私が子供の頃、NHKラジオで「新諸国物語」という人気連続ドラマがありました。
 1作目の「白鳥の騎士」はそれほどでもなかったのですが、爆発的な人気を呼んだのは2作目の「笛吹童子」でした。
 そのドラマが映画になり、私は近所の友達と連れだって見に行きました。
 映画が全盛の頃の封切日でしたから館内はひどく混んでおり、途中から入ったせいで上映されていたのはもう1本の別な映画でした。
 私達は、しばらく背伸びをしながら立ち見をしていたのですが、何だか暗い映画で子供にはちっとも面白くなく、ロビーに出て遊びながら終わるのを待つことにしました。
 私達は「笛吹童子」が目的ですから、そんな映画はどうでも良かったのです。
 ところが、すごく長い映画でいつまで経ってもなかなか終わらず、館内とロビーを出たり入ったりしながらやっとのことで「笛吹童子」を見た記憶があります。

 その、暗くて長くてつまらない映画が「七人の侍」という稀有な作品だったと気がついたのは、それから何年も経ってからのことでした。 

  
物語 時は戦国時代。
 毎年、秋の収穫期になると野武士に襲われ、作物や女まで略奪される村がありました。
 村人達は集まって相談しますが、戦っても勝ち目はなく、といってこのままでは村の将来はありません。
 思案に余って長老に意見を求めた結果、侍を雇って戦うことに決断します。
 そして、4人が侍探しのため町へ出ますが、ただ飯を食わしてくれるだけで他に何の報酬もなく、命がけで百姓の為に戦ってくれる侍などいるはずがありません。

 途方にくれている中、4人は勘兵衛という侍を知ります。
 初めは断っていた勘兵衛も、必死の嘆願に心を動かされ協力することとなります。
 村の地形から最低7人の侍が必要と考えた勘兵衛はなんとか5人の侍を集めますが、時間の余裕もないことから6人で村へと向かいます。
 しかし、彼等に勝手についてきた「菊千代」という男をいれて7人とし、村は戦いの準備を進めます。
 そして、やがて秋がきて、いよいよ40騎の野武士たちが村に襲いかかってきたのです。




 この「七人の侍」は、日本が世界に誇る黒澤明監督の最大傑作です。
 3時間27分という長さを全く感じさせない面白さは、名作というよりはやはり傑作というべきでしょう。
 この映画に関するエピソードの一つに、より完璧を求める監督のために撮影日数が大幅に遅れ(当然費用も莫大なものとなり)、「もしこれ以上遅れるなら映画の製作を中止する」と宣告された黒澤監督が、それまで撮影したフィルムを急いで編集して会社の幹部に見せたところ、そのあまりの面白さに製作続行になったといいます。
 一体、この映画を見て面白くないなどという人がいるものでしょうか。
 しかし、現在巷間溢れている、やたらとテンポの早い直接的な刺激に満ちた映画を見慣れている人達にとっては、特にこの映画の前半部分など冗漫に感じるかも知れませんね。
 

 映画の前半の興味は、どのようにして7人の侍がそろうかということですが、TVでやっている定番の時代劇や昔の勧善懲悪ドラマではありませんから「正義の為に…」などと現実離れしたことをいう者はおりません。
 この、侍たちの「百姓の為に戦う」という理由付けが、多分脚本の段階で一番苦労したところではないでしょうか。
 そしてこれは勘兵衛という知勇を兼ね備えた1人の侍の人間的魅力、いわばカリスマ性をもって解決しています。
 従って、確かに三船敏郎演じる「菊千代」は、侍たちと百姓たちを結びつける重要な役柄ですが、この物語の主人公は、志村喬演じる「勘兵衛」なのです。
 志村喬がまた、いいんですね
 百戦錬磨の士ながら、武運つたなく戦には破れて今は牢人暮らしをしている、そんな感じでしょうか。
 
宮口精二演じる抜群の剣の使い手「久蔵」も、ぶっきらぼうでストイックなだけではなく優しい心を持っていたり、他の侍たちもそれぞれ個性的であり、それらを明確に描ききったあとで映画は後半に向かうことになるのです。
 
 
 その後半のクライマックスは、勿論、雨中の戦闘場面です。
 疾走する騎馬と迎え撃つ者たちの雨と泥の中の凄まじい戦いは、白黒スタンダード画面の枠を超え、ワイドスクリーンのスペクタクルにも優るとも劣らぬ迫力であり、まさしく日本映画史に残る戦闘シーンといえるでしょう。
 私が印象的なものに、乱闘の中、逃げる農民(左ト全)の背中に、追ってきた野武士が駆け抜けざま馬上から矢を放つシーンがありますが、一連の動きの中で全くトリックなしで矢を命中させるのです。
 常にリアルな演出を心がける黒澤監督らしいところでしょう。


  

....................


