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山岡荘八

徳川家康  全26巻 2005年1月読了
僕がこの本を読み始めるにあたって色々な事があった。

先ず、何故この本を読んだかと言うこと・・・そして読み始めるまでのこと。

前職で同僚であった泥淋という輩がしきりに僕に「良書である」と、薦めてくれた。
しかし、全26巻ともなればそう簡単に手を出すことも出来ず・・・老後にでも読もうか・・・と考えていた。

この夏、幸いというか何と言うか・・・会社を辞める機会があり、体が空いたのである。
その時、真っ先に思ったのが「徳川家康」を読もう・・・

しかし、本を読むにあたって大変に難儀なことがあった。
それは、眼の焦点が合わなくって字を読むのが非常につらいこと・・・
これは医者に話しても全く相手にされなかったのだが、視野周辺がチカチカして物を見るのがつらい・・・しかも焦点が全く合わなくなることが良くある状態にあった。
僕は眼に持病を持っているのだが、特に2004年の1月辺りから視覚異常を感じ出していた。
3月に日本に戻り、その後かかりつけの眼科医にかかったのだが「疲れ眼でしょう、病気とは関係ないよ。」と言っていた。
組織変更があった会社で慌しく新年度の4月を過ごしGWを間近にしても眼は起きている間中チカチカし通しであった。
会社構内から車までの行程は短くなり楽になったとはいえ、暗い道を歩くのが本当に苦であった。
GW中には、通勤が楽になるようにライトが明るい車まで手配したのだ。
眼科医は何度行っても見たては変わらないし・・・焦点が合わなくなってつらい日々を悶々として送っていた。
6月に入った初日に会社へ出て丁度リストラの話の真っ最中であったので思い切って手を挙げた。
7月末日で退社し、早速本を読もうとするのだが・・・文庫サイズの字ではとても読めないのである。
そう言ったわけで、本棚に並んでいる「徳川家康」は眼が不安定な状態の期間に読んだ巻(〜10巻)はノベルズサイズであり、それ以降は文庫本になっている。

読了して感じること・・・山岡荘八さんは社会主義的思考を持った人なのかな?
確かに、戦後直ぐに始まった中日新聞の連載小説であるから軍国主義への怒り、そして平和への祈りが強く描かれている事は理解できるのだけれど。
徳川家康が聖人に書かれているしなぁ・・・と、宗教書を読むような感じで26巻を約半年かけて読み終えた。
確かに家康は壮年期以降75歳で没するまで権力者として君臨していたし、その後15代将軍の慶喜公までの江戸幕府の礎石を創った人でもある。
それ以上に列強の欧州各国からの侵略を受けずに第二次世界大戦までの旧近代国家への橋渡しをする礎であったわけだから、神様みたいな人なのである。

・・・確かに良書であるし、身になる書である。
やっぱり、こういう本はもっと若い時に読んでおくべきだったと・・・今更ながら反省することしきり。
この本の存在を知っていたんだからな〜。
奥が深そうなので、とりあえず現在はこれ以上のことは書かないでおこうと思う。

2005年1月大井川の自宅にて