2001年9月20日の一言



もう一週間以上まえになりますが、アメリカの貿易センタービルへの”旅客機特攻”は凄かったですね。
不謹慎かと思われるかも知れませんが、あまりにも信じられず映画の撮影かと思った位見事な壊れ方でした。

今回のテロ行動はかなり前から情報としては知られていたらしいのですが、その情報はあくまで『海外拠点へのテロ』という話だったらしく、アメリカCIAは完全に裏をかかれてしまい、面目丸つぶれになってしまったわけです。

その上、アメリカ国民へ強力な衝撃を与えただけ無く、世界経済にも大きな影響を与えてしまいました。特に下降気味だったアメリカ経済とどん底に向かって一直線に進んでいた日本にはかなりのダメージで、そういう意味でも今回のテロは行った側にしてみれば“大成功”かもしれません。

アメリカは『犯人許すまじ!』とメンツにかけて探した結果、大富豪でアメリカへのテロを支援していたウサマ・ビンラディン氏と特定。彼をかくまっているアフガニスタンのサリバン政権に引き渡しを求め、もし拒否されたならば戦争も辞さないとの考えを示しています。


私もそうなのですが、日本人の多くは中東に関しては殆ど知らないのが現状ではないでしょうか。
特に『イスラム原理主義』なんて普通の人は余り聞いた事はないはず。戦争マンガとかを読んでいたりする人は良く聞くんですけどね(^-^;)。

ただ、勘違いしないで欲しいのは『イスラム原理主義』が決してイスラム教と同義語ではないということです。
イスラム教の教典であるコーランには決して人を殺して良いとは書いていないし、原理主義が言っているような『戦って死ねば天国でも上位に位置できる』なんて一言も書いてありません。
彼らの主張は宗教を曲解して自分達の都合の言いように解釈しているだけです。ただ、これは彼らだけでなく、世界中の何処ででも行われています。
日本でも色々な宗派や新興宗教が出てきているのと同じですね。ただ、原理主義はその方向が戦いに向いてしまっているだけです。

そしてこういう事件が起こった後には必ず起こる同種族への言われなき迫害がやはりアメリカで始まってしまいました。

前に書きましたが、戦争が始まった時にも日本人や日系人に対して同様のいわれのない批判や迫害が行われました。
このときの合い言葉は『リメンバー・パールハーバー!』でしたが、今回は『リメンバー・トレードセンタービル!』だそうです・
それにしても歴史は繰り返すと言いますが、人間ってどうしてこう同じ様な過ちを繰り返すんでしょうねえ。
そんな事をしたって遺恨が残るだけで、決して良い結果は生まれないんですが……。


2001年9月11日の一言



ディスククラッシュ〜!

4〜5日ほど前になるのですが、その日の夕方までは正常に作動していたHDDがいきなり立ち上がらなくなってしまいました(T.T)。
色々やってみたんですがどうしても立ち上がらないので調べてみると、IDEケーブルの一部分が切れている様子。
で、手元にあった他のケーブルと繋いでみたのですが、どうしても立ち上がらない。
試しに前に使っていたHDDを繋いでみると、こちらはちゃんと立ち上がりました。

これはやはり新しいHDDがクラッシュしてしまったんだろう、と思ったのですが『もしかするとケーブルがATA33だから立ち上がらないのかも知れない』とこの前の日曜日にATA100のケーブルを買ってきて(ウチの近所にはケーブルを売っている店がないので、わざわざ50km離れたところまで買いに行かなければならないんです)繋いでみたのですが、やっぱりダメ!

大まかなデータはMOに写していたので大きな被害はないのですが、その間に受け取ったメールはサーバに残しておかない設定にしていたのでパア(T.T)。いやあ〜参ったなあ!

