2005/08/28(日)
夕方あっくんとチャリで大井川リバティーを走る。
あっくんは妻のロードを借りて行く。
大分あっくんはこの自転車に慣れてきて、最近は見ていて危なげない(僕が見慣れたせいか・・・)。
出かける時には「途中までしか行けないよ・・・」と言っていたあっくんだが、走り始めたら結構飛ばして、結局終点まで行ってしまった。
日暮れ前までに何とか家に戻れた。
家に戻りあっくんに「シャワーに入ろうか?」「いいよ、汗かいてないし・・・」。
40k以上を走ってきて言うセリフだろうか?
最近の本屋さんではちょっとした異変が(客サイドから)起きている。
多分、小売対卸なのか出版社の力関係なのか知らないが、本屋さんの文庫コーナーから消えつつあるものがある。
1.小学館文庫
僕の読む本の5%弱くらいはここの出版社の本である。
しかし、最近は本屋さんで余り置いてない。
どんどん減っていくのである。
新刊も入れてもらえないし・・・
うちの近所だけでなく、静岡の戸田や江崎、谷島屋でもそうなのだ。
特に江崎、なんかでは5冊ぐらいしか無い。
斉藤政喜(シェルパ斉藤)の新刊が読みたかったのだが、アマゾンで買うしかないか・・・
2.笊カ庫
これも、一時マニアック本で本屋の棚に大分並んだのだが・・・最近は置いてない本屋が多い。
ここの探し物も、アマゾンだ。
本屋の棚は限られたエリアなので当然食い合いがあるのだろうが、せめて僕の読みたい本ぐらい置いてくれればいいのに・・・と勝手な事を思うのだが・・・
最近の購入比率の特徴は、雑誌は本屋で、単行本の新刊はアマゾンで、他はブックオフだ。
アマゾンで本を買う時は、自分が欲しい内容の本なのかどうか解からないので一発勝負である。
過去に何度も外しているからな・・・
2005/08/27(土)
朝、菊川に用事があった。
妻は諏訪へ子供達を迎えに行く事になっていたので、MPVにチャリを積んで菊川に捨てていってもらう。
菊川からの帰りは、ものすごく遠回りになるのだが、県道37号沿いに下り、浜岡まで出る。
R150を走り、御前崎から榛原までは自転車専用道路を流す。
そして、吉田町内を橋って太平橋を渡り家に戻る。
その後、電車で静岡へ出る。
選挙の準備に各方面大変急がしそうである。
静岡駅のホームでスーツを着た沢山の人たち(集団)に遭遇する。
このクソ暑い時期に、しかも子供の夏休み終盤に創価学会の一般信者の人たちも良い迷惑であろうなぁ・・・と思う。
今回の選挙・・・今後どのような展開をみせるのか?興味津々である。
現状は現与党が優勢の様だが、いつ、誰が、スキャンダルな爆弾を投げ込むのか?
夕方、自転車に後ろのリフレクターとベルを装着。
せっかくロードを買ったんで裸の自転車に乗ろうと思っていたが、自分が車に乗らなくなったので長距離移動用途も考え・・・思い切って付けた。
これに泥除けを付けたりしたら、今は亡きスポルティーフというモデルのようになってしまう。
夜、まちづくりの「花いっぱいコンテスト」の打ち合わせにPM8:00頃出かけた。
打ち合わせ場所の公会堂へ行くと・・・「まちづくりの打ち合わせはバーベキューをやりながらに変更になった・・・タワーのところです。ゴメンナサイ」と、ポカ〜ン。
バーベキューの場所へ行くと・・・すでにみんな出来上がっている。
打ち合わせは3分。
後はまた飲むのである・・・。
写真:太平洋岸自転車道は駿遠軽便鉄道軌道跡を多く通る
2005/08/26(金)
今日はジョンの月の命日であった。
この一月は長かったなぁ・・・
夜、妻と遊輪館(自転車屋)に行った。
館長がこれが面白いとDVDを見せてくれたので、しばし見入る。
その後、ちょっと小物を買って、ちょっとだけ注文をして来た。
お店でブラブラしていたら先日一緒に飲んだHサキさんがちょっと赤い顔をして来た。
「やあ、元気ですか?」「・・・その後、仕事の方はどう?」「いやはやいやはや・・・ははは」と世間話をして、「あさってさ、河口湖へ行くんだけれど一緒にどう?」とツーリングに誘われる。
しかし、まだ僕には皆と走れるほどの脚力が無い・・・という感じで辞退させてもらった。
イモな仲間が居れば一緒に行けるだろうけれど、ちょっと未だ自信が無いな・・・
「9月の第3週は?今度は泊まりだよ。」
おお、泊まりなら何とか行けるかな?って思ってたら、妻が横から「結婚式があるよ・・・」とNG出し。
姪の結婚式があったんだっけ・・・
「もうじきT中も来るけれど・・・」と名残惜しんでくれるHサキさんを置いて帰ってきた。
遊輪館はレイアウト変更をしたので、お店の中が広々して気持良い。
ただ、僕はもうちょとごちゃごちゃしている方が好きなのだが・・・
2005/08/25(木)
台風は少し進路がズレて伊豆の方に行ってしまった。
それにしても、激しい風が吹いた。
我が家にも被害があり、2Fのよしずが一枚だめになってしまった。
巻き上げてあったのだが・・・・
最近の組み込み系のプログラマはマイコンチップのことを知らずにコーディングしているらしい。
台風の風が吹き荒れる少し前まで静岡に居て最近のプログラマのそんな話しを聞いていた。
「・・・」何とも言えないくらい変な気分。
普通はマイコンのアーキティクチャから入るのが正しいと思うのだが・・・
いくら最近はCでコーディングするからって、ハードを知らずにROMに書き込むプログラムが書けるとは理解できない。
この業界も日本でやる価値の無い仕事をしているのかな?
