2005/09/30(金)
今日は、色々勉強になった。
・・・家の庭に小さな小屋(小さい建物なので小屋なのだが・・・)を作りたい、車がじゃまで場所がない・・・実はRX−8は飾り物だ・・・仕方ない売ろう!。
という思考の連鎖で、売ることに決めた。
今日は午後一番で法務局に行きたいので、朝から車を売る準備に入る。
RX−8には熱対策のリコールが出ていたのだが、乗らないのでそのままにしてあった。
そこで・・・朝一番にマツダに行きリコールの対策をしてもらった。
僕の車に付けてあったイナズマをマツダの店長にあげた。
そのまま、某買取屋さんに持ち込んだ。
営業の彼曰く・・・「うちは県内で一番安く買い取らせてもらいますから・・・うちはチェーン店ですからどこの店でも同じ買取金額です。」ってことで、かなりの時間をかけて出てきた金額が・・・「??」
「今日まで9月です。9月の価格で買い取ります。今日、ここで売っていってください、一日経つと5万や10万は平気で落ちます!」
一年五ヶ月落ちで走行距離6800kmの車が、購入価格の50%である。
「・・・やめた」ということで、家に戻り、昼飯を食い、法務局へ行く。
法務局の手続きは意外と簡単に終わり・・・実は焼津の法務局の職員さんは本当に親切な方ばかりなのだ。
今日で3回足を運んだが・・・普通は行政書士なんかにお願いする手続きを、本当にこのド素人が手続きに来て色々聞きまくる迷惑な奴らに、信じられないくらい付き合ってくれる。
僕は、来るまではお堅い役所のイメージで居たのだが、とてもいい感じの役所・・・というイメージに変わった。
家に戻ると、先ほどの買取屋から電話が入る。
さっきより30万円ほどアップさせた価格を提示してきた。
何か・・・足元をみられたみたいで一気に嫌いになった。
ついでにヤンキースも嫌いになった・・・
車を見ていない別の業者に話をして(ある方に話をつけてもらった)引き取ってもらうことにした。
ここまできて、一晩考えると多分手放したく無くなるだろうから・・・色々思い切ってやっている時だし・・・思い切って車を持って行き、契約。
さようならハチ公。
夕方、ママちゃりで営業に出かけると・・・公会堂の前に車が何台か止まっている。
大工さんの車もあったので、そのまま大工さんに話をしに行く。
早速・・・「小屋を作りたくてね・・・」「じゃあ見に行くか」
家に大工さんに来てもらい見積もりをお願いする。
僕は・・・いくら運転しない車でも、無くなってしまってトテモカナシイ・・・
しかし、僕のこの営業車こそ何とかしなきゃイケナイなぁ・・・
夜、お風呂に入るため裸になったあっくんは、「フォー」という何とかHGという人のマネをして腰を振って猫の前に行く。
あっくんはちんちんに猫がじゃれかかって来るのを期待していたのだが、3匹の猫は知らん顔。
妻には大ウケだったが・・・多分猫たちにはちんちんの存在自体に気付いてもらえなかったんじゃないか?って思う。
2005/09/29(木)
今日は、銀行へ行き、明日の法務局で一つ山は越える。
ただ、明日までの4日間で7万円ぐらいの経費節減・・・って、ちゃりで営業して仕事しなきゃ・・・。
2005/09/28(水)
今日は、法務局、公証役場(静岡)への移動があった。
このくらいの移動距離になると妻に付き合ってもらわないと動けない。
公証役場から県庁に行く用事があった。
県庁の本館の正面階段の段差は非常に見にくい。
見にくいから「気をつけなきゃ・・・」と、思っている端からあのでかい階段を踏み外した。
思いっきり左足をひねってしまった。
用事を済ませ家に戻った頃に助手席で固まっている足を動かすと滅茶苦茶痛いのである。
「・・・やっちゃたよ・・・」と、左足が少し腫れてしまった。
明後日の30kmマラソンへのエントリーをしてなくって良かったよ・・・
2005/09/27(火)
明け方は肌寒いくらいの陽気になってきた。
今日は、静岡と法務局に行って来た。
静岡で立ち寄った本屋でI・・・という技術雑誌を購入した。
この別冊付録がイカシテいて、企画は素晴らしい!
ただ、これを書いた人は・・・少し大事なところで大きな思い違いをしているようだ。
・・・って、本当は僕の思い違いだったりして・・・。
2005/09/26(月)
ジョンが亡くなって今日で2ヶ月が過ぎた。
昼過ぎに営業車(ママちゃり)を運転していると電話が鳴った。
胸ポケットから電話を出す時に前輪が段差に乗り衝撃を受けた。
その時、どこかのキーを押したのだろう・・・呼び出し音が消えた。
僕のNOKIAは操作性がイマイチで、普通に使っていても誤操作が多い。
見てくれは「目玉の親父」みたいで気に入っているのだが・・。
この携帯電話を見ていて良く思うことがある。
携帯用のアプリはJavaで作られたものが非常に多い。
やっぱり、この10年ぐらいの間で一番進化したのがJava関連技術だと思う。
マイクロソフトはJavaの仮想マシン技術に対抗(マネ)して.NETというマシンを遅くするためだけの技術を押し付けてきたりして困ったりすることもあるが・・・。
Javaはずっとエンタープライズ用の派手な技術ばかり宣伝されているが、実はこの携帯電話などの用途で使うための軽いJavaが良識あるプログラマ達が期待した本来の形じゃあ無かったっけ?
