2005/07/31(日)
自転車で早朝のリバティーを走っているとA氏に出会う。
A氏と世間話をしながら第二東名の橋まで上る。
そのなかで、「この前ね富士見橋のところでバリバリのレーサーの人がね、掛川の方の山に百回ぐらい登っててね、そこに行くって言ってたけれど・・・知ってる何処だか?何か記録も出来るらしいよ・・・」
という会話があり、家に戻ってからA氏がそこを栗ヶ岳と特定した。
・・・何か大変らしいけれど、今度挑戦してみよう。
2005/07/30(土)
午後は家族がバドミントンへ出かけてしまったのでネコのレオンが困って僕のところへ来た。
僕は、こいつとは仲良しじゃないので相手にしなかったら、あっくんのベッドに寝ている与作と一緒にお昼寝を始めた。
元来このデブ猫レオンは二階へ上がることが珍しく、ましてや暑い時間帯にこのクソ暑い環境に身をおくなんて事は有り得なかった。
全く不気味な図である。
午後・・・まだ日が高いうちに自転車で家を出て焼津方面に向かう。
明日の焼津港のコンサートの準備風景を見ながら浜当目の海水浴場脇を通り虚空蔵さんへ抜け岡部へ向かう・・・
しかし、ジョンの処へ着く前に5:00になってしまった・・・・
諦めて家に戻る事に・・・
しかし、焼津は自転車で走りにくい街である(車もだが・・・)
オーシャンロードなんかパイプが道路に突き出しているところがあって自転車みたいに道路わきを走る車両では・・・気が付かなかったら大事故を起こすだろう。
僕は気が付かなくって・・・本当に僕の目の前をパイプが横切った・・・
幸い体に当たらず済んだので助かったが・・・
明日は早起きしてリバティーへ行こうかな?
2005/07/29(金)
久し振りにサトシを預かった。
あっくんと同学年の男の子でちょっとぐにゃぐにゃしている。
サトシが来てくれたので外メシを食うことにした(・・・してあった)。
飯盒で炊くご飯はやっぱり絶品である。
今回はあっくんに米とぎ、水加減を見させた・・・ちょっと水が足りなかったか?
そっれでも、芯も無く少しおこげが付いた美味しいご飯が炊き上がった。
食後、この2人は何を考えたか<お裁縫>をやって遊んでいる。
あっくんには携帯電話用の袋を縫ってもらったが・・・異様な光景であった。
2005/07/28(木)
ジョンが逝ってしまってから我が家のネコにちょっとした異変が起こっている。
メインクーンという種類のレオンは、ジョンが大好きでいつもジョンに添い寝していた。
特にジョンが寝たきりになってからは好きな時に一緒に寝られるようになったので、とっても好きになってしまっていたようだ。
そんなジョンが居なくなったものだから我々に甘える様になってきた。
そもそもレオンは人になつかない奴だったので、みんなはどう扱ったら良いものやら少し困っているのである。
2005/07/27(水)
今朝も妻の「おとうさんっ!」という声で現実の世界へ・・・
「えっ!ナニナニ?今日は何なんだ!」・・・誰も居ない、時計を見ると5:00である。
暫らくこういう目覚めが続くのだろうか?
用事があって街へ出てきた。
帰りがけに焼津駅で妻の迎えを待つ間「黒潮温泉」の足湯に浸かっているおじさんに誘われたので僕も入ってみた。
駅前の足湯なんて・・・と思っていたが、足湯は足湯である。
大変に気持ち良いので・・・「駅前での待ち合わせは足湯に限る!」と確信までしてしまった。
飲み会は焼津。KIOSKでビールとつまみを買って足湯に浸かりながら面子が揃うのを待つ・・・って言うのがとても良いよね。
家の居間にジョンの遺影を置いた。
遺影と言ってもゆいちゃんが5年ぐらい前に自分で撮った写真を写真盾に入れて置いてあったのを提供してもらったのだが・・・
遺影の前に水を入れたコップを置いたのだがやけにコップがデカイ。
100均へ行って小さなガラスのグイ飲みを買った。
妻が待つ車に戻りながら、ふと思った「生きていた時のジョンには全く役に立たなかった食器なんだけどなぁ」と・・・
2005/07/26(火) ものすごく悲しい日でした・・・
昨晩は台風に備えて2Fのよしずを丸めたりして就寝。
何だか体調が良くなくて早寝をした。
そんな僕の眠りから突然現実の世界へ・・・そこには妻が・・・
その瞬間に全てを悟った。
ここ数日、ますます意識が遠ざかり、頭をなぜても殆ど反応しなくなっていた・・・
家族がバドミントンに行って留守にしている間にも何度も観に行って呼吸しているのを確かめたりしていた・・・
最近は呼吸も弱く良く見ないと判らないぐらいになっていたし・・・
階段を駆け下りて「ジョン・・・」と揺すっても、もう起きてくれない。
体は既に硬くなり始めていて、そして冷たくなっている。
時計を見ると5:00頃であった。
子供たちを起こして、そのままのジョンを一緒にみてもらう。
そして、ジョンちゃんが傷まない様にあわててエアコンを入れる。
ゆいちゃん、あっくんがこの世に生を受けた頃のジョンちゃんは既にお転婆盛りで近所中の人気者であった。
そんな中、僕と妻は世間の心配をよそに2人の子供をジョンと一緒に育てた。
(確かに、子供のミルクに手を出さないか?子供を踏み付けはしないか?外から持ってくるバイキンは大丈夫か?・・・といま想えば色々気になるのだが・・・ジョンの事を信じきっていたんだな・・・
だって、ゆいちゃんとあっくんは本当にジョンに大切にされていた・・・絶対踏んづけたりされなかったし、子供が泣いているとジョンちゃんは困ってオロオロしちゃうし・・・
子供が妻に怒られて泣いていると子供の横に行ってお座りして一緒にゴメンナサイして困ってくれてたし・・・)
そうやって4人と一匹の家族が2匹のネコのペットを飼って暮らしてきたのである。
今年の4月の中旬に一度ジョンちゃんは発作を起こし、もうダメか・・・という死線から還って来てくれた。
確かに・・・あんなに苦しんで死なれたんじゃ僕らも辛くってやっていられなかったと思う。
その想いを知ってか、誰にも気付かれずにこっそりと息を引き取って行った。
今日は3時ちょっと前が干潮だったのでその前あたりの事であっただろうか?
