2005/10/29(金)
田舎からオヤジとオフクロが叔父さん夫妻と共にやってきた。
丁度、引越しが佳境の頃で、叔父さんに力仕事を手伝ってもらい大分助かった。
午後は、ゆいちゃんが吹奏楽部のステージデビューを飾る中学校の文化祭を観るためミュージコに出かける。
無事にこなしてくれて何よりであった。
夕方、元同僚のFじゃるが荷物と一升瓶を提げて出てきてくれた。
ありがたいのであった・・・。
2005/10/27(木)
www.mizu-labo.co.jp のドメインが稼動を始めた。
これでメールアカウントも作りたい放題だ・・・が、一個あればよいのだ。
まぁ、楽しみがひとつ増えたということで・・・・
ミズラボのファイルサーバ(写真左の玄箱)に、WDの320GのHDDが入った。
320Gともなると、HDDもでかく、重くなるのだ。(うそ)
2005/10/26(水)
今日は、ジョンの月の命日なのでお参りに行ってきた。
ラボの建て屋ももう直ぐ完成である。
今日は、室内の仕上げを自分の手で行う。
そして、日が良いので、大工さんと電気屋さんに来てもらって新築祝いをした。
2005/10/25(火)
朝から労災保険や税金関係の話を聞く。
時間が長引いたので、時間的に厳しくなったので、オレンジ号を車に積んで妻の運転で線路の近くのお客さんに行くことにする。
出かけようとすると・・・お山の会社のサーファー氏から先日やった仕事の仕様変更と不具合の話があった。
万田さんの処に行く用事があるので、そのついでに寄る約束をする。
線路の近くの会社では、リベンジを誓っただけあって一発で決まる。
本当に、土曜日の自分はどうかしていたな・・・
今日は、シーケンサの神様が、僕に微笑んでくれた。
確認を終え、そのままお山の会社に向かう。
オレンジ号で約40分、お山の会社に着く。
長いことこの会社に通ったが、自転車で来たのは今日が初めてだと思う。
万田さんに会い、サーファー氏の仕事では1時間ほどドロドロし、4時ごろお山の会社を出る。
部長様のMっちいに久しぶりにお会いした。
さすが営業部長様らしく「まけてね・・・」と、大井川町1番のハイテク企業でかつ最安値のミズラボに暴言をサラリと吐かれる。
しかし、仕事を取っていただき大変感謝しているので、僕はお会いできて感激してました。
家の近所に来たら・・・結構暗くなり始め・・・何とか帰ラボを果たす。
家に戻り玄関を入ったとき、にゃみおが与作を噛み、いきなり折檻タイムになってしまった。
どうにも、にゃみおと与作が上手くないなぁ・・・と思っていると、今度はトイレに入ったレオンをにゃみおが襲う。
にゃみおを叱りに行くと・・・にゃみおは既に怒られるのを覚悟していて、固まっている。
・・・余りこれでは叱れないし、困ったものだ。
その後お山のAI氏から、ミズラボ1号の見積書の件の注文書が入ったり、小川のS氏から今日持って行った見積りの件の注文書が入ったり、全く有りがたい限りである。
夜、荷物が届いた。
目潰しのソフト3点セットと、お山の会社でよく使う圧着工具2点。
本当に、目が潰れるくらい(飛び出す・・・か)の出費であるが、これからの仕事には欠かせない機材である。
・・・でも、目潰しのAシリーズ用のケーブルが未だ入荷してこない・・・
2005/10/24(月)
朝から浜松に行き講習会に出席。
最近は、経営に関する講習会等しか受けたことが無かったので、久しぶりの技術研修は楽しかった。
エンジニアに復帰したので、心置きなく勉強が出来る。
これから毎月一回は外に出て研修会に出席することにする。
やっぱり、その道のプロに話を聞いて、解らない事は教えを請うて、まだまだ自分は腕を上げて行くのだ。
藤枝駅で妻を待つ間、立ち飲み屋で飲んで待った。
その立ち飲み屋には、K人具という友人の行っている会社の営業マンが酔っ払っておった。
他に客が居ないので、mizu−laboのロゴ付きの社服を着ていた自分に絡んできた。
僕は・・・酔っ払いが嫌いだ。
なぜなら、やけにみんなエライ人になるからだ。
何処に行っても、誰と飲んでも、結局・・・説教をされるのは・・・自分だ。
2005/10/23(日)
昨晩の悲嘆にくれた爆睡の後、今朝の目覚めも悪かった。
朝の町内会の河川の草刈は妻にお任せ、そのあとの、まちづくりの片付けから参加。
屋台小屋も、公会堂もとてもきれいになった・・・ところで、秋祭りの会計報告。
家に戻り、PCとプリンタを車に乗せ妻に公会堂へ送ってもらう。
みんながお酒を飲んでワイワイしている中、黙々と会計処理をする。
トシさんが顔を出してくれた。
相変わらず、やせて禿げているのだが、不思議と元気だ。
ミズラボで使う工具類を持って来てくれた(借用)。
全く助かるのである。
しばらく・・・シーケンサ博士になるくらいまでシーケンサの勉強をするかもしれない。
そして、きっと、如何にシーケンサって駄目なコントローラかが良くわかるような本を書くのだ。
2005/10/22(土)
今日の午前中の仕事は結構楽勝で、目潰しの氏剣差をなめてしまった。
この調子なら2時ぐらいには終わるかな?