・・・って、「エライ、エライ」と携帯を誉めてあげて、「クソ携帯め!」と投げ捨てたくなる気持を諫めるのであった・・・
2005/09/25(日)
あっくんと、飯淵(はぶち)不動山のお祭りに行ってきた。
大井川の河口に近い地区にあるここのお不動さんはこの辺ではちょっと有名なのだ。
自転車を置き、境内に入りお参りに行く。
あっくんにお賽銭を渡し、自分もお賽銭を握り・・・お不動さんの本堂には地元のオバ様たちが群がっていたので、僕とあっくんは下の特設ベニヤ賽銭箱にお賽銭を投げ入れる。
そしてお参りしようとしたら、なんと群がっているオバ様の一人がこっちを一生懸命見ている。
しばらくそのまま待っていたがオバ様の目線が変わらないので・・・お参りをするのを止めてしまった。
あっくんは「あれ?」って感じだったけれど・・・
確かに、他人がお参りするところを正面から見てみたい気持はわかるが、ただ群れているだけで仕方なく下でお参りしようとした僕らを上から観察することは無いじゃん・・・なぁ。
屋台のお店で、あっくんに「じゃがバタ」「みずあめ」を買って家に戻る。
にゃみお・・・は、アメリカンショートヘアのバッタ者の元野良猫。
昨日から我が家の面子に入ったが、シャムネコの与作とは全く上手くいかない。
困ったもんだ・・・
2005/09/24(土)
早朝、A氏と太平橋で待ち合わせをしてチャリでツーリングに行く。
・・・が、6:20頃に家を出たら土砂降りの雨が降り出した。
太平橋に着いた頃にはもう全身ずぶぬれ。
かなりペースダウンさせて走ったので4分遅れで到着。
A氏が見当たらないので電話をしてみる・・・5分ほど前の着信記録があったのだが、今度はA氏が電話に出ない。
とりあえず、橋を吉田側に渡り、橋の下の公園で雨宿りをしていないか確認する。
見えないので・・・とりあえず、近くのコンビニでも見に行くか・・・と、焼津方面に戻る。
途中の潰れたコンビニを事務所として利用している建設会社の事務所脇を通ったとき、「おーい!」
振り返るとズブ濡れのA氏が居た。
30分ほど雨宿りしたところで小雨になった。
「せっかくだから・・・」と走ることにする。
御前崎のセンチュリーランのコースをツーリングしようと思ったのだけれど、「とりあえず牧の原に上がって帰ってこよう。」と言う事で走り始める。
榛原から役場前の道を通り、勝間田川沿いを上る。
新幹線の高架をくぐった後、牧の原台地を上り切るまでが一苦労である。
劇坂も何箇所かあり、重いギアがとても辛い。
軽いギアのクランクに換装しようかとも思ったが、高草山を一度だけで良いから今のギアで上れるまで頑張ろうかと思っている。
牧の原まで上がってしまえば後は快適な下りが続く。
今日はA氏が先を引っ張ってくれるので非常に楽に走れる。
どうしても視野の狭さから来る側面恐怖症があるので、普段は一般道を走るのが怖くて仕方ないのである。
地図で確認しながら相良へ下る。
相良へ降りたところで、軽便鉄道軌道跡のトンネルを見学して、ここからは太平洋岸自転車道を使って焼津方面に戻る。
A氏は、慣れない仕事が大変な様でヘロヘロになっていた。
帰りがけに別れる時、「車で送らせましょうか?」と聞いたら、「頑張って帰ります。」と、頑張って帰っていった。
走行距離62.51km、時間3:27、平均速度18.1km、休憩00:10。
家に戻ると玄関先の「にゃみお」が赤い首輪をしていた。
妻が出てきて、「病院に行って来たら虫が居なくなったから家に入れて良いって。」と言う事で、「にゃみお」を家に入れてあげる。
ここから、我が家の先住猫2匹と新参者の戦いが始まった。
怒った蛇の様に「シューシュー」言いながら・・・これから当分続くのだろうな、戦いが・・・
2005/09/23(金) あっくんが気張った!
