
2004/11/30(火)
夕方、S木さんが「明日から昼間いっしょに遊べなくなっちゃうから・・・」って
土曜に行ってきたデニーズランドのお土産を持ってわざわざ出かけてきてくれた。
娘と奥さんが一緒に来ていて・・・娘さんは小4と言うことで家のあっくんと同い年である。
娘さんは両親に似ずとっても可愛い子なのであった。
その後、滝井小児科にインフルエンザの予防注射をしに家族で出かける。
ここんとこ僕は、インフルエンザに罹ると100%肺炎になってしまっているので要注意である。
注射が終わってグランリバーの蔦谷書店に行くと、前の会社の大先輩のKBさんが居た。
4ヶ月ぶりに見るKBさんの顔は大変疲れているように見えた。
あっくんはKBさんを見て「サソリに刺されたおじさんだね・・・」と、コラートで遊んでもらった事を覚えていた。
そして・・・そのまま念願の文田商店に行って焼肉を食べて帰ってきたのである。
あぁ、うまかった。
2004/11/29(月)
今週は、水曜日に歯医者、木曜日はセミコンジャパン(展示会)で幕張、金曜日は眼科・・・と珍しく後半詰まっている。
メインイベントはセミコンジャパンであるがこの展示会に行くのも久しぶりである。
今年はフリーで見に行くので報告書も書かなくっていいしお気楽に見てこれる。
ただ、このセミコンと4月のディスコンは絶対外せない展示会である。
僕は前職でエンジニアをやっていて、常に心がけていたことがある。
それは・・・「出来ない!・・・と言わないこと。」である。
当然、世の中にそんな技術が全く無くて夢物語にしかならない様なことは「出来ない!」と言っていたが、
世の中に存在する技術を発展させれば出来る事であったり、工夫次第で実現可能そうな事ならば「やる!」と言っていた。
また、そう言う事を考えて「こうすれば出来そうだねぇ」と仕事するのはとっても楽しいことでもあったし、プロとしての執念を燃やしたりもした。
その辺の見積もりをするベースとなる知識として、技術雑誌を読んだり、最先端の展示会を見に行ったりするのは大変有用なことである。
・・・天気が良ければいいが・・・
2004/11/28(日)
今日はバドミントンの大会があるということで妻と子供たちは朝から出かけて行った。
僕は・・・町づくり委員会のジャンボ門松作りに行き汗を流す。
町づくりに行くと、毎回のことなのだが「仕事どうした?」と皆に聞かれる。
鳶の大将などは「ちょっと前だったらさバイトでなぁ使うことも出来ただけーが、最近は毎日名簿出したりしにゃなら無くてな
バイトも使えなくってさ・・・わりいな・・・」と謝られてしまったりするのである。みんな良い人たちなのである・・・
しかし、でっかいカケヤを振るって疲れてしまった。きっと明日は腰痛であろう・・・
8月にカケヤを持った時には叩くべき物が見えなくって振るうことさえ出来なかったのだが、今回は全く問題なく振るえた。
目が慣れたのか??多少良くなったのか(そんな訳は無いだろうが)・・・来週は眼医者に行くのだ。
2004/11/27(土)
−− 昨日
一緒に仕事をしようと思っていた人が、どうしてもサラリーマンになると云う事で来週の中旬から静岡県西部に行くとの事。
営業とバイヤーが居なくなってしまったのでは仕事も出来ないので本当に近所に職を探そうか・・・と昨日心に思う。
グランシップで転職フェアとか言う変な催しが今日あるとの情報があったので一気に履歴書と、職務経歴書を作成する。
夜遅く妻と子供がバドミントンから戻って来たので妻にその件について話をする。
妻は、「私が営業の運転じゃあダメなの?そのつもりで居たんだけれど・・・」と言うが、
僕にはただ週4日子供のバドミントンで家を空けるので妻は使えないとずっと思っていたので・・・???と言う感じである。
会話の無い夫婦と言うのはつくづく不幸なものなのだ。
−− 本日
久しぶりにネクタイをして出かけた。
新卒の学生さんも沢山来ていて・・・最近の学生は就職口が無くて大変な様である。
なんせ、企業は仕事を片っ端から海外に放り出して目先の利益ばかりを追い求めているので未来ある若者の芽も発芽する前に腐乱させてしまうのである。
自分は会場をぐるぐる3周ほど回り来ている企業を頭にインプットし、掲示板から会社の求人職種と会社所在地を確認・・・。
実は、ここで僕は会社所在地しか見ていないのである。何故なら家の近所と言う絶対条件があるからだ。
理工科大でJavaとCの常勤講師を募集していたが、きっと「一ヶ月で物にナンネエ奴になんか教えても無駄だ!一ヶ月で覚えろ!」
と言って一年のうち11ヶ月がお休みになってしまいそうで気がとがめたのでやめた・・・。
それにJavaは先日いきなりサーバアプリを組んだのが初めてで未だニ本しかプログラムを書いていないし・・・お蔵入りだったし・・・
ただ、この20年間色々な人を見てきてプログラミングだけは一ヶ月で物にならなかった人は事実 プロ愚駄魔ーにしかなって居ないのである。
・・・で、結局家から一番近い(結構近い)企業の方と一時間ぐらいお話しし、昨日作成した書類を渡して来た。
・・・僕には全く色々なこだわりと言うものが無くなっている・・・living slowly のおかげだろうか?
だけど、一応これからどうするのか?ちゃんと決める時期が来たようだ。
2004/11/23(火)
昨日から伊豆に実家へ法事があったりしたので帰ってきた。
あっくんと二人で最近の定番・・・JRと伊豆箱根鉄道を使っての帰省である。
ちょっと寒かったが天気が非常に良く気持ちの良い二日間であった。
今日は、朝から修善寺のサイクルスポーツセンターへ行って来た。
このサイクルスポーツセンターは、学生時代の夏休みに3年ほどアルバイトでお世話になった思い出の地である。
最近は競輪での収益が上がっていないのだろうか?設備も大分くたびれて来たのだが改修が出来ていないのが気になる。
また、客も昔の1/10程度になってしまっているし職員の数も1/3程しか居ない。
昔はコテコテの自転車職人が沢山居て自転車の整備に余念が無かったのだが・・・
最近の自転車は??と昔を知る人が乗ると首を傾げたくなるようなコンディションの自転車ばかりである。
尤も、昔はベース車、パーツが国産品だったので質も違うとは思うけれど・・・
今回の目玉は、あっくんの5kコースへの初挑戦である。
前回来た昨年の6月頃にはまだ身長が制限値の140cmに届かず涙を呑んだ経緯がある。
今回はギリギリ140cmをクリアし前回からの思いを遂げた。
僕も20年振りにこのコースを走ったが、全く辛いのである。
バイトをしていた頃、この5kコースの担当になった日には休憩時間を使って一日4本ぐらい平気で走って来たのである。
ジジイになったものである・・・が、本当にロードバイクが欲しくなった。
2004/11/21(日)
今日は朝から背中が痛く・・・町づくりのジャンボ門松製作への参加はパス。
午後から大井川吹奏楽団の定演を聴きにミュージコへ出かけた。
全席自由席なので好きな場所に座れるのが有難い。
14列目のど真ん中に席を取った。
なんかE.ベースの人(女性)が、腰で弾いているのを見てとっても違和感を感じたのである。
あれで踊りながら弾いてくれるのなら未だしも直立不動なので・・・やっぱり楽器は格好良く弾きたいものである。
まぁ、聴けなくはなかったので問題ではないのだが・・・
プログラムの前半は比較的堅苦しい音楽であったので隣のあっくんは爆睡であったが、後半はあっくんも起きていて楽しそうであった。
'70sがテーマということで、ディープ・パープルのバーン、ハイウェイ・スター、スモーク・オン・ザ・ウォーターのメドレー等もあり
僕も大変懐かしく楽しく過ごせたのである。
2004/11/20(土)
昨晩は藤枝に出かけてお酒を飲んだ。
前に勤めていた会社のタイ工場から帰ってきたSさん、福じゃる、デカ長、とらさんという前に良く一緒にお酒を飲んだメンツである。
4ヶ月振りに見る顔は相変わらず疲れ切っている人も居てご苦労さんなのである。
楽しくお酒が飲めたおかげで飲みすぎてしまい・・・帰ってきてからチョット大変であった。
福じゃるとデカ長が「さるの転職先が決まったらしいよ、そのメールにWebに会社の事ひどく書いてあるって書いてあった・・・」って言っていたのでさっそく見てみた。
そのサイトは大手のYサイト内にある株の情報の掲示板である。
読んでみると確かに、10月になってから内部事情に詳しい人からの辛らつな書き込みが沢山あった。
多分9月末をもって終わったリストラで不本意な形で会社から弾き出された人が書いているんだろうけれど・・・あそこまで書くか?って思うくらいひどい書き方だね。
読み様によっては凄く当たっている様にも思えるし・・・でも読んでいて怒りが沸いて来るので否定する書き込みをしたい気持ちもするのだが、辛らつな書き込みをしている人の方が筆達者なので負けちゃいそうなのでやめた。
昨日、福じゃるが背中を丸めて「あれを読んで、当たってるなぁ、どうしようって・・・情けなくなっちゃったですよぉ・・・」と情けないことを言っていた。
そう思う心が本当に情けないと思うのだが・・・本当に情けない奴なので仕方ない。何かで自分に自信を付けるまではずっとこうなのだろうなぁ。