散々みんなで泣いた後、あっくんは一学期の終業式があるため学校へ・・・
ゆいちゃんは・・・部活へ・・・
今日は友引なのだが葬儀をしてくれるかどうか岡部のペット霊園に確認したところ「10:30に来てくれ」との事である。
(元々生きながらに腐りっぽかったのでとても明日まで持ちそうも無かったのだ。)
ジョンの棺を準備して、学校へあっくんを迎えに行き(ゆいちゃんは台風のため帰ってきた)、お花等を準備する。
(これらは全て妻がやった事で、僕は朝からずっとジョンの前に座っていただけなのだが・・・)
岡部のペット霊園へ行き、火葬場でジョンの亡き骸と最期のお別れをする。
朝から沢山泣いたのでもう涙は出ないかと思ったが・・・やっぱり沢山出た。
僕達に最期に見せてくれたジョンの顔はとっても可愛くきれいな寝顔であった・・・
炉の中に入れられたジョンに火が入ると排気ファンの轟音に急き立てられて煙突に煙が上がった?だろうか?
台風の雨の中、僕にはよく見えなかった・・・「これじゃあジョンの煙はお空に上がって行けないなぁ・・・」なんて思った。
2時間後、火葬場へ行くと既にジョンは骨壷の中に入っていた。
白くきれいな骨が残ってくれて居て良かった。
(病気の期間が長かったのでこんなにキレイに焼けると思っていなかったのだ・・・)
ジョンは決してよその犬に吠え掛かったりする奴じゃなかった。
おかげで、何度かよその癖の悪い犬にかまれて大怪我をした事がある。
とにかくお人よし=お犬よしのいい子であった。
そんなジョンだから、周りにワンちゃんたちが沢山居た方が良いだろう?・・・と思って個別の納骨でなく、皆と一緒に棚に並べてもらうことにした。
日記を書きながら15年と5ヶ月弱の命の灯が本当に消えた事をしみじみと感じている。
15年前の春、顔が真っ黒で愛らしいくって掌に乗ってしまうくらいのオチビさんが泣いたり笑ったり困ったりしながら大きくなって、そして衰えながら時間をつないできた。
今になって・・・ジョンの子供が居たらな・・・って思う。
ジョンは初潮が終わった後に直ぐ避妊手術をしてしまったのだ・・・
どういう因果で僕らの処に貰われて来たのかわからないのだが(ジョンを欲しいと手を挙げたのは我々だ)・・・とっても気になることが一つある。
ジョン、僕と裕子の処に来て幸せだったかな?
2005/07/25(月)
ゆいちゃんは今日で一学期が終了。
やっと寝る直前に成績表を持って見せに来た。
我が家では僕の存在が軽んじられているので、子供が僕に成績表を見せる習慣が無く、今まで終業式当日に直接本人から見せてもらったことは無かった。
週の半分以上をバドミントンに明け暮れているので期待はしていなかったが、本当にそういう成績で呆れてしまう。
ゆとり教育で周りが馬鹿ばかりなので勉強しなくっても何とかなるからって・・・勉強が嫌いになるような成績でもまた困るのである。
あっくんは夕方気まずそうな顔でテストの結果の束を持ってきた。
100点を取ると100円あげる事にしているので僕はあっくんの100点の答案用紙ばかり見てきた・・・
しかし、今日の答案用紙を見ると・・・ひでー・・・
時間−温度の折れ線グラフがあって、このグラフについて説明しなさい。
ぐんぐん温度が上がってとつぜん下がった・・・みたいな解答をしてある。
「あっくんさ、この答えは何て書けば良いのかな?」「わかんない・・・」
「グラフがさ、何で時間の軸と温度の軸を使って書かれてるか考えてみろよ。あっくんの答えには温度の軸しか出てきてないじゃないか?」
漢字の書き取りテストが数枚・・・
何かポイントを外した解答が多くて、多分授業を受けていてもつまらないだろうな・・・と感じさせられて寂しい・・・
今日の新聞に昨日の知事選の考察が幾つか書かれていた。
石川知事の多選批判票が想像以上に大きかった・・・と書かれていたが、吉村さんを推薦した今日3党への拒否票が予想通り多かったとは書かれて居ない・・・。
・・・って思うのは僕だけ? やっぱり自分は右の人?
