藤井あきら |
20111031 |
会議室からドヤドヤと刑事達が出てきた。みんな焦燥感漂うもある種の安堵感に満ちた顔つきであった。 終わったのだ、やっと、事件発生からもう数年を経った様な錯覚を受ける、だが実際はたったの数日しか経っていない、韮崎殺害から。そして戦争が回避され一般人が巻き込まれずに済んだのだ。 「お疲れさん」 最後にゆっくりと及川が出てきてた。以外にも律儀に会議室の電気を消し、そして会議室入り口で悄然と立っていた麻生を見つけると、高らかに鳴らせていた靴音を止めた。 「終わったな」 及川には珍しく感傷的に天を仰ぐ。それでも無言で居る麻生。その麻生の首筋に赤い線が走っているのに気付く。頚動脈の真上の傷、及川の片眉が上がり引き寄せられるようにその傷口に手が伸びた。既に乾いており血が手につく筈も無い、だがまるで自分の指に血が付いたかのように、首筋から外された指を、赤い舌を見せながらねっとりと舐める。 「お前の出番はもう無い……」 「……」 「この後、飲みに行くか?」 やっと麻生の視線が及川を捕らえた。 「打ち上げだ、俺の出番ももうない」 肩を竦めながら鼻で笑う及川に、麻生も片頬を僅かに上げた。だが瞳は空虚であった。もし瞳の色が変えられるのなら正にグレーの瞳であろう。黒くは無い、だが透明にすらなれない、そうくすんだ色の灰色である。及川は麻生を試すように胸元から煙草を取り出し口に咥えた。 「おいここでは禁煙だぞ」 「……あぁそうだな」 フィルターを噛み締めながら器用に煙草で円を書く。それでも自分たちは進まなくてはならないのだ。 「あぁそうだ、だが俺には関係ない、お前の胸の中もな」 拳で軽く麻生の胸を小突く。そしてそのまま火を点けるとカツンカツンと踵を鳴らし肩で空を切るように歩き出した。 「あの店で待っていろ、七時だ」 どっちが暴力団なのか分からない、いつも及川は紙一重の処で捜査をしている。そして紙一重の処に居ながらも決して堕ちない、あっち側に。一方、石橋の上を叩いても通らない『石橋の龍』、それでも簡単に堕ちるのだ、あっち側の世界に。 「マスター何時もの」 ジャケットを脱ぎ椅子の背凭れに乱暴に掛ける。及川は麻生と違って着る物にも拘る、だから扱いも丁寧だが今日はお行儀良く筋を入れて畳む気にならない。そしてそのまま既にグラスを静かに傾けている麻生の目の前に茶封筒を投げ捨てた。病院名が書かれている。そっと中を開けると診断書であった。小山内早苗、槙の診断書であった。 思わず及川を見る、及川はマスターの裏に並ぶキープボトルを所在無さげに見ている。中に視線を這わす。槙が言っていた事は真実であった。一筆書きで書かれた様な人体、あらゆるところに×印が付いており腫瘍そして検査結果が悪性とかかれていた。診断書は何枚にも渡る。各部位の進行状況がきっと詳細に書かれているのであろうが自分にはその詳細を読み取る技量が無い。 「もう余命半年どころでなく、死刑宣告からすでに半年が過ぎているらしい、もっとも本人は知らないみたいだがな」 麻生は手元にあったグラスを一気に飲み干し、僅かに口元から零れたアルコールが首筋を伝い顔をしかめる。 ジリジリと染みる。 その痛みはまるで槙との情事の時にふざけて抓られた時のような甘い痛みであった。思わず首筋に手を這わす。なら玲子の痛みは何処にあるのであろうか。今も続く玲子の痛み。 「マスター悪いおかわりくれる?」 「マスターこいつ今何杯目?」 珍しく舐めるようにしてグラスを傾けている及川にマスターは肩を竦める。つまり数え切れないほどなのであろう。 「おい龍、腹に何か入れろ、ずっと何も食っていないだろう」 マスターからグラスを取り替えてもらいながら麻生は肩を震わせた。静かに笑っていた。 「食べた、昼にブイヤベースを」 「ブイヤベース?昼?」 「とっても上手かった、あんな上手いブイヤベース初めて食った」 及川がじっと麻生を見守る。 