2005/08/21(日)
昨日の粟ヶ岳の疲れがめいっぱい残っていた。
とりあえず、自治会の運動会へ出かける。
雨のため、東小学校の体育館で規模を縮小して実施。
僕は、裏方に専念し、競技には出ないで場をごまかす。
昼から飲んで飲んで・・・今日も沢山お酒を飲んだ。
昨日は途中で雨に降られたり、苔のはえた雨上がりで濡れている路面を走ったりしたので自転車が汚れてしまった。
先週に続いて・・・洗車。
僕のチャリのフレームはクロモリなので、貰いさびでフレームを錆びさせたくない・・・
しかし・・・パーツが本当にチープな奴が付いていて・・・なんせブレーキがテクトロなのである。
やっぱりこのクラスになるとネジ類のめっき品質が悪く早速さびて来ている。
それに、ブレーキが利かないロードに・・・さらに利かないテクトロブレーキでは・・・要交換。
次が、スプロケットとチェーン。
これはシマノの製品だが・・・このクラスの物は、ちゃんと表面処理してあるのかな?って言うくらい仕上げがひどい。
お店に行って、このクラスの物と、デュラ、アルテグラという上位機種と比べると明らかに仕上げが違う。
だけど、シマノの仕事だから、いくら最高級機種とはいえきっとスプロケットを組んでからメッキしているんだろうけれど・・・
シマノの仕事・・・で思い出したが、むかし”田宮模型の仕事”という本を泥りんに教えられて読んだことがある。
この本は、前に少し行っていた吉田の会社のある取締役の方にゼヒ読んでもらいたい内容の本であったなぁ・・・
2005/08/20(土)
粟ヶ岳に行ってきた。
行きは掛川から。
金井場の水車のある酒屋で水の補給をして、倉真川沿いにひたすら上る。
倉真温泉を過ぎ、激坂の先に短いトンネルがある。
この先には殆ど何も無い。
途中、滝入り口の道標が出てきた・・・「ここかな?」って思いつつ、粟ヶ岳って書いてないので無視。
・・・行き過ぎたか・・・と思うほど激坂を上ると、ヘアピンのピークから山へ行く道があった。
「←粟ヶ岳」と書かれた道へ入ると直ぐに"松葉簡易上水”のタンクが見える。
この先は、落石だらけの悪路で、落石を踏んでパンクしないように本当に気を使う。
景色に見とれながら、緩やかなアップダウンを繰り返すと粟ヶ岳へ上る本道と合流する。
ここから頂上までは本当に辛い(高草を三輪から上るくらいつらい・・・でも距離が無いので頑張れる)。
駐車場を2つパスして頂上売店へ・・・「やっと飯が食える・・・丁度ひるだし・・・」
何やら貼紙が・・・「断水のため休業」・・・
途方にくれていると、売店の中からおばさんが出てくる。
「ごめんね、雷でねポンプが駄目になって水が来ないのよ。缶入りの飲料水かカキ氷だったらあるけど・・・」
迷わず「イチゴミルク」のカキ氷を食す。
置いてあったノートに記帳し、下山。
帰りは金谷方面へ下りることにする。
本通りから裏通りへ・・・100回目くらい落石を踏んだところで・・・「パンクだ!」
やっぱり物には限度ってもんがある・・・。
山へ入ってきたヘアピンを上に上り・・・金谷へ。
ここから、金谷の大代川沿いへ出るまでの道は救いようが無いくらいの悪路だ。
何週間も車が通ったことが無いんじゃないか・・・って言うくらい落石だらけで、道にはコケがはえて、よくすべる。
谷川へ落ちたら、即死しなくても、誰も助けてくれないだろうから死ぬのは間違いない。
この道を通るのは苦痛以外の何物でもない・・・
結論、掛川から上るのなら○。
こっちからなら、表通りを上がる脚力が無ければ×。
本日の走行距離93.8km
2005/08/19(金)
昔は今みたいに電子回路のHow to 本の良い奴が無かったので自分で"技術Note"というものを大学ノートで作っていた。
このノートは既に数十人の人間にコピーされていて、その内の一部は未だに活用されているらしい。
ただ、このノートを書いたのが24歳の頃だったので既に内容的に古い部分が多々ある。
