がらすの夢

◆なんちゃってキーボーディストからみた、
キーボーディストとしての本田海月さん



キーボードを弾いている(いたともいう;)私にとって、本田海月さんというキーボーディストはどんな存在か、どう映ってるのか、というようなことについて、
また自分の話とも少々絡めながら、思うところを書いてみたいと思います。

<憧れのキーボーディスト>
自分にとって、本田さんはどんなキーボーディストだと聞かれたら、ありきたりですが、おそらくそう答えると思います。
もちろん、私はつまみストではないし、機械音痴だし、知識もセンスも何もかも足元にも及びませんが、半歩でも近づきたいというか、まさに憧れですね。
キーボーディストにはいろんなタイプがいます。自分はどんなタイプかの詳細は語ると長いので書きませんが(笑)、でも簡単にいうと、テクニックよりも音やフレーズの工夫。そして一番大事にしていることに、ソロバリバリで前面にでるよりは、歌やソロ楽器をいかして支えるフレーズをつくりたい。バックだけでも美しく成り立てばさらに理想。ということがあります。
そんな私にとって、耳から入る本田サウンドの魅力はもちろん、アレンジャーとして、デビューのころ、ACEさんが雑誌でおっしゃった「歌入れの後、すでに入ってるエレピのラインとかに沿ってギターを考えていくと、歌とぴったりあう。それだけ本田が歌メロを意識したアレンジをしているってこと…」に震撼。
このひとことで「本田さんついてきます!」決定!!(笑)。

<私の中で、かわりつつある本田さん・・・>
しかし、去年あたりから、長年思ってきたキーボーディストとして、特に弾き手としてのの本田さんの見方が大きくかわってきてます。
よい表現が浮かばないのですが、私は本田さんに「大仕掛けのキーボーディスト」「身重なキーボーディスト」・・・?みたいなイメージをグラスバレー時代から長い間持っていました。
これは本田さんに限らず、一世を風靡したK氏にも、ようはシンセサイザーを、特に打ち込みで演奏される方々はみなそう思ってたのですが。
事前にアンサンブル的なところまで計算して創りこみ、システムに組み込んで、各ライブ空間で微調整をとりながら演奏するキーボーディスト、大きなシステムの中でこそ、自分の最大限の魅力、パフォーマンスを引き出せるキーボーディスト。だと。
つまり、単純に、ひょこっと身ひとつででてって、ピアノやオルガン弾いて帰ってくるというキーボーディストではないということなんですが。(昨今、こ〜ゆ〜人のほうが少ないですよね。)

<システム>
といっても、グラスバレー時代の本田さんをほとんど知らないことは、時々書いている通りで。なのでたまたま実家でみつけた古いキーボード雑誌に、デビュー1年めぐらいのライブで本田さんシステムの見取図が載ってまして、・・・それを見て、おぉっと・・・;。
その見取図によると、本田さんは、今でも割とそうかもしれませんが、流行であったような当時でも、キーボードをずらっと並べて弾くタイプではないようで(それでも3台がコの字を倒したような形で並べられてましたが。)、
じゃあシンプルなのかと思いきや、ひとつのラックにハード(箱型)のサンプラーやシンセ音源がずらっと5種類(汗)。これは、単純にあとキーボード5台分の音がでる、みたいな感じだと思っていただければ(^^;、それも、見た感じ結構毛色の違ったというか、バラエティに富んだ音源が入り混じっていて。どれだけ本田さんが、音を大事にしているかわかるようなシステムだと思いました。
もうひとつのラックには、音をまとめるミキサーや音に表情をつけるエフェクター類が、ずらっ。
それらを、ほとんど1台のキーボード(マスターキーボード)からMIDIというもので制御して、弾いて鳴らす。シーケンサー(自動演奏機?笑)で、フレーズを鳴らす。こんな感じでした。
この機材、重さにしたら、いったいどれだけになるんだろう。セッティングにどのくらい時間かかるんだろう。コード類何本使ってんだろう。ちょっと来て弾いてくださいというものではないだろうと。「大仕掛け」「身重」はそんなところからのイメージでした。

face to aceになってから、ライブでどんなセッティングをされていたのかわかりませんが、で、たぶん聞いても理解できませんが(笑)、でも、ラックの感じから、ハードの音源はやはり使われてたのではないか。と。
いわゆる、ぶっこ(G4)のシステムに変えられたあと(中野からかな?)も、ライブを目でみている限りでは、実感としては、特に変化はありませんでした。(すみません・汗)

