2004/12/31(金)
昨晩はA氏、Fじゃる、S刑事、寅さん、STさんと藤枝で飲んだ。
飲みに行く直前にTVが映らなくなった・・・どうやら屋外にあるブースターが壊れたらしい。
今日の朝から直しにかかる・・・しかし、生憎天気が悪くなり屋根に上れない。
断腸の想いで・・・民放をあきらめBSだけ観る事にする。
ベイシア電気へ行きBSアンテナを買って雨の中ベランダに取り付ける。
ガタガタやっていたらビデオデッキまで壊れてしまった。
まぁ、とりあえずBSだけは観る事が出来るようになったので良いとしよう。

タイの工場の水かきに始まった今年は、持病の悪化や、母親の癌の手術、自分の退社、等いろいろあった。
ま、これも人生の転機であるから・・・前向きに頑張ろうと思う。

2004/12/30(木)
寒い!
富士山も冬の富士山になった。
今年も、残すところあと一日である。

2004/12/29(水)
伊豆の実家へ行ってお正月の注連縄飾り等をもらってきた。
僕のオヤジは注連縄飾りを作るのが非常に上手なのである・・・が何故か商売をしない。
それでも、お歳暮代わりに配ったりするので半端な量ではない。
この冬は、オヤジの所へ弟子入りして技の伝承を受けておこうと思っていたが、寒くなると根性がなくなってしまうので結局行かなかった。
来年こそは行こうと思うのだが・・・

諏訪の方では雪が積もったようだ。
富士山や箱根の方でも雪が降っているようだ。明日の朝、富士山が見えればいいなー

2004/12/28(火)
朝からベランダの洗い掃除やらサッシの掃除やらでちょっと疲れた。

ヤフ奥に出してあったフリーダで使っていたスタッドレスが片付いた。
近所(藤枝)の人が落としてくれたので全てが楽であった。

2004/12/27(月)
今日の午後、子供たちは年末年始を諏訪のジジ・ババの家(妻の実家)で過ごす為、妻の運転で出かけていった。
寂しく見送る父に「じゃ〜ねぇ〜」と元気に且つ無邪気に出かけていった。
その後、前職で取引があった電材の商社の前所長と御茶屋で会って世間話と最近のこの近辺の業界話を聞く。

夕方、ジョンの散歩に行くと、とっても寒い・・・「たまらん・・・」と家に戻り、「今日の晩御飯は何を食べるのかな・・・???」
なんと、妻は僕の晩飯の用意をしてくれてない・・・。もう暗くなっちゃったし・・・飯抜きか・・・
捨てる神あれば、救う神あり・・・で、トシさんが電話をくれて一緒にご飯を食べに行ってもらえることになった。
その後、本屋にも連れて行ってもらい本を買う。
お正月用に「蒼穹の昴」全4巻を買い込んだ。

「夢屋」という最近出来た大きな本屋なのだが、コンピュータ(PC)関連の本は充実しているが、電気の本が殆ど無く全く使えない本屋である。
ハードが無ければソフトウエアなんか要らないのだが、最近の世の中はどうかしている。
ハードがダメではどんなに手の込んだソフトウエアなんかも何の役にも立たないのに・・・
とか言いながら、「日経ソフトウエア」と「Cマガ」を買った。
日経ソには僕の旧い知人が連載を持っているのだが、連載が始まってからはじめて買った・・・既に8回になっていた。
彼から夏前にMAILで「連載が始まるので買ってくれるように・・・おかしなところがあったら、世間に罵倒される前に頼むから教えてくれ・・・」とccで多数の知人に送った蟲の良い依頼があったので無視していたのだ。
沢山の人間に送ってしまったら、もうそれは世間と知人の線引きも難しくなってしまうからなぁ。
もう一冊の今月のCマガの特集は名作である。エラー制御アルゴリズムについてサルにも解かる様に書かれている。
ここまで丁寧に書いてある書籍は見たことが無いのでエライ。

もう一冊・・・シンコーミュージックのBeatlesのスコアを買った。
何で今更・・なのだが、実は僕が弾くブラック・バードのギターは変な癖がつきまくってポールの弾くギターと似て異なる物になってしまっている。
相当アレンジされていて格好いいのだが、元がどんなだったか解からなくなったし、CDを聴きながらもう一度譜を起こす気にもならないので思い切って買った。