「久々にゆっくりと飯を食ったよ……今日、韮崎の誕生日なんだよ知っていたか?」 及川も一気にグラスを傾けた。きっと誰がそのブイヤベースを作って麻生に食べさせたのか察知したのであろう。 山内も黙っている、そして山背も黙っている。だが……麻生の自宅で起こったことを麻生自身が暴露しそうで、それが一番及川が恐れていることである。剣を失った自分が守りたい最後の砦、いやプライド、それも違う…… 「場所、変えないか?」 これ以上此処で醜態を晒したくない、いや晒させたくない。無くすには惜しいぐらいこの店は居心地がいい。立ち上がるとマスターに目で合図を送る。そして請求書を見てマスターも些か驚いた顔をした。それは及川も一緒である。ロックですでに八杯目である。にも関わらず麻生の顔は何一つ変っていない。 椅子から降りるとジャケットを肩に掛けそのままスタスタと出口に向って歩き出した。及川は軽いデジャブを覚える。 支払いを全て及川に依存していたあの頃に、あれから自分は変っていない。変って行ったのは目の前の男である。どんどんと変り自分を置き去りにしていく男の背中を睨みつける。 外に出るとまだ人通りが激しかった。そうであろう、世間では今頃軽い残業を終え、家路にもしくは飲み屋に流れる時間帯である。自分たちの時間ではない。 だがお陰でタクシーが直ぐに捕まった。 運転手に行き先として及川の住所が上げられ、麻生の驚いた顔が向けられる。 「お前、同居しているんだよな?」 「だからと言ってお前の家は今は行きたくないだろう」 それには黙る。山内を犯した場所、玲子のビデオがある場所、いや、それよりも楽しく安らかであった一刻が生々しくまだ残るあの部屋。 「俺はお前に自分の劣情を暴露した、お前も今の劣情を暴露しちゃいな、そして明日からまた石橋の龍だ」 一人分空けられたような隙間で後部座席に座っていた麻生から震える気配が伝わる。及川は外の皇居のお堀に写る揺らめく外灯を見る振りをしながらガラス窓に映る麻生を見つめる。片手で口元を覆っている。そして隠されていない瞳から溢れ出す涙。 及川はゆっくりと手を伸ばすと麻生の肩に掛けそして自分のほうに引き寄せた。そして胸元に麻生の頭を押し当てた。 ルームミラー越しに運転手が怪訝そうに見る。 「ちょっと気分が悪いみたいだね」 「車、止めましょうか?」 「いや大丈夫だ、ただちょっとだけ急いでくれ」 それだけ告げると、及川は愛しそうに震える麻生の髪をずっと撫で続けた。 始めて入る部屋、入ることを拒み、そして玲子と結婚し結果として裏切った証でもあるこの分譲のマンション。 ファミリータイプのこのマンションは及川だけでは広すぎる。本来だったら……望んでいた及川だが最後まで命令しなかった、命令をすれば絶対に従うのにも関わらず。 イラストレーターの同居人は居ないのか、玄関口には及川以外の靴が見当たらない。潔癖の及川は玄関も綺麗に片付けられている。 「お邪魔します」 そう恐る恐る入ると先に奥のリビィングに入っていた及川から 「手間の扉は洗面所だ、顔を洗え」 麻生は黙って従った。本庁のトイレで涙は枯れたかと思った、だがまだまだ溢れ出す涙に己がまだ生きていると実感させられる。 頬を伝う温もり。 ずっと蝉が煩く鳴く中、あいつの泣き声が凄く嫌であった、女々しいと思った、水垢一つ無いシンク前の鏡に映る自分の顔。 あの時の山内と何が違うのであろうか? 鏡越しに及川が重なった。 ラフなスタイルに着替えた及川が背後に立っていた。手にはタオルが握られていた。濡れた顔のままそれに手を伸ばそうとして叶わなかった。麻生の目が大きく見開く。鳩尾に沈むそのタオルを見て、そして及川を見る。及川はその視線を正面から受けた。 そしてくの字になって倒れそうになった麻生の首根っこを掴むと、用意周到に開けられたい隣室のトイレの便座に顔を突っ込まれた。 「及川!」 