20011004up |
期末テストも終わり、短いテスト休みをはさんで、夏休みまであと一週間となり高橋啓介は浮かれていた。 それもそのはずで、去年まで同じ高校に通っていた兄の涼介が大学の授業で忙しいスケジュールをやりくりして、啓介のために勉強を教えてくれたおかげで今回は啓介にしてみればかなりいい点数をどの教科でも取ることができたということもあるのだが、何よりも涼介と一緒にいられる時間が増えるというのが嬉しかった。 年が2つ離れているせいで小学校のときはまだ、一緒に学校へいける時間も多かったが、中学からはどうしても、一緒に通えるのは一年間だけになってしまう。 しかも、今回は今までとは違い、それこそ大学ということで授業の時間自体が高校とは全然違うし、しかも涼介の通っているのは医学部ということもあり、それこそ泊まりの実験とかもあるため、何日間も会えなかったりといったこともあったので余計にこの2,3ヶ月は寂しかったのだ。 それでなくても、最近の涼介は車の免許を取ってから、夜中にまで、出かけることが多くなり、両親ともに医者であるためほとんど家いることがなく、啓介一人が家に残るということが日常的になっていた。 そして夏休みになれば、もちろん涼介も休みになるのだから、ようやく一緒にいられる時間が増えると思うと啓介が浮かれるのも無理はなかった。 テストが終わってからはもう休みのことで頭がいっぱいで、浮かれまくっている啓介を見て彼の友人たちもあきれていたが、去年一年で啓介のアニキべったりという状況を知っているためにそれも仕方がないだろうと誰もが思っていた。 自室のベットの上で雑誌を読んでいた啓介は、車の音が聞こえてきて、珍しく早い時間に涼介が帰ってきたことがわかると、読んでいた雑誌を放り出すとそのまま部屋を出て、玄関まで飛んでいった。 「お帰り、アニキ!! 今日は早かったんだな」 玄関に入ってきたばかりの涼介に飛びつかんばかりの勢いの啓介にちょっとびっくりしながらも「ただいま」と啓介に答えた。 「今日はもう出かけないんだろ?」 「あぁ、さすがに今回の実験で疲れたからな」 そういう涼介は珍しく疲れているという表情をしていた。 「とりあえず、風呂に入るよ」 「じゃぁ、アニキの部屋で待ってていいか?」 「あぁ」 涼介の了解を取ると啓介はそのまま、降りてきたときと同じように勢いよく階段をかけあがっていった。 その後姿を切ない眼差しで涼介が見つめていたことには少しも気付いていなかった・・・。 啓介は涼介の部屋へと行くと、まず、涼介のために空調を適温にセットした。 そして、いつもの定位置となっている涼介のベットに寝転がると近くにあった雑誌を手にするとぺらぺらとめくリはじめた。 「あ〜〜アニキ、早く戻ってこないかなぁ」 開いているだけになっている雑誌をそのままにごろりと仰向けになるとポツリとつぶやいた。 「夏休みの予定とか聞いとかないとなぁ・・・」 もうすでに、気分は来週からの夏休みのことでいっぱいの啓介は久しぶりに涼介と一緒にいられる休みの予定をあれこれと考えていた。 とりあえず、夏休みの宿題を見てもらったりとか後は、プールに行ったり海にも行きたいし・・・旅行に行くのもいいよなぁと色々と想いを馳せているうちに睡魔に襲われてきた。 早く涼介が戻ってこないかなぁと思いながらも、久しぶりに涼介に会えたという安心感も手伝ってか、しばらくすると啓介は、安らかな寝息をたて始めていた・・・。 涼介がお風呂から上がり、さっぱりとした気分でまだ、少し濡れている髪の毛をタオルで軽く拭きながら、片手で啓介の分と二人分の飲み物を持って自分の部屋へと戻っていくと、そこにはすでに夢の中にいるだろう、啓介が気持ち良さそうに眠っていた。 その様子をみて、思わず、涼介の表情もやさしいものへと変わる。 