2004/12/26(日)
朝から出時亀をもって写真を撮り年賀状を作成。
ゆいちゃんはお出かけするとかで、写真を一枚もらいスキャナで取り込む。
ジョンの起きている時の写真を撮ろうと思うのだが、目の前に行くとカメラを食いにくるので上手く撮れない。
結局、寝ているところの写真になってしまった。
明日から子供たちは諏訪に行ってしまうので今更どうしようもないのである。
とりあえず、写真の不味さはレイアウトで賑やかして誤魔化す事にした。

今晩も村の寄り合いが行われた・・・何故か、突然予期せぬ完結をみた。
ここずっと町内会長選考委員の打ち合わせとお願いの会に出ていたのである。
・・・年を越さなくて良かった。

なんか、スマトラの沖で大きな地震があったらしい。M8.9???なんてデカイんだ。
あの、阪神淡路大震災だってM7.2である。M8.9は観測史上5番目の大きさだというではないか。
大きな津波が発生した様で、タイのプーケットも被害にあったようだ。
先ほどTVのニュースで津波の映像を流していたが・・・そりゃ恐ろしいものであった。
ちょうど今頃はクリスマス〜新年の休暇という一年で一番賑わう時期で観光客は一杯であっただろうと思う。
僕もタイに居た頃は毎年子供が冬休みになると家族にタイに来てもらい年末年始の一週間ぐらいをプーケットで過ごしたのである。
ホテルの料金もディスカウント無しの価格になり、しかも予約は一週間以上連泊のこと・・・等という条件が付いてしまう。
もっとも、一週間居ても全く退屈しない所であったが・・・

プーケットでは毎年パトンビーチに行っていた。
そのビーチに居るドーナッツ売りの4番のおばさんとはウチの家族はお友達になった。
2回目に行った時にも「また来たのね、4番を宜しくね・・・」と、ゆいちゃんとあっくんを可愛がってくれた。
3年目の帰る日の午前中浜へ出た時に、いつもの様におばちゃんがやってきたので「今日帰るよ・・・」といったら
ホロホロ涙を流して別れを惜しんでくれたものである。
毎日80バーツぐらいのお付き合いだったが、プーケットで津波・・・と聞いたときに真っ先に「4番のおばちゃん大丈夫かな?」と気になったのである。
元気で居てくれることを祈る。

2004/12/25(土)
大分冬らしくなってきた。
シャム猫の与作は寒がりなので最近はやたらに抱っこをおねだりしてくる。
本を読んでいる時に与作が寄ってきたので、近くにあった新聞を山形においてあげたらその中に入ってしばらくご機嫌で居てくれた。愛い奴である。

2004/12/24(金)
薄ら寒い曇り空のなか、妻のMPV(持ち主は私)にスタッドレスを付けた。
あっくんに手伝ってもらったので大分楽が出来た。さすが・・・息子なのである。
写真上が純正ホイールの夏タイヤ、下がスタッドレス。
見た目・・・安っぽいホイールである。
ついでに、水口竜司 謹製の”ちょっとイナズマ”をMPVに付けました。

2004/12/23(木)
<拉致被害者家族会と救う会は22日、国会議員を対象に実施した北朝鮮に対する経済制裁発動の是非についてのアンケートで、82.2%が「早期に経済制裁を発動するべきだ」と答えたと発表した。>
この記事に接して益々国会議員とは何をするヒトぞ?と考えずには居られない。
日本が北朝鮮の第一貿易国であるならいざ知らず、中日韓の順であり、北の輸入貿易金額の1/4である。
しかも、超輸入国であるので、超強大輸出国である中国が隣に居るのだから大した制裁にならないのじゃないだろうか?
国民感情にへらへら愛想をうつばかりではイケナイゾ!と思う。
・・・色々揉めている中でもう一つ思うことは、第2次世界大戦の終わりに旧ソ連が38度線を引いて占領していって、今がある国なのだから、どういう理由があれ、ちゃんと面倒を見させなければいけない。
今の時代に、自分が自衛官であったらキット恐ろしくなって自衛官を辞めているだろうな・・・と思う。