午後は・・・しっかり罰をクラっておおはまり・・・
何とか動かして納得いかないまま終える。
ラボ(家)に戻り、ファイルを片付けていると・・・・なんと、昨日書いた今日はまった仕事の解が書いてある。
「・・・やっぱり、自分はアルツハイマーか?」・・・、その手書きのA4の紙を見て昨日の自分に関心した。
来週、リベンジに行こう・・・
2005/10/21(金)
オレンジ号を出動させた。
・・・目立つ、よい自転車である。
2005/10/20(木)
午前中は一生懸命になって回路の単純化を行った。
構想がまとまったところで、妻の運転で静岡の○つ電波にパーツ類を買いに行く。
回路の確認用に安定化電源も買ってしまった。
こういうものはどうしても必要なのだ。
なぜなら、ラボだから・・・
夜になってから遊輪館へミズラボ用営業車・・・自称オレンジ号を取りに行く。
明日の営業が楽しみである・・・
2005/10/19(水)
余裕をかました・・・つもりは無いのだが、犬の会社に深入りしているうちにもう一方の尻に火がついた。
結構、一人で色々やらなければならないので大変なのだ。
ミズラボのオフィスは日曜日ごろ完成予定。
掘っ立て小屋を建ててもらうつもりが、しっかりした家を建ててくれている。
全くありがたい・・・。
2005/10/17(月)
午後、犬の会社に行った。
仕事は大ハマリであった。
今回は、企画部分では参画していないので仕様上の問題が多い。
やっぱり、餅屋は餅屋で、臼屋に餅をつかせても不味いのである。
「にた〜り」と「No,6男」が現れた。
これからはnisiken=N,6=難波六男とでもするかな・・・
2005/10/16(日)
秋祭りであった。
雨であった。
でも、時間をかけて色々準備をしてきたイベントなので、小雨の中、昼過ぎに屋台を引き出した。
僕は・・・まちづくりの会計担当なので、ご祝儀の披露という奴をやりながら回らなければならない。
で、地元民でない人間がこういうことをすると、ご祝儀をくれた方と、その家の所在が良くわからずナカナカ披露のタイミングがわからなくて非常に苦労するのである。
町内会の中には、良くわからずに他人に聞きながら苦労している自分を助けてくれる人と、痛めつけるサディストと両方がいるのである。
2005/10/15(土)
今週はけっこう忙しかったなぁ・・・
仕事が始まって・・・環境を整えたり、昨日は作業場の建前があったり。
今回、久しぶりに昔の職場に行って、自分の過去の仕事に触れる機会があった。
懐かしいなぁ・・・なんて想いながら改造箇所の検討や、物の出来を確認していた。
しかし、そのうちに激しい怒りを感じ始めた。
「図面通りに出来ていない!」
過去15年、こんな箱のこんな間違いは無かったし、許される筈も無いような間違いを堂々としている。
図面通りに作ってこない=設計者をバカにしている という何とも情けない事実を前に・・・こういう外注先にだけはならない様にしようという、反面教師を見た。
↓10/14の写真
2005/10/10(月)
与作が・・・ジョンちゃんの仏壇に入ってジョンちゃんのお水を飲んでいた。
今日の昼に妻が「ジョンちゃんのお水が少ないな・・・私が入れなかったのかな?」とか言っていたのだが・・・
真心こめて汲んでいるお水なので、そりゃ美味いだろうな。
・・・全く与作は・・・
2005/10/08(土)
長野県茅野市のA社さんからA社製コントローラのプログラミングセット一式を開業祝いに頂いた。
大変ありがたかったのです。
さっそく使える様にセットアップする。
事実上、日本標準となっているM社製PLCのツールは・・・いまだに入荷できずに居る。
なんだか・・・キャンペーン中でバックオーダを抱えてしまった様なのだ。
それにしても、あと2週間なんて・・・ひどい話じゃないか。
2005/10/07(金)
今日は庭に作業場の小屋の基礎工事があった。
やっぱり、大工さんにオーダーした小屋だけあって、基礎もしっかりやってくれる。
明日の午後は年末頃の仕事の打ち合わせ。
こういう仕事は、盆暮正月が書入れ時だから・・・・
確かに、今が仕込みの時期だな・・・