2005/07/24(日)
昨晩は町づくりメンバーとその周辺の人たちが持ち寄りで行っているバーベキューに呼ばれその後までお付き合い。
今朝は町づくり委員会が主催する納涼祭の盆踊り用舞台の製作に出かけた。
昼前に終え静岡県知事選へ行って来る。
選挙の後、種苗屋さんへ行って「キンモクセイ」の苗を買ってくる。
・・・実は苗の元気が無いため貰ってきたのだが・・・
あっくんと庭に穴を空け・・・ついでに水道管にもツルハシの先を当て・・・苗を植える。
何故か「君のひとみは10,000ボルト・・・」と鼻歌が出てしまった。
今回の選挙で石川さんが物凄く有利になったのは、対抗の吉村さんが凶三党の推薦を受けたところじゃないだろうか?
僕は・・・当然の様に吉村さんが凶三党と関係の無い立場で選挙活動をしてくれていたら何も考えずに吉村さんに入れていたと思うのだが・・・
ましてや、牧野聖修さんに擁立されて・・・元銀行員で・・・9・11はあの貿易センタービルに居た人が赤い旗を振るとは思ってもいないけれどね。
凶三党の推薦の肩書きが付いただけでどれだけ票を逃したのだろうか?(僕の一票だけかな?)
・・・と言うわけで、残念でツマラナイ県知事選挙であった。
2005/07/22(金)
クサレ Vodafone 702NK(NOKIA 6630)。
nisikenが言うとおりやっぱりこいつは真空飛びひざ蹴りモンである。
眼科で長い検査と診察が終わり会計を待つときに妻に迎えに来るようにMAILを入れた。
既に瞳孔が開いてしまっているので文字が良く見えなかったが頑張ってMAILを送ったのである。
・・・会計が終わり外出でると・・・未だ妻が居ない・・・眼が良く見えないまま薬局へ行き薬を貰う・・・・外に出ても未だ妻が居ない・・・
日陰に入ってクソケータイをみると「送信できませんでした」とディスプレイにある・・・・
仕方なく電話する・・・が、電話が出来ない。
苦労して再度ディスプレーを見ると・・・電波が来てない・・・「ンな訳無いだろ・・・診察の前に確認してあるぞ・・・」と思いつつ良く見えないまま大通りに出る。
何台かの車に迷惑をかけながらも四川飯店の前まで歩いたのだが・・・未だに使えない。
そう・・・こいつはダサすぎるのである。
ソフトウエアは動いているが電話関係のハードがフリーズしているのである。
電源を切って再起動すると何事も無かったかのように使えるようになった。
思わずこのまま歩道のの路面に叩きつけてやろうかと思ったが、もったいないのでやめた・・・僕も少し大人になったのである。
デコピン一発で今日は許してあげることにした。
2005/07/21(木)
今日は写真を撮りに行って来た。
夕食の後「よさく〜!」と何度か与作を呼び「な〜」タッタッターと2階から与作が登場。
最近抜け毛が凄いので可愛い与作の洗濯をすることにした。
与作を洗っている最中は恐ろしい抵抗を見せながら「とおちゃんには力でかなわない・・・」と諦めると・・・「ガオォ〜ガオォ〜」と悲しそうに鳴く与作であった。
迷惑メールフォルダを偶々見てみたら・・・VBに関する質問が書かれたメールが3通入っていた。
「何故僕にボー○ンド系以外の質問が・・・知らない人から来るのだろう???」
とりあえす、僕にもわかる簡単な質問だったので丁寧に答えてあげて・・・「何故VB?殆どトーシロの僕ですか?」と聞くと、VBとタイマの合わせ検索をすると2番目ぐらいに出てくるので僕に白羽の矢を当てたそうだ。
いやはや検索エンジンという奴は便利な反面とっても迷惑な事をしてくれるでは無いか・・・
明日は眼科の検査日である。
2005/07/20(水)
昨晩は藤枝駅周辺で久し振りにお酒を飲む。
赤ビーN尾君と飲むのは初めてかな?
