雨 の ビ バ ー ク
※ 山に通い詰めていた頃の夏合宿の一コマです。
当時勤めていた会社の文芸誌に掲載されたものですが、専門用語がかなり出てきますので、 をクリックして説明文をご覧下さい。
また、結構長文ですから、ダウンロードしてお読みになった方がいいと思います。
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| 北アルプス、剣岳・八ツ峰第Y峰Dフェイス |
1. 8月15日 午後2時
雨は―
私達がまだ岩壁のど真ん中にいるときに降ってきた。
それは、まるでバケツをひっくり返したような土砂降りで、私が伸びきったザイルを残置ハーケンに固定し、後続のHを迎えるときにはもう身体の芯まですっかり濡れきっていたほどだ。
急激に低下した気温にガタガタ震えながら、それでもいつもより早いペースで登ってきたHは、確保している私の側を無言ですり抜けて右へトラバースを開始する。
「スリップに…」気をつけろ、とその背中に言いかけて言葉を飲み込む。
彼はこの状況を十分理解しているし技術もある。
外傾気味のフットホールドを使ってトラバースを終えると、彼は腕力で灌木混じりの岩壁を攀じ登ってゆく。
ガスが渦をまいて視界を閉ざし、すぐ近くのCフェースさえも定かではない。
無論、足下からスパッと切れ落ちた百メートルも下の雪渓なぞ見えるはずもない。
一瞬の閃光と、もの凄い落雷の音が幾度もこの谷を震わせる。
先行パーティーは既に登攀を終えたのか、この剣岳八ッ峰第6峰Dフェイスの壁の中は孤独だった。
今回の夏季合宿は、剣岳三ノ窓雪渓末端の二股にベースキャンプ(以後、B・C)を置き、そこから八ツ峰や三ノ窓周辺の岩壁群を登ることが目的であった。
しかし、合宿の性格上、新人の指導もしなければならない。
早く岩に触れたい想いを抑えて昨日は新人の雪渓トレーニングを指導し、そして今日解き放たれた矢のように、今回の目標の一つだった6峰DフェイスにHと二人でやってきたのである。
ルートの取り付きで少々手こずったが以後は順調にザイルを伸ばし、気心の知れたパートナーと共に高みを目指す、岩登りの爽快感と充実感を満喫できる登攀だった。
そして、核心部のオーバーハングを越えたあたりでこの雨に遭ったのである。
確保解け、の合図がくる。
「ザイル、アーップ!」
上を向いて叫んだ口の中に雨滴が飛び込む。
一刻も早く頂稜に出なければ…、との思いが自然に登攀を強引なものにする。
再び私がトップに替わって岩稜に移り、途中でピッチを切ってHを上げる。
余すところあと1ピッチ程度で稜線に抜けられるのだが、頭上で不気味な咆哮を続けている雷が怖いのだ。
避けうるものの何一つ無い岩稜上でピッケルや三ツ道具など金属類を身体中にぶら下げていては、一発であの世行きになりかねない。
近くのブッシュ帯の中に逃げ込み、少し様子を見ることにする。
単なるにわか雨ではなさそうだった。
雲は益々どす黒さを増し、雨の勢いも変わらない。
私達はしばらくその雨に打たれるままを耐え、雷鳴が若干遠のいたのを見計らって最後の1ピッチを攀じ登る。
Dフェイスの頭だ。
晴れていれば剣岳の岩壁群を見渡せる楽しい登攀終了点だが、今はそれどころではない。
登攀の成功を喜ぶよりも、遠のいたとはいえ落雷の恐怖から逃れるほうが先である。
急いでHを上げ、ザイルをつけたまま頂から2、30b下ったところの草付でやっと緊張から解放された。
ザイルを身体から外しピッケルを遠くに放り投げておいてから、はじめていつものように握手を交わし互いの健闘を称え合った。
やれやれ、ちょっとしごかれたけどやっと一仕事終わったか、という感じであった。
あとは「5・6のコル」に下りて、二股にあるB・Cまで飛ばせば今夜は暖かい食事や寝床がある。
愉快な仲間達も待っているだろう。
私はトランシーバーのスイッチをひねった。
B・Cを出てから一度も交信をしていない。
登攀中はその余裕がなかったのだ。
既に数回の交信時間が過ぎていたし、この雷雨である。
そろそろ皆心配しているかも知れない。
