106 多聞六神社/復興記念碑 神戸市垂水区多聞台2の17 |
神戸市垂水区の高台にある住宅地。マンションや一戸建てと一線を画すように、多聞六神社の「森」がある。元々は五穀豊穣を祈る神など12神が祭られていたが、江戸時代に六つの神を同区内の別の場所に移したため、現在の名称になった。「阪神大震災復興記念碑」は、境内の奥にある。 震災では、垂水区で25人が死亡、1176棟が全壊した。同神社も木造の社務所が全壊、本殿の壁にひびが入った。石の鳥居も、横に渡されていた「貫」が落下した。震災の前年から神社の管理人を務めている岡本勇さんは「子供のころから親しんだ神社だったので、寂しい気持ちになった」と振り返る。 「神社をなんとか復興させたい」と、1995年4月、氏子約60人のうち約10人が集まって「多聞六神社復興委員会」を発足。 この場で委員長の不動産経営、大澤義一さんは「落下した貫を、そのまま記念碑にしたい」と提案した。「秋祭りには多くの人が訪れ、戦時中は出兵する兵士がお参りした。大勢の人がくぐってきた貫を、記念碑の意味も込めて何としても残したかった」 碑は96年10月に完成。木製の枠に銅板を組み込んだ案内板の横に、貫が破損したままの状態で垂直に建てられた。高さ約1・7メートル。狛犬2基もひびが入ったまま置かれている。 案内板には、震災の被害状況などが記され、「神社の復興を記念し、鎮魂の想いを刻むものである」という言葉で結ばれた。「震災を記録し、二度とあんな悲劇が起きないようにとの祈りを込めた」と大澤さん。 毎年10月には毎年秋祭りが催される。境内は子供みこしや獅子舞でにぎわう。 西條遊児さんのコラムに関連ページがあります JR舞子駅からバスで15分。詳しくは「マップ」と「震災モニュメントめぐり」を |