nisikenが不参加になったのに何故かお好み焼き屋で本会が行われた。
暑い中ビールが大変美味しく飲めた。
おかげで今朝は散々な状態で目覚めた・・・
最近お酒を飲む機会が極端に減ったのでお酒に物凄く弱くなったのだ。
A氏がぽつっと「NSPの天野滋が死んだんだって?」「えっ!そうなの?秋にもコンサートやるって聞いてたけれど・・・」
ネットで調べてみたら・・・本当に7/1に亡くなっていた。
僕はNSPというとLiveの「便所虫」・・・君の隣にも便所虫が居るかもしれない・・・まる! が、とっても僕のお気に入りであった。
中学校の木の机、木の椅子、掃除用の雑巾のすえた様なにおい・・・丸刈りの学生服にテカテカ光るセーラー服。
コッキーポップと大石吾朗、静岡でヒットした「八十八夜」唯一僕が買ったNSPのアルバム「青春のかけら達」。
この辺で僕のNSPは終わっている。
天野くん、中村くん、平賀くんの3人(アコギx2 +E.ベース)のこじんまりとした良いバンドであった。
仕事は・・・今日はFAXで一件紹介が来ただけだ。
内容を読むとワザワザ僕に合わせたような無理な記述がイッパイあってとても気になる。
せっかく妻を働きに出さないで来たのに妻を僕の足に使うことが出来ない状況になっているので、前回は隣の吉田町の会社へ勤めに出た。
この辺の事情はずっと変わらない訳だから自分の2本の足だけでやっていける環境を見つけないといけない。
2005/07/18(月)
午前中、トシさんが遊びに来てくれた。
なんか・・・いつも心配ばかりかけて申し訳ないと思うのだがこればかりは仕方ない。
午後、イナズマの製作に入る。
一昨日の夕方に箱や基板関係の下ごしらえをしてあった・・・しかし、相変わらず製作には時間がかかる。
車につける物だから手抜きするわけにも行かないし。
2005/07/17(日)
朝メシを食うあっくんに「きょうど〜する?」。
「プール行きたい。」「じゃあお母さんにお願いしな・・・」
「じゃあ海いく・・・」
と言うことで、静波へ行ってきた。
MPVにママチャリを乗せ榛原町内まで運んでもらい浜までチャリで行く。
台風5号の影響で波が非常に高い。
適当な場所にチャリを置いて海へ入る。
ここの大きい波は叩きつけるような波になるので波の下まで入るとあっくんなんかひとたまりも無く波の重さにやられてしまう。
波打ち際で2時間ぐらい2人で遊んだ。
引く波にあっくんが持っていかれない様にズット観ているのだが、僕の視野が狭いせいか直ぐに見失ってしまう。
まぁ、それなりに楽しかった。
満潮が近づいてきて波もどんどん高くなって来たので家に帰ることにした。
頭を拭いてTシャツを着てチャリに乗って家に向かう。
ここから榛原町内は自転車用道路になっているので気楽に走れる。
吉田町内に入ったところにあるミニストップでおにぎりとカチ割り氷でお昼を食べる。
途中大井川港に寄り釣り人の釣果を見ながら家に帰った。
やっぱり静岡新聞に出ている○松釣具店の釣り情報はいつも話し1/10ぐらいに聞いておかないと落胆する情報ばかりだ。
家に戻り「どお?静波って案外近いだろ?」
「うん・・・」
・・・と、最近全く車の運転をしなくなった父と遊ぶためには相当な努力を強いられる息子のむなしい頷きが聞こえてきた。
2005/07/16(土)
直木賞と芥川賞の受賞作の発表があって3日ほど経つ。
最近の受賞作には惹かれるものが無く・・・買っても最初の10頁も読まないうちに積んでしまう事が続いているので受賞作を買って読もうとも思わなくなった・・・・
・・・っていうと、もう何年もそうしている様に思うかもしれないが、前回も芥川賞の「グランド・フィナーレ」は5ページと読まなかった。
直木賞で思い出深いのは浅田次郎・・・いや、一番思い出深いのが景山民夫さんの「遠い海から来たCOO」である。
・・・と言う訳で、朝からCOOを読み直した。
妻とゆいちゃんは、部活が吹奏楽部のくせに中体連のバドミントンの試合に朝から行ってしまい・・・あっくんとお留守番になってしまった。
今日から高校野球の県大会が始まるので観に行きたかったが・・・あっくんが「コロコロ」を読みたいらしく家から出ることを拒否された。
日が昇ってくると暑くなりジョンが腐りそうなのでエアコンを入れる。
快適な読書環境が出来たので一気にCOOを読み終えた。
なんか・・・あの頃の小説って爽やかなんだよな・・・最近は閉塞感、変態、猟奇殺人・・・何とも厭な雰囲気の小説が賞を取っていて、全く厭な時代になったものである。
いい加減に世相を反映しない、全く時代を無視した理想郷の物語でも誰か書いてくれないかな・・・
夕方遅くなってからゆいちゃんと妻が家に戻った。
ちょっと前に「中体連なんだからオメーは行くな・・・」と言ってあるのだが何を勘違いしてるのか・・・朝から行っている。
おばさんたちが集まるとろくな事が無くて、昨年なんぞはクラブチームの分裂事件まで起こしている。
さすがに中体連でそんな馬鹿なことはしないだろうけれど、大人の力関係なんかを中体連の試合にまで持ち込んで欲しくないのだ。