二人の無事をまず報告し、帰幕する頃熱いコーヒーでも頼むつもりだった。
しかし、何度コールしても応答が無い。
雑音の中にそれらしい声は時々するのだが、雷雨のため電波が乱れているらしくよく聞き取れない。
しばらく続けて私は諦めた。
どうせ2時間もすれば二股に着く。
いきなり帰って皆をびっくりさせてやろう。
そんな気もあった…。
2. 8月15日 午後4時
私達は、濡れないように手でかばいながらゆっくり一服したあと登攀用具をしまい、すぐ5・6のコルへの下りにかかった。
不明瞭な踏跡が何本もあり、その中のできるだけ巾の広いものを選んで下って行くが、すぐにまた幾つかに分かれてしまう。
ガスが視界を妨げ方角がよく判らない。
何度も迷いながら灌木や草付の急な斜面を下ったがどうもおかしい。
私達がたどっている踏跡は、左側の三ノ窓雪渓側に急激に落ち込んでいるようだ。
どう考えても下降路ではない。
ガスの中を透かして見ると、目指す5・6のコルは一瞬、ずっと右手の下にぼうっと見えた。
私達はまた泥だらけになって登り返した。
雨は止むことを知らない。
雷もまだ低いうなりを続けている。
そして、いつの間にか夜のとばりが足元に忍び寄ってきていた。
しかし、私達はまだ楽観していた。
何とかコルにさえ下りられればたとえ夜になっても、長次郎雪渓から真砂沢を経てB・Cのある二股まで問題になるような所は無い。
ただ歩けばいいのだ。
「見つからなきゃビバークになっちゃうぞ」
「なに、雨のビバークもたまにはオツなもんさ」
などと言い合っていたが、本当にその「オツなビバーク」をする羽目になろうとは思ってもいなかったのである。
コルへの道は見つからなかった。
八ツ峰の岩稜上はそれほど広い訳ではないはずなのに、どうしてこんなに判らないのだろう。
それが不思議だった。
右に行ったり左に行ったりしながら、雷の一瞬の閃光に目を走らせたのだが…。
時間だけがどんどん過ぎてゆく。
気がつけば、もうすっかりあたりは暗くなっていた。
私達はヘッドランプを出すためザックを下ろした。
ザックの中を探していたHがぼそっと言った。
「ヘッドランプ…忘れてきたらしいや…」
3. 8月15日 午後6時30分
ビバーク・サイトは、岩稜上の灌木のある半畳ほどの場所にした。
一つのヘッドランプだけで道を探し続けることも、いざとなればザイルで岩壁を下ることも出来ないことでは無いかも知れない。
しかし、さらに多くの労力と危険が考えられる。
それに私達は今朝、テントを出発して以来ずっと行動を続けている。
これまで緊張を解く間も無かったので自覚してはいないが、多分、体力的にもかなり疲労しているだろう。
身体は下着まで完全に濡れており、このような状態で夏とはいえ北アルプスの3000メートル近い稜線で一夜を過ごすことは厳しい寒気との闘いを覚悟しなければならない。
真夏でも、疲労と寒さの為に凍死に至った遭難の例は知っているが、現在の私達にとって、ビバークがより最良の選択と考えたのだ。
Hはループにしたザイルを、私はアタックザックを尻に敷き、二人でナイロンのツェルトを頭から被った。
行動している内はそれ程でもなかったが、こうして座り込むと寒くて寒くて仕方がない。
震える手で携帯用の石油コンロに火をつけ暖を取り合った。
身体の中で濡れていないところといえばヘルメットを被っている頭だけで、靴の中にまでジャボジャボ水が溜まっているし、被っているツェルトは完全に雨を通し、したたり落ちる滴はポタポタ首すじに落ちて背中を流れて行く。
試みにトランシーバーのスイッチを入れたが、やはり連絡は取れなかった。
交信も無く、夜になっても帰らぬ私達の為にB・Cは動揺しているかも知れない。
今回の合宿は、例年になく山慣れぬ新人や女子が多いのだ。
とにかく、明日の朝までだ。
朝になれば何とかなるだろう、と私達は思っていた。
コンロの石油の量が一晩中つけておくほど無いため、2時間毎に15分だけ暖を取ることに決めて火を消した。
青白い炎が急速に消滅すると、同じ速度で寒気が押し寄せてきた。
電池も節約してヘッドランプも消してしまうと、あとは闇の中に雨の音だけが残った。