ベットで気持ち良さそうに眠っている啓介に声をかけようと近づいていったところで、啓介がわずかに寝返りをうつと涼介との休み中の夢でもみているのか「アニキ・・今度は・・・むにゃむにゃ・・・」という寝言が聞こえてきた。 はじめ啓介が目を覚ましたのかと思ったが、どうやら、それが寝言だとわかると、さすがに起こすのも忍びないと思いそのまま寝かせておこうかとも思ったのだが、そのあまりにもあどけない寝顔に思わず、見入ってしまっていた。 そして、そのまま、その寝顔につられるように涼介は眠っている啓介に口付けていた。 もう小さい頃から、親戚はもとより、学校の友人たちからも喧嘩もしたことがないのではというぐらい仲のよい兄弟だと公認されている涼介と啓介だった。 そんな兄弟ではあったが、もちろん、啓介も他の人の前でさえ、「アニキ、大好き」と公言しているが、それも兄弟ということだと涼介は思っている。 しかし、涼介は、自分の気持ちが兄弟のそれではなく、啓介を自分の物にしたいという好きだということに、もうずっと前から気付いていた。 そんな気持ちが最近ではかなり大きいものになってきてしまい、大学が忙しいということももちろんあったが、車という新しい自分の打ち込めるものを見つけてからは、そのことも言い訳にしながら、涼介自身も気付かないうちに啓介のことを避けているようだった。 もちろん、そのことに啓介は気付いていない。 涼介が忙しいのも仕方がないと、大学の授業はもちろんだが、今まであまり物事に夢中になるということがなかった涼介が始めて、打ち込んでいる車のことも、啓介は特別気にとめていないようだった。 ただ、あまりにもそっちのほうにばかり涼介が夢中になって、自分にあまりかまってくれなくなったことには関してはたまに、拗ねることはあったりもしたのだが・・・。 それでも、この気持ちは啓介には気付かれないようにしないといけないと思う涼介だった。 そんなことを考えていたが、これ以上啓介がそばにいるとそれこそ理性がもたないと思った涼介は、眠っている啓介を起こすのは忍びないとは思いながらもそっと啓介の肩を揺すると声をかけた。 「啓介、寝るんなら、自分の部屋へ行け」 「うん・・・あっア、ニキ・・・ごめん、俺、眠ってた」 啓介はちょっとばつの悪そうな顔をしたが、すぐに涼介の顔をみると嬉しそうにぱぁっと輝くような笑顔になった。 その笑顔につられるように涼介も啓介に笑顔を向けたが、それもすぐに引っ込めると重ねて、啓介に言った。 「寝るんなら、部屋にもどれよ」 そういわれて、啓介はベットに座りなおすと涼介に話があるんだと切り出した。 「ごめん、アニキ待ってるうちにちょっとうとうとしちまって・・・」 「うとうとって感じじゃなかったけどな」 「いや・・・そっそんなことはないんだけど・・・そっそれよりアニキもうすぐ夏休みになるだろ? だから、どうするか予定を聞こうと思ってさ」 「夏休みか・・・」 「今年は旅行にも行きたいしさぁ・・・」 さすがに去年は涼介が受験ということもあって、啓介も毎回、休みになると高橋家所有の別荘に行ったりとか、それ以外にも田舎に遊びに行ったりとかもしていたのだが、近場に遊びに行く程度で我慢していたのだった。 しかし、漸く今年の夏はどこかに行けるだろうと期待をしていた。 「旅行か・・・それもいいが、まだ、休みもどうなるかわからないんだ」 「わからないってどういうことだよ?」 「夏休みになっても、色々と実験とか入っていて、それ以外にもレポートとかもあるしな」 「でも、少しぐらいは大丈夫なんだろ?」 休みになれば、涼介と一緒にいられるととても楽しみにしていた、啓介は絶対にこればっかりは譲れないとばかりに食い下がった。 そんな啓介には勝ち目がないと思ったのか、涼介はあきらめたように言った。 「わかった、まだ、どうなるかわからないが、時間を作るよ」 「本当だな。約束だぞ、アニキ」 「あぁ」 その返事に満足したのか、啓介は笑顔を見せた。 