小学校の運動会があった。
ゆいちゃんが中学生になったので、今年からあっくんだけだ。
ムービーは持たず、ペンタックスだけ持って行く。
午前中はムカデリレーぐらいしかあっくんの見せ場は無い。
あっくん達のグループの番が来た頃には、ライバルチームは1/4周先を走っている。
止めを刺すように・・・いきなりコケル。
・・・・
午前の終了時点であっくんの居る赤組が440点ぐらい、ライバルの青組が540点ぐらいと・・・100点近く差がついて、「あらら・・・」と言った感じ。
しかし、午後に怒涛の巻き返しが始まった・・・・。
午後の競技は赤組が勝ち始めたのである。
・・・練習ではビリだった、あっくんの100m徒競走では、大方の予想を裏切り・・・あっくんはトップでゴール。
あっくんがトップでゴールするところを見たのは・・・あっくんが3才のときの保育園のかけっこ以来だ。
練習でビリだと聞いていたので、ゴールで見るのは忍びないので、スタート直後で応援していたのが本当に悔やまれる。
まぁ、これには妻と共に大いに喜ばせてもらった。
こういう雰囲気だったので、あっくんは最後の出番の組体操では気合が入ってきれいにキメていた。
最後は色別対抗リレーを残すのみだ。
赤組は逆転し10点ほどのリードを奪うまでになった。
リレーも低学年・高学年の各部で赤組が勝ち、大逆転勝利をおさめたのであった。
あっくんが・・・色別対抗リレーに出ていればもっと楽しめただろうけれど・・・、もっとも胃が痛くなるので出ないほうが良かったのかな?・・・
2005/09/22(木)
朝からまじめに仕事を探す。
雨が降りそうだがママチャリで出かける。
しかし、車の免許不要なんてとこは殆ど無い。
派遣でどこかの工場に入るような仕事だと不要になっている。
一度家に戻り、昼飯を食う。
午後は、車で焼津まで送ってもらい静岡へも行く。
帰りがけにかなり遠回りして知人の会社に顔を出しお茶を頂く。
前回顔を出したときには改装中でペンキの臭いが凄かったが、まぶしいくらいに白い部屋に、汚いはげ頭が全く似合わない不思議な空間であった。
「お前さ、無茶だよ、こんな田舎で車を使わない仕事でさ、そこそこのお給料を取ってさ、しかも何時目が見えなくなるかわかんない奴なんかさ、相当妥協しなきゃさ・・・」
・・・と、一気に泡を吹きながらしゃべるツラは昔のままだが、髪の毛の本数だけが月日の流れと余生が短くなったことを悟らせる。
ただ最近の「日○ソフトウエア」の内容についてお粗末過ぎるね・・・と意見が合う。
Webで調べればもっと分かりやすく書いてあるところがいっぱいある。
それでも、お互いの知人がお世話になっているし・・・とやはりお互い何だかだ言って買っている。
車で駅まで送ってもらって焼津に戻る。
焼津駅で妻に電話をし迎えに来てもらう。
その間、僕は足湯につかる。
そのまま、妻と自転車屋さんへ行く。
注文してあったペダルが未だ入荷できていない。
館長が慌てて問屋さんに電話すると「・・・12月初旬の入荷。」だという。
「じゃあ、それまでこれ付けていて・・・」と、お店の在庫を出す。
「良いよ、それ買ってくよ。いくら?注文しているのが来たらかみさんのに付けるから。」
PD-M520 を、叩き売りしてもらった。
明日は、あっくんの運動会である。
2005/09/21(水)
今年の6月頃は身辺がグシャグシャになっていて技術士受験の手続きを忘れていた。
こうやって涼しくなってきて秋を感じる頃が試験のシーズンなのである。
日々を漫然と暮らすのも何なので、11月のTOEIC以降、電気主任技術者、技術士あたりを毎年やっていこうかと思う。
電気主任技術者は一種まであるし、技術士だって一次のあとノルマの経年があって二次試験(筆記+口頭)があるし、分野を変えれば一生受け続けられる。
また、この一年間の受験計画でもたててちまちま勉強しようか?・・・多分、5%ぐらいしか実行しないんだけれどな。
2005/09/19(月)
今日も朝から家族はバドでお出かけ。
与作と遊んだ後、庭に出て芝生の手入れをする。
シャベルを動かすと外猫のにゃみおが絡んできて危ない危ない・・・。
余りに絡んでくるので「にゃみお」と遊ぶことにする。
ゴムボールを転がしてあげると「にゃみお」は一生けんめい追いかけてくれて、見ていて本当に愛らしい。
しかし、「にゃみお」も僕も飽きっぽい奴なのですぐに飽きてしまう。
もう少し外に居てあげよう・・・と、昨日自転車屋さんに増し締めしてもらったヘッドを自分の手で調整してみようと思い、自転車を引っ張り出す。
工具箱を出して、ヘッドスパナを2本出す。
「・・・・」サイズが合わない。
「・・・そうだっけ、この自転車はオールドファッション茶利なのでヘッド小物が小さい(オーバーサイズじゃない)んだっけ・・・」
モンキーは・・・そんなに開かないし。
結局、現在自分が持つ工具では役に立つものが無かった。
13年ほど前にマウンテンバイクを買って乗っていた頃、「みんな気にしてないけれど、実際ほとんどの自転車のヘッドにガタが出ているんだよね。」って今のマックがギアボックスっていう名前で営業していた頃に、マックに聞いたのか、他の誰かに聞いたのか?兎に角ギアボックスでMINOURAのヘッドスパナを買ったのを覚えている。