部活で一生懸命やってきた中学生に勝ち抜いてもらって県大会に進んでもらいたいと切に思っていたのだが、普段はクラブチームで(大人になってから設定される予定の門限を既に越える時間まで)練習しているうちの娘がシングルス優勝の賞状を持って帰ってきた。
これが中体連で無かったら手放しで褒めてあげるところなのだが・・・僕の思い出の中にもある、あの灼熱の中体連、一つ勝つのが本当に大変な中体連・・・先輩が居なくなり自分達の天下になり初めて自由にボールに触れるようになって一年・・・の中体連。
教えてくれるのは先輩達だけで、コーチなんか居ない中で自分達で工夫して・・・何となくサマになってきた頃にはもう中学の部活は終わりなのである。
やっぱりさー「何か違うぞ〜」と・・・吹奏楽部の一年生が中体連のバドミントンの予選を勝ち抜いては・・・やっぱり失礼じゃないかと思うのである・・・
僕の中学の部活は、教師と生徒達だけの聖域であったのになぁ・・・
そう、中体連は中学の学校教育の一環である以外の何物でもなく、教師と生徒達だけで運営すべきものである・・・し、昔はそれが普通だった。
そういえば、僕の中体連の終わりは・・・「負け審」で主審をやったのが最後だったっけ・・・
2005/07/15(金)
今日は妻の誕生日だったので映画を観にいって来た。
「HINOKIO]という日本映画で・・・静岡の七間町に行って観る映画を決めたのだが・・・結構当たりであった。
あっくん達と一緒に夕餉後もゆっくりしようかと思っていたらバドミントンに行ってしまった。
CD−ROMの処理については・・・ナカナカ気後れして出て行けないのでMAILで幾つかの学校に問い合わせてみたのだが反応が無い。
きっと・・・なんて言い訳したら良いやら・・・
ただ、今日は町に出て行く過程でひとつこのプログラムの不足しているんじゃない?という部分を見つけた。
何とNCで点字を穿孔してある物があるではないか・・・
プリンタのドライバ部はどうなっていたっけ・・・と夜になってからソースを読むのだが、自分が書いた部分では無いのでさっぱりわからない。
・・・と汗だくになってソースを読んでいると別モジュールでエスケープシーケンスを書いたファイルがあった。
要は・・・この部分だけインタプリタになっていて辞書にしたがって処理します・・・という構成になっている。
さすがにプロの書くプログラムは(普通の事なんだろうけれど)違うなぁ・・・と感心した。
・・・最近、自分はアマグラマだと強く感じている。
今回のプログラムはVisualStudioで書いてある。
途中で・・・VisualStudio2005のBeta2が出たので、現在のソースはVS2005版になっている。
このVS2005のBeta2と言うのは大変使える奴で・・・すばらしい(500円程度なら使用料を払っても良いと思うぐらい)。
VS2005が正式リリースされたら買ってあげようと思うくらいにマイクロソフトの言語にしては良く出来ていると思う。
今迄は僕の大好きなボーランドに完全に負けていたと思うが・・・これからはちょっと負けぐらいで済みそうである。
何せ、コンパイラの出来が良くないとそのコンパイラで書いたOSの出来自体が良くない。
何故Windowsがこんなに遅いのか?考えてみれば直ぐにわかる。
それに、Winアプリもボーランド系で書かれた奴の方がサクサク動くし・・・
明日の朝は早起きして10kmの走り込みをしようと思ったのだが・・・・なんと足の裏にマメが・・・
今日、サンダルでジョタジョタ歩いたのがイケナカッタ・・・・
2005/07/14(木)
E_MAILというのは便利で、例えば転職のスカウトマンなんかとも直接に話しをすることなくある程度の交渉が出来る。
変な紹介をしてくるスカウトマンにも気兼ねなくお断りできるのが良い。
・・・首都圏、三河〜名古屋圏では人材紹介業というのがかなり盛んな様で人材紹介会社はかなりの量の求人情報を持っている。
しかし、残念なことに静岡県は非常に少ないのである。
あっくんが野外活動の集団訓練から帰ってきた。
2泊3日で行ってきたこの「自然教室」とか言う奴はよっぽど楽しかったようでイッパイ報告してくれた。
あっくんのオチ○コが「小さい小さい」と家族みんなで言っていたので本人も気にしていた様で「ぼくよりオチ○コ小さい人イッパイ居たよ。」と妻に報告し喜ばせていた。
また「チン毛がはえてる人が一人居てね・・・ボウボウだったよ。でね、そいつね「思春期だもんで・・」って笑ってた・・・」って下ネタばかりである。
兎に角元気で帰ってきて良かった。
2005/07/13(水)
今日は家で机の周りの片付けに追われて終わった。
何件かスカウトマンから連絡が来たが、一番美味そうな仕事は勤務先が神奈川県秦野市である。
まぁ・・・これも選択肢として取っておこうかと思う。
比較的涼しく過ごし易い日だったので寝たきりのジョンちゃんも楽に過せたであろう。
毎日、居間はジョンが快適に過せるようにエアコンを入れたりしているが・・・やっぱり天然の風で涼んだ方が気持が良いだろう。
そういえば・・・、まだ諏訪に居た時分の話だが、ジョンが生まれて初めての夏に良く車に乗って富士見高原に行ったり蓼科高原に行ったり(物凄く近かったから・・・)した。