2005/10/06(木)
朝、近所の昔お付き合いのあった機械設計・組立てをやっている会社(おじさん一人)に行き挨拶。
大工さんと小屋の件で打ち合わせ。
11時ごろNTTの工事屋さんが見えて、ミズラボの電話を引いてもらった。
いままで・・・家を建てて以来、庭に垂れ下がったいい加減な工事の電話線を今回来たおじさんは直して行ってくれた。
何だか、ものすごくスッキリした。
午後一番で、近所の加工屋さんへ行く。
ここの常務はアクの強い人・・・でも、ここはそれだけの仕事をしてくれるところなのだ。
ここは、設計もやっているので、妻も連れて行きCADでトレースとテクニカルイラストをやっている話をした。
僕が車の運転をしないので、妻をドライバーとして雇わないと仕事が出来ない。
しかし、自分のもらえる技術料には妻をフルタイムでチャージするほどの料金は当然請求できない。
したがって、妻にはある程度自分で稼いでもらわないとイケナイので精力的にこの辺の仕事も取っていかないとね。
この工場には元同僚のサーファー氏が居た。
昔はもっと元気だったのだが、40を過ぎてやっと気苦労が出来るようになったのか?ちっと疲れたオヤジになってきた。
エラク久しぶりだったので、世間話をして・・・次に行く。
平地の小川の会社へ行き打ち合わせ。
その後、新幹線の高架近くの加工屋さん(ここにも無理なお願いばかりしていたが・・・)に行き、ここでも妻の宣伝をする。
家に戻ると・・・ミズラボの電話器に電話が入る。
ミズラボ電話第一号は、お山の会社のAI氏であった。
明日は、朝から庭で工事が始まる。
2005/10/05(水)
朝、法務局へ行き登記を終えた会社の登記簿謄本や印鑑証明を取る。
その後銀行へ行き法人用の口座を開設する。
ここでトラブル、住所の入ったゴム印の内容にクレーム有り。
この件は、ゴム印発注時に僕がはんこ屋にクレームをした部分だ。
「みなさん、そうしますから・・・」って言われれば、「そうですか・・・」と、疑問に思いながらも了解した自分がバカだった。
おかげで、30分ばかりロスる。
その後、お山の会社に行って見積書を渡した。
昔のビッグ・ボス二人にも会えたし・・・ナカナカ営業をしている。
その後、平地の会社へ行って営業をする。
何だか、営業をするだけで沢山の汗をかいてしまう。
夕方、はんこ屋に行って話しをすると・・・「そうだったんですか?僕は法律のことは分からないから・・・」って開き直り。
開いた口がふさがらない・・・
今日から作業着を着て、ちょっとそれらしいトコロがちょっとだけ進歩。
やっぱり、気持は外から入れる物なのである。
2005/10/04(火)
朝から商社や同業者の方たちとコンタクトを取る。
とてもフレンドリーな対応をしてくれるので助かる。
浜松の会社には昨日連絡していい返事を頂いてあり、信州の会社や、アキバの会社からも良い返事を頂いた。
今後は、近場のところの数社ほどとお付き合いできれば当面仕入れは出来そう(お金さえあれば・・・)だ。
夕方、声をかけてくれた方もあったりして、しばらくはこういうのが張り合いなんだろうな・・・。
2005/10/03(月)
朝いちばんで営業に出かけようとすると電話が・・・。
NTTからだった、知人のT田さんの紹介で連絡をくれたのだ。
T田さんが私の希望を全て伝えてくれてあったので簡単な確認だけで終わった。
なんだか最近は電話を入れるのにも余り初期投資が要らなくなったので、大変素晴らしい。
早速・・・10月6日の午後には会社の電話が入ることになった。
そして・・・出かけようとすると、今度は大工さんが見えた。
庭に作る事務所(小屋)の打ち合わせだ。
やっぱり、建築確認申請→確認・・・という手順を踏むと相当お金がかかるようだ。
初期投資で小屋にお金をかけたくないので、申請の要らない仕様で建ててもらうことにした。
自転車で出かけ、手続きをしたり、注文してあった名刺を取って来たりして家に戻る。
すると、今度はAI氏から電話があり・・・仕事の依頼の電話だ。
早速打ち合わせのため妻に出動してもらってお山に向かう。