今日も妻と娘が朝からバドミントンである。
最近ズットそうなのだが、何処へ行くとも何時頃帰るかも言わないで朝早くから出かけていった。
サトシが来てくれていたので、あっくんは退屈で死にそうにはならずに済んだ様だ。
晩飯までには帰るだろうと思っていたのだが一向に帰ってこないし連絡も無い。
僕は7:30から村の打ち合わせで今晩も出かけなければならないのだが・・・帰ってこない。
子供たちは、腹が減った〜・・・と喚くのだが、もう暗いので歩いてコンビニに行くのは辛いし・・・
7:20になっても戻らないので、仕方なく「赤いきつね」と「緑のたぬき」を食べることにした。
僕の分には「赤いきつね」しか無かったので仕方なくそれを食べる・・・のだが「赤いきつね」は放置時間5分である。
時間が無いので思い切って食したが「赤いきつねバリバリ食味」は凄くマズイのである。
2時間ちょっとの打ち合わせを終え家に戻ると・・・未だ帰ってきていない。
結局10:00頃になってやっと戻ってきた。馬鹿すぎて話をする気にもならない・・・尤も話す必要も無いのだが・・・
とにかく、今日は滅茶苦茶オナカが減ったまま寝るしか無いのだ。

2004/12/22(水)
昨深夜、20年ぐらい付き合いがある、とあるベテランのエンジニアからHELPのMAILが入っていた。
僕が会社を辞めてから、たまにMAILを寄越すのだが、仕事のHELPは初HELPである。

「リアルタイムに動かなきゃイケナイ場面で時々リアルタイムに動かないケースがあるみたいで・・・
データ落ちが原因で誤判定が出ちゃっているようなんです。
何の問題も無い板をNGでハネちゃって、再検では何度通してもOKで再現できないんですよ・・・
板の単価が高いですから現場の突き上げが厳しくって・・・神様HELP!」(by fumiya)という事である。

だいたいチンチンになっている時は単純なトラップに嵌り易い。
解決策はきっと簡単である・・・多分。
従来の様にC/C++等で書いている時にはメモリ確保・開放(malloc・free)を繰り返し、mallocでFailになれば、どっかでメモリリークしたり、他のプログラムでメモリの大量消費をしたり・・・でmalloc以降の本題の処理に入る前に何か適切な処理をしておけば、リアルタイム性を必要とする部分でプログラムの実行時間は保証できる。
しかし、GC(ガベージコレクション)の機能がある最近の言語で書いたプログラムでは、メモリを大量消費し、かつリアルタイム性が要求される様な場面でGCが最も発生しやすいのだ。
オフィス用のプログラムでは全く問題ないが、FA用途等では佳境の大事なところで、でっかくメモリを消費しようとするのでGCが動き出してしまうのだ。

>GCが発生してはいけない場面では先にメモリを確保しておくこと。

・・・と、今朝たった1行のMAILを送った。
きっとズットCでやってきたので、最近のCではすっかり無くなった(昔はコンパイラのバグで存在した)ためにあり得ないと感じられるトラブルだとおもう。
すこうし高級言語に慣らされたために明示していないメモリの確保・開放を目を皿のようにして凍て付く冬の午後2:00までしか陽が当たらない谷間で検索しているのであろう・・・。
・・・実は、この言語は当の彼から何ヶ月か前に「使ってみ?良いよ」と奨められ、ちまちま僕はお勉強している。
MAILで親切に色々書いて「じゃあ水口さんプログラム見直してください・・・暇でしょ?」なんてプログラムを送ってこられても困るのである。
僕は年内に「徳川家康」を読み切り、正月には浅田次郎の「蒼穹の昴」を読む予定なので困るのだ。

それにしてもHVの大パネルを評価するのにメモリ管理をおろそかにしたプログラムを40歳になって書いていたりしたらやっぱり大馬鹿者なのである。
デバッグの仕方は、NGのパネルのデータをHDDに落としておいて誤判定品のデータを確認してみれば良い。
普通GCが発生すると、プログラムが息継ぎをした様にみえる。
多分、検査装置のデータは何フレームかデータが落ちていると思う。(・・・こういう確認はやっているに決まっている。)
オフィスアプリ以外のプログラムの教訓:
1:メモリの確保・開放はCの様に明示すること。
2:ついでに、キャストも明確に。

そういえば、前の会社では役職の或る職位をGCと読み書きしていたが、世間ではガベージ・コレクション(ごみ収集)と呼ぶのだが・・・改めて考えてみると・・・そういうことだったのかも知れないな。

気が付けばYahooとMSNの検索に以前のように僕の名前がひかっかるようになった。
やっぱり、HPには検索をリンクしておかないとダメなのかなぁ?