日本電産の社長を例えに出してT社長をコキ下ろしていたりするので元同僚?なんて思ったりしたが、読んでいくとそうでも無さそうだし・・・良くわからない。
それにしても、その書き込みをしている”たこ焼き”とか言う奴は昔ギタリストであった芳野藤○みたいな煮ても焼いても食いたくない厭なやつなのである。
これが”明石焼き”っていうハンドルネームだったら間違いなく僕の元同僚で現役で会社に居るやつなんだけどね。
一昨日の夕方に妻が本屋に行く用事があったので乗っけて行ってもらった。
妻が「この本の表紙お父さんが持ってるCDのやつじゃない?」と言うので見たらギターマガジンの表紙がJohnny、Louis&Charである。
中身を読むとチャーのインタビュー記事が出ていたので買ってもらった。
この記事を読んでいると大変なことが書いてある・・・なんと、79年に出たFreeSpiritというLiveのアルバムのギターは実は結構差し替えてある・・・様なのである。
僕はこのFreeSpiritのギターを聴いてチャーってライブでこれだけ弾けるんだから・・・とチャーに心服してしまいギターと言えばチャーになってしまったアルバムなのに・・・
まぁ、その後に何本もJL&CやピンククラウドのLiveで凄いチャーや、厭になっちゃうチャーも観ているので今となってはどうでもいいのだが・・・
来週発売になるDVDは生の音で収録されているという事なので、これはどうしても手に入れたいのであるなぁ。
2004/11/16(火)
今日は娘のゆいちゃんが小学校の修学旅行へ出かけていった。
どんな土産話を持って帰ってくるのだろうか?いつもの様にニコニコ笑いながら話を聞けると思うと大変楽しみなのである。
今日の昼間は写真を撮りに行ったり、パスポートの更新に行ったりした。
一昨日まで作っていたプログラムのソースも、もうこの先は製作しないので整理しておいた。
整理しながら・・・ジャストシステムは隅々までプログラマなんだろうな・・・と改めて感じた。
自分はエクセルの検索なのでExFinderというネーミングにしたが、ジャストは表の検索なのでTableFinderである。
でも、良く考えてみると使う人にとってはエクセルの検索だとか表の検索だとかを意識する必要は無いのである。
どちらかと言うと、データベースの方への意識が強く働くだろうし、それが目的なんだから・・・
なんて考えるとFinderという語句はオジサン・オバサンを惑わすだけでアプリケーションの狙いが隠されてしまうプログラマ発想の商品名なのだと感じた。
それに、僕は元々自分で作ったハードを動かすためにソフトを開発していたのだから、こういったソフトウエア単体の開発物はヤッパリやめよう。
今に始まったことではないが、最近の老犬ジョンは調子が余んまり良くない。
下半身(後ろ半分)がどうにもならないのである。
後ろ足が上手く運べないし、ウンチはいつ出ちゃうか判らないし・・・
今日は、晩飯を食べて帰ってきたら家の中が大変なことになっていた。
おまけに、目は見えないし、耳も遠い、鼻も利かない、それのそれに脳みそは脳髄しか機能していない。
まだ、犬なので扱いが楽なのだが、これが体の大きな人間だと思うと・・・
老人介護の大変さを窺い知る事が出来る日々である。
自分の方は、・・・本当に目が悪くなったな・・この2年ぐらいで・・・と、役に立たない仕事をしなくなって疲れ目も無くなり、改めて目の実力を実感できるようになってきて思うのである。
2004/11/15(月)
今日は娘のゆいちゃん曰くお父さんのすごく良い運勢の日・・・だそうなので少おし期待して今日を迎えた。
朝、ジョンの散歩に行った後PCを立ち上げMAILを取ると・・・この2.5ヶ月の小さい努力が水泡に帰す日が始まった。
実は極秘でエクセルファイル群から単語を抽出し、それをデータベース化しブラウザで検索→ファイル内容の確認・・・というサーバー用のアプリケーションを作っていた。
こういったアプリは僕がサラリーマン時代に非常に欲しかったアプリなので売れること間違いなし!!!と踏んでいた。
その名も・・・もうどうでも良いのだがExFinderというアプリケーションで、この2.5ヶ月かけて猫の与作の妨害に遭いながらも60%程の仕上がりまで来たのであった。
それに、先週末にはこれから一気に書き上げる様に気を引き締めたばかりなのだ。
こういったボトムアップのアプリは大手では企画が上がらないし、余んまり儲かりそうも無いので安心していた。
それが、何と日本の大手のジャストシステムがTableFinderという名前で商品化してしまった。
こういう、何で今まで無かったの的なアプリケーションは、初物が有難がられるしジャストシステムの方がサポートが良さそうだし・・・
ExFinderには一寸(実はスゲー)期待をしていたのですが・・・これじゃあ全く勝ち目はありません。
Javaとかを今更勉強しながらやっている様なノンキホーテじゃあダメなのね。
僕は9月にこの企画を思い立ったのだが、ジャストシステムはそれよりずーっと前から着手していたわけだしねぇ。
歩いて通勤出来る所で仕事を真剣に探さないといけないですな・・・これじゃあ・・・
あ〜・・・やんなっちゃった。
2004/11/14(日)
正やんのコンサートから一夜明け、今日は朝から村の町づくり委員会の年末恒例大かど松製作の為に竹取に行って来た。
今年は、町づくり委員を抜けさせてもらえたのだが、自分は大事な私用が無い限り頼まれ事は断らない主義なので
その辺の事は関係者に見透かされていてこういった仕事だけは毎回廻って来ている。
従って名ばかりの委員の人よりはずっと関わっている。
地域のことぐらい率先してやればいいのに・・・最近の台風での伊東市の被害とか新潟の震災とかを見ていて
コミュニティーの結束みたいなのには非常に関心をそそられているのであるが、
東海地震の危険地域であるここにはそんな危機感も全く感じられないのである。
ボランティア事も会社の仕事と同んなじでやる人とやらない人がハッキリ分かれていて、人となりが見えてくるので面白い。
昨日の昼に買ってきた餅つき機を使って、今日の晩は餅つきパーティーと決めてあった。
僕は竹取の後そのまま公会堂でお酒を飲んで居たので妻にお呼び出しをくらってしまった。
公会堂の近くに住む爺が船で釣りに行ってきてメジ(本マグロの幼魚)を釣って来て一本くれたので刺身にして喰っていたのである。
今日も平和な一日であった・・・
2004/11/13(土)
正やんのコンサートへ妻と行って来た。
4列目のど真ん中・・・やっぱり前過ぎたのである。
音が頭の上を通過していくのだ、ハードロックのコンサートで無くって良かったと思う。
何と言っても、今日のコンサートはセンチのユタさん(センチメンタル・シティー・ロマンスの細井さん)が
鍵盤で参加していて正やんの足りないところをバッチリ補ってくれていた。
何せセンチといえばミリの十倍・・・じゃなくって著名な方たちのバックを勤めたり、当然自分たちもバンドとして活躍している。
名古屋じゃあ押しも押されぬ大御所バンドだがね。
正やんのコンサートに行ってセンチを聞きたくなってしまったのは僕だけだろうか?
今日は正やんの53歳の誕生日と言う事でナカナカ良い日のコンサートであった。
ただ、アコギの音をBODYに仕込んだチタバリのピックアップで拾っていたのでチョット硬くって参った。
でも・・・メーカがハッキリ判らない(K.ヤイリ?)ハカランダのアコギは綺麗に鳴っていた。
(ちなみに僕のL−10もレア物のハカランダである・・・が故にローズウッドのマーチンを買う訳に行かず未だにマーチンを持っていない。)
僕もまた、ギターの練習を一生懸命にやり直そうと心に決めたのである。
コンサート会場の大井川町のミュージコへは妻の運転する車で行った。
駐車場で車を降りると・・・前の会社のJ1さんが居た。偶然駐車場で車が隣り合わせになったのである。
開演までのひと時を楽しく会話をして過ごす。
彼は、正やんの正統派のファンで色々知っていて話していて面白いのである。
ああ、しかし・・・正やんのコンサートが終わってしまった。
とりあえず、このコンサートを観たいがために長ーい息継ぎをとっていたが・・・いよいよ動くか・・・
2004/11/12(金)
いよいよ明晩に正やんのコンサートである。
最近のアルバムを聞いてみたのだが・・・知らない人が買うほどの物でもなく、正やんだから昔を知っている人が買うアルバムであった。
しかし、どんなコンサートか楽しみである。
今日は、Dr.コトーの島 前編 をTVで観た。
TVにかじりつくのは、新潟の道路崩落現場からの救出の中継以来である。
Dr.コトーには僕の好きな役者さんが沢山出てくるのでそれだけでも観ていて楽しい。
・・・診療所でコトーはわらじを履いているが、僕も家の中で親父が作ってくれたわらじ
(わらじの表面に布を一緒に巻き込んであるが・・・)を履いている。
家の中はフローリングなのでスリッパ代わりに使っているが、履いていて大変気持ち良いのである。
2004/11/11(木)
しずおかITフェア2004を見学しにグランシップへ行ってきた。
S木利さんが「行ってあげるよ・・・」車を出してくれた。
静岡のIT産業というのは大変寒いもので・・・10年ぐらい前は凄腕グラマーがイッパイ居たのに何処に行ったのだろう?
