20011004up



too hot!   藤井あきら 作

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「啓介、居るのか?」

涼介の声だけが天井が高く取られてある玄関に響き渡る。
「……。」
やっと選択必修の共同研究が一段落し帰宅した家は、予想外に静かであった。
いつも飛び出るようにして迎え出る、啓介の姿が無い。
だが駐車場に置かれたままの黄色いRX−7は啓介の在宅を示す。一般の学部は当の昔に夏休みに入っており校舎はすでに蛻の殻である。
トミに弟、啓介が通う通りを挟んで向こう側の荒牧キャンパスは偶に人影を見かけても、それは院生か助手であった。教授すら居ない。いや、きっと人口密度が高いのは医学部のある昭和キャンパスだけなのであろう。
高い学費を払いながらも学生であり学生ではない、それが医学生に課せられた宿命である。

「啓介、入るぞ?」

軽くしてノックをし、返事を待たずして開けた啓介の部屋、相変わらず雑然としている。
「…あれ程言っているのに」
思わず踏んでしまった雑誌を手に、兄でもある涼介はそれでも首を傾げた。
そこは、主の居ない部屋。
「あいつ…何処に消えたんだ?」
だが微かに聞こえてくれクーラーのモーター音、となると、この部屋の物ではない。
それでも蒸し暑く淀んだ部屋の空気を入れ換えるため、出窓の扉を開け風を通す。だが入ってくるのは狂ったように鳴き続ける蝉の声だけであった。

見上げる空。

連日の猛暑は、暑さにも強い涼介すらウンザリとする。
「異常気象だな」
長時間学校に置きっぱなしにしてしまった愛車。学生専用の駐車場は無論、屋根はない、よって炎天下の元放置された状態の車をここまで転がしてきたのだ。この時ばかりは白が幸いすると思う。啓介の部屋から僅かに見れる両親の黒塗りのベンツ。
好きじゃないな。
根拠なくそう思う、そして涼介はそこからゆっくりと視線を外した。
隣の自室に戻り、教材を鞄から取り出し机に並べ、そして車のキーを所定の場所に置いた。そのまま上に来ていたシャツを脱ぐ捨てる。
潔癖性ではないが、研究基い実験が佳境に入り連夜徹夜による泊まり込みは、真夏にも係わらず風呂にも入れされてくれない。
私大では宿泊施設が充実しているところもあるらしいが、如何せん、国公立にはそのような予算は認められない。すでに諦めて何年もたつ。何故なら、実験に必要な機材すらままならない状態がたびたびあるからだ。
そして体臭が気になる年頃を唯一救ってくれるのが薬品の臭いとは、お涙頂戴物である。
微かに匂う薬品の臭いを気にしながら軽く自室の空気の入れ換えを行い、それからようやく涼介はクーラーのリモコンを手に取った。
生ぬるい風が涼介に吹き掛かる。
まだまだ部屋が快適になるまで時間が掛かりそうである。
「シャワーでも浴びるか」
投げ捨ててあったシャツを拾いそのまま下に降りた。そして初めてガラスの扉越しのリビングのソファからはみ出た脚を見つけた。
「……。」
見慣れた脚の形。
クーラーのモーター音の出所はここであった。
「なんだ啓介、返事ぐらい…」
だが最後の方の言葉は声になっていなかった。
殆ど半裸の状態でありながら、気持ちよさそうに眠る弟。
たぶんシャワーを浴びた後、クーラーをぎんぎんに利かせたこの部屋に飛び込んだのであろう。ショートパンツだけを身に纏い、啓介にとっては狭いソファーに窮屈そうに体を納めていた。
そっと頬を触ると、見事、冷え切っていた。温度設定を見ると二0℃。
「おい幾らなんでも啓介、風邪引くぞ?」
頬を数回、撫でるようにして叩いた。夏風邪など冗談ではない、特に啓介は。