ちょっとイナズマは一応の完成をみた。明日以降フィールドテストに入る。
今日製作していて、もう一つ回路を付加して現在市販されて居る物に欠けている機能を足す事を思いついたのだが・・・パーツが無い。

2004/12/21(火)
ちょっとイナズマの件。
やっぱりアキバと静岡ではパーツの価格差が大きい。
静岡のマルツ電波で部品の仕入れをしたが、一台分で売価近くなってしまう。
特に8sqの耐熱のアーシングケーブルが¥840−/mもするのである。
やっぱり、パーツはアキバで買わなきゃダメである。
夕方は、妻に付き合って黄帽へスタッドレスタイヤを取りに人足として行く。

また今晩も村の寄りあいがあったが、明晩もまた行かにゃならん。

2004/12/20(月)
また今晩も村の寄りあいがあった・・・中々困ったもので明晩も行かなきゃならん。

D用のGUIを本日送付、早速Linux用も出来ないか問い合わせがあるが、気が乗らない・・・
PCの中だけで動くプログラムは面白くないのである。

2004/12/19(日)
昨晩は「まちづくり」の忘年会でしたたかに飲んできた。
一次会の会場が村の公会堂だったので今朝8:00に片付けに行ってきた。

お正月に妻の実家へ車で行くため、妻の車(MPV)用にスタッドレスタイヤを注文しに黄帽に行った。
途中、スタンドで車に給油。その時にあっくんに働いてもらった。

今日は冬らしい天気である。今も外は木枯らしが吹いている。

2004/12/18(土)
あっくんは大分お兄ちゃんになってきた。
背の高さも、ディスカバリーパークの海岸の柵より頭が高くなった。
そういえば、顔つきも幼児面が抜けてきた様に思う。

2004/12/17(金)
今日も夜7:00頃から老犬ジョンのイナナキが始まった。
どうやら、家に居るのは僕だけのようである。
ジョンはヒト気がなくなると不安になる様で嘶いてずっと誰かを呼び続けるのである。
まぁ、僕が居ることを知ってなのかもしれないけれど・・・
そのタイミングはちょうど先週の金曜日の晩に依頼した浜松の不動産屋から電話がかかってきていて、スグにジョンをみてあげられなかった。
電話が終わって慌てて下におりてジョンの様子を確認する。
散歩に行きたいのかな?・・・と、外に連れ出そうと、2階のPCを停止しに上がると・・・
ネコの与作がキーボードの上で丸くなって寝ていた。
僕はこの4週間ぐらいD言語というプログラミング言語を駆使してD言語用のHTML風GUIのライブラリを製作していたのである。
バックアップ用に使っていたLinuxはFedoraCore3にVerUPした時から調子悪くて・・・
「与作さ・・・と〜さんバックアップ取ってないんだけど・・・」
そっと与作をどけると電話が繋ってきたときプログラムを書いていたエディタの上で踏み踏みしてくれてあるでは無いか・・・
挙句、ファンクションキーからmakeまで実行してあるし・・・
泣きたくなるのは、このNECのNotePCのキー配列で・・・右上の隅にDelとBkSPがあるのだ。
与作はシャムネコなので短毛のため寒がりなのである・・・それで暖かいPCの上で寝ているのである。
与作を怒っても仕方ないのだが軽くデコピンを呉れて、寂しくジョンの夜のお散歩一回目に行く。
ジョンのお散歩をしながら、ジョンのためにはもうちっと家に居なきゃまずいな・・・とも思うのだが、家族は羽根つき、父は留守番業じゃあ飯は食えないので、それはとってもマズイのである。
どうせ一家団欒など無くなってしまった家庭なのでその辺は割り切っていくしか無い。

