物語 テキサスの町に、はるばる東部から海の男ジム・マッケイ(G・ペック)がやってきます。
 この町の大牧場主、テリル少佐(C・ビッグフォード)の娘パット(C・ペーカー)と結婚するためです。
 しかし、テリル少佐やパットに密かに想いを寄せる牧童頭スティーブ(C・ヘストン)の「力こそ正義」という西部流の考え方に彼は馴染まず、次第にパットとの愛にも亀裂が深まってゆきます。
 テリル少佐は近隣のヘネシー(B・アイブス)と永らく対立関係にありますが、双方ともに、牧場に必要な水源地の所有者である女教師ジュリー(J・シモンズ)を懐柔しようとしています。
 しかしジュリーは、ジムの争いごとを好まぬリベラルな考えに共感し彼に土地を譲渡するのですが、このことからテリル、ヘネシー両家の抗争は最終的な局面に進んで行くのです。







 「大いなる西部」(THE BIG COUNTRY)は、「ローマの休日」や「ベン・ハー」などの巨匠、ウィリアム・ワイラーが製作・監督をした重厚な西部劇です。
 この映画には、西部劇の定番であるインディアンや騎兵隊、保安官や賞金稼ぎ、二丁拳銃のガン・マンやカウンターのある酒場などは出てきません。
 ある雑誌に「女性でも観られる西部劇」と書いてありましたが、それはいわゆる「女性的」という意味ではなく、アクションやガンプレイ主体の映画ではないということです。
 西部の、開拓時代から新しい時代への間(はざま)に生きる人々を力強く描いており、むしろ男性的な正統派の西部劇なのです。





 キャスティングが豪華です。
 メインとなる4人の男女には、
グレゴリー・ペックチャールトン・ヘストンジーン・シモンズキャロル・ペーカーを配し、脇をバール・アイブスチャールズ・ビッグフォードチャック・コナーズで固め、それぞれが適役といえる出来映えです。
 そして忘れてならないのは
ジェローム・モロス作曲によるテーマ音楽です。
 映画のオープニング、荒野を疾走する駅馬車のタイトルバックに流れる雄大な音楽は、映画史上に残るこの作品の重要な要素の一つとなっています。
 私の中では、特に好きなスクリーン・ミュージックの一つです。






 この映画の見所は沢山ありますが、まずはジムとパットの愛の行方でしょう…。
  パットが東部に旅行(留学だったかな…)していた時に知り合って恋に落ち、婚約をし、そしていざ結婚という段階まできて、初めて2人の考え方の違いが明らかになってしまうのです。
 パットは父、テリルの背中を見て育ってきました。

 開拓期の西部は、力がなければ生きて行けなかったのでしょう。
 考え方の異なる相手に対する思いやりや同情は、時として自分の存在を危うくすることになりかねなかったのかも知れません。
 「敵に対しては強くなければならない」というその結果として、少佐は現在の繁栄を築いたのです。
 パットにとって、理想の男性像はその父だったのです。
 従ってジムの西部的ではない、いわば全ての人々と共存しようという考え方とは相容れるものではなく、結局ジムは少佐の家から出てしまいます。




 ジムと対立する、牧童頭スティーブとの壮絶な殴り合いも話題になったシーンです。
 少佐に拾われ、幼い頃から忠実な部下として仕えてきたスティーブにとって、東部育ちのインテリであるジムは合う訳がありません。
 まして、想いを寄せるパットの婚約者としてへの嫉妬もあったでしょう。
 それがある夜、2人だけの対決となります。
 朝まで続く延々とした殴り合いの末も決着がつかず、初めてお互いを認めることになるのですが、この草原の中のロングショットは、自然の中の人間の争いの小ささを表しているかのようです。
 この映画の後、似たような男同士の殴り合い場面のある映画をよく見かけたものです。