歯向かおうとしたその瞬間、胃からせり上がって来る液体に驚き便座に両手を慌てて付いた。 鼻につく酸味の帯びた液体。及川の手が優しく手中を擦る。先ほど鳩尾に沈められた手で優しく。 麻生は必死に吐き気が収まるまで吐き続けた。何処までも透明な色、それしか自分の胃袋から出てこなかった。 胃酸の匂いをかぎまた吐き気に襲われながら思い出した、自分の家でも吐いたことを。あの時全てもう吐き出していたのだ、山内が作ったブイヤベースを、全て吐き出していたのだ。自分の中にはもう何も残っていない、可笑しかった、自分の信じられないほどの心情に可笑しかった。 一体、あのブイヤベースの何に自分が支配されていたのか、そしてすがろうとしていたのか? 単なる食い物なのに、山内が作ったブイヤベースから何を求めようとしていたのか。 吐き気がおさまりそのまま便座の横に座り込む。及川の足元しか見えない。可笑しかった、本当に可笑しかった。 乾いた笑いをする麻生に及川は無言でタオルを渡し、そしてグラスを渡した。軽く口に含みうがいをする、そしてそれも便器にはき捨てた。もうこれで何も残っていない、これは清めの水なのだ。立ち上がろうとしてよろめき壁に手をつくも、即及川に抱えられる。そして神々しいまでにも明るいリビングに連れて行かれる。及川らしい何もない部屋、テレビの前に大きめなソファとローテーブルが置かれているだけである。壁に打ち付けられた飾り棚に飾られたCDやレコードジャケット以外、生活感がまるで無い、ダイニングテーブルさえない。ただカウンターの前に椅子が二つあるだけであった。 その二つの椅子の片方に座る人物を思い描くと不思議と何かが傷む。自分が拒んだその椅子に何を今更痛む必要があるのだ。及川も麻生の視線の先の椅子を見つめる。 「同居人は嘘だ」 「嘘?」 「山内の目をお前から逸らさせる為の嘘だ、いや無論山内を欺くのは無理だから頻繁に特定の男は招いたが、俺が他人と一緒に暮らせるわけ無いだろう」 「嘘……なのか」 及川は唯一の家具であるソファに呆然と呟く麻生を横たえた。そしてバックルに手が伸び麻生が驚いたように及川を見上げる。 「さっきの痣の具合を見るだけだ」 逆らうことは出来なかった、もともと自分は及川に逆らえない、逆らうことが出来ないのだ、できるのは刑事である自分のときだけだ。麻生は持ち上げた首を戻しゆっくりと目を閉じる。 緩められたズボン、体が楽になる、そしてネクタイを緩めワイシャツはボタンを外すことなく上にたくし上げる。 「……おい」 及川の驚いた声に麻生は目を開けた。一瞬だが寝ていたような気がする。 「この痣は何だ?」 麻生は可笑しかった、及川の驚きが。微かに腹筋を震わせながら、 「お前がつけた痣だろう?」 「違う、俺はそんなへまはしない」 そうまで言われ、横になり途端に重くなった体を必死に持ち上げると自分の腹部を見た、赤みからすでに青みに移行している大きな痣。思い出した、そうだブイヤベースを吐き出してしまった原因を。 「山内にやられた、そして逃げられた」 及川がその痣を手でさする。それはとても気持ちよくてまた麻生の瞼を閉じさせた。及川もソファの下のラグに腰を下ろし、それでも手は休めない。 「ブイヤベース、上手かったんだ本当に、山内から貰った唯一の人間らしい贈り物の気がしてさ、柄にも無く嬉しくって大事したかった。さっきトイレで吐いて気付いた、吐しゃ物が透明で驚いた、自分の胃袋の中にブイヤベースが出てこない、大事な山内から貰い物が、大事にしたかった、血となり肉となり自分の中にゆっくりと吸収されていく筈だったのに」 「それでさっき笑っていたのか」 及川が動く気配が伝わる。手を止めず、もう片方の手で麻生の頬をなぞる。どんな顔で及川は麻生を見下ろしているのであろうか? 既に髭が伸び自分でも分かる痛い感触、それでも及川は愛しそうに麻生の頬をなぞる。麻生の目尻からまた涙が零れ落ちる。 