結局、夜2回目のお散歩の9:30過ぎまでジョンに付き合い、それからファイルの復旧にかかるのだが・・・何とも悲しいのである。
Linuxのサーバさえ立ち上げておけば、10月にPerlで作ったブリーフケース機能でサーバファイル内のバックアップファイルは最新版になっていたはずなのに・・・
とにかく、何は無くとも今のうちにライブラリだけは充実させておかないといけないのである。
・・・で、D言語って素晴らしいね。VBやJavaの様な初心者向け言語で3年ぐらい経験した後Dを使うと目が覚めるような思いをすると思う。
特に、煩雑に拡張され続けているCやC++からDを見ると、眩いばかりである。

昨日、社会党亡き後の共産党に幾ばくかの期待を寄せていたことを書いたのだが、共産党で唯一利用させていただいているのがHPである。
共産党の政治関係の解説記事は大変わかりやすいのである。さすがインテリ集団・・・と想う。

2004/12/16(木)
今週は良い天気である・・・少し寒くなっているが冬らしくない。
富士山の雪も少ないし、箱根なんぞには雪のかけらすら見えない。
16年前に亡くなった伊豆の祖母が僕が高3の時の正月に「あったきゃ〜正月にゃ〜地震が来るだよぉ〜」と僕に教えてくれた。
祖母の言ったとおりに2週間後に伊豆で直下型の地震が起こり揺れている最中に祖母の言葉を思い出したものである。
今年の漢字・・・は「災」だそうである。
台風や地震による災害の他に北の何とかが大変やばそうである。
経済制裁をしたら・・・彼らは物理的に報復する・・・と言っている。
日本のメディアはその物理的という言葉が何を意味するかはハッキリ言わないのであるが、要するにヤ○ザの言うセリフと同じことを言っているのである。
今すぐに軍備は準備できないので全面的な経済制裁はやめて貰いたい・・・何故なら怖いからである。
早く日本は兵器を備える事をしなければいけない。制裁はそれからにしよう。
今後の日本の経済発展は軍需産業で支えるのが良いのである。

北との交渉の中で日本共○党が裏で何かしてくれれば良いのだが全く何もしない。
共○党員は北とは人脈が無いのだろうか?
僕は、多少その辺を期待していたのだが全く裏切られた。
ウチの愚妻が生協(巡回販売車)で毎週結構な量の物を買っている。
僕は以前から共○党になんかに金をあげるなと言っているのだが一向に止めてくれない。
奴らは腹黒い商人で愚かな人々からお金を巻き上げ・・・どうせ期待されていないから政治なんかしなくて良いや・・・とやっているだけなのか?
兎に角、議員数も政界での影響度も滅茶苦茶に貧しいのだが、財務状態だけは滅茶苦茶に裕福だという許せない政党なのである。

2004/12/15(水)
垂直磁気記録のHDDが東芝の手によってようやく日の目を見るようだ。
既に僕が学生の頃には磁気記録密度を高める方法として注目されていて、記録方法も当時あった。
卒研の研究室が元超微粒子の研究室であったので非常に身近なテーマであったのだ。
あれから20年・・・きっとこの技術に着目されてから30年以上経っているだろうから真にようやく・・・である。

HDDというのは非常に便利な物である。
特に音楽を落として使うと有り難味は痛感させられる。
最近はHDD内臓のウォークマンタイプの機器が出回っている。
あの20年前に有難かったカセットのウォークマン並みの価格でカセットテープ1,000本分くらいの音楽データが入るんだから、そりゃ凄い物である。
垂直磁気記録とは、それが1.5倍ぐらいの容量になる技術なのだから・・・大変有難い事だと思う。
以前であれば、こういったニュースが入ると又HDDモータの規格が厳しくなると憂鬱になった物だが、一般ユーザとなった今では本当に有難い。

小型のHDDの事もマイクロマシンと呼ぶ人が居るが・・・そうだろうか?
マイクロマシンというTVニュースで使うような言葉は、最近のエンジニアリングの現場ではメムス(MEMS)という呼称で呼ばれる。
カナで書くとマイクロ・エレクトロ・メカニカル・システムスなのでHDDもそうかな?とも思うが、実際にはそうでないだろうと思う。
一般的に、半導体のウエハ上などにメカニカルな機構を持ったセンサやその処理回ををオールインワンで押し込む奴を言う。
アンプ内臓の加速度ピックなんかがMEMS入門のデバイスなんじゃないだろうか?