いくら諏訪とはいえ車の中はエアコンが入っていて非常に過ごし易いのだが、家の周りはクソ暑いのである。
ジョンは涼しい車の中が気に入ってしまって車にしがみついて降りようとしない・・・
こんな事を繰り返しているうちにジョンはお出かけが大好きになり休日に僕が車のドアを開けるとスルリと助手席に乗り込むようになった。
10年位前に国一で渋滞の隙から自転車で飛び出してきた島工の高校生を避けるためにパニックブレーキを踏んだときにはフロントガラスに張り付いたジョンで僕の視界は塞がった。
本当にジョンは愛い奴である。
今日も夕方に5kmちょっとの距離をジョギングして来た。
最近は距離を長くするのはそれほど苦も無く出来るのだがタイムが一向に縮まらない・・・走った後も直ぐに回復してなんでも無くなって自分としては成長している積りなのだが・・・
まぁ、タイムの事は気にしないで(あきらめて)居るのでいいか・・・
2005/07/12(火)
今日も午前中Hワーク焼津に行って手続きをして来た。
昨日の受付のオバサンはハエでも振り払うような対応だったので、今日は昨日と違うオバサンにお願いしたら、昨日と全く違う対応をしてもらえた。
やっぱり公的機関は人が対応するものだから対応してくれる人によって不利益を蒙る事って言うのは多々ある事なんだと実感した。
それにしても、今日行ってよかったな。
・・・で、昔一緒の会社に居たSMZ君に出会った・・・
「なに水口さんブラブラして・・・」「お前こそどうしたの?」
「肩ダメにしちゃって今まで居た会社を続けられなくなっちゃって・・・」
「俺が一昨日まで居たMKックスって会社はメカ設計者募集しているぞ、紹介するよ、どうする?」
「吉田じゃあ一時間以上通勤にかかっちゃうからダメだ・・・」
・・・彼も最近苦労している様である。
今日の午後一番でCD−ROMが完成し・・・持って福祉大に行こうかな・・・と思ってもどうやって行ったらいいのかわからない。
売るわけではないが、飛び込みセールス・・・みたいなもんなのでやった事無い奴にはそんな事をする勇気すら涌いてこない。
行って、受付で何をどう話せばいいやら頭の中がまとまらない・・・
まぁ、そういうことが出来る人間であればエンジニアなんて根暗な職業には就かなかったとも思うが・・・
・・・どうしたもんか・・・何とかして今週中に一回行ってみよう・・・かな・・・
このクソ暑いのに、朝起きてジョギングして・・・夕方はチャリで河川敷を上って・・・秋の大会に備えていっぱい汗をかいて居る。
2005/07/11(月)
今日から少し生活が変わるので色々手続きに行って来た。
帰りがけに焼津駅に迎えに来てもらった妻を付き合せてケータイをNOKIAの物に変えて来た。
何か・・・シンプルで気に入っている。
日記にソースをまとめている旨を書いたら3名のソフト開発者から仕事中にソースをまとめた・・・と思われる「とりあえず最終版」が送られてきた。
おかげで、僕は自分の分だけまとめれば良いことになり・・・明日にでも外に持っていける状態になった。
このプロジェクトを法的にでも局地的にでも良いから認めてもらえると、目が見えない方でも新刊を直ぐに(語弊があるかな・・・)楽しめるようになるのだが・・・世間はそんなに甘くないだろうな・・・。
今回、3名のバリバリのプロの人のソースを読むに付け・・・自分のソースの品位の無さにあきれ返る。
今の時代に16文キックで3フォールを奪おうとするプロレスラーの様な感じである。
明かに勉強が足りなくって時代に乗り遅れているのが実感できたのである。
僕のところにソースが集まる係りで良かったよ・・・。
しかし、この3人には15年近く会っていない・・・きっと髪の毛が無くなった奴とか居るんだろうな・・・。
僕はちょっとデブになり、カン高目の変な声が少し低くなったっただけで・・・でも、すごく変わっただろうな。
・・・で、結局僕は自分の分のソースをキレイにするだけで朝を迎えてしまった。
他の人たちのソースのレベルに合わせるために相当な苦労が必要であったのだ。
僕のソースを彼らに添削してもらいたいくらいだ・・・。
このうちの2人は本来はハード屋として世間に認知されている奴らなのだから、如何に僕が世間に揉まれてないで成長してこなかったか実感できる。
でも、こういう頭の良い連中とのコラボは刺激になって良い。
ソースの冗長性が7%ぐらい改善され、実行時間が僕のNotePCでOCRドライバとのハンドシェイク部が実測80m秒改善された。
・・・これからソースとインストーラ、プレゼン資料をCDに焼いたらオシマイにしよう。
それから、忙しい友人達を付き合せてしまった反省から・・・暫らくこういう人騒がせなことはヤメにしよう。
(他人のに僕が参加するのは続けるけれど・・・)
2005/07/10(日)
明日からに備えてグチャグチャになっていたソースファイルを整理する。
来週は家に居る時間は殆どPCの前でプログラミング(ソースの整形)に費やされるだろうな・・・
昨年からチマチマやっていたボランティアのプログラム開発プロジェクトも僕の担当分は終わり。
後は評価をしてくれる人たちに任せて、バグ取りに協力するくらいで良いだろうか?