はじめはボソボソと外国の山の話などしていた私達だったが、だんだん寒さのために声も小さくなり、その内二人とも黙ってしまっていた。
眠る…といっても身体全身が小刻みにふるえ歯がカチカチする寒さに眠れるものではないし、横になれるほどの余裕があるわけでもない。
互いに膝を抱え込んでじっと耐えているだけだ。
ザックの中にセーターはある。
濡れているシャツを脱いで、素肌にそれを着た方がいいかも知れない、と思う。
しかし、すぐにビショビショになってしまうだろう。
それに、第一面倒くさかった。
それだけのことをする気力が失われていた。
雨は時々弱くはなったが決して止みはしなかったし、雷鳴も思い出したようにこだましツェルトの中を照らし出した。
風の強くないことが唯一の救いであった。
4. 8月15日 午後9時
このような場合、眠ってはいけないという説がある。
それは、継続的に体温が奪われる状況の場合であろう。
その最大の原因は風である。
私達の場合、幸い風は弱かった。
また、ナイロンの薄布1枚だが、ツェルトのお陰で直接、風に曝されてはいなかったことも大きいと思う。
もちろん、石油コンロの存在は言うまでもない。
従って私達は、眠らないようにしよう、という考えは無かったし、逆に、出来ることなら眠りたいと思っていたのである。
Hは時々寝息を立てていたようだが、私は寒さで眠れなかった。
山行の度に思うのだが、どんな場所でもどんな状態でも眠れる彼を私はいつも羨ましく思う。
振り返れば彼との山行も随分になる。
春の白馬、夏の穂高、秋の北岳バットレス、冬の後立山、そして四季を問わず出かけた谷川岳…、いつもの仲間の中に彼の顔も常に在った。
そして決して派手ではないが確実な彼の登り方…山への姿勢に、いつか共感と深い信頼を抱いている私だった。
このような状態のビバークにも拘わらず不安がそれほど無いのは、お互いをよく知り抜いているせいでもあるのだろう。
それにしても、この時間の経つのが遅いのはどうしたことだ。
何度も何度も時計を見た後、やっと午後10時になった。
私達は急いでコンロを組立て火を点ける。
メタノールでプレヒートする間ももどかしく、ポンプを押す。
バーナーから噴き出す炎の音を、こんなに嬉しく感じたことはかってない。
紫色になった唇の震えがやっと止まる。
濡れた手を乾かし、上から滴る水に濡らさぬようにしてタバコを吸った。
二人とも何も言わず、放心したようにただじっと青白い炎を見つめているだけだ。
15分がまたたく間に過ぎる。
「朝までがんばろう…」と、未練を残しながら火を消し、再び沈黙と寒気の世界にのめり込む。
午前0時まで、私はうつらうつらしながら時々雷鳴に目を醒まし、ツェルトの裾を直したりしていた。
午前0時…。
ビバークしてから既に5時間余りが過ぎた。
夜が明けるまでは、まだそれ以上かかるだろう。
しかし、もう「明日の朝…」ではなく、「今日の朝…」になっていることに小さな救いがあった。
5. 8月16日 午前2時
その「今日…」になってからの2時間、眠ろう眠ろうとしながらもあと1時間、あと30分と、早く暖を取りたくて時計の針ばかり追っていた。
5分前に我慢出来なくなりコンロの用意をしたが、相変わらず手が震えていてはかどらない。
なんとか組立て、濡れてつきにくくなったマッチを束にして火を点けた。
ほっと安心したのもつかの間だった。
コンロの調子がおかしいのだ。
青い炎が出たり消えたりして安定せず、その内スッと消えてしまった。
ノズルが詰まっているのだろうと、私達はノズルを掃除し再びポンプを押した。
ところが、今度はマッチが湿っていて点かないのだ。
濡れないようにポリエチレンの袋に入れておいたのだが、何度も出して使っている内に、二人の濡れた手で大切なマッチを濡らしていたのだろう。
5、6本束にしてこすってもマッチの箱が壊れてくるばかりだった。
私達は顔を見合わせた。
まだ午前2時になったばかり…。
午前0時からの2時間を、身体がガクガクするような寒さを歯を食いしばってなんとか耐えてこられたのも、火に当たることができる喜びがあればこそだった。