「じゃぁ、アニキ、疲れているだろうから、俺も部屋に戻るよ」 と部屋を出て行こうとする啓介に、涼介も「おやすみ」と声をかけた。 そして、明日から、夏休みになると浮かれた気分で学校へ行き、終業式が終わった後、悪友たちと通知表のことで盛り上がり、休み中に遊ぶ計画をたてていた。 けれども、啓介は涼介との予定がいつ入るかわからないということもあり、友人たちにそれを言うと、自分たちよりもアニキを優先させるんだなぁと散々からかわれた。 それでも、去年一年間の様子をみて知っている友人たちはいくら兄弟とは言え、仲がよすぎるよなぁと口々に言いながらも暇だったら、連絡しろよと言ってくれ、又、別の話題で盛り上がっていた。 啓介も友人たちに、「うちのアニキなんて、俺のこと弟って言うよりも下僕のような扱いだぜ」とか、「うちの弟なんて・・・・」とか言う話を聞いては自分と涼介と比較してみるのだが、友人たちの言うことのほうが、おかしいのではないだろうか?と思ってしまう。 そのくらい、自分たち兄弟のほうが普通のことだと思っていた。 確かに自分でも涼介に固執しすぎることはあるかなぁと思うこともあったが、それでも、涼介と一緒にいることのほうがどちらかというと友人たちと一緒にいるよりも楽しいのは事実だった。 そんなことを考えてぼーーっとしていたが、友人の声で我に返った。 「高橋、このあと、みんなで、飯食って帰ろうっていってんだけど・・・おまえどうする?」 「あぁ、そうだな」 そういうと、みんな帰り支度をはじめ、教室を後にした。 昼ご飯を食べたあと、そのままの勢いでゲーセンとかで遊んで、家に帰るとやはり誰もいなかったが、とりあえず、着替えをしてベットに転がった。 今回、期末テストがよかったせいか、いつもよりもいい成績だったために早く通知表を涼介に見せたくて、早く帰ってこないかと待っていた。 普通は、通知表を見せるなんていうのは、できればしたくないと思うものだったが、啓介にとって、涼介に見せるというのは今までいつもしていることだったので、いやだとも思っていなかったし、今回は特に今までになくいい成績だったので、早く見せたかった。 それもそのはずで、忙しい両親に代わって、小さい頃から、啓介の面倒を見てくれたのも涼介だったし、勉強を教えてくれるのも涼介だったので、啓介にとっては、涼介は両親以上の存在でもあった。 けれども、この一週間、涼介は家には帰ってきているようだったが、一度も啓介とは会っていなかった。 帰ってくるのが遅かったり、帰ってきても、啓介がいないときだったりしたためだ。 まさか、涼介に避けられているとは思ってもいなかった。 夏休みになって、すでに一週間経っていたが、涼介はあいかわらず忙しそうで、ほとんど家を空けることが多かった。 それでも、まだ一週間だしと思い、啓介は涼介が早く休みにならないかなと考えて、そのときのために備えて少しでも時間を作るために一生懸命夏休みの宿題にせいを出していた。 普段の啓介の夏休みの傾向からして、こんなに早めに宿題に取り掛かるということはなかった。 いつも夏休みぎりぎりまで手をつけずにいて、最後にはいつも涼介に泣き付いて、代わりにやってもらったり、見かねた涼介が教えてやるからといわれて、仕方なくやるというパターンが夏休みのお約束状態となっていた。 それが、今回は夏休み最初の週に終わるんではないだろうかというぐらいのペースで片付けていっていた。 それもすべて、涼介との休みのためとはいえ、かなり珍しいことであった。 そうこうするうちに、8月に入ってしまい、さすがに痺れを切らした啓介は、無理矢理にでも約束を取り付けようと涼介が帰ってくるのを待ち構えていた。 そしてようやく、涼介の車の音を聞こえてきて帰ってきたのを確認すると、意を決したように、涼介の部屋へと行き、ドアをノックした。 「アニキ、入るよ」 涼介もまさかこんな時間まで、啓介が起きているとは思っていなかったのか、ちょっと驚いたような顔を一瞬見せたもののすぐに、いつもの表情に戻り、「どうしたんだ、こんな時間に」と返事をした。 