インターネットというのは大変便利で、ソフト開発のプロジェクトなんかはMAILのやり取り。
共同作業部分は専用の掲示板で意思統一・・・という手法で約一年で終わりが見えるまで出来た。
当然、一度も会合など持たず・・・まぁ、旧知の人間だけでやっているのだから必要も無いのだが・・・
まぁ、僕の眼の事を気にしてくれた昔(20代前半の頃)のC研メンバが片手間にやるには丁度良いぐらいのボリウムであったと思うし・・・
ただ、法的な幾つかの規制をクリアできないとこのフリーウエアは世に出せ無い。
・・・で、「お前会社辞めるなら、暇な時間にお前の近所の大学へ行って相談してコイ」と先月から皆にしきりに言われているので来週行って来ようと思う。
僕は全然気付いていなかったのだが、僕の家の近所に福祉大があるのだ。
僕の記憶ではあそこは前は女子短大であったと記憶しているのだが・・・
※・・・で、内々での評価が始まっているのだけれど、もし・・・法的規制がクリアにならず、ソフトウエアだけ市場に流れ出てしまったら・・・いくら福祉ウエアとは言え僕達は犯罪者になるのだろうな・・・
・・・で、昔の仲間で次に何か新しいフリーウエアを開発しようと言うことで、かねてから僕が皆に懇願して居たExFinderのデスクトップバージョンの開発を完了させたい・・・
という願いは圧倒的多数を持って否決され(サーバ版を水口が一人で書いたので水口色が濃すぎるそうだ)ネタが切れた。
まぁ、ネタの切れ目は縁の切れ目でも全く困らない連中なのでどうでもいいや・・・
ただ、このHPを見に来る人の割合ではかなりの部分を占める奴らなのでカウンタの更新に多少影響が出るかもしれない・・・くらいだ。
最近、このHPをリンクさせて頂きました。・・・というMAILを良く頂く様になった。
ありがたい事である。
こういう方たちのために細々とこのHPの更新をして行こう。
それから、イナズマの仕込を行うので欲しいと意思表示していない人は今のうちにどうぞ。
2005/07/09(土)
むか〜し良く使ったダイセット屋のF葉電子工業向けの内製設備用のクソデカイ(2.7ton)の鋳物の加工品その他を搬出するのに立ち会っていたら5時を過ぎてしまった。
最終日なので・・・短い間ではあったが色々迷惑をかけた方々に挨拶をして帰ろうと思っていたのだが・・・もう、殆ど人が居ない。
・・・ものすごく残念である。
これで、半導体・時計・プリンタ・AVモータ・IT機器向け精密モータ・ガラ物業界向け設備・・・と細いのからでかいのまで見聞きすることが出来たわけである。
仕事は・・・どうするかは別にして、自分にあった職場がみつかるまで何度替わったって良いじゃないか?って最近良く思う。
無理してひとつの職場にしがみついても・・・心をやられたり、体を壊したり、死んじゃったり・・・では、何の為に働いているのかわからなくなってしまう。
僕は、本当に金谷のWナベ君の死について何度も何度も考えさせられている。
奴のお母さんの「行きたくない行きたくないって毎朝言って居たのに・・・何言ってるの・・・ってね、無理な事を言っていたんだね・・・こんな事になってからじゃどうしようもないもんね・・・」って訴えられた場面がいまだに良くよみがえる。
2005/07/08(金)
昨日の人はしつこくも今日も電話を寄越す。
まぁ、センサの開発者が死にそうなのか死んでしまったか・・・ぐらいの爺さんで後継者も育てていないので・・・こういうことになるのである。
なんだか、貧乏くじを引きそうなので心から御辞退申し上げた。
それにしても、僕を紹介するだけで昔の顧客を放り投げてしまうような爺さんにも困ったものである。
何故か明日も仕事があり・・・まぁ、明日で今の会社から開放される。
まぁ、何事も経験だ・・・が、仕事を長く続けられるか・・・続かないか・・・本当は適正よりも環境(人的な)の方が大きいのかな?
今回は本当にこの人と仕事するのは心から遠慮したい方がいらしたので僕も我慢し切れなかったし・・・ある朝ぶち切れた・・・
2005/07/07(木)
倉庫で仕事をしていたら昨日のY社の方からまたケータイに電話が来た。
話しを良く聞いてみると・・・「MKックスという会社で仕事をしているとトルクテスタ屋のおじいさんに聞いたので電話したら、退社したと言われたのでケータイに電話したら・・・結構冷たいじゃないですか・・・と、来た。」
「おうおう、辞めたってか?実は辞めんのトーカ付けです。まぁニアリー・イコールで勘弁しますが・・・それにしても馬鹿な会社ですみません。もっともガラモノ屋なのでこう言った仕事は出来ませんけど・・・」
・・・で、彼の目の前の課題について聞いてあげたら・・・要するに「良く判らないので、昨年末から特に 何も解決できてません・・・」というBKJ的発言をしていたので・・・「申し訳ないけれど便利屋じゃないので本気で困っていない方に協力できません・・・」と思わず切れた。
きっと彼の職場では頻度は高くなくてもトルクセンサの限界を超えた測定をしなければイケナイ場面が年に数回ある様だ・・・
僕が28歳ぐらいの時に悩みぬいた内容とコンパチなので、トルクテスタ屋のじいさんも再度僕の紹介をした様だが・・・
僕としては、ぜ〜ったい自分の手を汚さないで人頼みにして仕事をまわそうなんて考えの人には協力できないのだ・・・だって、そんな物に触ったら一生面倒を見なければならないからね・・・
2005/07/06(水)
ちょっと近隣?のY社の方から・・・「どうするの?今度こそ独立するの?」って仕事中にケータイに電話がかかってきた。
なかなかタイミングが良くって、僕の大嫌いな方と話しをしている最中だったので僕も思いっきり会話に乗った。
「未練がましく仕事を出したいの?ダメだよ・・・」
彼からは昨年、週末の暗くなってからや休日に3回ほど出動要請を受けたことがあるのだが足をモガレタ僕にはどうしようもなく・・・
若かりし頃の僕はダイナミックトルクの測定に関して相当深くハマッタことがあって・・・20代に測定器(センサ部)の原理と構造の問題から相当苦労と勉強をして開発者のオジサンに教えて上げられるくらいまでになったことがあって、前職の会社にあった同じ方式のトルク測定器なんて怖くって触る気も起きないぐらいハマッていたのである。
20年近く前の物凄く古く細い糸を手繰って来てくれた様な方の期待に添えない自分は、また惨めなのである。
(裏を返すと僕を迎えに来るほど困っているわけでもない・・・と言う事でもある)
まぁ・・・久し振りにトルクテスタの事を思いだして懐かしい気分でもあるのだな。
2005/07/05(火) 不快だ!不快・・・
昨晩はハチのタイヤに穴が空き・・・
言葉で表せないくらい不快な事がバリバリ!
