藤井あきら |
「目を覚ますんだ!」 頬を押さえる強さが痛烈に感じた。 「痛い」 「目を覚ませ、俺を見ろ!」 何も写しだしていなかった瞳が揺れる。 「目を覚ます?そうだ…夢なんだ」 突然のつぶやきに、木場は抑えていた頬の手を緩めた。 「そうだ、お前は夢を見ていたんだ」 不気味なぐらいの静寂さを取り戻した関口は、ゆっくりと顔を上げそして微笑んだ。 「夢だった」 僕はたった今夢を見ていたんだ、そう微笑んだ顔は儚げであった、今にも壊れてしまいそうなほど…儚げであった。 思わず、抱きしめていた。肩を数回無骨な手で撫でる。 あまりの細さに、より、木場の手に力が込められる。大丈夫だ、もう安心しろ、何を根拠にそう言うのか、もう自分でも解らなかった。とにかく安心させたかった。 肩を、背中を、不器用に撫でる。 「エノさん…有り難う」 「まだ、夢の中か?」 「違うよ…うん、でも…きっとそう」 こくりと、木場の肩に顎を乗せると呟いた。 そして規則正しい寝息が木場の耳を擽った。 「眠ったのか?」 だが返事は帰ってこなかった。寝息だけが届いた。 「寝たんだな?」 そっと自分に預けていた躯を抱え上げ、ベットに横たえた。しかし関口の手は、緩められることなく木場の首に絡められていた。 木場は迷うことなく、そのままの状態で自分の身もベットに横たえた。ミシミシという音だけが静まり返ったテントの中を彷徨った。 ふぅ ランプの灯が消えた。 遠くから号令の掛け声が聞こえてきた。 あぁ、もう朝か…そんな思いに駆られながら心地よい目覚めをしていた。 だが、目を開けた瞬間、こみ上げる悲鳴を必死の思いで飲み込んだ。 どうして…? どうして、彼が? 自分の目の前に木場軍曹の顔があった。寝息が届く至近距離である。 「え?」 そして身動きが出来ない自分の体も今更ながら発見する。 「ううん?」 唸りながら木場が身じろぎし、関口に巻かれていた腕に更に力が入れられた。 回転しない頭で、自分が木場に抱かれて寝ていた事実をようやく理解した。 起こさないで起き上がれないであろうか? 再び身じろぐ木場。 それに呼応するように聞こえてくる外からのかけ声。 すでに外では朝の訓練が始まっている、隊長である自分が居ないとは、笑い話にもならない。 だが、この状況で木場と顔を合わせたくもなかった関口であった。 再びどうして?という考えに行き着く。 確か昨夜は地図を見ていた。 そして考えるつもりでベットに横になり…たぶん、そのまま寝てしまったに違いない。 ではどうして木場が。解決には結びつかない。 だが、自分の頬に涙の後を見つける。 「あの夢を見たんだ」 関口は呟いた。 前橋の部隊の時の暴行を引きづり、此処に渡ってきてからも頻繁に見ていた。 逃れられない束縛、忘れられない傷。溜め息が漏れる。 「起きたか」 身を、瞬時に固くした関口が木場の腕の中で良く分かった。 口に手を当てながら大きな目を更に広げて木場を見上げるその関口の様は、アイアイのようだと思った。 昨晩以上に無性に愛しく感じた。 「安心しろ、俺が守ってやる」 そう囁いていた。 女にも言ったことがないこの台詞に、木場自身も驚いたが、関口はそれ以上に困惑した表情を木場の前に無防備にもさらけ出していた。 無性に照れ臭くなった。 自分でも臭い台詞だと思った。 乱暴に起きあがると大きく伸びをした。 そして漸く、木場の耳にも朝の訓練をしている隊員達の掛け声が届いた。 未だ、もそもそとベットの上にいる関口に振り向いて笑った。 「取りあえず、認められたのかな?奴ら自主的に訓練しているぜ」 「え?」 そうだ、どうして気が付かなかった?昨日は呼んでも集まらなかった彼らが自ら練習に励んでいるのだ。 