何人かが死んじまったのは知っているが・・・
それと、ソフト・ハードを一手に手がけているミニラボ的な会社が結構潰れちゃったので詰まらないのであった。
その後、静岡の駅前で飯を食って、すみや本店のソフト館へ行って伊勢正三のgardenを見つける。
正やんはここでも過去の人で・・・昔懐かしいコーナーの風に紛れて再販版と共にひっそりとあった。
LAZYが一昨年リリースした「宇宙船地球号2」というアルバムがあったので買った。
LAZYというと「赤頭巾ちゃんご用心」というナサケない曲がイメージされる軟弱なアイドルバンドのイメージが強いだが・・・
実は、僕が20歳の頃リリースした「宇宙船地球号」というとてつもなく凄いアルバムで最期に好きな事を演って惜しまれつつ解散して行った凄腕バンドなのである。
その後、ギターのスージーこと高崎晃は、太鼓のデイビーこと樋口宗孝と共にラウドネスというスゲーバンドで世界に出て行ったのである。
ラウドネスは歌い手の声質が嫌いで(僕にはあんな声が出ない・・・)ので自分は全く聴かなかったが・・・。
あのポッキーこと井上俊次(鍵盤)がデブの爺いになっている・・・思わず腹筋が痙攣し発作が起きそうであった。
ミッシェルこと影山ヒロノブ(歌)は20年前のLAZYの頃より数段上手くなっているのも凄い。
この人はLAZYの解散の時のインタビューで「今後は・・・自分がこのメンバーの中で一番問題なんですが・・・」と言っていたがそんな事は無かったですね。
ベーシストの田中ひろゆき・・・ニックネームを忘れました(元々知らなかったかもしれない)は記憶の彼方へ・・・
他、2品ほど昔のやつを買った。
これからCDを買うときには静岡へ行こう。
2004/11/10(水)
あっくんにギターを教え始めた。
彼にはSEPIA CREWを使ってもらっているのだが、何せ小学校4年生の体にはこのギターはでかすぎる。
あっくんに「あの黒い小さい電気のギターじゃダメ?」とお願いされフェルナンデスのZO3(ぞうさん)に変更してあげた。
このギターは確かにショートスケールだし、ネックも握りやすいし、弦のテンションもゆるいし、弦高も目いっぱい下げてあるので弾きやすい。
ZO3を弾くあっくんを見ながら、このギターでタイのコラートのRoyal Princess Hotelでの狂乱のLiveをA氏と共に演った事を思い出した。
今週末に伊勢正三のLiveがあるのだが、最近の彼の作品を聞いてないのでCD屋さんで探しているのだが・・・
伊勢正三も風も過去の物であるのか?全く無いのである。
WorksというCDは入手したが、最新のGardenという昨年出たやつすら無いのである。
こんなにマイナーなの?土曜日・・・人が入るのかな・・・
2004/11/08(月)
先週末から伊豆の両親と叔父の夫婦、弟と共に湯河原に行ってきた。
伊豆に生まれながら湯河原はいつも素通り(湯河原の川沿いに進入したことも無かった)で今回初めて入り込んだ。
大野屋という旅館に泊まったのだが、バブルの時にも投資しないで地味にやって来ました・・・と言う雰囲気の宿で厭味が無く良い雰囲気であった。
昨晩は沼津で飲み弟のアパートに泊まり今日のあさ大井川に戻った。
大井川は近くに山が無いので殺風景でちょっと詰まらない景色なのだ・・・。
今日、あの1978製のL−10のOHが終わって音出しをした。
・・・とっても良い音であるが、ギターの腕が滅茶苦茶下手になっていてギターに申し訳ないのである。
ギターついでに、あのJL&CのFREE SPIRITの完全版CD(DVD付き)がリリースされるらしい。
忘れもしない(僕の中では伝説の・・・)1979年7月中旬の日比谷野音の入場無料LIVEの音がまた聴けるのである。
僕はこの時は学生をしており、7・20頃の篠島での拓郎のオールナイト・コンサートとその翌々日の嬬恋でのオールナイト・コンサートに行くため一生懸命バイトをしていたので日比谷には行けなかった。
このコンサートの模様はスグにLPになり僕もすぐに買った。’80年にはこのLIVEのなかからNATURAL VIBRATIONという曲を当時やっていたBANDのレパートリーに加えた。
兎に角、イカシタBANDであった。何度かJL&Cのコンサートを観たが前座が凄かったな・・・
RCサクセションだったり、憂歌団だったり・・・凄く得をしたLIVEであった。
最近の僕が一番好きなギタリストはクラプトンでもジミヘンでも無くCharなんだけど、それはあの白いジャケットで安いLPレコードのFREE SPIRITを聴いてからなんだな。
そういえば、あの頃のオールナイト・コンサートって神大(神奈川)が何故か有名でクスリ臭いミュージシャンが徹夜で頑張って居て・・・色々あった頃だなー・・・
2004/11/05(金)
BorlandからDelphi2005がリリースされた。
Delphi6の次が2005である。VBも今度は2005である。
今度のDelphiにはC#がもれなくおまけで付いてくる。これは非常に正しい事である。
そもそも.NETと言うのはMicrosoftがSUNのJAVAに関する著作権の侵害(MがSのソースを無断使用<パクリ>)事件に端を発し、
裁判で負けたくせに変にプライドが高いMがJAVAに対抗すべく.NETという汚らしいものをOSの環境下に仕組み世界中にばらまいた。
おかげで、プログラミングの世界に.NETなんていう汚物が持ち込まれ#なんていう如何にも半音上がってエライのか?と誤解されそうな名前をつけた言語(MSはJAVAって呼べないから)
が出てきて世界中のプログラマが迷惑している。
なんか.NETにしないと世の中から取り残されるような勘違いをしているプログラマが居る様だが.NETなんてどうでも良い、そんなの気にしていると損なの。
そう・・・C#なんてタダで充分な物なのだ、お金を取れるようなモンではありませんよと言う僕の大好きなBorlandの姿勢に拍手・・・パチパチ
そういえば、今度のDelphiにはPersonalエディションというのは無いのかな?
・・・で、Delphi6のPersonalというエディションはフリーで使える(Vector等からでもDL出来る)。
このコンパイラを使って我が家のFlets1.5Mという大変遅いブロードバンドの本当の実力を知りたい・・・という実験を先週してみた。
我が家のADSLの速度はWebで良くある速度診断で平均的下り速度は1.0Mくらいで、状態の良いときに最速で1.17M程度が実力である回線で
長時間最速状態を維持できるかどうかのなのだ。
かなり汚い(姑息な)手を使うので法に触れるかも知れないが取りあえず我が家のパケットのログなんか誰も見ないだろうから大丈夫!
結果・・・1.136Mで8時間ぐらい引張りっぱなしに出来た・・・但し、その間にかかってきた通常電話や家からかけた電話はノイジーで話にならなかったようだが・・・
きっと妻は我が家の電話器が壊れたとおもっているだろう・・・
2004/11/04(木)[何処まで心を入れるか・・・]
今日で家の庭の模様替えも終了。ちょっと明るくて良い雰囲気になった。
ここんとこ回路設計をしたり、プログラミングをしたりしていて良く疑問に思うことがある。
それは、objectの氾濫・・・に、である。
昨晩、とあるプログラムのウィンドウフレームにHTML表示(ブラウザ)の機能を埋め込むプログラムを書いていた。
最初に、僕は必要な機能を書き出して3時間ぐらいかけてHTML表示(必要な要素だけ)できるまでにした。
次に、その機能を追加する前のプログラムにHTMLのオブジェクトを貼り付けるという最近の一般的な手法でこちらは約3分で作成。
さてさて・・・この二つのプログラムを今日になってから見比べてみると・・・
当然と言えば当然過ぎるくらいにプログラムの読み方が変わってくる。
objectを貼っただけの方は「ふ〜ん、ここがHTMLブラウザね・・・」
コキコキ書いた方は「HTMLのインタプリタの動きや画面への表示のさせ方が目で追える・・・」
と言うことで、内容が大変深まってくるのである。
当然プログラムサイズ・起動時間・メモリ消費量には格段の差が出る。
普通はobjectを貼るだけで良いのだが、プログラミングとしては非常に詰まらない・・・心が入っていないからである。
最近はこの様に中身が判っていないで上っ面だけの作業をして物を完成させたような気になっているのが多くって良く腹が立ったものである。
「ねぇ・・・出来た?」
「はい、一応・・・動きました・・・」
昔だったらハイタッチしながら「お〜い、皆んな見に来いよ。どれどれ・・・」と言うような状況なのだが、
今では「じゃ、次ね・・・」と、本当に表面上の薄っぺらく軽い物になってしまったのである。
回路設計をしている時にもそうである。
8次のLPFは、・・・なんかがブロックであってそれを貼り付けるだけ・・・
昔なら、1・2・4・8次なんて考えながらメモ書きしてから図面化したものであるが、最近はオペアンプの動きなんて知らなくたってアナログ回路が設計できてしまうのである。
こんな薄っぺらいので済んでしまうのは我々にとって良い世の中なのであろうか?