深い不快です!
なんて書いていたら猫の与作が「と〜ちゃ〜ん、あそんで〜にゃ〜」と来たのだ。
「るせ〜!あっちいけー!」って言ってやったら、僕のペットのネズミに突然襲いかかった!
「こえ〜!」
2005/07/03(日)
今日はゆいちゃんが中学校の友達と映画「電車男」を観に行くという事で出かけて行った。
こういう場合、お父さんとしては可愛い娘が馬鹿な男にナンパされない様にタダひたすら祈るばかりなのである。
夕方になってから元気に戻ってきた娘の顔を見て・・・ホッと胸を撫で下ろすオロカな父は何ともナサケナイ。
昔、保育園児のゆいちゃんと一緒にお風呂に入って「ピカチュウ・カイチュウ・チュウモン・モモンガ・ガイコツ・・・」とピカチュウの歌を毎日教えてくれるゆいちゃんの意思に反して全く覚えないで創作に明け暮れる僕の頬をギュウとツネられていた頃も情けなかったが・・・
2005/07/02(土)
朝、自転車で高草山へ出かける。
帰りがけに自転車屋へ顔を出したらレイアウト変更中であった。
つい先日までの満員電車の中の様なお店の中のレイアウトに比べると大分すっきりして良いのである。
家に戻りゆいちゃんと昼飯を食う。
あっくんと妻はバドミントンで何処かへ出かけたままである。
昼飯の後に、ゆいちゃんもバドミントンの練習に出かけてしまった。
僕は猫のレオンと一緒にジョンに話しかけながら・・・器用に読書をする。
久し振りにトシさんから電話が入り、「出かけておいでよ・・・」と小汚い我が家へ遊びに来てもらう。
トシさんは、崩壊しそうな我が家と僕をずっと観ているのでけっこう心配してくれているのである。
近況について語り合い夕方トシさんは帰って行った。
夕方には家族も戻ってきて・・・ケータイの契約内容の変更に出かける。
ゆいちゃんに持たせているケータイのMAIL使用料が高すぎるので最近出来たMAIL定額の契約をするついでに家族割引等、妻や自分のケータイの契約内容を最もお得な内容に変更しよう・・・という目的である。
・・・しかし、今日は7/2である。
契約変更の話題が上がった時に僕は「毎月1日付けで変更だから6月中に手続きしないとだめだよ・・・」
「ゆいちゃんのテストが終わってからで良い。」と妻が言い切っていたので、今日やった手続きが有効になるのは一ヵ月後なのである。
まぁ、我が家は万事こんな感じで僕の意見は無視されて日々が過ぎてゆく。
2005/07/01(金)
僕は今夏は空梅雨で居てもらいのだが・・・梅雨前線が停滞し始めた。
こうジメジメすると寝たきりのジョンが腐ってしまうんではないかと気になって仕方がない。(先日は本当にカビちゃったし・・・)
あのジョンの衝撃的な発作から3ヶ月が経とうとしている。
完全寝たきりのワンコがこんなに長く生きてくれるなんて思ってもみなかった。
・・・寝たきりでもこうやって生きていてくれるってことは有りがたい事なのだけれど、本当はもっと元気でピンピンしていてもらいたかった。
やっぱり、本当なら今頃もピンピンしていたのだろう。
ジョンの事は3番目4番目にして来た僕らの過去の積み重ねがこういう結果を招いてしまったんだろうな・・・
ジョンだってたった一度の生を生きているのだし、けものと暮らすってことはそういう物や彼らの人生まで預かってしまうって事。
ペット・・・っておもちゃじゃあ無いからな・・・
・・・なんて思いながら与作を抱っこしてみて・・・「なんて可愛い顔してんだろう・・・さすがチャンピオン直系の猫だな・・・」などと感心したり・・・。
そういえば、仕事では・・・今頃になって急に引き留めが入ってきたりして困惑したな・・・。