「思い出したんだ、自分の家で全て吐いたことを。最初っから何も残っていない、俺達の関係は、寂しかっただが何処かホッとした。それなのに、まだ奴は追ってくる、俺の体に刻印を残して、何処までも追ってきて離してくれない、そのくせ突き放す」 「性悪女だな、だが奴はもう追って来ない、豚箱に入れる、絶対に出さない」 麻生は目を開ける。 「無理だ、無理だよ奴は絶対に入らない、そして出て行かない」 及川の腹を擦っていた手が離れ、両手で麻生の顔を挟んだ。 「俺の沽券に掛けても奴は入れる」 麻生は自分の両頬に添えられる手に自分の手も添える。そして頬をすり寄せる。 「そんなの意味が無い。俺がやってしまった冤罪、これがある限り、もう離れられない、離れたいのに離れられない」 そしてその手のひらに唇を押し当てる。 「純、俺分からない、俺の今までの人生ってなんだったんだ?」 及川の手の内には自分と同じ剣のタコが出来ている、もう剣を握らなくてもこのタコは消えないであろう。だが自分の今まで歩んできた人生は違う。刑事としての人生、玲子との結婚、そして槙との出会い、自分の歩んでいた人生は山内とあの狭い取調べ室で出会った時からもう自分の物ではなくなっていたのだ。 麻生は体を持ち上げると及川に抱きついた。 「純、助けてくれ……俺の人生なのにアイツの……お前なら出来るだろ!」 次の言葉は発することが出来なかった。及川の舌が麻生の咥内に押し寄せてきた。顔を力強く挟まれ動かすことも叶わない。いや、動かせても動かすことが出来ない。望んでいるのだ、自分が、もっとがんじがらめに縛り付けて欲しいのだ。 だがこの逆らえない関係に及川は苦悩してきた、だが麻生は違う、心地よかったのだ。何も考えなくても及川は指針を作り上げてくれるこの関係が。それを及川理解してくれない、いや孤独にすら感じている。そしてその誤解を解いてあげるほど、麻生も優しくはなかった。そうしなくても及川は自分を離さない、離れていかない。 舌が強く絡められ、脳髄まで痺れてきた。柔らかく固くそして荒々しい。山内とは全く異なる強さに翻弄される。 自分が男なのか女なのかヘテロなのかゲイなのか、一方的に周りは決め付け、そして誰も本当の答えを教えてくれない。 角度を変えられ何度も接吻を重ねる。何年振りであろうかこうやって及川と接するのは、湧き上がる劣情と情欲。麻生の手も及川の整えられた髪を乱雑に掻き乱す。徐々に湧き上がってくる悔しさに挑むようにして及川の舌をも吸い上げる。 自分の人生なのに、山内によって書き換えられていた、それをずっと見知りながらも言った及川の一言を思い出す。 完結している。 自分は自己完結などしていない、回りが勝手に自分を自己完結させているだけだ。自分がゲイでもテヘロでも無いノンセクシャルでもないAセクシュアルでもない、一体何者なのかすら、自分は分からないのに。 自分勝手すぎる、みんな自分勝手すぎるのだ。 無情にも山内を抱いた体で麻生は膨れ上がった熱い自分を、圧し掛かるようにしていた及川に擦り付けた。及川が驚いたように腰を引いた、だがそれを逃すまいと腰を浮かせ及川に絡めり。 その瞬間、唇が離れた。絡み合った唾液が粘着質に二人を繋げる。 「龍……」 「俺は今日、山内を抱いた」 ある程度予想をしていたのであろう、及川は黙って聞く。 「その体でもお前は俺に欲情するか?」 答えは聞くまでも無かった、頬をしたたかに殴られた。頭がぶれる、容赦ない一撃。そしてまた一発を反対から喰らう。及川の激情。 これで俺達の関係も完全に終わる、その痛みが収まる頃には自分たちは終わるのだ。潔癖の及川に違う男を抱いた自分の体に欲情するのか、ずっとずっと側で諦めきれずにずっと見守っていた及川にそれを自分は聞く。そうだ、愛想を尽いてくれ、そしてもう…… 「え、じゅ、純!」 シャツを乱暴に裂かれ突然天地がひっくり返る。ソファにうつ伏せにさせられ、そしてズボンを下着ごと一気に下げられた。 