ここ最近、この20年のギャップを埋めるために、新たにノートに書き込みをしたりなんかしている。
あの頃は、ロジックICもHCシリーズがやっと揃ったばかりの頃で、ノイズに弱いデバイスが対策されつつある頃で、良く先輩のエンジニアから「お前のこのICの使い方じゃあラッチアップするぞ!」って良く怒られたものである。
不思議なことに、あれほど半田ごてを抱えて回路の試作をやってばかりいた自分は、今日まで一度もラッチアップでICを壊したことが無い。
話がそれた・・・例えばこの標準ロジックICは、CMOSのHCはACやらBC、低電圧のLCX、LVX。
TTLはLSからAS、ALS、F−TTLと進化し、他には最高速ファミリのECLなんていうシリーズまで出ている。
既に最先端の範疇から大きく外れた自分が、ECLなんかを使って回路設計をすることなんか有り得ないのでどうでもいいか・・・なんて事は絶対に無くて、やっぱり世の中で一般化しつつあることは知っておかなければいけない。
・・・と、言うよりも知っておきたい。
何故なら、ECLは使い方が今までの常識の範囲外なので、僕には今すぐ簡単に設計できない・・・ということぐらい知らなきゃあまずい。
それ以前に、すごく基本的な用語なんかを忘れてしまっているので、やっぱり何か簡単に書いてあるノートがほしい。
例えば、ノートに書かれている内容から下記のような表も作れる。
さらりと半導体について説明してある表である。
| 分類 |
不純物 |
価電子数 |
呼び名 |
動き |
| n形 |
砒素(As) りん(P) アンチモン(Sb) |
5 |
ドナー |
@価電子があまる。
Aあまった価電子は自由電子になる。
B自由電子がキャリアとなって電流が流れる。
|
| p形 |
インジウム(In) ガリウム(Ga) アルミニウム(Al) |
3 |
アクセプタ |
@価電子が不足する。
Aそれは正孔である。
B正孔がキャリアとなって電流が流れる。
|
注) 上記内容が合っている・・・という保証はどこにもない。
ようするに、2005年改訂版技術ノートを作るぞ!ということ。
明日は、早起きして粟ヶ岳だ!(ルートは行きながら決める)
2005/08/18(木)
今度の日曜日は、町内会の運動会なのである。
チャリで粟ヶ岳に行こう・・・行こう・・・と、思い続けて、約半月。
土曜日に行こうかと思う。
ただ、ルートが良く判らなくて悩んでしまう。
地図でみると、掛川から山の西側を迂回しながら登るのが一番楽そうである。
しかし、掛川に行くのは・・・それだけで充分である。
何せ、菊川へ行ったときに(相良から上った)は、もうそこまででイッパイイッパイだったから。
旧R01の金谷の峠もへたれにはキツイし・・・
2005/08/17(水)
サッカーのW杯予選は非常に面白かった。
アレックスの豪快なシュート(決まらなかったけれど)って本当に久し振りに見た気がする。
ただ、昔みたいに彼のファンではないので「決めろよ!」と怒っていた自分がいた。
2005/08/16(火)
朝ごはんを食べた後、ジョンのおまいりに家族で出かけてきた。
帰りがけに、カーマホームセンターへ行き、”よしず”を買う。
階段の吹き抜けの窓の目隠しに使うためだ。
8月のあたまの頃は殺人的に蒸し暑かった。
あのバンコクの暑さを彷彿とさせる不快指数の高い暑さだ。
(南国の暑さはからっとしていて、日本の蒸し暑さだけが特別だ・・・なんていう人が居るが、そんな事はない。それはリゾート地との比較での話だ。)
その暑さもひと段落し、風が通るようになってきたのだが、玄関から階段にかけて熱気がこもるのである。
猫がいない頃は、玄関を開け放して生活していたしのだ(ジョンは勝手に近所の家に遊びに行っていたし)が・・・
これで、少うし家の中が涼しくなりそうだ。
夜は、送り火代わりに子供に花火をしてもらう。
来年はちゃんとジョンのお盆様をしようと思う。
2005/08/15(月)