「うううむ」

微かに寄る眉間の皺。
だが起きる気配が感じられない、ほんの僅かの間だが啓介の寝顔を見つめる。
目を閉じていると普段まき散らしている鋭さが無くなり、幼い頃の面影を多く残すのその寝顔。
当たり前だが、幼き頃も色々な思い出は共有してきた、今もそうである。だが幼き頃の方が共に行動をし重なる思い出は多い。そして不本意ながら今後、自分が医者としての道を歩み始めればもっと減っていくのであろう。授業の一環で研修に行った病院での研修医は襤褸雑巾のような扱いを受けていて心底、驚いた記憶はまだ新しい。
そっと体を啓介の方に曲げると、微かに開けられた唇に自分の唇を重ねた。
「それでも俺たちは一緒だからな」
ひんやりと冷たさが伝わる。先だけ舌を口腔に侵入させたがそれでも起きない啓介に涼介は苦笑いする。
「…この野郎」
体を起こし、起きない啓介への報復のように立っている乳首にそっと爪を立て、そのまま自分のシャツを啓介の上に掛けてやった。



薬品の臭い?
目がぱちりと開く。
「あれ?アニキ?」
寝過ぎたのか、微かに痛む頭を左右に振りながらもアニキの気配を捜す。
夢であったのであろうか?微かに感じた涼介の気配。
そして自分の上に掛けられた見覚えのあるシャツに気が付いた。
そっとそのシャツの臭いを嗅ぐ。微かに薫る涼介の臭い、そして最早、親爺やお袋でもないアニキの薬品の香り。
やはり帰ってきたのだ。
一気に顔に明るい笑みで覆い尽くされる。
三日ぶりである、その間、暇で暇で仕方がなかった。
取りあえず周りが煩いので授業にはきちんと出たが、それでも最終学年、殆ど取り終わっている単位は、学校の行く回数を減らしてくれていた。
そして暇を啓介に与えた。
無論、まとわりつく健太のお陰で時間だけは流れてくれたが、涼介の居ない空間を過ごす時間は至極退屈であった。
理由は一つ、刺激がないのである。
解析無き走りに飽きてしまった今日なんかは、ただただコンクリに背中を押しつけ車をいじくり続けた、この炎天下の中。流石の健太も途中でへきえきし退散してしまった。
しかしもう後僅かで、こうやって待ち続けても涼介は自分の元には戻ってこない。
無論、兄弟を逸脱してしまっている互いの気持ちは揺るぎないと信じているが、ずっと離れずにきてしまった高橋兄弟にとってはたぶん辛いものであろう。特に激情型の啓介の方が辛い思いをするのは目に見えている。
「俺って不幸だよな…」
「どうした啓介、深刻な顔をして」
「え?」
シャワーを浴びていたのであろう、スッキリとした表情を見せる涼介がいつも間にかリビングに居た。
「あ…アニキ…」
瞬時に明るくなる啓介に、涼介の目も細められる。
「お袋は?」
「遅番で昼過ぎに出ていったぜ?」
「そうか」
「へ?」
涼介の唇の一方がキュッと挙げられた。思わず啓介の口がへの字になる。その笑いの意味は痛いほどに良く知っている。
「マジ?」
兄弟の枠から逸脱してしまって一体どの位の月日が経っているのであろうか?これも兄弟の思い出なのであろうか?あれも忘れもしない真夏、そして非常に肉体的に辛かった苦い思い出。そう、あの日もこんな昼間であった。
今も窓の外の大陽はまだ高い。
それでも涼介は近寄り、事もあろうに啓介を抱き上げた。
「う、嘘だろ??」
背は大して変わらない、体重は互いに知らないが寧ろ啓介の方が生活習慣的に重いと思っている、にも係わらず涼介は突然のことで硬直してしまった啓介をそのまま抱いたまま階段を上りはじめた。
「アニキ降ろせよ、まだ明るいぜ?」
「だから?」
ここまで来ると下手に騒げない、バランスを崩されて痛い思いをするのは自分である。