しょうがないので購入した販売店(といってもインターネット通販で買ったんですけど)のサポートセンターに電話するのですが全然繋がらないよ〜!
と言うわけで、現在は買ったところにメールを送って返事待ち状態です。でもHDDはクラッシュしたら復活しようがないのよねえ〜。


しかし、HDDクラッシュを食らうなんて何年ぶりだろう…。
大変だけど、変に懐かしい気持ちになっている今日この頃です(^_^)。


2001年8月31日の一言



何かここ最近はニュース満載でしたなあ。

SMAPの稲垣くんが逮捕されたのがきっかけでもないでしょうが、その後電機メーカー各社はまたもや大規模なリストラを発表するし、平均株価は1万1千円を切るし、とどめがまたもや神奈川県警不祥事ですか(^_^;)。

それにしても稲垣クンの逮捕の件も、駐車違反で切符を切ろうとしたのを無視して逃げようとした稲垣クンの車の前に女性警官が飛び出して全治5日の怪我を負わせたから、駐車違反、公務執行妨害の上に傷害罪まで付けるなんて、芸能界へのみせしめ以外のナニモノでもないような気がしませんか?

普通の人がこのくらいの怪我で訴えても無視するくせに、警官がやられると徹底的に追及するんですよねえ。
警察ってのはどうしてああいうイヤな性格をしているんでしょう…。


それと、電機メーカー各社がまたもやリストラと称した人員削減を発表しましたが、私に言わせれば日本の企業のトップは自分達の頭が悪いのをさらけ出しているとしか言いようがありません!

なぜなら人員削減による人件費の節約と言う、最も頭を使わないお手軽なリストラの手段に出ているからです。
それに人員削減が必ずしもベストの策と言うわけではないんですけどねえ(;-・。・-;)。

所詮人間が人間を選ぶのだから、そこにはさまざまな思惑が考慮されています。


ちょっと話は変わるのですが、私の知り合いからこういう話を聞いたことがあります。
その人の友人でものすごく“切れる”人がいたそうです。
で、その“切れる”人が永年勤めていた会社を辞め、新しい就職先を探していると聞いた私の知り合いが、自分の知っている会社を紹介したらしいんです。
知り合いも紹介する人はものすごく優秀だから、その会社には当然採用されると思っていたのですが、結果はなぜか“不採用”

納得のいかない私の知り合いは、その会社の営業部長を呼びだし不採用の理由を教えてもらおうとしました。
『なぜあんな優秀なヤツを採用しないんだ!会社のためにも勿体ないだろう!』と言っても、最初のウチはなかなかはっきりとした理由を言わなかったらしいのですが、トコトン追求したらようやくこう言ったそうです。
『彼が優秀なのは面接でよくわかった。だから彼が入ると私の地位が危ないと思って採用しなかった。』

この答えにはさすがに私の知り合いもあきれてしまい(と言うか逆に哀れになってしまったらしいんですが…)、それ以上追求するのはやめたそうです。

無能な上司は有能な部下を扱い切れませんから、自分よりも更に無能な部下を手元に置こうとします。
だからリストラされた人が決して無能とは絶対に言い切れない!と私は実体験で良く知っています。

そして今の日本の企業には、無能な上司がゴロゴロしてるんですよねえ(^^;)。


追伸 最近では『ONE PIECE』のスモーカー大佐、『おジャ魔女どれみ』のオヤジーデ、ちょっと前には『レッドバロン』のアシモフ博士等の声を演じられていた松尾銀三氏が25日にお亡くなりになりました。享年49歳でした。
末席ながら謹んでお悔やみ申し上げます。


2001年8月23日の一言



高校野球が今日で終わりました。
日本は野球が殆ど“国技”とも言えるくらい国民に親しまれているスポーツですので、高校野球も当然大人気です。

でも実は私は高校野球はあんまり好きではありません。
全然見ないってわけじゃ無いんですが、自分から積極的に見ようともあんまり思わないんですね。

この原因の一つは高校時代の話になります。

私の母校は20数年前に甲子園に出場したことがあるんです。しかし、それは私達が高校に入る何年も前の話。
ところが、私が高校に入ってからもなぜか野球部だけは過去に甲子園に行ったことがある、と言って何かと特別扱いされていました。
野球部の一部の連中も自分達が甲子園に行ったわけではないのに、なぜか威張っていたんですねえ(`ヘ´)。

それに世間もこの考えに同調しているのも良くありません。野球以外にも運動で頑張っている連中は沢山いるのに…。

高校野球がもう一つ好きでない理由の一つが『高野連』です。

ここもジジイがいつまでも引退しないで頑張っているから(会長は確か80歳を越えているはずです)、規則なんかが古くさいのなんの!