垂直磁気記録といえば光磁気ディスク(MO)である。
最近は流行らなくなってしまったが、バックアップメディアとしての安定度はピカ一である。
何故なら、その名の通りレーザーで磁気記録のポイントを溶かしそこに磁気記録し冷えて固める・・・・
従って磁気的には非常に強固な状態で記録されるのである。
そこら辺にある磁石をくっつけても記録内容は保持される程強いのである。
ヘッドが複雑なため大きく重くリードライトが遅いという欠点があるが高信頼性故に絶対生き残っていくメディアだと僕は信じている。

今晩も村の用事で家を空けなければならなかった。
残念な事に今日は羽根つきで家族が居なくなる日に当たってしまっている。
馬鹿な家族は平日の夜でも9:30過ぎでないと戻らないので、老犬ジョンのお留守番が心配で仕方ない。
村の用事が終わらず、「今日はあきらめよう・・・」と、幸いな事に9時頃に家に戻れた。
ウンチを片付け、床を拭くとジョンが「おしっこしたい(お外に行きたい)」と言う。
最近のジョンはお散歩中に良く発作を起こすのだ。
昔だったら大した事では無い胃液を吐く生理現象なのだが、老犬にとってはとっても大変な事なのである。
今晩もお散歩中に胃が痙攣を起こし、胃液を吐こうとするのだが、胃が痙攣した段階で体中が痙攣を起こし倒れこんでいった。
昼間だったらスグに助けてあげられるのだが・・・紐の先を懐中電灯で照らすとジョンは側溝に落ちていて、かろうじてハーネスで墜落を免れていた。
あわてて引張り上げ、マッサージをすると「ウォ〜〜ン」と悲しそうに3回啼いた。
前足も立てなくなっているので抱きかかえて胃液を吐き出させると、やっと落ち着いてくれた。
歩けないほど疲れ切ったジョンを抱っこしながら懐中電灯で足元をてらし家に戻る。
夜は、外に連れて歩くだけでイッパイイッパイなので勘弁してもらいたいのだが、最近は寒いためか夜のトラブルが本当に多いのである。

2004/12/14(火)
ふたご座流星群が夜中にきれいに観えるらしい・・・僕も昔は良く星空を眺めていた。
学生の頃はドテラを着込みウイスキー(壜)とギターを抱えて天白川の堤防で星空見物をしたものである。
あれから30年の時が過ぎ僕のCCDには星が捉えられなくなってしまった。
先ほど村の打ち合わせがあって出かけてきたのだが、帰り道空を見ても何にも見えない・・・
「ぇ!一個か二個は見えるハズだろ・・・」良く考えたら今日は曇天である。
いつも、その一個かニ個の星を元に星空を想像するのだ。

2004/12/13(月)
先日ウィルスメールを送りつけてきたタワケが自首してきた(メールを送ってきた)。
感染力が非常に弱いウィルスなので勘弁してくれるように・・・それで問題のメーラーはどういうふうになったのか聞いてきている。
実際に件のメーラーで問題が起こるのは受信ボックスの中にウィルスメールが入った後で異常が検出された場合であって、受信中(メーラーに送られる前)に検出される分には問題が無い。
奴はとっても昔の友人なのだが・・・とりあえずメールも削除して無視することにする。

ホットイナズマというチューニング(怪しいが)パーツがある。
むかし、前職の会社の同僚が作ってくれと言っていた・・・のを思い出した。
その人は海外に行ってしまったので進呈できないが、妻の車にでも黙ってつけてみようかな?
・・・二番三番煎じなので「ちょっとイナズマ」ということで・・・

2004/12/12(日)
今日は朝から家族はバドミントンでどこかに出かけてしまった。
自分はまちづくりのジャンボ門松を作りに出かける。
門松は意外と早く完成しやれやれであった・・・
今年は暖かく、しかも風が無く作業が捗ったのである。