ふてくされ気味に涼介の首にまわされた腕に力が籠める、半分は嫌がらせを込めて。
そして体の自由が解かれたのは予想に違うことなく冷房が効き渡っている涼介の部屋のベットの上であった。
無言のままに唇を近づけてくる涼介。
だが啓介は待ったを掛けた。
両手で涼介の顎を押しのける。
「溜まっているのかよアニキ!」
このまま流され続けるのは癪であると言わんばかりに、キッと睨み付ける啓介。
啓介としては話が出来なかったこの三日間の出来事を涼介に聞いて貰いたかった。
走り込んで新たなる事実の発見とか、だが、
「可愛いな」
「え?・・・・うわぁ!」
涼介の呟いた言葉を旨く聞き取れないまま、啓介は涼介に押し潰されるようにして倒れていった。
「オイ、聞こえているのかよアニキ!」
「溜まっている」
「え?」
「だから溜まっているんだよ啓介」
そうニヤリと笑う。
そして自分の高まりを啓介の薄い生地の上に押し当てる。
「…うっ」
羞恥に頬を赤く染める啓介。
誰がストレスを感じずに青空が広がる元、研究室の一室に何日も籠もって実験や論文をこなせる人がいるであろうか?しかも心の奥底に一物持った輩どもとだ。これならまだ頭が空っぽの馬鹿女と一緒の方が気が紛れる。
それに対し啓介はずっと車を弄っていたのである、雲泥の差である。多少一方的でも致し方がないことだと、一人勝手に納得している。
増長し啓介の手を自分の物に導き入れる。
「ひでぇよアニキ!俺だって話したいことが溜まって居るんだよ」
それでもまだ抗議を続行しようとする啓介を黙らせるのは、簡単である。優しく啓介の頬を両手で挟み、そして自分の顔を近づける。
触れ合うか触れ合わないか、そんな微妙な距離。
目を見つめる、啓介が逸らすまで優しく見つめる。
そうすれば啓介が震える睫を下に向ける。
そのまま口付けを受け入れるのだ。
「可愛いな」
耳元に囁きかける。
くすぐったそうに肩を竦め、次の瞬間、涼介の首に長い手をおずおずと巻き付ける。
「狡いぞアニキ!」
「そう俺は狡い」
「後で聞いてくれよ、俺の話を」
分かったと、楽しげに目を細め、啓介から唇をかすめ取る。そしてそのままショートパンツの中に手を忍び込ませ、ゆっくりと指を絡ませる。
ピクリと動く啓介。
今度は深い口付けを反応を楽しみながら求める。
手も動かしながら、深く口腔を犯す。一度に二つの快感に溺れる啓介はいとも容易く頭を左右に振りはじめた。糊の利いた枕カバーに髪のぶつかる音がする。
一向に慣れようとしない快楽を追い求める拙い啓介の行為一つ一つが、愛しかった。
「啓介、愛している」
「アニキ…」
すでに裸に近い状態で涼介の体に脚を絡める啓介。
漏れる嬌声に軋むベット。
衰えることを知らぬ感情に涼介は激しく啓介を征服していった。



気が付いたら日が陰りはじめていた。
何度目なのか、己の中で達した涼介の体からようやく力が抜けた。互いに空気を貪るかのように荒い呼吸を暫し音立てていた。
「そういやぁ眠くないの?」
体の節々が痛くなるほど激しく抱かれた啓介が汗ばんだ体を起こした。
昔、学校に寝泊まりするときは殆ど徹夜に近いと聞いたことがあった。
「なぁアニキ…」
そして言葉を失う。
先ほどまで、いや、たった今まで啓介の体を良いように扱っていた涼介から聞こえてくるのは規則正しい寝息。
「嘘だろ?」
そっと通った鼻筋に指を伸ばしそしてきゅっと摘み上げる。だが起きる気配は無い。
カタカタカタ
止まっていたクーラーがまた動き出した。

本当に溜まっていただけなのか?

そして、啓介の顔が青ざめていくのを涼介は知らない。


終わり