2004/11/01(月)
昨日は前に勤めていた会社のN夫妻とタイから来ている研修生と一緒に名古屋城へ行ってきた。
N旦那はご老体に鞭打って名古屋往復の車の運転を難なくこなしてくれて大変申し訳ない・・・
N夫妻が準備して来てくれたお弁当を美味しく食べ、名古屋城をみっちり3時間ぐらい見学できた。
タイから来た研修生は一年間の研修期間を経て明日帰国する。
・・のだが、約2/3名はやっぱり日本語が滅茶苦茶ダメだ。昨年も1名に手を焼いたが、今回はそれ以上にひどいのが2名居たのだ。
昨日、3ヶ月ぶりに会って話をした。トゥイという奴は多少まともになって会話が出来る様になった。
もう一人の栗あんという奴は多少日本語のボキャブラリーが増えたかな・・・程度で僕はかなりショックを受けた。
話をしていて会話がチンプンカンプンになってきても「わかってる?」「うん、わかるわかる」相変わらずの馬鹿さ加減にあきれてしまう。
彼等のための日本語教室でも大分講師をやった。
朝8:00から9:00まで、役職になる前は勤務時間を実務に使いたかったので朝一からサービス労働であった。
しかし、この栗あんは僕が出した課題を一切やらなかったしその気配も無かった。その事で叱っても全く意に介さない態度であった。
・・・と、やりがいの無い事をしていた中で、6月初旬に医者に「車の運転をするな!」とショッキングなことを言われた週末に、
「今回の研修生何処にも連れて行ってないから日曜に出かけよう。」と家族に頼んで研修生を連れて僕のラストドライブに出かけた。
しかし、この時も栗あんは僕の家族にも尊大な態度をお取りになり家族に不評を買ってしまい、全く楽しくない一日であった。
今まで十数名のタイ人研修生が僕の家に来て失態(ゲロを吐いたりトイレを水浸しにしたり・・・)を晒して帰ったが不評をくらった奴は居なかった。
彼らは明日の早朝に藤枝駅を出るのだが、そう言う事で家族に駅に連れて行けとも言えないし、暗いので自分でも行けないし・・・
昨日の真っ暗な僕の家の玄関先での別れが彼らとの最期の別れであった。
2004/10/30(土)
今朝はあっくんと早起きをして6時前に家を出て大井川港へ釣りに行った。
竿を出したのだが寒くて・・・たまらん。
最初の頃はヒイラギが底の方で釣れた。
あっくんは寒いのか釣りに力が入らない様だ。
ヒイラギが4匹ばかり釣れた頃、隣に80才近い婆さまがリール竿を担いで来て釣りはじめた。
婆さまの仕掛けは浮き付きのサビキで浮き下10センチにハリスが付いている。
婆さまが釣りはじめると婆さまだけが入れ食い状態・・・周りの釣り人は全然釣れて居ない。
先ほどまでは僕のヒイラギが羨ましがられたぐらいなのだが・・・
婆さまは「よーけコハダがつれるな〜」とニコニコしておった。
僕も婆さまを見習い海面すれすれ位に仕掛けを垂らす・・・釣れた釣れた・・・サッパだけど・・・。
この頃からあっくんも活動開始。あっくんの竿にもサッパが来る。
婆さまは30分程居て20匹ぐらい釣って帰っていった。
その後、アイゴ(ネションベン)の群れが来たりしてアイゴも数匹釣れた。
10:00頃雨が本格的に降ってきたのでやめにする。
本日の釣果 ヒイラギ・ギマ(かわはぎ)・アイゴ・サッパを各数匹とゴンズイ・ボラを各一匹・・・。
新聞ではコハダ(コノシロ)が30−50釣れると書いてあるが、僕は大井川港で今までサッパしか釣ったことが無いのだ。
家に戻り外流しで魚を切り刻む。
アイゴのはらわたに渦巻状の白い物が見られた。Webで調べるとこれがアイゴの冬支度で脂肪の蓄えを内臓にした物が渦巻状に見える・・・と書いてあった。
折角これから来る冬に備えていた君たちを釣って喰ってしまってゴメン。
2004/10/29(金)
今日はS木利さんが来てくれた。
僕が車の運転を非常に苦にしているのを気にしてくれており本当にありがたい。
朝、南アルプスが雪で真っ白になっているのが見えた。
富士山にも薄っすらと雪が付いている。
これから富士山と南アルプスがが綺麗に見える季節だ。もうじき寒い冬である。
2004/10/28(木)
昨日、今日とA氏が出かけてきてくれた。
A氏は2ヶ月タイに出張に行って来てY氏と飲んだくれていたようだ。
彼は、お土産とノイちゃんという娘からのお土産を持ってきてくれた。
ノイの義理堅さは全くもってタイ人らしくない・・・が大変うれしいものである。
今日はA氏が自転車の工具セットを持ってきてくれたのでかなり自転車の解体が捗った。
A氏の工具セットはLIFUという台湾製の工具セットである。
僕は以前から自転車をいじっていたので工具を中途半端に持っている。
この中途半端に持っているのが原因で、A氏の様にLIFUのセットが買えないのである。
しかし、単品で3品も工具を買うとLIFUの工具セットが買えてしまう金額になる。
ただ、後輪の7段ギヤが錆びてボロボロになっている・・・処理の仕方を決めなきゃいけないな。
2004/10/26(火)
今日は寒い日であった。自転車の分解はコッタレス抜きが無くって停滞中。
雨だったのでフェルナンデスのぞうさんというギターの弦を張り替えた。
在庫してあったERNIE BALLのSUPER SLINKYという弦を張ったのだが、
長く(多分20年ぐらい)寝かしてしまった弦なのでちょっと錆びていた。
そのあと、アゴギの愛器YAMAHA L−10のOHをはじめる。
このギターは、YAMAHAがまだ天竜駅の近くに大きな貯木場を持っていた頃の製品である。
買ってから25年経つ今は素晴らしい風格が出てきた。
ジャパニーズ・ビンテージと言って良いギターである。このギターは時間をかけてOHすることにした。
僕が学生の頃に買ったギター類はいよいよビンテージの仲間入りの時期に来た。
あの頃の友人の小山のOvationや一木のヤイリは今どんな音がするのだろうか?
僕のL−10の音は乾いてすごく抜けが良い。音量が少し無くなったような気がするのだが・・・
若かった頃の少し湿った音が耳に残っていてこの枯れた音が少し寂しくさえも感じる。
でも、このギターを買ったあの頃は渋色に焼けた20年後の枯れた音を楽しみに弾き込んでいたのだ。
タイに居た時にコラートの楽器屋で買ったSEPIA CREWのギターはあっくん用にする事にした。
ブロンズ・コンパウンドの弦が柔らかいのでそれを張ろうかと思ったが、フェルナンデスのエレキ弦
(ニッケル・ワウンド)が有ったのでこいつを張ってみた。
アコギにエレキ弦を張るなんて考えたことも無かったが、いざ張ってみると結構良い物である。
元のギターがヘボイのと弦がフニャっているので本当に情けない音がする。
でも、コンパウンド弦を張るよりは良いかもね。
屋根裏のバンジョーとYAMAHAのFGの12弦はどうしよう?とりあえず放っておこうか・・・
2004/10/24(日)
午前中はあっくんと二人で僕のNISHIKIのMTBの解体。
ニシキと言うのは昔は結構有名な硬派の自転車屋さんで、
フレームビルダーとしては国内トップクラスのメーカであった。
このNISHIKIがカワムラ自転車と一緒になってやっていたカワムラニシキの頃の作品(製品)。
尤もこの会社はもう無いのだが・・・
無いついでに、この自転車に付いているパーツ類は今は無きサンツアーのXCというパーツである。
この自転車は、あろうことかあっくんの自転車が家に来たときに保管場所の物置を追われ外の自転車置き場に放り出された。
この自転車置き場というのは、全く用を成さない奴で雨風が全くしのげない。
自分で手を加えれば多少は改善できるだろうが・・・
片持ちの風で飛んでしまいそうだったカーポートといい、この役立たずの自転車置き場と言い兎に角あの馬鹿な静岡のエクステリア屋と
出来損ないの製品を作っているメーカには腹が立つばかりである。
建築産業のことをクレーム産業と呼ぶそうだ。
全くその通りであるが、その原因はこういった設計者の頭の悪さから来る物が7割ぐらいあるんじゃないだろうか?