それが、音を立てて崩れてゆく。
私達は無いと判っていながらも、もしかしたらという望みを抱いてシャツのポケットやザックの中を隅々まで探した。
マッチは…無かった。
「畜生ー」
やり場の無い怒りに罵った。
このやりきれなさを、どうすればいいのだ。
気を鎮めようとタバコを口にくわえてから、吸えないことに気がつく。
また新たな怒りが湧いた。
石油もある。
タバコもある。
あるのに使えない、吸えない。
もっとマッチを持ってくるべきだった。
もっと大切にしまっておくべきだった。
いっそ、火を点けっぱなしにしておけば良かった。
「何でちゃんとしまっておかなかったんだ」
「濡らしたのはどっちなんだ」
お互いに、そんな言葉が喉まで出かかる。
八つ当たりするにもするものが無い。
これから夜明けまで、一層気温は下がるだろう。
後悔と憤懣と絶望感の中で、結局、私達はまた震えながら膝を抱え込んで目をつむるより仕方がなかった。
雨は絶え間なく降り続いている…。
しばらく闇の中で雨の音を聞いている内に、少しづつ気が鎮まってきた。
そして、逆に闘志が湧いてきていた。
雨が止まなくてもいい。
風が吹いてもいい。
これが私への試練の一つなら、もっと厳しくても構わない。
そして、それに耐えてやろう、と。
寒気は少しも変わらなかったが、疲労の為か私も少しは眠ったらしい。
夢を何度も見た。
私はB・Cに居て、新人に何か言いつけていた。
コンロに火を点けろ、と言っていたようだ。
そして、ふっと我に返る。
誰かの声がする。
誰かがツェルトの外で呼んでいるのだ。
この真夜中、一般のハイカーなど来るはずもない八ッ峰の岩稜上に誰が…?
ツェルトをめくってみると、雨の中に傘をさした女の子が一人たたずんでいた。
そして、微笑みながらマッチを差し出している…。
気がつくと、それもまた夢の中の出来事だった。
しかし、私はやはり声が聞こえたような気がして、ヘッドランプを点けツェルトをめくって外を見た。
ライトの光芒の中には、しとしと降る雨だけが反射していた…。
だが、この話にはまだ続きがある。
帰り道、Hに「昨夜、こんな夢見たんだよ…」とこの話をしたら彼の足が止まった。
何と、その頃彼も全く同じ夢を見ていたというのである。
「全く同じ…」という意味だが、夢の中に出てきたその女性は私達二人の知っている同じ人間だったということだ。
これは一体どういうことなのだろう…。
単なる偶然なのか、それとも何かの作用なのか…。
私には解らない。
6. 8月16日 午前5時30分
午前5時半…。
私はHに揺り動かされて目を醒ました。
濃いガスにつつまれてはいたが、長い夜はようやく終わりを告げており、雨も小降りになっていた。
身体の震えは止まらないが、もう苦にはならなかった。
勢いよく立ち上がって、私はよろめいた。
10時間以上も窮屈な姿勢で居たためか、足が麻痺して思うように動かない。
ザックのパッキングをし直してから、私達はその場で激しく足踏みと手の運動を繰り返した。
昨夜、あれほど必死に探しても判らなかったコルへの下降路は、いとも容易に見つかった。
ロック・グレード2級程度のバランスで慎重にルンゼ沿いに下ると、そこには雪渓が這い上がってきていた。
「5・6のコル」である。
ここからはもう安全圏である。
私達はどちらからともなく手を握り合った。
雨はもう上がりかけている。
雲がどんどん動いていた。
何か立ち去りがたい思いで、私達はしばらくそこに立っていた。
「行くか」
「ああ」
やがて私達は雪渓を下り始める。
なぜか、すごく満ち足りた気分に私はなっていた。
ひとつの闘いを勝ち取ったような充実感があった。
長次郎雪渓を短いグリセードを繰り返して下りながら、想い出に残る山行の一つになるだろうと思っていた。
前を行くHも、多分同じ思いだろう。
見上げると、雲が切れて青空が拡がってきていた。
下から10人ほどのパーティーが、雪渓歩行の訓練をしながら登ってくる。
リーダーの声らしい号令が聞こえる。
振り返る八ッ峰の岩肌はもう陽光を浴びはじめて、今日もまた、夏の剣の一日が始まっていた。
(完)