夕方、リバティーを久々に走る(自転車で・・・)。
先週、高草山で少し鍛えたので足が負荷に対して少し強くなった(ようなきがする)。
やや追い風気味だったので、リバティーの上りは30km/hオーバーのペースで一気に第二東名の橋下まで上る。
おかげで・・・足を使い果たし帰りは少しペースが落ちた。
世間のローディーはもっと速い速度で走っているのだが、世間並みにはなれなくとも、「リバティー 1 のへたれデブ・ローディー」と呼ばれるほどでは無くなったと思う。
2005/09/18(日)
昨日の疲れが思いっきり残る6:00に起きだす。
朝飯を食って、いざ岡部へ・・・
自転車で行くので鍵を持っていかないと・・・・「・・・ん・・・無い・・・・」
鍵をさがすのにロスタイム15分。
6:30に家を出て7:30までに町民センター岡部に行こうと思ったのだが、ちょっとやばい雰囲気になってきた。
あっくんのチェーン錠を借りてやっと出発。
焼津駅近くの五差路で・・・既に7:00をとっくに過ぎて居るので、高草山の下を通る道でなく、焼津インター方面、一国経由で行くことにする。
今日は、やけにケイデンスも上がり30km/hオーバーのペースで走っているのでギリギリ7:30までに間に合いそうである。
役場前7:28・・・やったね・・・って思いつつ、「あれ?何処だっけ・・・」
すかさず交番に行き道を尋ねる。
「・・・ああソウデシタネぇ、ありがとうございました。」
いつもと違う道を通ってきたので、通り沿いのイメージが強かったのだが、一国沿いではなく県道沿いであったっけ・・・
見慣れた場所を曲がって何を考えたか・・・「駐車場にかっとんで行く・・・」「水口さん!」「あれ・・・後ろで呼ぶ声が・・・ああ、馬鹿だなぁ車じゃないから駐車場関係ないじゃん・・・ねぇ」
J1さんとしばし雑談。
僕らの前にはすでに十名ほどの人が居て・・・どうやら、一番のグループは甲府から来た方たちで、僕らより一時間以上早くここに来ていたらしい。
8時近くなると人がかなり増えてきた。
7:30に来ていて本当に良かった。
チケットの販売が定刻9:00に始まり、僕らの番になる。
前の方のやや横の席も空いていたが、迷わず前から4列目のど真ん中の席を買う。
この後は先週のリベンジで高草山ヒルクライムのオプションを考えていたのだが・・・やめた。
先週から鳴り始めたハンドルに片加重をかけるとコキコキ言うのを直すため焼津の自転車屋さんに行くことにした。
昨日の早朝に、この音を無くすため、ハンドル周りの分解清掃グリスアップは行ったが・・・効果なし。
「ヘッドかなぁ・・・でもガタ出ていないし・・・・」
自転車屋さんに行くと、すでに先客が居たので自転車を見ながら館長の手が空くのを待つ。
奥さんが出てきたので、「御前崎センチュリーランの申込書ってさ・・・」「あるあるあるのよ、何枚?水口さん、奥さん、僕ちゃんの3枚?」「いえいえ2枚」
コース図を見ながら奥さんと話をしていると、館長が用事を終えて登場。
「あのね、今ね、岡部に行ってきてさ・・・」・・・'70sフォークの話で少しだけ盛り上がる。
「それでね、ペダルが欲しいのよ・・・」
お店の在庫を探してもらうが・・・在庫なし。
注文することにして、「・・・靴もさ・・・」
特にこれが欲しいという靴もないし、とりあえず館長が在庫を投売りしてくれると言う物を買うことにした。
自転車の異音岡田は・・・ヘッドからの音であった。
ガタは感じていなかったが・・・ヘッドを締めこんだら音が消えてくれた。
僕のヘッド小物はタンゲの製品なのだが・・・初期なじみの問題なのだろうか?
そして、家に戻り、まちづくりの奉仕作業のため公会堂へ行く・・・
井戸のポンプ小屋の屋根の形状変更なのだが・・・午前中で旧屋根を取り去り、午後に新しい屋根の骨格を乗せる。
午後遅くヘロヘロになったころ棟上完了・・・疲れた。
にゃみおは、医者に行ったら耳疥癬がいると言う事で駆除できるまで家に入るのは禁止。
2005/09/17(土)
朝から名古屋へ行って来たがね・・・
僕は涙腺が弱い(泣き虫)ので、目が掃除できて良かった。
名駅(名古屋駅)は僕が徘徊していた頃とは大分変わった。
駅ビルになって、そこに高島屋が入ったり、太閤通りなんていう呼び名になった新幹線口の南にソフマップが出来たり・・・。
昔は、名駅近辺にはめぼしい物など何もなく、新幹線口の方って言うとノリタケカンパニーがあるのと、怖いおじさんたちが居た位のイメージしかない。
最近は・・・空港行きバス停・・・のイメージかなぁ・・・。
2005/09/16(金)
明日は姪の結婚式で名古屋だがね・・・
一昨日ノートPCを整理したときに使われなくて勿体ないファイルが出てきた。
昨年の11月にミズラボ設立用の商号登録の書類や法的に組織化するための定款なんかを色々な人に聞いて作ったのだ。
これを読み返して見ると実に見事に・・・不思議なもので・・・法や慣習に沿った文書作成というのが理解できなくて、苦労して書いた痕がありありと見えてくる。
この時は、家族が趣味に走って(今でもそうだが・・)いて、お父さんの仕事なんかには協力できないし、そんなん知らん!