つい先日、田中康夫知事が応援に着ぐるみをつれてきて高野連からクレームを付けられましたが(まあ、あのぬいぐるみが良いか悪いかは別として…)、高野連はとにかく“高校生らしさ”を異常に強調します。

例えばちょっと前までは高校生が打った後などに手を掲げる“ガッツポーズ”も『高校生らしくない』と禁止でしたし『ユニフォーム・ヘルメット等は派手な色は禁止』なんてのもあります。
実は私の母校、この“派手な色”のおかげでヘルメットの色を変えざるを得なくなってしまいました。“派手な色”と言っても赤みがかったえび茶ですよ。この色を“派手”だと言った人間は私は過去に一人しか知りません(^_^;)。

更に『郷土色の強い応援方法は禁止』これは広島県が良くやっていたしゃもじを使った応援などの事。又、沖縄が民俗芸能で応援しようとした時もこれを持ち出されて禁止されたそうです…。『チアガールはよいが、それ以外の高校生らしくない応援の格好は禁止』チアガールは高校生らしいのか〜?自分が見たいだけじゃないのか?
『吹奏楽以外の大きな音を出す楽器の応援は禁止』これは太鼓等を使った応援などのことらしいです。

それら禁止事項の中でも笑えるのが『ベンチに入る女子高生はルーズソックス禁止。理由は男子高校生の注意力が散漫するから(^_^;)。』
今時ルーズソックスで気が散るヤツがいるか〜!

この連中の頭って自分達の青春時代だった60年位前で止まっているんじゃないんですかね?

高校野球を見ていると、こんな連中の作った“高校生らしさ”を無理矢理見せられているような気がするので、あまり好きではないんですよ(^_^;)。


それにしても今の日本の改革を一番ダメにしているのはこんな頭の固い年寄り連中のせいだと思うのは私だけですかねぇ(;-・。・-;)。


2001年8月15日の一言



今日は終戦記念日ですね。

小泉首相の靖国問題は結局首相が13日にお参りに行ってしまいましたが、これについては各国反応様々でした。
韓国か中国では靖国参拝に抗議して指をツメた人たちもいたそうですが、これじゃ日本のヤクザとあんまり変わりがないような…。

ところで皆さんは親やお年寄りから戦時中の話などを聞いた事はありますか?

私は両親や仕事上で知り合った人達に色々聞いているのですが、皆共通しているのは『もう二度と戦争はゴメンだ!』『日本が負けて本当に良かった』と言うことです。

例えば、アメリカ軍は戦時中、日本国内にお菓子や缶詰、ボールペンなどをばらまいたりしていました。
しかし、このお菓子は毒入り、缶詰やボールペンはブービートラップと言って、缶を開けたり、ボールペンを使おうとキャップをひねったりすると爆発したりしたそうです。
実際、ウチのオヤジの知り合いもこのブービートラップに引っかかって死んでしまったそうです。
私の叔父も戦争で南方に行ったのですが、乗る船が少し遅かったら帰ってこれなかったかもしれない、と言っていました。


あと、13日に『ニュース23』で実際に戦争に行った人達が自分の体験談を話していたのですが、これも今聞いてもかなり怒りのこみ上げてくるような話でした。
例えば兵隊が足りないので、中国の一つの村の男全員を無理矢理徴兵し、前線に送り込んで皆殺しにさせてしまったとか、洞窟に隠れていたときに赤ん坊が泣きやまないので殺させたりとか、玉砕と言えば聞こえは良いが、日本軍は捕虜になるくらいなら死ね!と教えられていたので追いつめられると全員無理矢理自決させられたのだとか…。
私だったら、たとえ上官をぶん殴っても生き延びようとするでしょうね…(^_^;)。
だって、死にたくないですもん!

