車  歴 ・ その1 


 
 








































 
 私は26歳で運転免許をとり初めて車のオーナーになって以来、これまで8台の車を乗り継いできています。
  それらは、高性能な車や何か特別な車などでは無く、ごくごく一般的な普通の車です。
 しかし、私にとってはそれなりの想い出や多少の思い入れもありました。
  ここでは、そんなことを書いてみることにします。


 私の最初の車はサニー1000の2ドアセダンでした。
 B10という型式の日産サニーの初代モデルですが、日産系の販売店に知り合いがいて、下取り車を格安で購入したものでした。
 現代の車と比較すると、殆ど何もついていないに等しい実に簡素な内装の車でしたが、私にしてみれば生まれて初めての自家用車です。
 週に一度は洗車をしたり、くだらないアクセサリーをつけたりと、何かしら車に関わっていることが楽しい時期ではありました。

 初めての、東北地方への千数百キロもの長距離ドライブでは、まだ東北道が完全に出来ていなかった頃でもあり、交通量の多い夜の国道6号線を、緊張のあまり指が痛くなるほどハンドルを握りしめて走ったことを思い出します。

 この車に搭載されているA型エンジンは、素晴らしく燃費の良いエンジンでしたが、伝統的にサニーは燃費に関しては優れた車として現在に至っています。
  
  次の2台目の車は、同じサニーのクーペでした。
 同じクラスのカローラに追撃され、そして追い越されたサニーが、バリェーションの拡大とイメージアップを狙って投入したスタイリッシュな車でした。

 私がこれまで乗り継いできた車のなかで、一番「車」をエンジョイしたのはこの
サニー・クーペではないでしょうか。
 エンジンに手を加え、デュアルエキゾーストにして出力を4馬力アップし、内外装の質感をセダンに比べ大幅に高めたこの車は実に軽快で、運転する楽しさを味わえるものでした。
 また、スタイリングもカローラのクーペ版であったカローラ・スプリンター(この後、スプリンターとして独立した車種になる)より、サニー・クーペの方が私は気に入ってました。
 ただ、せっかくファストバック・スタイルにしてリヤシートもフォールダウン構造にしながら、どうしてハッチバック・ドアにしなかったのでしょうか。
 力学構造的な面はあるにしても、もったいないというか、理解出来ません。


  3台目はマツダのグランドファミリア・クーペ
 この車のスタイルは、一時期アメリカで流行したコークボトル・ラインを取り入れたもので、ロータリーエンジンを積んだものがサバンナ、レシプロエンジンを積んだものがグランドファミリアでした。
 ロータリーエンジンを積んだサバンナは、暴走族御用達の車と言われましたが、Gファミリアはずっとおとなし目の車でした。

 この車のちょっとユニークな所は、普通、このクラスのクーペのリヤサイドウィンドはヒンジ式で僅かしか開閉しないものが殆どでしたが、これはハンドル式でウインドガラスが完全に昇降出来るのです。(前後のガラスを下ろすとピラード・ハードトップのようになる)
 狭いリヤシートに座る人への圧迫感の軽減の為でしょうが、マツダはこの後に発表したコスモにもたしか同じ装備を採用していたように思います。
 

  4台目のスカイライン、5台目のブルーバードと日産の車が続きますが、この頃は排ガス規制対応の過渡期であり、車の動力性能もかなり低下していた時期であまり良い印象はありません。
 スカイラインは6気筒のGTシリーズではなく、1800CCの4気筒バージョンでしたから文句は言いませんが、ブルーバードの方はSSS−E・Sというシリーズ最高のスポーティ・グレードでありながら、レスポンスの悪かったことだけが記憶にあります。