昨晩は結局・・・夜になって、まちづくりでいつも一緒にやっている人たちが集まって”焼津の花火を裏から観る会”というバーベキューの飲み会に行ってしまい、今朝は二日酔いでヘロヘロになっていて・・・粟ヶ岳には行けなかった。
・・・結局、僕は薄暗い野外のために、良く見えないのでヒタスラ焼酎を飲んでいたのである。
そういえば、花火なんか全く観なかったっけ・・・
何か、ちょっと前の出来事で、がぜんプログラマ意識が高まってきてしまった。
こういう自分の実力の誤認をしている時期が一番危険なのである。
今日は浜で”トーロン”が行われた。
大井川町は・・・どうしようもない田舎で何もない。
松林の草刈や、川の土手の草刈、高い固定資産税・・・と、何にもいいことが無いまちだ。
・・・と言うのが、正しい大井川町の評価だと思うが、それじゃあ余んまりだ・・・と言う行政の旗振りのもと、昔のお盆の行事”灯篭(とうろん)”を復活させた。
ナンデモ、「月の砂漠」という童謡の作詞者の、加藤まさをさんが藤枝かどこかで育った方で、この童謡のイメージは彼がガキの頃遊んだこの大井川町の浜をイメージして創作されたものだ。
と、最近になって言い出した人が居て、「月の沙漠プロジェクト]が発足し、活動をしている。
しかし、古くは、千葉県の御宿海岸で想を得たものといわれていて、1969年(昭和44年)には、御宿にある砂丘に「月の沙漠記念像」が建てられているらしい。
しかし・・・海岸でアルト歌手の塩沢さんの歌声を聴いていて・・・PAがヘボくて'50sの音楽のようで・・・気持ちよかったなぁ。
そして、日が沈み、月明かりの中、トーロンに松明が投げ込まれ、燃え上がっていく様は、何とも幻想的で素晴らしいものだと感じた。
そして、何より、i上さんに頂いたアサヒドライがとっても美味かったのである。
2005/08/14(日)
FA屋さんも今日までで改造仕事が終わりで「T橋に戻ります。」と2時ごろ電話をもらった。
僕がバグ取りを手伝った件以外に、色々改造仕事があったみたいで大変疲れたお盆のようだ。
あの、大手PLCメーカ(日本だけだけれど・・・)が今まで売りまくったAというシリーズを廃盤にするらしくて、Qというシリーズに移行するらしい。
また、これが曲者で、A用の開発ツール類(バカ高い)も使えなくなるらしくて・・・NECがPC98をやめた時の様なことをやっているらしい。
もっとも、このブランドは車だけでなく、インバータも燃えたりするので嫌いになっていたのだが・・・
・・・で、何だか良く判らないがシーケンサを丸ごとA→Qへのリプレースする仕事もあったらしい。
FA屋がぼやくのは・・・「Aは仕切りが○掛けで、Qは△掛けなんですよ、お客さんに請求するのはどちらも定価のQ掛けぐらいなので・・・単純にうちの利が減るだけでね・・・」
・・・と、ボヤクボヤク・・・
僕の嫌いなこのシーケン○の世界は、日本独特のFA文化で世界的には余んまり通用しないのである。
世界標準はあくまでもSIEMENSのPLCであり、海外進出をする企業はここの製品を使ってあげるのが、現地調達を考えるとベターなのである。
・・・と、盆・暮れ正月・GWに一年の何割かの収入をボッタクリ価格で荒稼ぎするFA屋なのであった・・・。
明日は早起きして粟ヶ岳にでも上りに行こうか?何て考えている。
先日、A氏は下見に行った様なのだが、地図を見ていると粟ヶ岳へのルート取りが難しい。
案@ 最も足に優しいルート
大井川→浜岡→菊川(菊川沿いを登る)→掛川→粟ヶ岳
距離が長すぎ・・・・
案A 一昨日の行きのルート(途中まで)
大井川→相良→牧の原→菊川→掛川→粟ヶ岳
掛川で足が終わってしまう。
案B 一昨日の帰りのルート(途中まで)
大井川→榛原(勝間田)→Wナベ家→菊川→掛川→粟ヶ岳
同上
案C 金谷峠越え1
大井川→金谷→子育て飴→粟ヶ岳
金谷の峠で終わりだな・・・
案D 金谷峠越え2
大井川→金谷→掛川→粟ヶ岳
日坂のトンネルのところって自転車走れるのかな?
