シネマスコープは1950年代に開発されたスクリーン方式です。
 それまでのスタンダードサイズの画面が縦横比1:1.33に対し、シネマスコープは1:2.35もあり、映画館の前の方の座席では、大げさに言えば顔を左右にふらなければならない程の横長画面でした。
 一時は殆ど全ての映画がこの方式だったのですが、やはりちょっと横長過ぎたのでしょうか。
 いつの間にか消滅し、現在はビスタビジョン・サイズ(縦横比1:1.85)がメインとなっています。

 外国映画のシネマスコープ製作第一作はリチャード・バートン主演の「聖衣」であり、日本では東映の大友柳太郎主演「鳳城の花嫁」でした。
 この「鳳城の花嫁」を観たのはよく覚えているのですが、私が洋画でシネマスコープの映画をみた最初の作品は、長い間「ピラミッド」だと思っていました。
 しかし、製作年度から考えるとちょっと遅いようにも思えるので、あるいはこの映画を見る前に何か見ているかも知れません。

 もしそうであれば、多分、大画面に展開するスペクタクル的映像の印象が強かったからだと思います。



 物語は古代エジプト。
 王、ファラオは、将来の自分の墓となるピラミッドを盗掘などから守るため、絶対外部から侵入できないものにしようと、奴隷であるユダヤ人建築家のアイディアを取り入れます。
 国の内外から大勢の人々が集められ、ピラミッドの建設が始まり、いつか十数年経ちます。
 その頃、支配国からの貢ぎ物の代わりとしてキプロスの王女ネリファが送られてきますが、ネリファはファラオの寵愛を勝ち取り第2夫人となります。
 しかし、やがてネリファは、王と共にピラミッドに埋葬される財宝を我がものするため、ファラオの部下を誘惑し、王子やファラオの殺害を企てますが……。

 もしかしたらビデオを見る人もいるでしょうから、あまり詳しくストーリーを追うのは止めますが、娯楽作品としてそれなりにそつなく出来ています。
 そのあたりは監督が
ハワード・ホークスですから、安心して見ることができるでしょう。
 ファラオには
ジャック・ホーキンスが扮していますが、彼の主演作はこの作品しか見たことがありません。
 大体が脇役であり、「戦場にかける橋」の米軍将校や「ベン・ハー」のローマの将軍役などが記憶にありますが、若い頃は主演俳優だったのでしょうか。
 王や妃を殺害する第2夫人が
ジョーン・コリンズ
 イギリス生まれの割と小柄な女優ですが、彼女の肌も露わな衣装に、少年の頃の私は胸をときめかせたものでした。
 個人的にはピラミッドの玄室や通路を、砂漠の砂を利用して密閉するアイディアが 面白いと思いますが、なんと言ってもこの作品の見所は、シネマスコープの画面一杯に砂漠の果てから列を作って集まってくる人々やピラミッドを建設する場面などの群衆シーンでしょう。
 現在ならCG(コンピューター・グラフィックス)で、どんな事でも出来てしまうでしょうが、勿論この時代にはそんな技術はありません。
 何千、何万(?)もの人々は、全て本物なのです。(多少の特撮があったとしても、描画している訳ではなく、実際に人間を撮影していることには間違いないのですから…)



 考えてみると、現在の映画はそのドラマチックな効果を求めるあまり、少しCGに頼りすぎなのではないでしょうか。
 大爆発が起こってビルが吹っ飛び、豪華客船が垂直に傾き人が落ちて行き、竜巻に家や家畜が巻き上げられ、etc…、それらは全てCGです。
 CG技術が映画に導入された頃は、それまで表現の困難な映像が可能になったのですから、その劇的な効果には目を見張ったものです。
 しかし、いわばキャンバスに絵を描くことと同じ事ですから、何でも、どんなことでも画面に描けてしまうことが、今は逆にその効果を半減させているような気がしてなりません。
 というのは、最近、次から次へ作られるパニック映画のオンパレードに、いささか辟易しているのは私だけではないでしょうし、例えどんな凄い場面でも少々のことでは驚かなくなってきているのです。
 それに、どうしてもCGを利用しなければ表現できないシーンというなら必然性もありますが、例えば「タイタニック」のように、穏やかに航海している船の甲板を歩いている人々までCGで描画するようでは少し行き過ぎではないでしょうか。
 ですから逆に、この「ピラミッド」が作られた時代の映画の、嘘偽りなく、実際の人間が夥しくあふれる画面に、ストーリーとは別の意味で感動を覚えるのです。


  「ピラミッド」は、いわゆる名作と呼べる程のものではありませんし、スペクタクル性からいってもこの映画を凌ぐ作品はいくらでもあるでしょう。
 しかし、私にとってはシネマスコープで見た最初のスケール感のある映画として、ジョーン・コリンズの妖艶さとともに想い出に残る作品となっています。


(完)