<転機のインストアライブ>
それが、変わったのはやはり、インストアライブがはじまってからですかね。転機というのは、私の中のです(笑)。短時間のセッティング時間しかなさそうで、しかも、ぶっこと1台のキーボードだけ
かつて、本田サウンドをささえた、あのキーボード約10台分の音源は?エフェクターは?、シーケンサーは?なのに、なのにこんなサウンドがぁぁぁぁぁっと。
つまりは、パソコンの”ソフト”として、すべてぶっこの中にはいったってことなんだと思いますが(←あまりに簡易な説明・笑)。それをMIDIキーボードで鳴らすことは、昔からの十八番・・・になるのでしょうし・・・(なのか?^^;)。
テクノロジーの進歩によるところは大きいとはいえ、それを選択するのは人間。さまざまな選択肢から、あの方法を選択した本田さんだったから、あんな身軽にイベントが実現可能になったんだろうなぁと。
余談ですが、久しぶりに音楽の世界に戻ってきて、なにより驚いたのは、各マシンの「これって何をメインでつかうもの?」でした。専用機として、ドラムマシーンだの、シーケンサーだのと分かれてた頃と違って、今はなんかいろんなものにいろんなものがはいってる(^^;。
例えばシーケンサー1つ取っても、専用機だったり、パソコンソフトとして存在したり、シンセに入ってたり、そうやって考えるとうちにだって6台のシーケンサーがあることになりますね;。一度に使うものではないので、何をどう使うかをニーズにあわせて選択しなければならないのです。
「専用機派なんだけど、そのままいつまでも世の流れに逆らい続けても仕方ないと思って。」
というようなことを、海月さんが、ぶっこにした理由として以前キーボード雑誌で書かれてました。極めた方であればこそ、そこからのスイッチは大変なことだったろうとお察しします。
ぶっこの効能(?)や苦悩(?笑)にについては、ご自身の日記等でも書かれていることですが、ホントに、もし、本田さんが専用機を使い続けることがあったり、安定性を求めてノートパソコンではなく、デスクトップ型にしてたら、インストアライブはなかったかもしれないと・・・。
リュックの中から、ぶっこが出てきた、あの日のインストアライブ、忘れられません。

<同期ものの海月さん>
さて「身重」のイメージは脱却したものの、同期ものキーボーディストの海月さん、というイメージはまだ私の中にどっぷりありました。
決められたシーケンスフレーズも含めたものが、本田サウンドだとしたら、やはり、自由度、軽さにはかけるんではないかと。しかしそこもまた私の中で一掃される日が(笑)。
同期は一切なしのYANZさん、西川さんのアコースティックライブでは、本田さんの生ピアノももちろん新鮮で魅力的でしたが、やっぱり一番感動したのは、シンセの音。手弾きで弾かれるシンセの音のひとつひとつがまるで生きてるみたいに私には聞こえたんです。
なんというか、ピアノで「ド」の音を弾いた時、「ド」でしかないとすれば、本田さんのシンセの「ド」音には色々な要素が詰まってるというか、これから飛び跳ねようとしてる、とか、なだらかに次にいこうとしてるとか、音色やエフェクトでそんな音世界をつくってるっていったらいいんでしょうか。
それらの音をマウス片手に自由自在にその場で操る本田さんには、「大仕掛け」とか「軽さにかける」というイメージはもう全くありませんでした。こうなると私にとってはマジシャンかもしれません。それも大マジックというよりは、ひょひょっとテーブルマジックをみているような(^^;。
地方のインストアライブもそうだと最近知りましたが、この日もキーボードはレンタルだったようで、ピアニカぐらいの小さなキーボードも登場してました。もう音程の指示をだせる鍵盤ならなんでも来い?(笑)
そう考えると、私が初めて本田さんを知ったときの、いったい何十分の一の機材を持ち込まれてるのでしょう。小さなパソコンをもってきて、ふらっとやってきて、自分の音楽が表現できる。そんな時代がやってきたんだなぁ。そ〜ゆ〜ミュージシャンなんだなぁ。と、実感しました。
この日、ライブハウスにむかうらしき本田さんをちらっと見かけたんですが、その後姿は、ラフなパーカー(?)に迷彩色のパンツ、帽子、背中にはリュック、(今思うに、きっとまたこの中にぶっこが入ってたんでしょうね。)手には小さなスポーツバッグかなにか。どうみても、登山帰りかなにかのお兄さん?(笑)。とても、これから音楽を、しかもキーボードを弾きにいくとは、いわれても納得いかないかも;。
それでもその時は、お店の生ピアノを弾くんだろうぐらいで、さほど何も思わなかったんですが、本番が始まるとキーボード2台を使うぶっこシステムが出来上がっていて、さすがに驚きました。もちろん、見かけたときのままの姿のお兄さんがキーボード弾いてました(笑)。

今は思います。本田海月というキーボーディストは、とても身軽な吟遊詩人だと(^^)。

(2004年8月5日 あくまで個人の見解、思い込みです;海月さん、お誕生日おめでとうございます。素敵な30代ラストになりますように。)