、関わらず、部落差別は現在もなお存在するのです。ここの大きなギャップを埋めない限り、現在行われている部落差別をなくすことはできません。
では、現在行われている部落差別をなくすためには、どうすればいいのでしょう。そのためには、現在、部落差別はどのような形で存在しているのかをよく見る必要があります。それを見ることによって、部落差別をなくす方法がわかってくるはずです。現在の部落差別は、大きな目で捉えれば現在の他の人権侵害や差別と同じように、「攻撃」と「忌避(避けて遠ざける)」の二つの形で行われています。
「攻撃」は、現在、インターネット(以下、「ネット」と省略)の中で行われているものが中心になります。具体的には、同和対策地域を訪れ、その地名や画像をネット上で公開したり、被差別部落の地籍名をネット上で公開したりしています。「地名総覧」のようなものを本にし、ネットで販売しようとした動きもあります。共通しているのは、当事者が人に知られたくないと思っている同和対策地域の地名等を、あえて公表して人々に知らせ、そのような嫌がらせによって当事者を苦しめて、それを見て楽しもうとする行為です。このような行為の根底には、明らかに当事者への悪意があります。このような悪意の根底には、さらに当事者への憎しみ(ヘイト)があり、さらに、この憎しみの背景には、「同和対策措置等を通じて不当に利益を得てきた」と彼らが考える、当事者や当事者の団体への「憎しみや怒り」があります。ここにも、「不当に利益を得たり、不当に権利や力を振るって、人々に迷惑をかけたりしている」と彼らが考える人たちへの、彼らなりの「正義感(正しさ)」から来る怒りや憎悪があるのです。その結果、どう考えても明らかに差別的なことをしていながら、彼らには「悪いことをしている」気持ちはありません。むしろ、自分たちは「正しいことをしている」つもりでいるのです。
一方、もう一つの差別の形である「忌避」が、部落差別においてもっとも典型的な形で現れるのは、結婚問題です。当事者と結婚したいと考える人を、親や親族が止める時に使う「わたしは、部落差別はおかしいと思うし、お前の結婚したい相手を差別するつもりはまったくない。しかし、周りの人がどう見るだかを考えると、お前はあの人と結婚すれば後悔するんじゃないかと思う。お前は良くても、生まれる子どもはどういう目で見られると思うと自分は賛成できない。子どものことも考えろ。」というような言葉には、「忌避」の思いがはっきり現れています。ひと言で言えば、「避けたい。関わらない方がいい。」という思いです。その根底には、面倒なことに巻き込まれるのではないか、自分(たち)も「攻撃」や「忌避」の対象にされてしまうのではないかという不安や恐れがあります。人間のもっとも根源的な本能は自己保存ですから、不安や恐れに包まれた人間にとって、自己保存のための忌避行為は「正しい」こと、当然のことと感じられています。自分(たち)の身を守ってどこが悪いんだという思いです。そのため、当事者との結婚を止めようとする親や親族は、自分が間違ったこと、してはならないこと(差別的言動)をしているとは、あまり思っていません。むしろ、本人のため、結婚相手のために言っていると思い込んでいます。この「不安」が日本人の中にある限り、部落差別は終わっていないと考えるべきです。
もちろん、この「不安」は、まったく根拠のないものです。しかし、根拠がないから、間違っているからと言っても、「不安」を消すことはできません。理屈で「不安」を消すことはできないのです。頭ではわかっていても、人は「不安」にかられて合理性のない行動をとってしまいます。「不安」を消すために、まず必要なことは、自分が今、不安を感じているという事実を認めることです。それによって、初めて人は不安を感じている自分を客観的に見ることができ、その不安が確かな根拠があるものかどうかを判断することができるのです。
ところが、これまでの同和教育などは、この「不安」を、根拠のないもの、間違ったこと、差別として批判してきました。「そんな不安は感じてはいけない。そんな不安は間違っている。不安を感じること自体が差別をしていることなのだ。」と言ってきました。しかし、先ほども述べたとおり、不安は理屈で消すことはできませんから、結局、そう言われた人は、自分の不安を、自分自身に対しても隠すことになります。自分はそんな不安は感じていないというふりをし、やがてはそうだ(感じていない)と思い込むことになります。こういうことを、心理学では、「不安の抑圧」といいます。しかし、不安は抑圧しても、無意識の中にしっかり残っていますから、なにかをきっかけに噴き出します。人権擁護の仕事をしていた人が、自分の子どもが当事者と結婚したいと言い出した時、そんなことは絶対許さないと激昂して猛反対するようなことが、現実に起きるのです。このような場合、ひたすら強い圧力で抑え込まれていた、たまりにたまった不安が、一気に、強烈な怒りに変わって噴き出したということになります。
このような不安の根底にあるのは、エゴイズムです。そして、エゴイズムの根底にあるのは、先ほどもお話しした自己保存本能です。自己保存本能は、「なんとしてでも生き延びよう」とする人間の中の最も強い本能です。危機的な状況になると、人はこれに支配されてしまいます。新型コロナウイルスの感染拡大時における、「自警警察」や医療関係者への差別的言動、県外ナンバーの車への非難攻撃等は、すべてここから生まれています。一方、ふだんの生活の中でも、自己保存本能はエゴイズムとして、つまり「自分を守りたい。自分は少しでも良い思いをしたい。自分だけつらい思いはしたくない。」という思いとして存在します。自分の子どもが当事者と結婚したいと言い出した時、エゴイズムである自己保存本能が脅かされ、それは不安となって心の底から噴き出し、一瞬で怒りに姿を変えるのです。
現在の日本で、同和問題(部落差別)について、一番問題なのは、「もう、同和問題(部落差別)なんて、ないんじゃないか。」と思われていることです。実際は、今、述べたようにネットの中でも、結婚問題でも、また時々報道される政治家や有名人の発言の中にも、はっきりと同和問題(部落差別)は出てきているにも関わらず、多くの日本人は、「それは例外で、おかしな人がそんなことをしているだけだ。わたしの中にはそんな差別意識はないし、わたしの周りではそんな話は聞いたことがないんだから、もう日本には部落差別なんてないんだ。」と思っています。しかし、ここに存在しているのは、やはり「忌避」の気持ちです。「部落差別はあってはならないこと」だということが、強く意識されればされるほど、結果として「部落差別はもうない」という意識が強くなっていきます。ちょうど、学校の中で、「いじめ」が起きていながら、「いじめはあってはならない」と教員も児童・生徒も強く思っている場合、現に起きている(起きた)「いじめ」が、「あれは、調べてみたらいじめではなかった。単なる子ども同士のじゃれあい(からかい)だった」とされてしまうようなものです。一般に、人の社会の中では、「絶対あってはならないこと(不都合なこと)」は、「ないこと」になっていくのです。目の前で、差別やいじめが行われているのを見ても、それを見ようとしない。見てしまった場合も、あれは「差別じゃない。いじめじゃない。」と思うということが、社会のあちこちで実際に起きています。そのような社会では、被害者だけが周りから白い目で見られ、孤立していきます。