明るいうちに家に戻りジョンのお散歩に行こうとするが、
家に戻ると居間がジョンのウンチ君だらけになっていた。
片づけをし、お散歩に行く。
ジョンは既にボケが相当進んでいて、みるも哀れな老犬状態である。
あのお茶目な賢いジョンがこんなになってしまったのを見ていて泣けてきてしまう。
そんなジョンには、むかし大変勇気付けられたり、楽しませてもらったりした事だけは忘れずに接することにしている。

暗くなってから家族が戻ってきたが、飯が終わらないうちに妻が又バドミントンに出かけていった。
今週は5日間バドミントンで家を空けている。
今年の春には何度か話をしたのだが、ずっと妥協点を逸脱した行動を取っているので、
もう余りに馬鹿すぎて話をする気にもならないのである。

2004/12/11(土)
今日も快晴・・・久しぶりに8を引っ張り出して吉田の黄帽に行った。
夕方はジョギングして久しぶりに海を見に行ってきた。

2004/12/10(金)
一昨日酸だーバードのことを書いたら早速We留守滅入るを届けてくれた方が2名ほどいらっしゃって、僕の酸だーバードは死の淵である。
そういうわけで12/08の日記の語尾を修正して断定した言い回しを改めている。
とりあえず、好戦的な方たちには戦う意思が無いことを宣言しておく必要があろうかと思う。
・・・こんな事があって、12月から毎日書こうと思っていたのだが昨日は書けなかった。
世の中結構サプライズな事が多いのである。

2004/12/08(水)
昨日Thunderbird 1.0(英語版)が正式リリースされた。
このソフトウエアはMozillaプロジェクトから先日リリースされたWebブラウザのFire foxの親戚のメーラーである。
両方とも家ではメインのブラウザとメーラーとして使っているのだが・・・ブラウザは兎も角メーラーは仕事用としては奨められない。
ベースは良いと思うし結構正式前の版でも安定している(OEよりは落ちない)だけ〜が・・・
苦1:受信フォルダ形式がUnixのMAIL形式であること・・・らしい
  ・何故ならば、フォルダで1ファイル形式だからウィルスに感染したときにはフォルダ毎消えてなくなる・・・多分・・・らしい。
苦2:ファイルの分割・連結が出来ない・・・らしい
  ・これは最悪である・・・分割ファイルを受信したときには別フォルダにファイルをセーブしてエディタでくっつけてUUDeviewというフリーソフトでデコード・・・すれば良いそうだ。
   送信ファイルの分割等は別のプログラムでするか・・・しないか・・・らしい。
という致命的な制約が付いてしまう。
ウィルスの件は僕には何も出来ないが分割ファイルの連結ぐらいはメーラーの中でやりたいな・・・と思ってアドインプログラムを作りかけたがOEを使えば解決できる問題なのでやめた。
そうやって考えると、EdMaxの方がまともである・・・かも知れない。

今日、BBSにスレがたった。このままスレが増えていけば良いが・・・
何と言っても、ぐっちょんの初物スレ以来である。
で、ぐっちょんの初物スレだけで130カウント行っちゃったのも凄いと思う。

2004/12/07(火)
久しぶりにSONYの製品を買った。
XYZはナカナカ良い商品である。
やっぱり・・・その時その時の究極の商品開発をしている会社はエライと思う。

2004/12/06(月)
滅茶苦茶良い天気であった。
富士山もきれいに見えるし、白銀の南アルプスも凄く近く見える。
これからの3ヶ月程は富士山がきれいに見えて滅茶苦茶寒い風が吹きまくる季節なのだ・・・

2004/12/05(日)
昨晩から今朝にかけて物凄い風が吹きまくった。
風が吹き付けたエネルギー量は先日の台風以上じゃ無かったと思う。
AM3:00頃に起き出して予想以上に風が強かったため庭の片付けをした。
その後2時間程は家が揺れるような強風が吹き荒れた。
日が差すころには空は晴れ渡ったが風は相変わらず強かった。
昨日気になっていたツルのお花は見事に散っていた。

朝のジョンの散歩は・・・体重が軽くなってしまったジョンは風に吹き飛ばされてしまってお散歩にならない。
その後、防災訓練があった。
僕の家は近くに自衛隊の基地があるのだが・・・当然のように基地とは何の関係も無く訓練は行われる。