関口はゆっくり木場の顔を見た。 不器用ながらも優しく笑い返す木場、関口の顔にも笑いが灯った。 「有り難う」 「俺は何もしてないぜ?早く飯を食って合流しよう…おい、どうしてここに飯が置かれている?」 「え?」 確かに昨夜にはなかった握り飯が机の上に並んでいる。しかも二人分。 「え?」 再び、木場を見る。 「あん畜生!」 「え?」 再び聞き返す関口に木場は叫き散らかした。 「奴らがわざわざ気を利かしてくれたんだよ」 「え?」 「ああぁもう、未だわかんねぇのかよ、一つのベットに二人で抱き合って寝て見ろよ、何て思う?」 「それは…」 「奴らは俺達が出来ちまったと勘違いしているんだよ」 「え?」 慌てて自分の衣服の乱れを調べる関口に木場は爆発した。 「お前、何かされたか、されないか瞬時に分からないのか!?」 「いや…分かる…何もされていない」 「するか、ぼけ」 「ははははっ」 「何がおかしい」 「普通、そうだよね」 そう言うと再び苦しそうに笑い続けた。普通はそうだと何度も繰り返しながら。 関口の目に見えたのは笑い涙なのかそれとも違うのか、木場には分からなかった。 ただ、普通はそうだよねと言う台詞が何故か木場の心を痛めた。 「言って置くが、お前らが考えているようなことは一切無いぞ!」 遅刻してきた分際の第一声である。 一歩後から着いてきた関口は一瞬にして耳まで赤くしてしまった。 これでは逆効果である、しかし何も知らない木場は一生懸命熱説していた。 「関口曹長、初めてだったのかな?」 森田の問いに周りは首を傾げる。 「かなり痛いと聞くがな」 「ふぅ〜ん」 森田は小森の方を見ながら適当に頷いた。小森の表情があまりに険しかった。 木場の無駄な演説が終わった後、直ぐに解散となった。この頃は命令が下らず、こんな毎日で退屈であった。 森田だけではなかった、他の兵達も腐りつつあった。 そんな中での今日の出来事はちょっと清涼剤であった。 「それにしても隊長が慣れるまでご沙汰無しか?」 「束の間の休みと思えば良いじゃないか」 雑音を聞きながら森田は小森の後を追った。 足早に一人隊から離れていく彼が非常に気になったのだ。 完全に隊から抜けたとき、声をかけようと思っていたが、その前に小森が誰かに声を掛けていた。 木場軍曹の背中が見えた。 木場が振り返る寸分の処で、掛けそびれたまま森田は無意識に木陰に隠れた。厭な気配があった。それは小森の口調から発せられる殺気であった。 「木場さん、どういうつもりですか?」 「はぁ?」 声をかけられた方も、小森の穏やかならぬ気配を敏感に察知していた。 「ああやって置けば、若造の身が守れるとでも思ったんですか?」 「何を言っている?」 本心からの問いかけであった、しかし小森にはそうは聞こえなかった。 「どうしてそこまで肩を持つ?」 「さっきから何を言っているんだ、小森さん。目を覚ましてくれよ、どうして俺が肩を持ったり守ったりしなくてはならない」 「木場さん、あんた気が付いてないのか、自分のことを。今まで無関心だった下っ端達の行動に目を光らせ、若僧にとって悪くない方に悪くない方に導こうとしている」 「そんな…」 そんなことはない、そう断言できなかった。 一連の自分の行動を振り返ってみる、全て自分らしくない行動であった。 「違わないだろ?」 勝ち誇った小森が無性に木場の勘に障った。 それは当たりだからだ。 「だったらどうなんだ?何故お前はあそこまで関口を嫌う」 「嫌っていませんよ、寧ろ好みですよ、違った意味でね」 「え?」 「木場さん、あの若僧はあんたの手に負えない、手を引くなら今の内だ」 にやけた顔付きに変わる小森が不快に感じる。 