一度、今までの不具合をまとめて設計意図を設計者に問いただしてみようと思う。
・・・全く関係なかったが、その自転車を再生しようと作業に取り掛かっているのである。
午後はあっくんが宿題を終えるのを待って大井川港へ自転車で釣りに行った。
「宿題は金曜日に終えろ、そうしなきゃ土曜日にバドミントンに行ってはいけない・・・」と言ってあるのだが全くその通りにしていない。
今回の仕掛けはこの辺り独特の仕掛けだと思う。
超短ハリスの仕掛けにスピード餌付け器という舟形の容器にアミを入れ仕掛けをそこに通すと餌が付くサビキもどきである。
普段、港で釣るときには正統派のサビキ釣りで、こませのアミで海を汚しているのだが・・・これはナカナカ良いのである。
一時間程で、サッパx2 カワハギ(ギマ)x1 カサゴ(コクチフサカサゴ)x1を釣って家に帰る。
あっくんはすっかり港の釣りが気に入ってしまった様だが、お父さんはそろそろキスが大きくなる投げ釣りに行きたいのである。
2004/10/22(金)
朝、S木利さんに借りていたDVDを返却しようと電話したら
これから職安に行くと言うので車に乗せて行ってもらった。
今日は出頭日の様でたくさんの知った顔が来ていた。
・・・ナカナカみんな仕事が見つからないようだ。
最悪なのが、同じ課に居た引越しの○井君。
若いからすぐにでも仕事はありそうなものだが、未だに仕事をしていない。
色々話をしたのだが、前職後遺症・・・とでも言おうか、
責任を持たされる様な仕事につきたくない様だ。
従って、生産従事者として平和な日々を送りたい、
でも給料も前並みとは行かなくてもそれなりに欲しい・・・
と言うことで、そういう甘い仕事は20代前半の求職者に
持っていかれて自分に回ってこないとぼやいていた。
まぁ、相変わらずの情けなさの彼を見て少し安心したのである。
2004/10/21(木)
今日の夕方はゆいちゃんと2人で走った。
少し前に比べて滅茶苦茶早くなっている。
最初の1km弱を一緒に走ったら息が上がってしまった。
残念な事に、少し歩いて呼吸を整えて続きを走らなければいけなかったのだ。
ゆいちゃんもりっぱに育ったものである・・・
生活のこともあるし色々創めようと思うのだが、夏に丸坊主にした髪の毛がちっとも伸びてこない。
今の容貌で初対面の人に会うのは今後のことを思うとイメージが良くないのである。
2004/10/20(水)
本当にでっかい台風である。
今日は職安に出頭しなければイケナイ日なので出かけるのが厭だったが、
幸い僕の外出中は余り風雨は強くならずラッキーであった。
会社を一緒に辞めた職安仲間の○木Hiro君はもう仕事に行っているだろうから今日は会えないだろう・・・
と思っていたのだが残念ながら出頭してきていた。
色々大変なようである・・・ここまでは何にもしていない人と同じじゃあないか・・・
しかし、この先は差が付くんだよとイソップは「アリとキリギリス」で言っている。
もちろん□瀬さんも来ていた。
ヤンキースはリーグ決定戦でナカナカ勝てなくってとうとう3勝3敗になってしまった。
4番松井に明日は頑張ってぜひワールドシリーズに出てもらいたい。
AM9:00からBSTVにかじり付くのである。
今日の午後NTTが家の電話の保安器の交換に来た。
家の保安器がヘボイ型番の物で、普通の電話がかかってくるとADSLが切れてしまう現象が起きていた。
これはADSLを導入してからずっとである。
導入当初はMN7530という無線LANとHUB機能が付いているADSLモデム(当然ルーター)であった。
最初に8Mの契約(NTTのエンジニアと話をして)をしたのだが全くつながらない・・・
結局、1.5Mにして何とか使えるようになった・・・
と言う経緯があって、とりあえず使えれば良いや・・
という投げやりな気持ちで(速いからいいや・・・って)使っていた。
昨年、追加でSVというVoIP付きのモデムを買ってIP電話を導入、
MN7530はモデム機能を切り離し無線LAN端末として使用。
しかし、MN7530よりはADSLのスループットは上がり、
またADSLのPPPが切れても再接続が早くなったので・・・まあ良いか・・・と僕は納得していた。
しかし、使い勝手が悪いと妻が納得していないのでNTTに電話して保安器の交換をしてもらった。
最初に113に電話して話をしていたらオジサンが何だかもったいぶっている・・・
僕は元々この問題はNTTの問題だと思っているので黙っていたが・・・
そのうちイライラしてきて「保安器が悪いんでしょ?交換してください」
NTT:「あ、そうですか?じゃあADSLの技術担当に連絡しますから電話を切ってお待ちくださいね。」
その後ADSL技術担当から電話があり、今度は工事担当から電話があり・・・全くNTTは人の効率が悪い。
このままでは第二のATTになってしまいそうだ・・・という事で工事が今日に設定されたのだ。
工事のときに保安器に付いて工事担当の人とお話をしようと思っていたのだが生憎の暴風雨で出来ず・・・
ま、不具合は解消したし、スループットも良化した(970kbps→1.17Mbps)ので良いにしよう。
¥7,300−也
とっても便利なWebサイトがあって・・・静岡県の降雨量や河川水位なんかの気象情報サイトなのだ。
今日みたいな台風で大雨が降ったりしている時には大変役に立つ。
特に降雨時には水位情報は10分間隔で更新され、絵と時間vs水位の推移グラフまで見ることができる。
先ほどLinkのページに貼っておいた。サイポスレーダーがそれである。
2004/10/19(火)
日曜日のお祭りで新屋台の引廻しがあり、その準備等で色々あった週末であった。
お祭り当日は晴天に恵まれ楽しく過ごせた。
3月の田遊びのお祭りの時に仕事で見ることが出来なかった娘の舞も今回は見ることが出来た。
先週の体育祭もそうであったが子供の行事を観るためには仕事をしていない事が本当に好都合なのである。
また台風が接近してきている。
今度の台風は23号で名前がトカゲと云うそうである。
前回の22号は観測史上東日本上陸台風として最強、今度は超大型である。
超大型の定義は風速15m/s以上の強風域が半径800km以上・・・という定義付けがされているらしい。
東京−大阪間の距離は約550kmであるので如何に勢力範囲が広いか理解できる。
・・・と言うことは、台風の猛威に曝される時間が長いと言うことになるのだな〜
困ったものである。
2004/10/13(水)
焼津市のスポーツ公園で、焼津市と大井川町の小学生(6年)陸上競技大会があった。
競技大会というよりは記録会であり、学校毎の勝ち負けとかは関係なさそうであったので、イマイチ盛り上がりに欠けるものであった。
天気は生憎の小雨模様で見ていて結構寒かったのである。
うちの娘は、ソフトボール投げの代表とかで一人前に投げていた。
ボール投げは2回行われたのであるが瞬間芸なので応援のしようが無いのである。
「おっ・・」とか「あ!」とか言っているうちに投げ終わってしまう。
しかも、室伏のハンマー投げみたいに遠くへ飛ぶ訳ではないため滞空時間も短い
・・とか!とかで(つまり括弧閉じるまで行かない)終わってしまうのがつまらない。
しかも、あと2m飛べば入賞できたのに・・・入賞も無く全く面白くない。
応援するなら800mである。
この競技なら約3分弱も応援できるのである。
あっくんは2年後を睨んで中距離ランナーに仕上げるかな・・・
でも、スタート直後に転ばれると後の3分間見ているのがつらいんだよな(今日はサトシのお兄ちゃんが・・・)
しかし、もしマラソンなんかがあったら2時間以上応援し続けなければいけないので酸欠で倒れる父兄が続出するであろう。
2004/10/11(月)
今日は、屋台新築行事怒涛の三日間最終日。
午後一番でお祓い・・・みんなでお神酒を飲んでやっと終わった・・・
今日の朝刊を読んでいて腹が立った・・・
災害対策本部を昨日の朝以降まで設置しなかった伊豆の某自治体のことや、
地域で助け合わないで(いる自分や、助け合おうとしないで来た自分を棚に上げといて・・・)
自治体がなんにもしてくれないと文句を言っているおじいさんのお話し。
落ちぶれて十年、バブルの夢よもう一度・・・平和ボケの伊豆の東海岸の話です。
2004/10/10(日)
台風22号の中心は、9日の午後3:30頃に家のあたりをかすめて通り
あの狭い駿河湾を通って僕の田舎の伊豆に上陸した。
今回は昼の台風であったので雨戸が付いていない出窓から外を観察していたが、
そりゃもう強烈な雨と風であった。
心配していた大井川の氾濫は全く無く・・・マラソンコースすら水に浸からなかった・・・
家のごく周辺では、アンテナが倒れた家が2軒、屋根がめくれた家が1軒、物置が倒れた家が1軒、
停電してしまった家が一軒(結局、この家は引込み線以降に異常があったようで回復したのは24時間以上経過した10日の夜)
その他小さな被害がいっぱい。
・・・しかし、二十数件の小さな中途半端にド田舎の住宅地にいるのだが、台風のあとに出てきて被害状況を見回ったり、
困っている人を助けたり・・・という「向こう3軒両隣」的な付き合いが余んまり無いことも実感・・・
我が家の被害は、縛っておいた簾が強風で煽られ簾が一括で真ん中から折れる。
ゴミの吹き溜まりになる我が家の庭はやっぱり機能してゴミが吹き溜まった。
・・・程度で済んだ。
台風の直撃を受けた僕の実家には、ゆいちゃんに電話をしてもらった。
お爺ちゃんと長々話をしていたのだが、報告は「へーきだって。」
今日は、あっくんの友達の杉本さんちのサトシを家に連れて来て{親と兄(我が家はネエ)ちゃんたちはバドの試合}
朝7:30頃からジョンのお散歩。
その後、町内会の新しい屋台を入れる仮設の小屋を作りに行く。
今回は、鳶の方にバン線の結わえ方なんかを教えてもらい、高い所に上って作業をした・・・
昼間からお酒を飲みながら・・・やっぱり怖くて滅茶苦茶疲れてしまった。
結構疲れた・・・が家に戻り、「焼肉食いたいね・・・」と、サトシんちの杉本家を招いてカーポート下でパーティーをする。
ちょっと寒かった・・・が、子供たちが楽しんでくれていた。
明日は、新しい屋台のお祓いである。
2004/10/08(金)
台風22号が来ている。
僕は、地震と台風が大嫌いなのである・・・当たり前かな?