基地といえば、最近は防衛費を削減されたりと、とんでもない予算の建て方をしている。
米ソの冷戦が終わり・・・米中もなんとかなり・・・北の乱暴物が解き放たれ好き勝手にやっている。
そこで、小泉さんが偉いのは経済制裁をしないところの様な気がする(本当はコワイ?)。
やっぱり総国家予算を防衛費に注ぎ込んででも、揺ぎ無い自己防衛可能な軍事国家にしてから経済制裁を発動する様にしてもらわないと怖くて仕方ないのである。
そう、今の日本は弱すぎるから北の乱暴物は腕を振り回すのである。
こういう時こそ防衛予算をイッパイとってヤル気を見せる時なのじゃないだろうか?

話は飛ぶが・・・昼間は南風がガンガン吹いており気温も25℃ぐらいまで上がった。
僕は久しぶりにTシャツ一枚で過ごした・・・しかし夕方急激に冷え込んでヤッパリ冬だな〜と思った。

2004/12/04(土)
家の庭の朝顔だか昼顔だか夕顔だかわからないツルにラッパ状の花が咲く植物が未だ枯れずにいる。
夏から咲いていて秋にも成長を続け11月頃は満開であった。
もう12月なのだが・・・お正月になっても咲いていたら面白いのでこのまま放っておこうか?
・・・等と思っていたのだが今夜から明日にかけて相当の荒天が予想される様だ。
この季節の嵐に花は耐えられるのだろうか?。

2004/12/03(金)
朝早くから眼科に行った。
この眼科医は名医と呼ばれている人だそうで、流石にものすごく混んでいる。
そのわりにじっくり時間を取って話をしてくれて非常に理解しやすく安心できるのである。
しかし「何の因果で・・・」と言いたくなるのだが、因果応報と言われるように業の問題であるのか?
つまり、因果覿面の状態に自分は置かれているのだろうか?

眼科の帰りに妻の運転する車の中でラジオを聴いているとタイの女性シンガーのタタ・ヤン(グ)が生で出ていた。
彼女は96年に僕が初めてタイへ行った頃にキュートなアイドルとして売れまくっていた。
確か、KitKatのCMにもタタが出ていたな〜。
僕は何本か彼女のカセットテープを買って聴いていた。
しかし、時は移り僕がタイに住んだ頃には全く売れなくなっており、
たまにTVで観るとデブになっていて昔の面影は何処へやら・・・と言ったかんじであった。
さっきWebで見てみたら、名古屋でブレイクしているらしい。
しかも年齢が24才だとゆうではないか・・・僕が見た96年って何年前だ?
それに写真を見てもタタ?って感じ、歌声は真しくタタなのだが。
日本ではタタ・ヤン(グ)の事を「たたやん」と平たくアクセントして呼ぶのが正しいらしい。
つい3年ほど前にTVで観たタタ・ヤンは丸顔の浮腫みっぽい真に「たたやん」であった事を思い出した。

2004/12/02(木)
今日は幕張メッセに行って「SEMICON Japan」を観て来た。
半導体関係の設備・検査装置がメインなのだが・・・
何せ未だに日本はその道のメッカなので相変わらずの盛況である。
クリーンルームとその関連機器や洗浄機では特に目新しい物も無く
(nishikenご推薦の荒川科学のダイレクトパス洗浄は見てきた)
液晶、プラズマのパネル関係も大画面対応の大型テーブルが出品されているぐらいで
最近はここしか無いという商品開発は停滞気味である。
こうなるとキャノンだけが目立った展示会になってしまっていた。

このキャノンのブースで設備の中を覗いてワークを置くテーブルのチャックの構造をメモしているスパイを発見。
あろうことか、そいつは僕の知り合いであった。
「わりゃ、なにやっとんじゃい!」と声をかけると・・・
びくっとして「面白い構造で・・・・」、
「やあ!久しぶり・・・」と彼の会社のブースへ連れて行かれた。
「ありゃ?みんな居るんだ・・・」相変わらずの面子である。
・・・と、言うことはこの人たち十数年ほとんどメンツが変わらないで仕事してたって事なのだ!

2004/12/01(水)
今日から、日記のページをフレーム仕様に変えた。

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