打ち合わせのためお山の会社に行くと・・・やっぱり長いこと居た会社なので懐かしい顔ばかりである。
「やっと重い腰を上げたか、長い3ヶ月だったな。」といわれると、本当に長い3ヵ月だった。
そう・・・やめる時に、3ヶ月ぐらい充電して顔を出すと約束していたのだ。
違うところをやめて3ヶ月後にここに顔を出したということで勘弁してくれないかな・・・
今日は昔なじみの大変懐かしい方たちに会えてものすごく嬉しかった。
あんな感じで温かい言葉を頂くと、会社設立でピンと張り詰めていた気持がぐっと楽になるのだ。
懐かしい商社の方から電話を頂いたりしたし・・・
離陸して、安定するまでが一苦労だろうが、楽しみでもあるなぁ。
2005/10/02(日)
朝、大井川のリバティーに行く。
今日は大井川河川敷で30kmのマラソン大会が開かれるのだ。
僕はA氏を誘っておきながらエントリーしていなかったので、大変申し訳ないのだ。
A氏が25km過ぎに来る突然走れなくなる症候群を大変気にしていたので、そのちょっと前でのゼリーの補給をすることにした。
今回は町の体協がボランティアでスタッフを出しているので、知り合いのおじさんたちと話をしながらスタート前まで待つ。
選手に開会式のアナウンスがあると、みんな持ち場へ散っていった。
僕の住む町は、結構イベントがあっても、この河川敷が多いのだ。
つまり、出場者と付き添いの家族、スタッフ、来賓、新聞社、以外の人は居ないので、何をやっても盛り上がらず、「とっても寂しい町だ・・・」と、いつも思う。
今回も、やっぱり同じで、町民には堤防の壁は高いのであった。
そう・・・スタンドには10名ほどの人間と、2匹のゴールデンレトリバーしか居なかったのである。
10:00のスタートを見届け、保冷剤を取りに家に戻る。
長袖長ズボンでは暑いので、いつものサッカーパンツにTシャツという自転車スタイルにする。
途中のコンビニでゼリーを仕入れて堤防道路を島田方面に上る。
風が滅茶苦茶つよくてクラクラしてしまう。
昨日に引き続き、足が廻らないのだが・・・左足がぜんぜん廻らないのである。
「おかしいな?・・・左の足首が太ってる・・・・」そういえば先日、静岡県庁の正面のでかい石の階段で段差がよくわからなくてコケたんだっけ・・・。
痛みが消えたので、一昨日シップを外したのだが、バカな僕は、シップを外した=完治 と・・・、足を痛めたことを忘れていたのだ。
その状態で昨日は河川敷道路を自転車で攻めたので、左足が変なのである。
GPSで20〜25kmの間の適当な場所を探し(蓬莱橋のやや下)でA氏を待つ。
一位が風のように通り過ぎ、二位の男の人に貼りつくように三位の女性のランナーが付いて走り去る。
それから待つこと数分、一般ランナーがポツリポツリと来る様になった。
・・・ナカナカA氏が来ない・・・タケコプターを付けた親父が目の前を通り過ぎていく。
「・・・推進装置を付けて走るのって反則だよね?」って、一緒にみていたお爺さんに話しかけたらうけていた。
ヘロヘロしながらA氏が来たので、ゼリーを渡す。
自転車で伴走をしていると、「チョロ井さんが子供のサッカーを見ていたよ・・・」とA氏。
「じゃあ、チョロ井のとこに行ってるよ・・・」と、新幹線鉄橋の近くのグランドに行く。
行くと、デブになったチョロ井さんが、サッカーの試合を見ながら球拾いをしていた。
彼とはタイで一緒に仕事をしていた時期もあって、よく突っついてイジメていた覚えがある。
しかし、まぁ、40を前にしても相変わらず素直で突っ込み易い良い男である。
そのうちA氏が来た。
お茶を供給し、続けて走っていただく。
チョロ井さんが「技術のY駄さんが居るんですよ・・・」と、一緒に探しに行ったが見当たらない。
A氏が25km過ぎに来る突然走れなくなる症候群にならない様に、自転車で伴走すべくチョロ井さんと別れる。
やっぱり、この辺りの距離を走ったところで、かなりのランナーが歩き始めていた。
ラスト2kmのところまで伴走をし、ゴールへ向かう。
スタンドでゴールを見届ける。
暑かったので・・・引きつるようにヘロヘロになっているA氏をみて、「・・・出なくて良かった・・・」と僕は密かに神に感謝した。