僕は・・・多分自転車でトンネル内は走れないけれど、歩道があれば歩ける・・・と思う。
2005/08/13(土)
昨日の早朝はバッタモンのマウンテンバイクを修理したのだが、今朝は昨日の雨でひどい目にあわせてしまったロードレーサーのメンテをする。
錆び取り、グリスアップ、ケミカルで仕上げ・・・ディレイラーの調整・・・といじること3時間。
良い感じに仕上がった。
車用のケミカルで仕上げたので、自転車はピカピカに輝き、全く美しい。
ハチ公(8)が、半月以上も乗られないで埃をかぶっているので、家の近くを一回りしてブレーキディスクの錆を落とし、洗車してあげる。
こいつは、全く乗られていない奴で、とっても不幸な車なのである。
その割りに、駐車場でフェンダーにドアをぶつけられてへこんでいたり、タイヤに穴を開けられたりと、目立つ故に嫌がらせも多々受けて居るのでもある。
今日からお盆である。
我が家では、まだジョンの四十九日が済んでいないので未だ忌中である。
そうは言っても、「待て」・・・で余んまり待たせると「ウォン!ウォン!」と怒るせっかちなジョンのことだから・・・と言う訳でもないが庭で七輪で火をおこし焼肉をしてジョンにお供えした。
2005/08/12(金)
今日は妻と「妖怪大戦争」を観て、あっくんとサトシは「ガシュ」を観てゆいちゃんはエリちゃんと何かを観る・・・と映画を見に行くことになっていた。
朝、あっくんが映画を見た後の待ち合わせのことでぐちゃぐちゃ言い始めた。
要は、「ガシュ」組みは時間を潰さなければならない・・・のである。
じゃあ・・・と言うことで、僕は行くのを止めて、妻もガシュ組みに入ってもらうということで納得してもらう。
みんなが出かけた頃、県外のFA屋さんから電話が入る。
K市の会社がお休みになったので以前納めた解析装置の改造に入ってる。
一応会社で改造部分のルーーチンは簡単なデバッグだけはしてあって「楽勝!」と言うことでナンバー3のエンジニアが一人で行っている。
「・・・でね、動かなくてさ、泣きが入ってきたんだけれどさ、こっちも明日納期の仕事で手が離せないし、今から片道4時間の道のり出かけられないし、お前が暇なのはぺんぺん草みて知っているんだ。助けてくれ。」
「・・・Kか・・・俺んち誰も居ないからさ」「奴に迎えに行かせるからさ・・・」「いいよ、今から出れば午後一にKに着けるだろ・・・チャリだけど・・・半パン、Tシャツで行って怒られないよな?それだけ確認しておいて・・・」
・・・という良く判らない会話の後、鉄のアンカーで出かけた。
最近、走りこみで足に筋肉は付いてきたが・・・滅茶苦茶つらい。
途中で、「何故、俺に白羽の矢が立ったんだろう・・・」と内容を良く聞いていなかったことに気付く。
きっちり1.5時間、駅裏の工場の前に着く。
入り口が解からなくて道路をゆっくり流していると・・・守衛さんに呼び止められて「こっちこっち」。
結構簡単なバグ取りで(ソースがキレイだと仕事が楽なのである。)・・・「自転車で来ることの方が大変だったよ・・・」とさらりと30分ほどでお助けマンの仕事を終える。
外資系の会社なので休日はラフな格好をしている若者が居て僕のラフすぎるスタイルも気にならない良い工場であった。
帰りは・・・川沿いに下り、下に降りた所でメシにしよう・・・と思い、メシも食わずに走り始めた。
・・・遠くで雷の音が聞こえ始め・・・平地に降りた頃は土砂降り・・・
「腹減った・・・」
ずぶ濡れになりながら、ひたすら家を目指す。
PM4:30・・・家に戻る。
汗と雨に汚れたアンカーを水洗いしていると、家族が戻ってくる。
・・・自分もシャワーに入り、カップラーメンを美味しく食べる。
車乗りの頃だったら何でもない出来事だったであろうが、今となっては色々が大変なのである。
2005/08/11(木)
僕はテキストエディタでポチポチとタグを打ってこのホームページを書いている。
一時期自作のエディタでプレビューしながら書いていたこともあるが、この1年くらいはNoEditorというフリーのエディタを使っている。
もちろんCのソースを書くときもこいつだ。
何が良いって・・・僕よりはるかにセンスが良い人が作ったエディタなので大変使いやすいからである。
でも、タグで書くというのは結構勇気が要るのである。
例えば、表を作ってみたい・・・・
| 分類 |
名称 |
特徴 |
| ロードレーサ |
アンカーの鉄フレーム 国産 |
青い
ちょっと重い
パーツが少し寂しい
|
マウンテン スペシャライズドもどき |
SPECTRUMS 台湾製 タイ購入 |
全鉄 超重
ぼろすぎ
|
この表を書くのに・・・何度プレビューを見た事か・・・
・・・って一回しか見ていない。
こういったものは手癖で書ける位にはすぐになるもんである・・・と言うほど僕も賢者じゃない。
このエディタの機能のおかげでさらりと書けるのである。
しかし、タダの<TABLE border=1・・・とかって書いてあるだけの文章なのだから・・・英語を解さなかったら暗号の様なものである。