「何を言っているのか俺にはさっぱり分からないぞ、俺は見ての通り馬鹿だから、持って回った様な表現は止してくれ」 「つまり好きにならない方が良いと言うことだ」 唖然としている木場に小森は続けた。 「俺は木場さん、あんたの事をそれなりに評価している。だから忠告しておく、若僧に深入りするな」 「おい」 木場の呼びかけを無視し小森は元来た道を戻ってきた。 背中越しに再び小森を呼ぶ声が聞こえたが、その次には何か蹴りつけて立ち去る音が乱暴に伝わってきた。 まだまだ青さが抜けぬ奴だ、小森は唇の片方を上げて嘲け笑った。 「森田、行くぞ」 木陰に隠れていた森田の肩が驚愕の為揺れた。 「丸見えだぞ、そんなんでは奇襲がかけられ無いぞ」 それでも動かない森田に小森は苦笑を漏らした。 今度は優しい声で呼びかけた。 「森田、おいで」 おずおずと木の陰から出来た。 「小森さん…」 「何、怯えた顔しているんだ」 「だって…俺…立ち聞き…ごめんなさい」 そう謝る森田に、小森は大きな手を頭に持ってくると短く刈られた髪をごしごしこねくり回した。 「最初から気付いていた、でももう二度とするな」 「はい…」 そう呟く唇に小森は自分の唇を重ねた。 「小森さん?」 「いいから」 森田が隠れていた木陰に連れていくとそのまま押し倒した。 「誰か来たら…」 「大丈夫だ」 「でもまだ昼前…」 「いいから、やらせろ」 乱暴に森田の躯をまさぐる。 森田の手がゆっくりも上がりそして小森の首にまわり掴まった。 小森に森田が微笑み首を傾げる。 「優しくしてやるよ」 首を持ち上げ小森の唇に唇を押しつけた。 見るつもりはなかった。 だが、足が竦んでしまい動けなかった。 目の前に繰り広げられる痴態。 「ああぁ…」 小森の、剥き出しになった尻が叩きつけられる度に森田の口から漏れる喘ぎ声。 動物のように小森は森田の上にのし掛かり、己の欲望を吐き出し、そして森田も、自ら腰を振り小森をより深く喰わえ込もうとする。 「もっともっと上、上やって?」 「ここか、ここが良いか?」 繋がったまま森田の小柄の躯を抱え上げると、胡座を掻きその上に乱暴に落とした。 その衝撃に悲鳴を上げそうになったのは関口の方であった。 すんでの所でその悲鳴は掌に吸い込まれた。 あの衝撃の辛さを、まるで我が身に降りかかったかのように悲痛の顔を見せていた。 しかし森田からは歓喜の声が迸り、そして恍惚の笑みを小森に向けていた。 ゆっくりと、抜くと森田は四つん這いになり、濡れている森田の股間にゆっくりと顔を近づけていった。 もう駄目であった。 込み上がる吐き気と闘いながら、関口はその光景に背を向け走り去った。 ちょっと離れたところで関口は我慢できず、その場で嘔吐した。 朝食べた物が全て吐き出される。 酸味を帯びた口内の辛さよりも、先ほどの光景の壮絶さに気が変になりそうであった。 森田の恍惚の顔が再び脳裏を過ぎる。 すでに吐くものが胃に何もないのにも関わらず、樹にしがみつき脂汗を流す。 「どうした?」 木場の声であった。 何でもない、と言いたかったが、樹に爪を立てた手が離せなかった。 行動に移せず固まっている背中にふと温もりを感じた。 木場の手が何度も背中を擦る。 「大丈夫か?」 頷くのがやっとであった。 「吐き気は収まったか?」 胃液すらなくなりそうであった、何とか頷く。 その瞬間、浮遊を感じる。 「我慢しろ、本営に戻るから」 恥ずかしい、みっともない、考える余裕もなく全てを木場に預けていた。 途中、若い兵とすれ違うのが目を閉じていても感じる。 「悪いが、うがい用の水と盥に水をくんだのを持ってきてくれ」 その返答を聞いた後、すっと意識が遠のくのを遠くの自我が見ていた。 |
19981011 |