たのみの綱の○○さんも、どこぞの会社に入るとか言ってその気になってくれない。
あげく、ネタを大手企業に先を越されたりして、結局苦労した割りに全く使わないで終わってしまった書類だ。
あの頃は、仕事をくださいとお願いしてあった方にはお詫びをし、旧い友人から頼まれた仕事を一件そっとこなした(殺す気か?と泣き付かれたので)だけで終わった。
・・・と、足がないことにはどうにもならない身になっているのに、家族に気を使って不便暮らしをしているのもまた変な話だ。
ここでの暮らしは、僕にとって足かせを嵌めて生活している以外の何物でもないのである。
ジョンも居なくなってしまったので、いい加減にオサラバしたいものである。
そういうわけで、この書類一式をお友達にあげる事にする。
にゃみおは、妻が○井川動物病院に電話して「うんちを持ってこなけりゃ駄目!」・・・と言われたのだがウンチが取れずに未だ外猫。
ジョンを初めて医者に連れて行ったときには、検温した体温計の先に付いたウンチを使って顕微鏡で見てもらえたのだが・・・
田舎は本当に色々厳しいのであった・・・
2005/09/15(木)
昔は敬老の日という休日であったような気がするが・・・
朝一番で外に猫のトイレを作ってあげる。
出来上がったところで妻が「にゃみお」を抱えて砂を敷いたトイレに入れてみる。
にゃみおは、可愛いしぐさで砂を掻き、しゃがみ込んでおしっこをする。
「よし!これでトイレを覚えた。」
ナカナカにゃみおは優秀な奴である。
ギョウチュウ検査、ワクチン注射・・・と色々してあげないとイケナイなぁ・・・
まぁ、妻が連れて行くのだが・・・。
2005/09/14(水)
朝、妻の運転する車で菊川へ行く。
菊川で午前中いっぱいを使ってしまったので、午後一番にある島田での用のために、島田駅前に捨てていってもらう。
用事を済ませた後、帰りは電車→バスで家に戻る。
ここのところ、家の玄関先にアメリカンショートヘアの可愛い猫が住みついている。
家で飼ってあげたいのだが、うちには猫が2つ居て、シャム猫の与作さん何ぞは非常に心が狭くとても家の中で飼えそうにない。
何せ網戸越しに喧嘩ばかりしているのだから・・・
夕暮れ時に外を見ていると、その猫が「行ってはいけない家」の庭に行った。
妻に何をしに行ったか見てきてもらうと、小用を足しに行っていたようである。
・・・これはイケナイ・・・彼の命の危機である。
妻に「うちの庭にこいつのトイレ作ってあげるから砂とレンガを買って来い!」とお願いした。
明日は朝いちばんで野良猫のトイレを庭に作ろうかと思う。
ノートPCも、半年以上内部の掃除をしないで使っていたので大分動きが遅くなってきた。
再インストールすると・・・速い速い・・・、XPの大きなパッチを当てながら確認していくと・・・やっぱりSP2のパッチあたりでガクンと使用感が落ちた。
結局、最終パッチあたりまで来ると、再インストール前の速度にほぼ戻ってしまった。
OSしか入れない状態でこれなのだから・・・マイクロソフトってひどい会社だな。
常用しているFirefoxやThunderbirdは何も変化なし。
ただIEの起動だけはかなり改善された。
IEのはスパイが相当潜んでいたのだろう。
今回のデスクトップは・・・ゴミ箱だけにした。
2005/09/11(日)
今朝は昨日のリベンジ・・・と言うことで、高草山へ。
今日は石脇から上がったのだが、昨日以下の距離でリタイア。
上まで行く気にならないので花沢の里の方に降りて、焼津港へ行く。
焼津港では八丁櫓の練習をしていたのでしばらく見学する。
そのまま新港、小川、そこから堤防道路へ出る。
堤防道路は台風の後、砂が溜まってしまって非常に走りにくくなっていた。
家に戻り、そのまま妻と選挙に行く。
ナチスの候補者と、宗教団体の党へ投票する。
今回の選挙は、ジャスコの政党が余りにふがいない国会での対応をとったので僕は初めて与党とやらに投票した。
しかし・・・今日は9.11なのだ。
2005/09/10(土)
与作が余りにうるさく鳴くので結構早起きをしてしまった。
ジョギングで10k程走ろうかと空模様を見ると、幸いなことに曇り空だったので自転車で高草山を登ることにした。
一度も足を付かずに上まで上がったことが無いのである。
水を持って、おにぎりを作ってもらって、今日こそは・・・と根性を入れて出かける。
いつもは三輪の方から上がるのだが、今日は表(日本坂)から上る。
花沢の里への道では無く、一番東側のルート(あたり前か・・・)をものすごく一生懸命上らせていただいた。
曇ってはいたが、湿気が多くて汗だくになってとても辛い。
しかし、やっぱりキツ過ぎだ、笛吹段公園の石碑裏でとうとう自転車から降りてしまった。
足は三本ともダメだし、腰は痛いし・・・たまらん。
このまま、体の動きを止めてしまうと本当に固まってしまうので、頑張ってそのまま歩く。
しばらく歩くと、体がほぐれてきたので、また頂上を目指して自転車に乗る。
2度ほどそんな根性無しを繰り返し、何とか上まで来た。