何故ならば、災害が起きて多くの人が亡くなるからである。
田舎の伊豆は台風も地震も良く来るところなのだ。
特に台風の水害・・・
ここの左のリンクから修善寺町を開き熊坂を見てほしい。
この熊坂という地区が僕のいなかであり、僕の生まれる3年前の状態である。
特に”熊坂E”で示される熊坂小学校では毎年9月26日に慰霊祭を行う。
子供の頃の熊坂小学校には木造2階建ての台風で流れなかった校舎が一棟あった。
そこの講堂で慰霊祭が行われるのだが、夥しい数の写真に圧倒されたものである。
そして・・・もう一つ、僕より上の学年の生徒数が極端に少なかった・・・。
友人の家に遊びに行くと仏壇の中に新しい位牌がいくつかある風景が普通であった。
もう一つ、肉親との壮絶な最期の別れも良く聞いた。
みんな涙を流しながら話していたものである。
たとえば、
ここ
に書かれている勝村四郎さんの それまで繋いでいた次男の手を・・・のくだりの様な話はいっぱいあるのだ。
とても悲しい話だね・・・
それから、修善寺町の中で狩野川台風の被害を受けたのは僕の田舎の方で、ここは修善寺町内では下流に位置する。
従って、修善寺町(旧)関係のHPを見ても観光の事ぐらいしか書いて無くって、
水害の事なんか他の市町村の事のようであるのが寂しい。
2004/10/06(水)
今日は久しぶりの良い天気だった。
辞めた会社の福じゃるさんが昇格論文に合格したと言うことで先ずはメデタシ。
僕が会社を去る三日前に論文についての本社でプレゼン審査があり、
その時には時間をとって見てあげる事も出来なかったので気になっていたのだ。
この福じゃるという男はひどい奴で僕が休日に会社に行って論文を見てあげるよ・・・
と言っても会社に来なかったり、来ても出来てなかったり・・・
あげく、僕との約束の納期は守れず・・・しかも本社に送る期限になっても完成せず・・・
本社に送る日は、僕は論文審査の一次評価者として推薦書にコメントを書かなきゃいけないのだが
(この論文は彼の仕事のこの部分が非常に優れていて他社に勝っているし、論文としても良く出来ているので宜しくタノムと・・・)
仕上がっていないので・・・仕方なく朝3:30分に起き出して想像しながら嘘八百を書いたのである。
他の部署の論文はもう既に提出されていたし滅茶苦茶あせったよ・・・
朝6:30分に推薦書が完成し飯を食って(あの頃は鬱病だったのでホンの100粒ぐらいの飯を食うのがやっとだった・・・)出社。
私:「福ちゃん・・・出来てる???」
福:「・・・・がんばります・・・」コリコリコリ・・・
私:「(#_#!)!」
・・・僕は何度こころの中で福じゃるを絞め殺した事か・・・
論文のプレゼンの時もこんな感じだったかな?
今回、彼はダメだったら上司が変わったので当分受験させて貰えなかったかも知れないからラッキーだと思う。
ちなみに、福じゃるの事をすごく悪く書いているが、仕事上では間違いなくそうであったが、プライベートでは良き飲み友達でありました・・・
2004/10/05(火)
ホームページのリニューアルを行っている。
ホームページのエディターには、元々プログラミング用のWZエディターというものを使ってタグを書いていた。
その後、自作のエディタ「タグほいほい」(廃版)を一年ほど使い、フリーソフトのエディター「TeraPad」を約半年使用した。
この「TeraPad」はタダの割りに秀作で、CのプログラミングもHTMLのコーディングも違和感無くシームレス?に使えた。
ある時、興味本位でダウンロードした「NoEditor]というのがまた良いので現在はこれを使っている。
Teraと比べて何が良いかって?う〜ん・・・
この夏にインターネット閲覧ソフトをIEからフリーのMozillaに変えた。
このMozillaはネスケの子供なのでコンポーザーというHP作成ソフトがバンドルされている。
試しに、熊野の旅行記をこれで書いてみると結構良い感触だったので夏以降こいつに切り替えていた。
HP作成ソフトは昔FrontPageというヘボいのを使っていたことがある。
こいつは馬鹿なのでいらないファイルをいっぱい作るわタグの効率は悪いわで
直ぐにHPの容量が契約量を超えてしまい結構苦労させられたのである。
自分は元々なんちゃってプログラマなので「HTMLタグ辞典」を買ってきて
FrontPageの書いたHTMLソースを書き直した。
すると、ファイル容量は半分になり・・・それ以降大枚叩いて買ったFrontPageはPCから削除されたままである。
昨晩、久しぶりにIEでこのHPを見てみると スタートページのレイアウトが超カッコ悪いのである。
「イカン!」・・・半月くらいこの見グサイ表紙でいたのであった・・・(Mozillaなら良いんだが・・・)
HTMLのソースを読むと・・・もう滅茶苦茶である・・・汚い汚い・・・
HTMLは開始・終端を明記する構造化言語なのだが・・・本当にソースが汚いので呆れてしまった・・・
前勤めていた会社で僕の書いたソースをズボラな奴が触ってグチャグチャにされちゃう事が何度かあったがコンポーザーもズボラ君であった。
コンポーザーはファイルサイズ自体はそれほど大きくはならないのだが、コーディングがヘタクソなのであった。
結局「NoEditor」で書き直し・・・ついでに見てくれもリニューアルしたのである。
ちなみに、アイコンやタイトル等は・・・何とエクセルのオートシェイプを使って作っているのである。
写真や、これらの画像データは「HiperPaint」他のフリーの画像ソフトを使って処理しHPにのっけているのだ。
そう、このホームページは特別にお金をかけたソフトを使用しないで作られている。
水口さんちのホームページは、料理屋のまかない料理的な作品なのである。
2004/10/02(土)
今日は静岡ダービー(エスパルスvsジュビロ)であったが行かなかった。
あっくんが、朝から「耳が痛い・・・」と言って医者に行ったところで私のダービーへの想いは崩れ去った。
また、午後になると天気が悪化してきて・・・とても出かける気になれない・・・
しかし、イチローはやってくれたのである。エライ人は違うものである。
午後あっくんとPCでゲームをしていると、子供のバドミントンのコーチをしてくれているSヶ谷さんが「釣りキチ三平」全巻を持ってきてくれたので借用。
物置のペンキを塗りなおすためのペンキの打ち合わせをそこでする。
夕方、子供たちと走った・・・私の持つ小学校往復のレコードを娘のゆいちゃんにアッサリ破られた・・・・あら・・・
2004/09/30(木)
今日も妻と出かけた帰りに・・・
「一体いつになったら正ヤンのチケット発売するんだろう?HP見ても全然書いてねーぞ・・・」
・・・という事で、近所のBEST電器へポスターを見に出かけた。
そこで主催者の電話番号(・・・携帯番号なのだが・・・)を控えて妻が電話する。
すると、「今ミュージコに置いてきた・・・」という事でその足でミュージコ(大井川町文化会館)に向かいチケットを購入。
何故かミュージコには2列分の右半分しかチケットの割り当てが無いと言う事で大変寂しいものであった・・・
3列目4列目があったので、迷わず4列目。
場所は、一番真ん中・・・という事で、ミュージコのベストポジション8列目では無かったが・・・充分。
正ヤンはイケ面では無いし、ギターだって目茶ウマでも無い(俺よりは上手い)し、歌に於いては俺の方が上手い。
でも、懐かしいのと・・・それから高校生の時に日本人のアーティストでは正ヤンが一番好きで憧れていた(風というデュオの時・・・)から。
正ヤンの代表的な楽曲・・・というよりはスタンダードソングと言って良い楽曲が幾つかあるが、その中の「22才の別れ」なんかはギターを一生懸命練習し
たっけ・・・。
あの頃は22才って大人だと思っていたが、その年代を詩を地で行くような青春時代を過ごした後、30才過ぎてからこの曲を唄った時に・・・
「22才って結構早い別れなんだな・・・」なんて思ったりした。
ここ最近、南こうせつや柳ジョージなど折角チケットを入手しても行けないコンサートが続いていた。
しかし今度はコンサート当日までプーで居れば多分行く事が出来ると思っている。
このところ「釣りキチ三平」のコミック本を探している。
理由は、最近つり付いているあっくんに「釣りバカ日誌」を与えてしまったからだ。
彼は妻に聞いた「ゴウタイ・・・って何?」
妻:「???」
あ:「ほら、寝る前にゴウタイって書いてある・・・」
・・・という事で、読みが違っていて多少救われたのだが、子供に与える本では無いことに気づいた・・・
それで、今日も古書店を回ってきたのだが、どうやら希少本の様でプレミアが付いていて少し高価なのだ。
それで、なかなか踏ん切りが付かないのである。
2004/09/29(水)
朝めしの後、妻と静岡へ買い物に出かけた。
ついでに観光をしてこよう・・・と浅間さんへ行ってきた。
ここは、今川、武田、徳川と名立たる武家の篤い信仰を受けた神社だけあってすばら
しいのだ。
賤機山(これをマイクロソフトの社員は馬鹿だから読めない。なぜならIMEが馬鹿だから・・・)古墳に行くための
105段の石段がキツイの何のって・・・
2004/09/28(火)
最近、伊勢正三が静岡づいている。
9/18に花博へ小室さんと出演(行ってtないけど)。
もうじき富士市のロゼシアターでコンサート・・・・
そして11月に大井川町のミュージコに来る・・・のでチケットの発売日が気になってしょうがない・・・
木村 Jちゃん当日会場で会いましょう。
Y氏、Kumaさん、わりいね、おれ代表で正ヤン観てくるからさ・・・あなた達はお仕事でがんばってください。 by 水口
2004/09/27(月)
昨日は子供の小学校の運動会が行われた。
自分の子供の出る種目だけでなく、色々な種目で楽しませてもらった。