 この映画が西部劇「荒野の七人」の原作であることは、勿論、ご存じのことと思います。
 この映画に惚れ込んだ
ユル・ブリンナーが映画化権をとり、監督のジョン・スタージェスと組んで自ら主演したのが「荒野の七人」です。
 「荒野の七人」は良く出来た西部劇だと思います。
 監督のジョン・スタージェスは「老人と海」や「大脱走」を撮った監督です。
 西部劇のジャンルでも「OK牧場の決闘」や「ガンヒルの決闘」があり、それなりの評価を得ています。
 しかし、「七人の侍」と比べるとその差は歴然としています。
 7人のキャラクター、随所にあるユーモア、クライマックスの迫力など、「七人の侍」の方が数段優っているのです。


 「荒野の七人」の最大の功績は、その内容よりも別なところにありました。
 それは、7人のガンマンを演じた俳優たちが、この映画をステップとしてメジャーになっていったからです。
 既にこの当時、確固たる地位を築いていたユル・ブリンナーは別として、他の俳優たち、
スティーブ・マクィーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームス・コバーン、ロバート・ボーン、フルスト・ブッフホルツなどはこの映画を契機として、世界に知られるようになりました。
 ついでに言えば、やはり黒澤監督の「用心棒」は、マカロニ・ウェスタンの「荒野の用心棒」となりましたが、この映画でも、アメリカでは目が出ずイタリアに渡って出演したクリント・イーストウッドを一躍スターへ押し上げています。
   
 黒澤明監督に私淑する映画人は数多くいます。
 それはむしろ日本よりも外国での方が多いのではないでしょうか。
 
スティーブン・スピルバーグ(「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ジュラシック・パーク」)であり、フランシス・F・コッポラ(「ゴッド・ファーザー」や「地獄の黙示録」)であり、ジョージ・ルーカス(「インディ・ジョーンズ」や「スター・ウォーズ」)であり…
 「八月の狂詩曲」に出演した
リチャード・ギアは、その話があった時、「KUROSAWA」の作品に出られるならと、どんな役かも確かめず二つ返事でOKしたといいます。
 最初に「KUROSAWA」の名を世界に広めた「羅生門」でも、日本では人気も評価も今一であり、ベネチア国際映画祭でグランプリを受賞してから見直されたもののようです。
 (ちなみに「羅生門」は、この映画祭の50周年記念祭で、歴代のグランプリ作品の中から最高の「獅子の中の獅子賞」に選ばれています)
 黒澤監督の作る映画の「味」というものは、欧米人好みなのかもれません。
 多くの作品が、ダイナミックでギラギラするような、どちらかというと濃厚な味の作品が多い気がします。
 そのあたりが他の日本映画と明らかに異なるところでしょう。

 黒澤明監督はその生涯に30本の作品を残しました。
 その多くは素晴らしい作品であり、1作毎に日本は勿論、世界の映画作家に影響を与え続けてきました。
 「現代ハリウッドの蔭の改革者」と評されるほど、その名声は不動のものとなっています。
 私も全てを観た訳ではありませんが、多くの好きな作品があります。
 しかし、私にとって晩年の何本かの作品は期待を裏切るものでした。
 遺作となった「まあだだよ」などは、極端に言えば「KUROSAWA」の作品とも思えません。
 はっきり言えば、「影武者」以降の作品について私は評価しません。
 要は、面白くないのです。
 映画は、先ずは「エンターティメント」です。
 黒澤監督はこの「エンターティメント」性において、実に素晴らしい能力を持っていたはずなのですが、以前の作品に比べるとどうしても見劣りしてしまうのです。
 それと、カラー作品における色彩の使い方が、色を意識して強調しすぎる為か違和感があり、却って逆効果になっているような気がします。
 もう一つ、「影武者」と「乱」では
仲代達也を主役にしています。
 彼は脇で使えば素晴らしい存在感をしめす非凡な俳優ですが、このような戦国物の主役はどんなものでしょうか。
 
 「赤ひげ」までが、私の中の黒澤作品です。
 
 
 映画というものが誕生して、100年経ったそうです。
 それに因んで昨年、様々なイベントが行われ、その中に「100年間のベスト100本」というものがありました。
 とにかく、映画の創成期から現在までの映画を投票で選ぼうというのです。

 その結果、選ばれた邦画ベスト100の中のベスト・ワンが「七人の侍」でした。
 私から言わせれば当然ということになりますが、しかし少し考えてみると、この映画が作られてからもう40数年…、約半世紀近く経っているのです。
 その間、何千本、何万本もの数多くの映画が作られたはずですが、この映画を凌ぐ作品がなかったということを一体どう考えたら良いのでしょう。
 黒澤監督の類い希な才能を賞賛すべきなのか、あるいは彼に続き追い越す者の無かったことを憂うべきなのか…。
 撮影機材のハード面も、演出の技法も、効果・音楽も50年もあれば比較にならないほど進歩しているはずです。
 しかし、結局映画というものは、スクリーンや画面から私達の心に伝わる「何か…」があるかないかの問題なのでしょう。
 ですから、作られた年度でどうこういうべきものでは無いはずですが、それにしても、とは思いますね。
 ちなみに洋画部門の1、2位は、「ローマの休日」と「風と共に去りぬ」でしたからもっと古い映画ということになります。


 黒澤監督の映画は他にも素晴らしい作品が多いので、もう1本位取り上げてみようと思っています。 

 (完)