 初めて経験したRウィンド・ワイパーが便利だな、と思った程度です。


  6台目で三菱の車になり、ギャランΣの兄弟車でエテルナΣGTターボというものでした。
 エテルナというのは、ギャランをカープラザ店で販売するため、多少、FグリルとRフィニッシャーを変えただけの車です。
 この車で私は初めてターボエンジンの威力を知ります。
 アクセルを踏み込むと、「ヒューン」というターボフィンの回る独特の音と同時に爆発的に加速してゆくのです。
 ターボエンジンはエンジンの排圧を利用するという構造上、ターボの効き出すタイムラグがあることからそれを気にする人もいますが、この車は2000回転という比較的低い回転数からターボの効果が出ましたので、レスポンスが悪いとは思いませんでした。

 この車の装備の中でちょっと変わっていたものに、後席リクライニングがあります。
 といってもフルリクライニングするわけではなく、多少バックシートの角度を変えることが出来る程度なのですが、少なくとも当時の普通の4ドアセダンでは例を見ないものでした。
 今でも三菱が、ギャランにこの装備をしているかどうかは判りませんが‥‥。

 直線基調のこの車を、私は結構気に入ってました。

   
   さて、7台目でとうとうトヨタの車に乗ることになります。
 とうとう、というのは理由があります。
 最初の車が日産車であったこともあるでしょうし、判官びいきもあったでしょう。
 私はトヨタが好きではなかったのです。

 製品はたいしたことはないのに(ちょっと、言い過ぎかな…)販売力やコマーシャルの巧みさで売り上げを伸ばす。
 モータリゼーションの初期の頃のトヨタは、反論があるのを承知で極言すればそうでした。
 1000ccクラスという、新しい大衆車のジャンルを日産がサニーで切り開くと、ちょっとだけ馬力を上げたカローラで「プラス100ccの余裕」を謳い、1500cc〜2000ccの間を埋める車種として日産がローレルを投入すれば、その市場性を確認してからマークKを送り出すといった具合です。
 アダルト・スペシャルティカーとも言えるレパードを日産が開発したとき、トヨタの担当者は「やられた…」と思ったそうですが、直ぐにソアラで対抗しあっという間に抜き去ってしまい、今やレパードは影も形もありません。

 技術的にみても、四輪独立懸架装置を先に採用したのはブルーバードですし、衝突時の衝撃吸収力に優れるモノコック・ボディもセドリックが先です。
  しかし、四輪独立のブルーバードより、板バネ(リーフリジット)のコロナが売れ、セドリックはクラウンの後塵を拝するのです。
 商用車と同じフレーム構造方式のクラウンを、一体、トヨタはいつまで作り続けていたことでしょう。

 確かにそういうものは、一般消費者にアピールしにくいことかも知れません。
 車がステータスであった時代は、目に見えない優れた機能より、見かけのスタイルや内装の豪華さの方が求められたのでしょう。
 そして年月が経ち、ようやく車を持つことが特別なことではなく、やっと消費者も車本来の機能を重視するようになってきた現在に於いては、もう既に、技術も販売も完全にトヨタが圧倒し、日産は足元にも及ばなくなっていたのです。
 

 しかし、そうはいっても、私もトヨタの車を1台くらいは経験してみようか、という程度でした。
 カムリにしたのは特に強い希望があったわけではありませんが、トヨタの車種系列の中ではスターレット をボトムとして、カローラ…コロナ…マークK…クラウンというメインラインから多少ずれており、トヨタ臭さが他の車に比べて希薄ということもあったのでしょう。
 ところが、乗ってみると何処といって不満がない。
 昔から「トヨタの80点主義」とよく言われるように、ここが素晴らしい、ここが面白いというところはありませんが、まずいとか、ダメだというところは無いのです。
 特にカムリの室内は、FF(前輪駆動方式)の利点を最大限生かし、クラウンより広いと言われた程ですし、16バルブのエンジンはそこそこ回り、トランクの収納スペースも十分です。
 普段の生活の中で使っている分には、何の不具合も感じない車でした。

 そして、いつの間にか今までの車の中では、一番長い8年間も乗ってしまったのですから、「トヨタが嫌いだ」なんて一体誰のことだったのでしょうね‥‥。


  そして現在、私は、スバルのフォレスターに乗っています。
 この車については、「3.車 歴 その2 」 で述べさせていただきます。

3.車 歴 その2