「アニキ、まだ、ずっと忙しいのか?」 「ん、まだ、しばらくはな・・・」 「でも、2,3日でもいいんだけど、時間作れないかなぁ?」 「ちょっと、まだ無理だな」 そういわれても、もうこれ以上は待てないという啓介は、引き下がろうとしなかった。 「アニキ、少しでもいいんだけど、それも無理なのか?」 「啓介、あまり無理を言って困らせないでくれないか?」 「だって、アニキ最近、家にもほとんど帰ってこないじゃないか? もしかして、俺のこと避けてるのか?」 「そんなことはない! ただ、本当に色々と忙しいんだ」 「じゃぁ、いったいいつになったら、時間を作ってくれるんだよ! もう、8月になっちまったし、俺、アニキといつ遊びに行ってもいいように、ちゃんと宿題だって終わらせたんだからな」 一生懸命、涼介に食い下がる啓介だったが、そんな啓介に涼介のほうも譲ろうとはしなかった。 「アニキ、もしかして、俺と旅行に行くのが嫌なのか? だから、忙しいって言って、そういえば、俺が納得するとでも思ってるのか?」 「そんなことは・・・ない」 「でも、俺のこと避けてるだろ? 俺がそばにいるのがわずらわしくなった・・・」 友人たちに散々その年になって、兄弟でべったりでいるなんて、おかしいといわれていたので、啓介ももしかしたら、自分はそんなことはないと思っていたが、涼介のほうはいいかげんに兄離れしてほしいと思っていたのかもしれないと思い始めてしまった。 「俺と一緒にいるのが嫌なんだろっ!」 そう叫ぶと、啓介は今にも泣きそうな顔をして、部屋を飛び出して行こうとした。 その表情を見て、さすがの涼介もこれ以上はもう、自分の気持ちを抑えられなくなってしまい、部屋を出て行こうとする啓介を後ろから、抱きしめた。 「啓介、そうじゃないんだ」 いきなり、抱きしめられて、びっくりしたのか、啓介はその場で固まってしまった。 「啓介、そうじゃない・・・俺は・・・」 涼介は自分の腕の中でおとなしくなった啓介を自分のほうへと向かせると、涙をいっぱいにためた啓介の目元にやさしく口付けると、ゆっくりと話し始めた。 「啓介、俺は、おまえのことが好きなんだ。」 「俺だって、アニキのこと好きだよ」 「俺の好きは兄弟の好きじゃなくって、お前を自分のものにしたいって言うぐらい、好きなんだ」 その言葉にさすがにびっくりしたのか、啓介は何も言わなかった。 「だから、一緒に旅行にでも言ったら、自分を抑えられなくなりそうだった、だから・・・、ごめん、泣かせる気はなかったんだ」 「じゃぁ、俺と一緒に行きたくないわけじゃないんだよな?」 「あぁ、本当はすごく行きたかった」 「よかった・・・俺、嫌われてるわけじゃなかったんだな?」 「けい・・すけ?」 「だって、アニキに避けられてると思ってたから、ずっと、家に帰ってこないのは俺のこと避けてるんじゃないかって・・・だから、よかった・・」 啓介がそんなことを思っているとは思っていなかった涼介は、啓介のことを避けていたことが啓介を傷つけてしまっていたのだと思うと、たまらない気持ちになった。 「それに、アニキを他の奴に取られるのも嫌だし・・・俺もアニキのこと兄弟以上に好きなんだと思う・・」 「啓介・・・」 まさか、啓介にそこまで言ってもらえるとは思っていなかった涼介はその言葉が信じられなかった。 そんな涼介におずおずと、腕を回すと啓介は自分から、涼介に抱きついた。 「アニキ、旅行行こうな」 そういう啓介に答えるように、涼介も啓介を抱きしめ返すと「あぁ」と答えた。 それから、しばらくして、涼介は忙しいスケジュールを無理矢理調整して時間を作ると啓介と一緒に伊豆の別荘へと出かけていった。 その後、高橋家の兄弟が今まで以上に仲良しだと言われるようになったのは言うまでもないことであった。 |
終わり |