ここで、止せばいいものを「三輪の大畑さん処へ下ろう。」と三輪を目指す。
下っては上り・・・山を横に移動し、さあ下りだ!・・・というところでまた馬鹿の囁き「知らない道を通ってみよう、どうせ下ってんだろうから・・・」とわき道へそれる。
しばらく激坂を下ると、枯葉、枯れ枝に覆われたひどい道になってしまった、木に覆われて真っ暗でとっても寂しい道だ。
そんなところへ来て、激坂上り・・・「ありゃ・・・」。
産まれてこの方、悪いことばかりしてきているのでばちが、バチバチ当たるのである。
かなりの距離を格闘した後、ようやく見覚えのある道路に出てきた。
利かないブレーキ(ちょっと前に、雨の中を牧の原台地から平地へ降りてくる勝間田の坂で加水分解して減りまくったパッド)を一生懸命引きながら下る。
手が痛くて泣きそうになった頃、やっと民家が見えてきた。
降りたところの信号の手前で水分を補給する。
またここで馬鹿のささやきが・・・「この道真っ直ぐ行ったことがないな・・・」
先に抜けて朝比奈川沿いの堤防道路を走る予定が・・・道が無い。
結局、その辺をぐるぐる廻りながら朝比奈川へ抜ける道をさがす羽目に・・・。
その後も、呆れる程の馬鹿はけっこう苦労しながらわき道からわき道・・・行ったりきたりしながら家に戻ったら11:00であった。
「・・・朝メシ前に戻ろうと思ったのに、昼飯前か・・・」
シャワーで汗を流し、すっきりしたところでビールを飲んで幸せな一日を送ったのである。
明日の朝、リベンジに行くかな・・・。←馬鹿
午後、妻の運転する車でチャリ屋へ注文しておいた品を取りに行く。
・・・珍しく、GIOSのバイクが置いてあった。
カンターレというモデルで10万円ぐらいのフラットバーのロードだ。
なんか、GIOSというだけで、渋く感じてしまうのだが、'80sの頃のイタコンのせいか・・・。
三輪方面を望むピークから↓
2005/09/09(金) LIVE IN THE HEART OF THE CITY
ものすごく久し振り(20年振りぐらい)にホワイトスネイクのLIVEを聴いた。
このアルバムは、忘れもしない1981年にバンドのメンバーで高速道路下の古い民家で暮らしてた頃(北海道で1979年頃こういう暮らしをしていた安全地帯を真似たのだが・・)に、愛曲楽器新瑞橋店で輸入版を1,000円ぐらいで買ったのだ。
LPレコードは今も屋根裏にあるのだが・・・今の環境では聴けない。
ずっと聴きたくていたのだが、アマゾンで1,516円で出ているのを発見して買った。
アマゾンは最近とっても偉くなって、過去の注文した本やCDから顧客の好みを予想してお勧め品をWebで各人別に案内するのだ。
従って、僕のアマゾンWebページは「デルトラクエスト」や、「儲けるものづくり・・・」や、「改定 JAVA・・・」だったり「レスポールの・・・」だったりするのだ。
届いたCDをみて、よく再販しているな・・・と、こいつも輸入版だ。
最近の輸入版はケースがフィルムに入っていない。
昔、LPを買うときに確認のためジャケットからレコードを出して傷の有無を確認したり、レコードの円盤の真ん中のデザインを見たり、反りは無いかとか見てから買った(俺だけ?)のだが、CDになってからはフィルムに包まれているのでそれが出来なくなった。
しかし、最近は輸入版は見ることができるのだ。
ここのところ、こういった買い直しが多くて、昔一生懸命におこずかいを貯めてLPを買っていた自分が可哀そうでならない。
CDで聴くこのLIVEは・・・昔の輸入版のノイジーなシャラシャラ音が無くクリアなので非常に下手に聞こえてしまう。
デビッドカバーデール、イアンペイス、ジョンロード他(他の中にもミッキームーディーとかいるが・・)の素晴らしいメンツのライブなのだが・・・
きっと、僕の頭の中でこのライブアルバムは美化されすぎてしまったんだろう。
このアルバムのオープニングのビロビロビロビロビ〜んギャーんギィーんグァ〜んっジャ〜ん・・・という始まり方は僕等もパクッて使っていた。
今想えば・・・このアルバムの曲は殆どが僕等のバンドのレパートリーであった。
僕のギターが下手なためにギターは一人でWhiteSnakeの美しいツインリードギターの再現は出来なかったが・・・
しかし、粗はあっても、今聴いても・・・とってもイカしているなぁ。
あの頃は、WhiteSnake=カバーデールのバンドで、カバーデール=青い・・・という雰囲気があって、WhiteSnakeが好きですとか、コピーしてます、とか、間違っても「目指しています!」なんていったら、サンマのカケフのケツバットを食らっていただろう時代であった。
確かに、ロバート・プラントやイアン・ギランに比べるとこの頃のカバ君はとってもマダマダなのだから仕方ないが。
従って、ブリティッシュ・ヘビメタのバンドでパープルとかやってます・・・ということになっていた。
当然パープルの曲もやっていたし、別にフォークのバンドもあったりして色々なジャンルをなめまわしていて、とても節操が無いのであった。