2005/10/01(土)
朝5:00に起きて自転車に乗り大井川のリバティーへ走りに行く。
さすがに秋になり走りやすい季節になったためか、いつもより自転車乗りやランナーが多い。
・・・この週は、色々な手続きに歩いたので妻の車に乗るばかりであった。
思い起こせば、営業車であるママちゃりに乗ったのは月曜日の焼津だけである。
つまり、今週は脚を廻さなかったので、脚の廻りが遅いのである。
・・・と、自分に言い訳をしながら、何人かのローディーに抜かれて行ったのである。
世間様に恥ずかしくない走りが出来るようになったらA氏の様に、ローディーの格好をして自転車に乗ろうと思っているのだが、そういう日はなかなか来ない。
ぜひ、その日が来るまで眼が見えていてもらいたいものだ。
昼飯を食ってから、仕事で使う上着なんかを買ったり、電話機を見に行ったり、経理の本を買ったりした。
ついでに、昨日の日記にupした自転車で僕が営業に回るのは余りに恥ずかしいので、焼津の行きつけの自転車やさん(焼津中央高校グランド脇)の遊輪館へ行き、安くて走りが軽い営業車を見繕いに行った。
あいにく、お店の在庫にあった自転車は僕の体には小さすぎたので、ご主人にお任せで探してもらうことにした。
帰りがけにアルペンに寄って、あっくんと遊ぶためにおもちゃのバットを買う。
家にあるバットは20年ぐらい前に草野球チームのアルバトロスに居た頃つかっていた物なので、小学生のあっくんにはかなり重いのである。
最近、あっくんと新聞紙を硬く丸めて電工用のビニルテープでぐるぐる巻きにしたボールで遊んでいる。
僕の場合視野に問題があって、相手が投げたボールは途中まで見えるのだが自分の近くに来ると消えてしまうのだ。
体にあたっても、顔に当たっても痛くないボールでないと体中が青アザだらけになってしまう。
そして、すごいことは、僕をバッターにすると、小学生でも星飛馬になれる(消える魔球が投げられるのだ)。
見方を変えると、僕は花形みつるを体験できるわけなのだ。
消える魔球がどんなにすごいかというと、筆舌しがたい。
兎に角、途中でボールが消えるので引き付けて打つことも、ボールをよく見るなんてことも出来ない。
・・・って、もっとも、見えなくなるのは自分だけなので、他人からは僕は花形みつるではなく、ただのヘボ男にしか見えないのだ。
そういえば、子供の頃、エポック社の野球盤で消える魔球のモードがあったっけな・・・って、子供の頃によく遊んだおもちゃのことも思い出した。
今、会社を創って自分で仕事を始める準備をしている。
車を使わないで済む近所に、サラリーマンで勤められるところを探したりもしたが、先日の静岡新聞の朝刊の一面のコラムに「視野が狭まり、失明に至る・・・」なんて書かれて以来(そういう人も居るのだが・・・)、僕の静岡県内での商品価値は暴落した。
僕は自分の病気のことは隠していないので・・・本当に、あれを境に、東京・神奈川・愛知・三重の企業からのスカウトしかなくなってしまったのだ。
もっとも、お前は真剣に探したのか?・・・と言われると、お遊び仕事をちまちまやっていたのでそれほどでも無かったかもしれない。
つい先日までの一年ぐらいは、急激に失った視野のために、自分で、今後どうするのが良いのか判断に迷っていた。
マッサージ師、点字翻訳家・・・その他諸々。
僕に付き合ってくれた友人たちと福祉用のソフトウエア開発を終え、某機関に商売に使わないでくれ・・・という条件だけを付けて提供したのはジョンが亡くなった2ヶ月ほど前の頃だ。
家族の中で自分だけ今までと全く違う生活を模索し、家に居る時間が増え、家族は今まで以上に外に出て・・・という、水口家崩壊のスパイラルに入り込んでいた。
幸い、今回、妻も協力してくれる・・・と言うので、自分で仕事を始めることにした。
後戻りが出来ないように、会社にして自分を縛り付ける事からはじめた。
既に、会社登記の申請も終えた。
空いた時間に自転車に乗っての営業活動も始めた。
来週からが、自分の再起にかけての本番だ。
まぁ、ぼちぼち気張らず(性格的に無理)にやってみようと思う。