特に、一年生のかけっこ(伊豆の田舎では”とびっくら”と言っていた)なんぞは、可愛くってどうしようもなくなってくる。
妻が若くって可愛かったらもう一人・・・何て考えるのだろうが我が家の場合はありそうにない。
昨晩は地元から出た町会議員さんの町政報告会があったので話を聞きに行って来た。
大井川町は現在本当に難しい所に来てしまって居るし、どうにかしにゃならん所に来ている。
しかし、この町は老人の町で60過ぎないと発言権が無いに等しいので大変困る。
そうは言ってもほっとけないので、そのうち何とかするさ・・・
今日は小学校が運動会の代休日なので”浜名湖花博”へ行く事にした。
朝、お出かけの格好に着替えてジョンのお散歩に行こうと家を出るとサイレンの音がした。
「火事かな・・・やけにサイレン近いけど・・・」
視界が開けてくると空にほんわり黒い煙が・・・「ん・・・なんか臭いな・・・うんっ・・・あれ?火事だよ・・・公会堂の方だ!」
庭に居た女房に「火事だ!見て来い・・・」
女房はすっ飛んでいった・・・よくよく考えれば女房にジョンを渡して自分がすっ飛んでいけば良かったのだが・・・
あわてて家に戻り、草履を靴に履き替えて現場にすっ飛んで行く。
現場に付くと既に消化ホースが2本出ていた。
3本目のホース出しから手伝いをする。
もうこの時点で火は1階2階の窓から勢い良く噴出しておりどうにもならない状態だ。
水をいくらかけても勢いのついた火はなかなか消せない。
結局6本のホースを出し、ようやく鎮火に至った。
現場は、消火栓のすぐ近くで地下に貯水槽を持つ場所の真ん前であった。
おかげでホースをたくさん出すことが出来たのだが・・・
すっかり、消化作業で全身に煤をかぶってしまったのでシャワーで洗い流してから花博へ向かった。
2004/09/25(土)
朝ジョンの散歩の後であっくんと炭酸少年を買いに行った。
きっと、何処かの余んまり売れていない自販機に炭酸少年はあるはずだ・・・・と、この一ヶ月探していた。
幸い、家からそう遠くない場所にひっそりとあるジョージアの自販機の中に炭酸少年君はいらっしゃったのである。
めでたしめでたし・・・
その後、お庭のレンガ並べをやったあと(あっくんは瞬間お手伝いをした・・・)、午後買い物と古本屋さんに行った。
古本屋さんで今読んでいる山岡荘八の「徳川家康」の続き(10巻〜)と、あっくん
のために「釣りキチ三平」を探した。
徳川家康は22巻以外は26巻まで色々な版の物を混ぜて買った。しかし、釣りキチ三平はなぜか無いのであった・・・
晩飯の時、「あっくんがレジのおばさんに自分が欲しい物を自分で伝えて・・・・」という話が出て、
「あっくんってえらくなったね〜」
「そう、熊野に行った時もね寿司屋で自分の頼んだやつをサビ抜きにしてって頼んでたしね・・・あと宿でなんだっけ・・・」
あ:「ご飯頼んだ。」
「そうそう、宿に人にね、ご飯くださいって自分で頼んだんだよ・・・すごいだろ!えらくなったよね、あっくんは・・・ハハハ・・・」
ゆい:「あゆむはいいねぇ、そんなことで誉められて・・・」
「親はね、子供のイイトコ探して誉めるのが好きなのだ。」
ゆい:「じゃ、自分でパンツはけただけでもエライの?」
「もちろんさ、パンツにうんこ付いて無かったりしたらホントエライ」
こういう あっくんの些細な事でも妻と私にとっては充分にサプライズ・・・なのである。
2004/09/24(金)
明日、子供達の運動会(小学校)の予定であったが雨天が予想されるため明後日の日曜日に延期になった。
運動会のお弁当用食材を買いに”スーパー田子重 田尻店”まで行ってきたのに・・・
2004/09/23(木)
ようやく日中の気温が30℃を下回るようになり庭仕事が出来る季節になった。
昨日カーマホームセンターで一個55円のレンガを全部買い占めてきて家の庭に運び込んだ。
今朝から庭にレンガを敷く作業をしているのだが・・・とっても疲れるのである。
本日は未完成・・・
2004/09/21(火)
今日、度付サングラスが出来上がった。
最近流行の異形サングラスであり、ゴーグルのように視界全体をサングラスで覆ってくれるのである。
このサングラスをすると・・・度があっているので遠くが良く見える、
オレンジ系のグラスでコントラストが異様にはっきりする。(多分これくらいのコントラストが普通なのだろうが・・・)
先ほど珍しくA氏から電話があった。
タイの工場からまだ帰ってきていないようで、相変わらずお仕事にはまっておられる様だ。
仕事の質問であった・・・もう現場で教えて上げられないので電話で不的確かもしれないけれど
アドバイスをしてあげるぐらいしか出来ないのである。
2004/09/20(月)
この3連休ゆいちゃんは読書に明け暮れていた。
あっくんは、ただウダウダ・・・
今日は敬老の日であるのだが、9月15日ではないので敬老の日という感じがしない。
経済効果のためだけに、せっかく定着した敬老の日の文化を失った代償は大きい。
何故ならば、幸いなことにうちの子供たちのジジババは4人とも健在である。
でも、敬老の日だというのにジジ・ババに電話すらしない我が家なのであった・・・
2004/09/19(日)
早起きして、あっくんと釣りに行ってきた。
釣果は良型のキスも釣れたし前回よりやや良。せっかくなので家で食べよう・・・と持ち帰った。
しかし帰る頃に土砂降りの雨になり、昨日に引き続きずぶ濡れになってしまった・・・
荷物をまとめて防波堤沿いに止めてある自転車に乗り家へ向かう。
防波堤から降り、松林を抜けた所にある倉庫の前で60ぐらいのおじさん達が雨宿りをしていた。
「おはようございます。」と挨拶をすると、その中の一人が・・・・
「余んまりつれなんだなぁ〜」・・・と人を小馬鹿にした様に笑った。
ムッときたが、「そうだね、余んまりこなかったね、下手だからね〜。」って言って自転車で通り過ぎた。
後ろから来るあっくんにも何か言っていたが察しが着いたようで無視を決め込んでいた・・・エライ!
その後もおじさんたちは大きな声で我々親子に聞こえるように「あんまりつれなんだ
なぁ〜ハッハッハー」とやっていた。
このおじさんたちも我が町、大井川町民なのである・・・町民以外にもこのような態度なのだろう
か?
釣り人が嫌いなのだろうな・・・・
PS:こういう人達ばかりで無くって、大井川町には徳のある方も居るのだ。
この日、釣りに出るとき防波堤上で数にんの親父達が早朝井戸端会議・・・
ふと海岸に目をやると、青いランニングパンツの初老の男性がゴミ袋を片手に空き缶を拾っているではないか・・・
2004/09/18(土)
昨日は、静岡新産業技術フェアというイベントがあったので静岡ツインメッセへ行ってきた。
行って驚いたのは・・・何が新産業技術だかわからない・・・点である。
技術というとテクノロジーの事を指すのだろうが、日本語の技術というのはどういう意味なのだろう?
健康食品の販売会社、マッサージ器等の健康器具の販売会社が幅を利かせ、
訪問販売員に捕まりに展示会に行ったみたいなもんだ。
健康食品ブースの販売員のはしゃいでいるおばちゃんに捕まらない様どれだけ気を使ったか・・・
技術展とは程遠い感じがした、産業機器展示をしていた会社は、来年から参加しないんじゃないか?
数年前はこんなじゃあなかったのにな・・・
今日は、朝あっくんと共にジョンの散歩に行った。
途中、土砂降りの雨が降り出して全身ずぶ濡れで家に戻った。
この時、ジョンも濡れるのが厭みたいで無理して走り始めた・・・無理が祟らなければいいが・・・
先週WindowsXPのSP2が出てたのでアップデートした。
しかし、こいつが曲者でPCが超遅くなってしまったのだ。
レジストリを色々いじっても改善されないので、思い切って再インストールした。
(今は、仕事をしていないのでバックアップする必要があるファイルはこのWeb用のファイルぐらいのものだ。)
先程アップデートを終えた。やっぱり更のPCは早いのである・・・というかWindowsが色々遅すぎるのか・・・
2004/09/15(水)
朝6:30に家を出て私の両親を静岡がんセンターに連れて行ってきた。
母の肺癌手術から約4ヶ月が経ち、経過は順調だとの事。
きっと母は肺癌に関しては大丈夫だろう。本当にホッとした。
病院からの伊豆の実家への帰り、久しぶりに韮山の反射炉に寄る。
反射炉とは、江戸時代の代官である江川太郎左衛門という方が大砲を鋳造した史跡で、
東北から持ち込んだ鉄鉱石と九州から持ち込んだ石炭を使って大砲を鋳造した。
その大砲は、船でお台場へ運び据え付けられた・・・という。
昔、日本は世界の加工工場・・・と言われた様な事をわざわざ伊豆でやっていたんです。
約20年ぶりに来たのだが綺麗に整備されて見学しやすくなっていた。
今度、子供を連れて来てあげよう・・・15分ぐらいの寄り道で済むのだから・・・
今日は、久しぶりに車を運転した。
今回みたいに一般道を妻に運転させて、私が東名なら全く問題ないな・・・
2004/09/14(火)
今日、夕方あっくんとジョギングをしていた。
近所のSSKという食品工場の正門前を通過する時、門から出てきたおばさんが、あっくんに怒鳴りかけてきた。
「追いてかれるな、早く走れ!ガーァ!!!!!!!!」
あっくんが何かやらかしたかと思って振り返ったのだが、ただ走っているだけである。
今日は、久しぶりに35℃ぐらいまで気温が上がったためか?ちょっと怖い現象である。
こう暑いとシャムネコの与作もぐったりである。ヘビのように長くなって寝ている。
ましてや老犬ジョンなんぞ・・・生きた様でもないのだ(変な言い回しだ)・・・
2004/09/12(日)
朝5:00に起きてあっくんと自転車に乗って海へ釣りに行ってきた。
釣りへ行くのは何年ぶりであったろうか?少なくとも投げ釣りをするのは6年振りぐらいだ。
そして、自転車で釣りに行ったのは・・・良く考えたらはじめての事であった。
いつもは車で行って適当な場所に止め釣り場まで歩くか?