もっとも、僕の声質がこの手の音楽には不似合だと・・・(僕はロッドスチュワートが好きなのだ)思っていて、人生をかけるまでのめり込まなかった。
今、カラオケに行ってこういう歌(パープルが多いが)を唄って、本気になると・・・何かすごいなぁ・・・って思う事も・・しばしば。
きっと、太ったぶん首が太くなった、声帯に脂肪がついて滑らかになった、肉がついた分顔の体積・質量が増えて響き方が変わった、等、色々条件的に唄うのに向いてきたのだろうな。
最近のミュージックシーンには昔みたいにすごいギタリストがゴロゴロ出てきたりしないのである。
たまに観る機会もあるのだが、みんな俺より下手?って思うくらい下手なのにTVにでて下手なギターを弾いている。
なんせ、ゲームとPCで家での暇は潰せるし・・・ギターなんて弾く気も起きないだろう・・・と言うことは息子をみていて思う。
あと20年もするとギタリスト不在の時代が来るだろうな・・・
昨晩は・・・寝てからケータイに電話があり、呼び出し音のZEPのWhole Lotta Loveで起こされる。
某社の方からの電話で、「深夜にごめんなさい!メール見てくれました?・・・ ・・・すみません。」ということで、全てを悟った。
やっぱり、組み込みのソフト開発を社外に持ち出すことは無理があった様だ。
当然、デバッグ段階になると開発中の実機が要るし・・・社内でOKが出なかったようだ。
でも、この前ハード図面を見て製作中の回路のバスのつなぎ方が間違っていたの見つけたの俺だぞ・・・
・・・仕事にあぶれた・・・
・・・が、この会社はそういう意味ではものすごく健全な会社だと思うことにしてヨシとする。
2005/09/05(月) スパムメール
利害関係者・・・というか、特別な用途で使っていた某LD社のMAILアカウントにもスパム君が昨日から来始めた。
ここは、でかいMAILを送ったり、ファイルをFTPでやり取りしたりとヘビーな環境で使っているところで、しかもLinux環境からしかアクセスしていない。
とても神聖な場所が荒らされたみたいで気分が悪い。
hotmailは、ほとんどスパムしか来ないが、クズ用のアカウントなので仕方ない。
Yahooは、殆ど使わないのでスパムも来ない。
このHPに書かれている普段用途のアカウントは90%がスパム。
mizu-laboメールは30%くらいがスパム。
僕の裏の顔用のLDアカウントになんでスパムメールが来るのだろう・・・
夜、トシさんが来た。
ひと夏を過ごした頭頂は、しっかり日焼けして黒くなっていた。
「このほうが、ハ○が目立たなくていいよね。」って言わなかったけど・・・
2005/09/04(日)
昨日のコンサートでギターの青山徹が居なかったので・・・ものすごく気になってのでWebで調べてみた。
・・・なんか、活動していないみたいだ。
拓郎のギターは青山徹じゃないと全然駄目!って昨日確信した。
何故なら「落陽」は、青山徹がギターを弾くイントロだけで観客は鳥肌が立ってしまうのだ。
僕は、'79〜'85まで青山徹のギターを生で沢山聴いた。
どうしても来年のつま恋では青山徹のブルーの三日月ギターの音を聴きたい。
彼のギターは河合楽器のMoonSaultというエレキギターだった。
今でも河合楽器で買えるのかな?僕も一度弾いたことがある。
スイッチがいっぱい付いたトラ目のすげー奴だったよ。
昨日のコンサートでは(忘れないうちに)、
恋唄、春だったね、今日までそして明日から、Just a Ronin、いつも見ていたヒロシマ、リンゴ、君が好き、唇をかみしめて、ハートブレイクマンション・・・
この先が結構曖昧なのだが、遥かなる、流星、Y、線香花火、家へ帰ろう・・・辺りが前半。
夏休み を拓郎抜きで唄って、花の店、虹の魚、時には蠍の様に、全部抱きしめて(を皆で踊って)今度はいったい何度目の引越しになるんだろう?、大阪行きは何番ホーム、人生を語らず。
アンコールは、パラレル、落陽。
・・・と、24か25曲ぐらいを演った。
とても良いコンサートであったと思うのだが、この方ぐらいになると「神様」みたいに思っている信者の人も居て(伊勢正三でもそうだから・・・)ちょっと気をつけないと、僕みたいな熱烈な信者でないオーディエンスは叩かれてしまう。
とにかく、善良そうな顔をした恐ろしい人たちが居ることを忘れないでおきたいなぁ・・・と、心得その一を思い出した次第です。
そして、僕は拓郎の人間性に惚れた訳でなく(知らない人だし・・・)あくまでも楽曲が好きなだけだと、やけに褪めた目で見ていたりもするのであった。
朝、ちょうど5:00に与作に起こされた。
この時間ならチャリでリバティーに行ってきても防災訓練に間に合う・・・な〜、と思ったが、お腹が痛い。
仕方なく、今日は止めにした。
2005/09/03(土)
朝は早起きをしてリバティーをチャリで走る。
最近、少しだけ昔より自分のレベルが上がったことを認識する。
そろそろケイデンスの計測やら心拍数の管理やら数字で自分のレベルを知りたくなってきた。
アマゾンから注文しておいた本が何冊か届く。
最近のアマゾンは1500円以上買うと送料が無料だ。