上の表のSPECTRUMSという怪しい自転車をいまOHしている。
今日は、アルミのシートピラーが鉄のフレームと仲良くなっちゃって(こういうところは普通グリスをべたべた入れとくのだけれど・・・)高さが妻サイズになっている。
CRCだけでは外れないので・・・ガスバーナーでフレームをあぶり、ハンマーでガンガン叩き、エライ苦労して外した。
この僕の手荒な作業を見て、あっくんは非常にビビッていた。
しかし・・・これで本当に外れて、バーナーであぶったフレームも大して損傷していないのを見て、えらく感心していた。
変速機周りのワイヤーが切れたりしているのでワイヤを交換することに。
フロントのディレイラーはワイヤ切れで使えないのでワイヤーを外して・・・エンチョーへ修理中のチャリで出かける。
途中で踏ん張ったらリアエンドから車軸が外れ、自走不能に・・・
家に電話をしモンキーを持ってきてもらう。
その場で修理をし再度走り始める。
途中で・・・ガンガン荒い乗り方をしてみたら・・・縦ゆれするようになってしまった。
リムの振れが出始めたのだ。
明日は朝からワイヤの取り付けとリムの振れ取りだ。
2005/08/10(水)
夕方、納涼祭で使った櫓の撤去作業があった。
大工さんや足場屋さんが居るので滅茶苦茶作業が早い。
2日間予定していたのだが本日だけで終了。
その後、作成中の納涼祭の会計報告について打ち合わせ。
滅茶苦茶めんどくさいのである・・・
考えたら・・・10月の秋祭りの会計報告も自分の仕事である。
何で僕が会計かと言うと・・・パソコンを上手に使えるから・・・という理由からである。
昔は、ロータス1−2−3が使えるので会社で稟議書ばかり書かされたり、上層部への説明資料を作らされたりと重宝がられたこともある。
しかし、本来は検査データの整理をして検査装置や製品の評価をしたり、サンプリングした連続データを加工してソフトウエアのアルゴリズムのシュミレーションをするために 必要性があって覚えた のである。
全く用途が違うんだけれど・・・と、思いつつ・・・何処へ行っても重宝がられる事には変わりない。
面白いのが、僕より上のローテク世代の対応である。
僕の尊敬してやまない方たちは何年かの歳月をかけてエクセルやパワーポイントをマスターし結構自分でテキパキやっていたりする。
困るのは、全く覚えない人達が居て・・・本当に何処へ行っても困るのである。
何が面白いかと言うと・・・この両極端が面白いのであるが、そこらのオバサンでも自分で覚えてパソコン教室をやったりしているのだからいい加減に覚えろよ!と最後は怒りに変わったりするのである。
・・・国会である。
郵政民営化論者は民○党に沢山いたはずなのに・・・組合活動をしていた頃からこの党の候補者に票を入れ続けてきたが・・・もう入れない。
T川小五のことも忘れよう。
当然、自爆党にも票は入れない。
今まで入れたことが無かった創○学会の党にでも票を入れようか・・・それとも行くのをやめようか?
2005/08/09(火)
ジョンが亡くなって2週間が経った。
涼しいうちに家族とお参りに行ってきた。
そういえば・・・オカルトチューン研究をしていて・・・気になるSEV・・・こいつは一体何なのだろう?
2005/08/08(月)
昼飯を食ったあと、クソ暑い中ママチャリに乗って藤枝駅へ行く。
駅南の駐輪場へチャリを預けに行ったら市営の駐輪場は一日¥150−もするのである。
やーづは¥60−であるから2.5倍にもなる。
もっとも屋根付き駐輪場なので一概に高過ぎる・・・とは言えないのだが。
藤枝駅は今改装中で何と・・・南口にもエスカレータやエレベータが付いた。
この、上りのエスカレータはエライ調整不良のエスカレータで、ゲイン設定の高すぎるサーボモータの様に微妙にカクカクしながら動いている。
磐田近辺を通ったときに知人に連絡し、浜松駅まで迎えに来てもらう。
そのまま知人のやっている会社へ行き仕事の話を聞いた。
前々から依頼や誘いがあってその度に断っていたのだが、最後は受けるにしても、断るにしても電話では申し訳ないので出かけてきたのである。
前日が納涼祭で今日は二日酔いになることが予想されていたので午後の約束をしていたのだが、予想に反して朝から快調であった。
そのため、藤枝駅に出るまでに相当な汗をかいてしまい非常に不快な外出である。
話し・・・は、現在の僕の状況を考えるとしがみ付いてでもやるべき仕事なのかもしれないけれど、最終クライアントが磐田の田んぼの中の会社なので後々のメンテの事を考えると「とても受けることが出来ない・・・」と、お断りした。
余り遅くなると暗くなってしまって藤枝駅から家に戻れなくなるので早々に退散。
夜は町づくりの納涼祭の会計のマトメのために公会堂へ行く。
結局最後は「じゃぁ、後はお前に任せた・・・」と任されてお終い。
2005/08/07(日)
松林の草刈は・・・どうしても妻が行くと言うので妻に行ってもらう。
庭の手入れをした後、今日の納涼祭の準備のため公会堂へ行く。
納涼祭の準備のために僕がここまでに費やした時間は都合30時間ぐらいか?