 この映画のなかでは「馬」も見所の一つです。
 始めにジムが町に着いた後、2頭立ての馬車でパットと共に牧場に向かいますが、途中、追ってきたヘネシー一家にからかわれます。
 この時のヘネシー一家に扮した俳優達のライディングの巧みさといったらありません。
 勿論、その道のプロが演じているのでしょうが疾走する馬上でのパフォーマンスは素晴らしいものです。
 それからテリル牧場で「サンダー」という馬が登場します。
 誰もが手を焼く悍馬で、ジムも最初の内は何度も振り落とされますが、やがて乗りこなすことに成功します。
 この馬の演技(?)には感心します。
 W・ワイラーは「ベン・ハー」でもそうでしたが、馬に関しては非常に上手な使い方をする監督ですね。




 俳優では、なんと言ってもジーン・シモンズがいい。(要するに私の好みです…)
 親の遺産である水源の土地の所有者なのですが、争いごとを恐れてどちらの側にも譲らない女教師の役。
 理知的な美貌をもつ彼女にはまさに適役ですが、しばらく私は
ジョーン・コリンズと間違っていた時期がありました。
 こんな清楚な人が、どうして「ピラミッド」の時はあんなに妖艶になれたのだろう、と…。
 でもちょっと、字の感じが似ていると思いませんか…。
 この間、深夜映画で
スタンリー・キューブリック監督の「スパルタカス」をやっていましたが、あのスパルタカスの妻役も彼女の代表作と言えるでしょう。






 子供の頃、私がよく見る映画は邦画では時代劇、洋画では西部劇でした。
 要は、どっちが善い方か悪い方か、子供でもすぐ判る映画が多かったからでしよう。
 今の子供向けの雑誌には、時代劇はともかくとしても西部劇の漫画や読み物が掲載されることなど殆どありませんが、その頃は特別なことではなかったのです。
 手塚治虫の「レモン・キッド」や「黒い峡谷(ブラック・キャニオン)」、山川惣治の「荒野の少年」などは今でも覚えています。
 映画の世界では確立された一つのジャンルであった西部劇が、あまり作られなくなったのはいつ頃からのことでしょう。
 それは’60年代後半から’70年代にかけての、邦画における時代劇の衰退とほぼ時を同じくしているような気がします。
 それでも、いわゆる「マカロニ・ウェスタン」と呼ばれるイタリア製西部劇が人気を得た時期もありましたが、西部劇の内容も次第に変化してきて、例えば「ソルジャーブルー」のように正義の味方(?)騎兵隊を告発
するような映画や、人種差別に配慮してかインディアンが画面にでてくることもなくなってしまいました。
 しかし、それまでは、ハリウッドのスター達は競うように西部劇のヒーローを、またヒロインを演じたものでした。
 西部劇育ちの
ジョン・ウェインは当然として、ゲーリー・クーパー、ジェームス・スチュアート、アラン・ラッド、カーク・ダグラス、バート・ランカスター、ロバート・ミッチャム、リチャード・ウィドマーク等々。
 女優たちも、
グレース・ケリー、オードリー・ヘプバーン、マリリン・モンロー、デボラ・カー、ナタリー・ウッド等、枚挙に暇がありません。
 私は、あまりメジャーではありませんが、
オーディ・マーフィーが好みでした。
 ちょっと小柄で押し出しには欠けるのですが、その分敏捷でスピード感のある俳優です。
 でも、どちらかというとB級(?)作品が多かったので出演した映画の題名も定かではなく、ジェームス・スチュアートと共演した「夜の道」くらいしか思い出せません。



 それらの俳優たちが演じた西部劇の傑作と言えば、「駅馬車」や「荒野の決闘」をはじめ、「シェーン」「OK牧場の決闘」「リオ・ブラボー」「荒野の7人」など幾つでも挙げられます。
 しかし、この「大いなる西部」は少し他の映画とは異質な感じがするのです。
 それは、この映画に「悪人」が出てこないのと(強いていえば、C・コナーズ演ずるヘネシーの息子くらいか…)、「時代」というものがテーマにもなっているからではないでしょうか。


 さすが、ウィリアム・ワイラーの創る西部劇は違う、とも言うべき一押しの作品です。


(完)