冷たく痛い空気が尻に恐怖を覚えさせる。そして、慌しく服を脱ぐ気配、 「や、止めろ!」 メリメリという音が聞こえてきそうである、いや実際に聞こえてきている。耳の裏がジンジンとする。何の準備も無く及川が勝手にずっと閉ざしていた孔に再び己を穿ろうとしているのだ。 「力を抜け龍!」 及川の苦しい声が聞こえてくる。自分勝手な、自分勝手すぎる要求である。何で、もうお前に用がない、お前なんて必要ない、そう突き放してくれないんだ。叫びたいのに痛みで言葉にすらならない。初めての経験に震える。 山内の声が脳裏を過ぎる 痛みに慣れなかったんだ…… 痛いことなんて一度も無かった、いつも念入りに解され、そして及川も念入りに自分のものにローションを塗り、そして儀式のように抱かれた。情欲のおもむくままに抱かれたことは無かった。いつも麻生の感情が整うまで辛抱強く待ち、そして始めて自分の欲情が伴う、そんな抱かれ具合であった。まるで自分が女のような……女のような……?あぁ自分が行為の後に吐いていた理由が今頃分かったような気がする。今更遅い、だが分かった。 麻生は強張りを解いた、そしてソファに置かれていたクッションを自ら下半身引きずり込み、楽な姿勢を作った。 及川は構わず己を麻生の中に叩き込んだ。楽な姿勢をとったところでもともと慣れていない、そして自然の摂理に歯向かったこの行為に救いは無く、食いしばった歯から呻き声が漏れる。学生の頃の伴った快楽から程遠い性行為、それなのに嬉しいと思う自分が居た。 マゾなんかじゃない、今更、男として及川を受け入れることが嬉しいのである。 体が裂かれそうな激痛に苛まれているにも関わらず、その歓喜で自分のものが喜び打ち震える。我慢できずに自分の手で、はち切れそうな自分を扱く。及川の腕の中でも俺は男なのだ、男だからこそ勃起するのだ。気が付いたら呻き声が喘ぎ声にと変っていた。そして及川も切なそうな声を背中に熱く吐きつける。そしてその声がシンクロするとき、静かに及川は麻生に精液を注ぎ込んだ。注ぎ込まれる熱さに麻生も達してしまう。 荒い息、そして忙しなく揺れる体。圧し掛かるようにして及川の体が麻生の背中に被さって来た。だが麻生はそんまま体を器用に反転させると及川を抱きしめた。ゆっくりと薄っすらと汗ばむ首筋を擦る。そして首を持ち上げると軽く接吻をしそのまま耳朶を甘噛みする。ビクリと及川の体が震える。 「……龍?」 自分は女だった、だから情欲を受けるだけであった、そして及川はそれを望んでいた。それが耐えられなかったのだ。 動揺する及川を今度はソファに反転させ肩を押さえつける。ゆっくりと立ち上がった乳首の周りをマッサージするようにして手のひらでなぞる。そして硬く立っている乳首を口に含み、舌で転がす。震える及川の体。そしてそのまま頭を下げ濃い繁みの奥の及川に手を沿え口に含んだ。簡単に立ち上がるそれを今度は自分から後にあてがいそしてゆっくりと身を沈めた。 「……くっ」 及川は驚いたように麻生のなすままに許す。麻生はゆっくりと腰を揺らし始めた。やっている行為事態、女以外何者でもない、男をくわえ込みそして腰を艶かしく揺らす。だが実際は違う、主導権を握っている時点で自分が男でそして及川が女なのだ。及川の顔が快楽に怪しく歪む。及川が絶対に見せなかった顔、いつも麻生を犯す時は、じっと麻生の顔を無表情に見ていた。麻生が感じるのか、喘ぐのか、それを観察するようにじっと見ていた。女のように気持ちよくいく事が及川の最大の焦点であったのだ、そして及川自身、恐れていた。自分の奥底にある女である自分が。誰よりも強くそして男らしくなくては行けない、にも関わらず燻る女の部分。それを押し込めるためにも、麻生を女にしなくてはならなかったのだ。そしてそれが耐えられなかった。その違和感にまだ若く耐え切れなかったのだ。自分の人生はこの時から自分の人生ではなくなっていたのだ。 