実際には僕の倍以上の時間を費やしている人たちが居てその方たちのおかげで成り立っているのだが・・・
汗だくになりながら何とか5時過ぎに準備完了。
着替えに戻り6時頃再度会場へ・・・。
さっきまで誰も居なくて・・・焼き方はどうなるのだろう?という感じであったが、大分人も増えてくれた。
僕が手を入れる隙も無くなってくれたので、安心して寺内タケシのコンサートへ行ける。
盆踊り大会の開会が宣言され、踊りが始まったところで一人ミュージコへ向かう。
ゆいちゃんも、あっくんも「行きたくない・・・」という馬鹿な事を言っている。
僕の趣味と家族の趣味は全く違うので仕方ない事なのだが・・・
行ったら満員で遠くの方から見るのかな?なんて思っていたのだが、ミュージコの小さい野外の芝生の半分も埋まっていない。
おかげで”かぶりつき”で、ギターの神様の演奏を堪能できた。
こういう音を聞くとイキナリその楽器が欲しくなってしまうのだが・・・TBJやBJというモデルは高価すぎるし・・・SGVというエントリーモデルがあるのだけれど・・・なぁ。
最近はYAMAHAのTBJというブルージーンズモデルのギターをメインで弾いているのだが、相変わらずのエレキをアンプに通しただけの”エレキ生音”で大変心地よい。
何にも増して、ディジタルミキサーを通してJBLのPAスピーカーから出てくるクリアな音が凄すぎる。
ギターの音も歪ませてないので上手さが音にそのまま出るのだが・・・さすが5歳のときから弾いているだけあって上手すぎると・・・思った。
これには、リッチー・ブラックモア以上に感動した。
運命・・・津軽じょんがら節、と名曲が続き、ちょと湿っぽい海風が吹く気持の良い野外コンサートであった。
終演後、売店でCDやTシャツを買うと寺内タケシさんが直々にサインをしてくれると言っていたが、納涼祭に行かなければならないので諦める。
妻に電話をして迎えに来てもらい納涼祭会場へ・・・
丁度終わりの挨拶があった所で・・・滑り込みセーフ。
町づくりの会計をやっているので、祝儀やら何やら色々な面倒な事なんかもあるのでとっても面倒なのである。
その後、お酒を飲みながらご苦労さん会。
やー、お酒は美味い・・・と言いながら、僕の仕事と今後について何人かの人のお話しを聞かされる。
明日以降は・・・納涼祭の後始末が始まり、お花のコンテスト、秋祭り・・・と町づくりのイベントは続くのである。
2005/08/06(土)
朝早く起きて、あっくんに「海に行くか?」。
「今日は行けない・・・」
・・・と言うことなので、自転車のセッティングをして走りに行く事にした。
準備が終わった頃あっくんが起きて来て「お母さん今日は・・・」と煮え切らない事を言っている。
今日も僕の生活スタイルも人生設計も踏みにじったバドミントンの様である。
バドミントンへの関り方について、僕の話には一切耳を貸さないので、ウザイからこいつら出てけ・・・と言いたいのだが、ジョンも居なくなってしまったし、今の家では不便なので僕が出ることにした。
昨日行って来た不動産屋さんのお兄さんからMAILが来たのだが、昨日話した物件の交渉が決裂してしまいました・・・と言うことらしい。
僕の提示した条件で車の要らない環境で自分で仕事をするスペースと寝る場所を確保するのは難しそうだ。
やっぱり寝る場所を確保してそこからサラリーマンをするのがBestな選択肢の様である。
往復4時間ぐらいをかけて通勤して家に戻っても、どうせ家族は殆ど家に居ないのだから帰って来る労力を使うだけムダなのである。
そして家族は、今の家を維持できる間はバドミントンを誰に気兼ねなく出来る様になるのである。
いずれにしても・・・こうなった原因は僕の体の障害にあり、人並みの生活を送れない障害を持ってしまうと今までの普通が普通でなくなりタダの不便になってしまう。
特に、今の住環境のように車のある生活が大前提に有るような場所ではこれ以上シリアスな問題は無い。
大井川町は以前、バス会社への赤字路線の補填を止め(焼津駅へのバスの足が無くなり僕の家からJRの駅に行く手段からバスが消えた・・・)老人用に¥100バスを焼津市民病院と大井川町各所の循環に出して居るだけである。
昔は・・・この事はどうってこと無かったので「僕には関係ないし・・・」と聞き流していたのだが、今となってみると物凄く大きな行政の方針転換であった。
いずれにしても、元気な人が、普通の人のためにやっている行政なので隙間から穴に落ち込んでいく住民はいっぱい居るのである。
リバティーを走ると・・・本当に色んな人が色々な走り方をしている。
雨傘をさした車椅子ランナー(この方は、ほぼ100%ここで見かける)。
後ろ向きにウォーキングをする老人スカイウォーカー。
僕に抜かれてしまうピストレーサー・・・
その他、珍しくない人たち・・・・
ここでマラソンをすると何時も抜かれるばかりだが、自転車ではMTBだったらバリバリ抜いている。
道具(ロードバイク)なので速いのだ・・・でも、僕より10km近い速度差で僕を抜き去っていく自分の同類の方たちには・・・一生勝てないだろうな・・・
午後からは明日の納涼祭(町づくり)の準備に出かける。
夜は前夜祭があったので、あっくんと妻にも出てもらう。
明日は、納涼祭と寺内タケシのコンサートがバッティングするのだ・・・上手くやらなきゃいけない。
2005/08/05(金)
全くこの国の政治家は・・・。
参議院で法案を否決して→衆議院解散なんて事になってみろ、アホくさくて僕は絶対選挙なんか行かないし、ウルサイ選挙カーにはバケツの水をカケまくるだろう。
兎に角、郵政法案なんてさっさと片付けてやるべきことをやってくれ!