または、4WDに乗っていた頃なんぞは海岸に車を乗り入れ釣り場近くまで行っていたものであるが・・・
最初にあっくんの釣竿に仕掛けを付け一回だけ投げ方を教えた。
昨日まで海が相当荒れ続けていたので私の技で投げられる距離には獲物は殆ど居なかった・・・
本日の釣果
あっくん:草フグ 6cm x1 コチ 5cm x1
父: キス 5cm x1
海は気持ちよいものである。
2004/09/10(金)
今日はトランジスタ技術の発売日なので本屋さんに行ってきた。
ついでに、昔読んだ「軽井沢シンドローム」の続編のコミックが出ているという情報があったのでそれも探して買ってきた。
トラ技は、なんと今月号が創刊40周年記念号とかで、昔かしから何にも変わらない装いに思わず見入ってしまう。
私も、今年で丁度読者になって20年である。
そういえば、創刊20周年記念号も持ってたよな・・・と思いながら本箱を見回すのだが今の家を建ててからの本しかない。
・・・そうか、前のでっかい借家から今の小さい持ち家に引っ越す時に、本を置く場所が無いからものすごくたくさんの蔵書を処分したんだっけな・・・
捨てる時、業者に来てもらうのを待つときに道路に並べたら壮観だっけもんな・・・
なんて、思いながら軽井沢シンドロームを開くと・・・余りに懐かしい絵ではないですか・・・
これも丁度20年前に読んでいたんだよな。あの頃の連中は僕と一緒に歳を取ってオヤジになって絵の中に居る。
今、杉本さんちから「イニシャルD」借りて読んでいるんだけれど・・・峠攻めたいな・・・
せっかく8買ったのに・・・でもな・・・対向車線を立ち上がってくるマシンが見えなかったら困るし・・・
2004/09/08(水)
先日の伊豆の葬儀は叔母の母ではなくて叔母の父であった。
通夜に行って写真を見てはじめて気がつくうつけ者なのであった。
葬儀のあった晩、実家に泊まったのだが紀伊半島沖で大きな地震があった。
私の実家も相当大きく揺れた。
実は、私には人より早く地震を感じることが出来るという能力がある。
父、母、甥っ子とテレビを見ながらお茶を飲んでいたらやはり真っ先に異変に気がついた。
私:「ねえ、地震だよ・・・ぁ・・」
母:「そんなこと無いよ、風だよ。」
・・・30秒ほどして・・・・ガタガタガタガタ・・・・・
私:「ほら〜」
母:「どうしよう・・・」
父:「あぶないから座ってろ!」
私:「わたる(甥っ子)、テーブルの下にもぐりな・・・」
・・・・
という事で、母は私の能力が低下していないことを再確認して驚いていた・・・
その後、TVで和歌山であることを知り、あっくんと熊野に行っている時で無くって良かったねと皆々ホッとしていた。
もっとも、和歌山に住む人たちの事を思うと本当に気の毒なのだが・・・
私は生まれてから何度か地震では怖い目にあっている。
高校生の時には伊豆で直下型地震があり、学校で家で相当怖い思いをした。
大学生の時にはビル清掃のバイトをしている時にやられた。
名古屋の堀田にあるブラザー工業の本社ビル4Fのガラス掃除をしているときである。
安全ベルトとヘルメットをして外に体を100%さらし、腕力とつま先の力で体を支えている最中に木曾御嶽山麓の大滝村の地震があり相当揺れた。
この時は、ブラザー工業の事務員の方が私の安全ベルトを引っ張って室内に導いてくれた・・・
本当に地震は怖いものである。
そんな事を思い出しながら、これだけの地震だから余震が絶対あるな・・・と思いながら寝たのである・・・
深夜、何の前触れも無く目がパッチリ開いた。
常夜灯の付いた蛍光灯を見ていると、不吉な予感が胸をよぎり恐ろしくなって背中に汗がどーっと噴出した。
起き上がって電気をつけ、まだ頭がおきていないのでそのまま座り込んだ。
すると一分ほどして又地震がやってきた・・・・
「でけ〜!」・・・メチャ怖かったのである。
伊豆の実家にもう一泊して、親父の癌と糖尿の検査結果を聞いてから火曜日の夕方家に戻ろうと思っていたのだが、
地震の事が心配になって大井川町に戻ってきたのである。
せっかく戻ってきたのだが、ゆいちゃんと、あっくんは、とっても仲が悪いのである。
今日は、晩飯を食べている時に完全にキレてしまった。
2004/09/02(木)
伊豆の義理の叔母の母が亡くなったとの事で伊豆に帰ってくる事にした。
その叔母は、母の一番下の弟の奥さんで自分とそれ程歳も離れていないので叔母という感じはしないのだが・・・
親父の癌・糖尿の入院や母の癌の通院や入院で大変お世話になっている方のお母様という事で大変心が痛むのである。
子供は今日で夏休み明け2日目。
学校の方はまだエンジンがかかって来ないだろうが、
バドミントンの方はエンスト状態である。
今日みたいに練習の無い日は何もしないのである・・・
走って体力を付けなさい・・・と、ず〜っと言い続けているのだが如何にもダメである。
走り込んで体を作らないで週4日も体育館で練習をしていたんじゃあ体を壊すだけなのである。
どうせ週4日(試合があると5日)も家を空けるのなら馬鹿みたいに打ち込んでもらいたいと思うのだがどうにも中途半端で困るのだ。
前に居た会社にもこういう人がいっぱい居て大変困ったのだが家でもそうなのである。なんだー
会社では「お前なんか辞めちまえ!」と部下に言ったらそのまんま自分の首も飛ぶのだ。
うちでは・・・もうちょっと見ていてダメだったら本当に辞めさせようと思うこの頃。
僕はいま大変時間があるので好きな時間に走れるのである。
ま、昼間は大変暑いので早朝か夕方なのだが・・・
今日は夕方家の周りを3kmぐらい軽く走ってきた。大変気持ち良いのである。
最近、気になっているのは昨年大井川町の町長と助役が二人で蹴った二市二町の合併問題の事である。
http://www.oigawa-t.jp/yakuba/default.asp
にクダクダ書いてあるのだが、何のことやらさっぱりわからん。
最初に、抜き足差し足で住民の背後から「ワッ!」って感じで提起してきた合併案であったが、
藤枝市の借金が多いのでオラおめえらの借金まで抱え込みたかねエー!・・・と合併協議会を蹴って帰ってきてしまった。
僕は最初の説明会で、あと数年で大井川町の財政は破綻の道を歩む・・・という説明を受けているのだがこの件についてはどうなっているのだろうか?
いいかげんに説明してもらいたい。
大井川町と言うと、航空自衛隊静浜基地がある。
この基地のおかげ国からお金がでるので町の財政もかなり助けられている部分はあるのだろう。
しかし、何年か先に憲法9条が改正された暁には日本軍静浜初等航空訓練基地とかになって、
徴兵が制度化されるので軍の人員が増え基地が手狭→拡張・・・ということになり、
スバルのエンジンの音が大変騒がしいオラが村になるのであろうか・・・
そして、忘れてはいけないのだ、大井川町には病院も消防も、ごみ処理施設も自前のものは無い。
全て先日蹴ってきた近隣市町にあるのだ。
財政事情が今良いのは(交付金をもらっていない)、いままで住民サービスをしてこなかっただけなんじゃない?
相変わらずとりとめの無い事を書いてしまった・・・
2004/09/01(水)
今日から子供達の学校が始まった。
この夏休みは子供たちと遊んで上げられるかな?と大きく期待して突入したのであるが、
僕以外の家族は全員、月・水・金・土と阿呆みたいにバドミントンに行き続けるので
あっくんと熊野に行ったこと以外は全く夏休みらしいことをしていない。
自分の伊豆の実家にさえもつれて帰って居ないのである。
相変わらず自分の親父以下の親父であった。
自分のほうは、会社を辞めて丁度ひと月経ったところである。
仕事のストレスが無い生活って奴は本当にいいものである。
夜もしっかり眠れるし、朝ごはんにはじまる三食を美味しく食べられるし・・・
何よりも嬉しいのが目の調子が良くなってきた事である。
決して直ったりはしないのだが、見え難っくってイライラしなくなってきた。
八月に入ってから伊豆の母が送ってくれたHi-CHINON DHA-50 という頭がよくなるサプリメントを飲んでいる。
このサプリメントにはFloraGLOのルテインが入っているのである。
これが良いのか?お魚の油がいいのか知らないけれどここんとこ視界がスッキリして気分がいい。
最近は有難いことに読書も出来るようになった。
現在は泥淋という元同僚お奨めの山岡荘八の徳川家康を新書版の本で読んでいる。
もう一つは、八月の前半に家の中を掃除して自分の居場所を作ったのもスッキリ出来ている要因であろう。
洗濯物を掻き分けて自分の座る場所を作ったり、疲れた体で万年床に潜り込んだりと・・・・
学生時代以下の生活から脱却できたのはこりゃまた非常に嬉しいことである。