アホクサくて静岡まで本を買いに出かける気にもならない。
午後・・・拓郎のコンサートを観に妻の運転する車でつま恋へ行く。
東名で菊川まで行き、そこからつま恋の北ゲートはすぐである。
つま恋は掛川と言っても菊川との境にある。
つま恋でコンサートを観るのは'85の拓郎のONE LAST NIGHT in つま恋以来だ。
今回はエキジビションホールという体育館みたい(昔BANDでつま恋に来たときバスケをやって遊んだ事がある)なところで行われる。
会場に入る前にテニスのセンターコート脇の芝生の上のテントでパンフレットを買う。
脇のテントを見ると・・・僕の眼を思いっきり引き付ける物が・・・
懐かしい・・・POPCONのTシャツである。
昔、参加賞で貰ってきていた覚えがある・・・が、良く考えてみると参加賞でTシャツを配るほど当時は豊かではなかったので、コンテストの賞品で貰ったのかも知れない。
当時はLサイズでもブカブカだったが、今回はXLサイズだ。
ポプコンというと、小坂明子、中島みゆき、冠二郎、庄野真代、八神純子、渡辺真知子、ツイスト、長渕剛、チャゲ&飛鳥、クリキン等の面々や、アラジン、あみんの様に僕の横をすっと抜けて出て行った(・・・と、当時の僕は本気でそう思っていた)人たち等を輩出したコンテストだ。
僕も2回ほどつま恋本選会は観に来ているのであった。
その本選会の会場はここなのであった・・・
体育館みたいなとこ・・・なんて馬鹿にしちゃいけない、アマチュア音楽家の殿堂なのである。
ここを勝ち抜くと、次は武道館で行われる世界歌謡祭なのである。
客層は、殆どが僕より一回り以上お歳が上の世代ばかりだ。
夫婦連れが非常に目立つ。
きっと彼等は、拓郎と同時期に青春時代を通り、お互い共鳴しあうものがあるのだろう。
僕は、彼等のずっと後を生きてきている。
その節々で、拓郎の過去歌に引きずり込まれて、そして拓郎の唄が好きになっていった。
僕にとっては偉大なるお兄さんなのである。
コンサートはPM5:30に開演し、8:20頃まで続いた。
バックの瀬尾一三さんのビッググループには、昔の拓郎のツアーによく居た、松任谷正隆や鈴木茂、青山徹等が居なくて物凄く寂しいが、確かに年寄りには大変かもしれない。
なんせ、来年はつま恋の野外で・・・しかも昼間にかぐや姫とやってくれると言っていた。
ただ、9.23らしい。
台風シーズンなのだ・・・。
今度の正月飾りは「てるてるボウズ」にしようと思う。
本当は真夜中の野外で「アジアの片隅で・・・」って唄いたいのだが・・・
2005/09/02(金)
大分秋っぽくなった。
アメリカのハリケーン被害を見ていると、僕の田舎の水害の話を思い出す。
しかし・・・防波堤があんなに壊れてしまうなんてね。
きっと住んでいた人たちは想像もつかなかったことだろうと思う。
それに、死体となってプカプカ浮いてしまった人たちは、さぞ避難しなかった事を悔いたに違いない。
僕は、この先避難勧告されたら、ためらい無く「従う」。
それにしても、生きている人たちを早く助けてあげて、死んでしまった方たちを弔ってあげてほしい。
数千人の人生がピタッっと、終えてしまうなんて・・・恐ろしいことだ。
そして、治安の悪化・・・
この天災は、アメリカの政権にとってトドメになるのかな?
信じられないことなのだが、これは現在進行形のリアル事故?なのだ。
2ヶ月ぶりぐらいに、また磐田の変な会社の人から電話が来た。
「いい加減にしてくれ!、僕はその会社のセンサを確かに20年ぐらい前に使った事はある。
僕はユーザーとして使ったんだ。
そしたら、仕様の性能が出なくてアイデアを出して改造させたことがある。
そのあと・・・<中略>・・・そんな個人に何であんたは仕事を頼むのだ?・・・<略>」
全く変な人が居るものである。
僕は儒広岩田のファンでなくて本当に良かった・・・
一応・・・昔のノート類をみると、確かに細かく改造方法の指示を出してある。
「全く、ユニークな発想であるなぁ・・・」と我ながら感心した。
そして記録を元にWebで調べてみると、確かにその会社の住所は今やビルになっていて、もうその会社の事は何処にも出て来ない。
センサの事も全く手がかりも見つからない。
完全に世の中から消えてしまったようだ。
現在、その性能を出せるセンサも存在しないみたいだし(やっぱり無理があったのか?)・・・
確かに、品質保証担当者としては、使えなくなった、メーカーが存在しない、リプレースするにも代替が無い・・・と言うことで、藁にもすがる思いで電話してきているのだろうけれど・・・
でも、僕は藁にすらならないのであった。
J1さんから楽しみなお知らせMAILが入ってきていた。
11月が楽しみである。
明日の夜はつま恋で拓郎のコンサートだ。
席はB-1,2、もしかして前から2番目の真ん中?かなぁ。
思い起こせば・・・拓郎を観るのは、85年のつま恋のオールナイト以来である。
あさっては防災訓練があるし、明日の朝は早起きして自転車でリバティーへ行かなきゃ・・・
しかし与作は↓こまる・・・