公社、公団、人のお金を使って儲けなくても許されてしまう処はロクなもんじゃ無いと言うことは、道路公団を見ていて「やっぱり・・・」って思っただけだし・・・。
自転車で駅まで出かけ、そこからJRと静鉄を乗り継いで清水へ・・・不動産屋さんなんかもいくつか回って便の良いところを探す。
歩き回るには暑すぎるのだが今から色々見て置きたい。
滅茶苦茶早い時間にメシを食わされ、2Fに暫らく居たら・・・知らないうちに家から誰も居なくなっていた。
トホホ・・・全く救いようの無い馬家族である。
2005/08/04(木)
このクソ暑い中でも与作は僕のところに来てくっついているのである。
↓の様なアホ面をみせてくれるのでとっても可愛いのだが・・・
とっても邪魔な与作である。
2005/08/03(水)
午前中は某コンサルタント会社の人と会い色々な話を聞く。
結構'70-80年代の音楽についての話題で盛り上がって肝心な話しは2番目ぐらいだったな。
午後、商社マンのNさんがワザワザ家に来てくれてイナズマを引き取って行ってくれた。
彼の車と先輩の10年ぐらい前のジムニーに付けてくれるらしい。
何かメチャクチャ効果が有りそうな気がするのだが・・・ぜひインプレッションを聞きたいと思う。
彼には暑い家の中で結構長い時間を使って世間話しをして結構面白い話が聞けた。
彼は昔は余り人が興味を抱くような話しは出来なかったのだが、歳を重ねて営業マンらしく上手く話ができるようになったなぁと感心した。
夕方、妻の車でぐっちょんをピックアップし、や〜づの「かどや」へ。
今日は、ぐっちょんが久し振りに帰ってきたと言うことで彼のチャリ仲間の飲み会への参加であった。
僕の知り合いは、ぐっちょんと遊輪館の館長だけで、他4人の自転車・マラソンのおじさんたちは初対面であった。
ぐっちょんは「汁っぺ」を誘い、僕は「A氏」を誘ったのだが仕事が忙しい・・・と言うことで参加を断られた。
その後、場所を藤枝に移し3時ぐらいに帰宅。
2005/08/02(火)
ぐっちょんから「日本へ帰って来た・・・」と電話があった。
イナズマが欲しいという言いだしっぺの所にやっとイナズマが届けられる。
イナズマと言えば、既に39台製作している。
しかし、イマイチこの僕の想いがユーザーに伝わらないのか?
mizu−laboの書き込みページにインプレッションを書き込んでもらえていない。
1個作るのに1.5時間くらいの手間がかかるので、それなりの製造原価がかかっている事になるのだが、材料費程度でバラ蒔く裏にはウソでも良いインプを書いてもらってオークションで売りさばこう!という魂胆があった(飲み会の席での話し)のだ・・・最近はそういう気力も無くなって来たのであるが・・・
今日はジョンの初七日で御参りに行って来た。
ジョンの骨壷の前に写真と水と供え物をあげ、お線香を上げる。
子供達がその霊園に納められているよそのワンちゃんたちの写真を見て話している中、僕はジョンの骨壷をじっと見ていてとっても辛くなってしまった。
夕方、走りに出ようと思ったのだが足が張っているので今日はお休みとした。
明日の早朝に走ろうと思う。
昨年せっかっくOHしたアコギが・・・やっぱり弾かれないままだ。
いっそ、フォークグループでも作ってかぐや姫のコピーでもしようかな?
そうでもしないとずっとこの状況は変わらないのではないかなぁ?
「かぐや暇」って言うバンド名で誰か一緒に演りませんか?
2005/08/01(月)
8月になった。
8月になったからと言って何かが変わる訳ではないのだが、色々あった7月から8月に変わったのだ。
今日は左足の膝の違和感も無くなったので夕方5km走ってきた。
(多少足に問題があっても自転車に乗れるので運動不足にはならない・・・)
今の時期に走ると噴出すように汗が出てきて本当に気持ち良い。
タイムが上がらないのが気になるが、走れる距離はどんどん長くなっていく。