「純、感じろよ……もっと喘げよ」 腰の動きを早める、そして二人が交わる部分に手を伸ばし微かに姿を見せる及川のものに指を絡め、愛撫する。 及川の男らしい眉が寄せられ、僅かに綻ぶ口元から甘い喘ぎ声が漏れる。 「純、純……」 我慢できずもう片方で再び自分のものに絡める、だが今度は及川の手も伸びてきた。性行為の形が変ってから殆どが扱くことしかしなかった、だからこそ及川の手は麻生自身よりも的確に麻生を追い込んでいく。 「一緒に……」 そう及川が言った。 「一緒に行こう」 麻生は嬉しそうに頷くとより腰をそして指の動きを早めた。及川も腰を上に叩きつける。 「一緒に、一緒に射く」 そう麻生も叫び、そして及川の胸元に白濁した液を掛けた。そして自分の孔からも及川が溢れ出てきた。 そして気が付いた、絶対にコンドームを付けてでしかしなかった行為。決して潔癖から来る仕業ではないのだ。及川も孔からもれる液に指を這わせ、それを麻生の頬になすりつけた。 「ずっと生でお前を感じたかった」 麻生は擦り付けられた精液に舌を伸ばしそして器用に舐め取った。 「俺は女じゃない、妊娠なんてしない」 「ずっと俺の感じる顔なんて見せたくなかった」 「男だって女と殆ど同じ成分で出来ているんだ、感じて何で悪いんだ」 「そうだよな」 及川は繋がったままの状態で、テーブルに置かれていた煙草に手を伸ばし、そして器用に煙草に火をつけた。 「お前も吸うか?」 頷くと、自分が吸っていた煙草を麻生の口に入れた。 「自己完結しようとしていたのは俺なのかもしれないな」 口に溜め込んでいた煙をゆっくりと上に吐き出しながら及川は言った。 「自己完結を望まない人間なんていない、韮崎だって山内だって、だから補う為に相手に依存する」 「歪だな、俺達みたいだ」 麻生は煙草を及川の口に戻すとゆっくりと腰を挙げ、繋がりを解いた。どくどくと溢れ出す及川の精液に流石に顔をしかめる。 「この歳で騎乗位をするなんてな、」 ソファ下に落ちていたタオルを投げつけられた。 そして今始めてそのタオルの意味を知った。このタオルは鳩尾に拳を入れるときに麻生の体に傷を付かないようにする為のものだと。 そのタオルに頬擦りをしてしまう。及川の人生はどんな人生なのであろうか。麻生という男が居なかったら麻生という男を愛さなかったらもっと違う人生を築きあげていたであろう。 「おい用途が違うだろ」 何時もどおりの及川の言葉に麻生は微笑んだ。微笑むことが出来た自分に少し驚く。人間とはそういう生き物なのであろう。 歪で、弱く脆く、そして強く忘れやすい。 麻生と山内もそうなのであろう、そして山内と及川も。 韮崎というストッパーが無くなりこの歪な関係は均衡が崩れた、どう転ぶのか、今の麻生には見当も付かない。だが及川はある程度付いているのかもしれない。 「ん?」 麻生の視線を感じ、及川は片眉を上げた。 何でもない、麻生は首を横に振る。犯してしまった代償は大きい、だが償わない限り自分はもう前に進めないのであろう。そして自分が前に進まない限り、及川もそして山内も進めないのだ。償いから逃げてはいけないのだ。 「少しこのままでいさせてくれ」 麻生は及川の逞しい胸に自分の体を預けた。そして体温を分かち合う。 明日からどうなるのか、そんなことは知らない、だが今、心が温かいのだ、それだけでいい。 「愛している」 「遅いよ、馬鹿」 「でも山内も愛している」 「それは余分だ」 だが及川の体は震えていた、笑っているのだ。 「それでも俺は龍、お前を愛している」 そうきつく抱きしめた。及川の人生は今も麻生に捕らわれている、そしてその事に苦悩し続けている、それが及川の人生なのだ。 「歪だな、本当に……」 自分の手に戻った自分の人生、後悔はしない。そしてこれからは正直に生きるのだ。 「純、俺もお前を愛している」 「歪だ、本当に……」 |
20111031 |