では、アメリカの方はどうだったのか?というと、こちらも戦争が始まると反日感情が高まり、日本からの移民や日系人は全部財産を没収されて収容所送りになってしまい、若い男達は『二世部隊』と呼ばれる部隊に家族の安全と引き替えにほぼ強制的に配属されたそうです(不幸中の幸いは『二世部隊』は主にヨーロッパ戦線に投入されたので、日本人の血を引く者同士での戦いはあまり無かった、と言うことですか)
なんだかんだ言っても、アメリカもあんまり日本に対して威張れた状況ではなかった、と言うことです。
ただアメリカの偉いところは、戦後日系人に対して国がちゃんと謝った事ですね。

日本は第二次世界大戦では負けている上に、世界で唯一核爆弾を落とされた国として『自分達は戦争の被害者』という風に教えていますが、日本が中国・韓国を侵略した“加害者の一人”と言う事実を決して忘れてはいけないと思います。


2001年8月10日の一言



暑いですねえ〜!

昼間に水道をひねると温水どころかお風呂に入れても良いくらいのお湯が出てくる位暑くてたまりません(;-・。・-;)。


話はコロッと変わって…
さて、そろそろ終戦記念日が近づいてきましたが、今年は小泉首相の靖国参拝問題でかなり熱くなりそうです。

日本人からすると、なぜ韓国・中国の人たちがあんなに怒るのかピンと来ませんよね。
私も『戦後50年以上も経つのになんでいまだにそんな事にこだわるんだろう?』と不思議に思い、この前ちょっと考えてみました。

で、考えているウチにこれが今日本でも問題になっているいじめ問題と重なるんじゃないかな?と思いついたんです。

いじめというのは、やっている側はあまりそういう意識もなく、年月とともに誰かをいじめていた事なんて忘れてしまいます。

しかし、いじめられた方はそうはいきません。
その時に大きな心のキズを受けており、しかもいくら年月が経ってもいじめられた事を忘れる事はありません。
いえ、むしろ年月が経つとともにどちらかというと“恨み”だけが残っていくモノなんです。
かくゆう私も高校時代、一部の連中から今で言う“いじめ”に近い嫌がらせなどを受けていました。
その時にやられた事は今でも忘れませんし、社会人になった今でも、その時“いじめ”に参加していた連中とは怒りがこみ上げてくるので話したくもありません。

でも、“いじめ”をやっていた連中や、やられた事のない人にはこの気持ちは判らないようなんです。
むしろいつまでもそんな事を思っている方が変だ、と言われた事もあります。
けど、やはり私にとってはそれは消す事の出来ない過去であり、今でもトラウマとなっている事実でもあるわけです。

こう考えていたら、韓国・中国があれほどまでに靖国参拝に反対する理由も、個人的には何となく納得出来たんですね。


戦後から今まで日本は色々な問題を先送りにしてきてしまいましたが、この辺でそろそろ清算する時期に来ているのかもしれません。


50数年はちょっと長すぎたような気もしますけど……。


2001年8月1日の一言



マイラインには気を付けよう〜!

マイラインを登録している人は、不正が行われていないか是非もう一度見直してみてください。

なんのこっちゃ?と思われるでしょうが、細かく書くとかなり長くなるので多少端折りますが、ウチに今日九州電話から請求書が来たんです。

実は1ヶ月前に九州電話から『マイライン登録のお知らせ』なるものが来たのですが、ウチではず〜っと第二電電を使用していて、マイライン登録も今年の春に仕事上のつきあいもあって“同一県内の市外電話”以外は第二電電を申し込んでいたのです。
そんなわけで九州電話なんか登録もしていないので『おかしいなあ?』と思って問い合わせたのですが、その時はなぜ九州電話に登録されていたのかはっきりとした回答が来ませんでした。

迂闊にもこの時に徹底的に調べれば良かったのですが、忙しかったのと、第二電電に問い合わせたら『そちらには第二電電のアダプタが取り付けてあるので、安い方を選ぶから問題ない』と言われたのでそのままにしておいたんです。

ところが今日来た請求書はものすごい金額が!
どうも私のインターネット使用料金も九州電話経由で掛けられていたようなんです(^_^;)。せっかくテレホーダイに入っているのに……。

そこで今回は頭に来た私と母が九州電話に問い合わせて調べてもらったところ『マイラインの契約内容はウチでは判りません』『ウチではなくマイライン登録センターに問い合わせてくれ』とのそっけない返事が!

こんな返事で納得いくはずもなく、こちらもNTTや第二電電に掛けて色々聞きまくったところ、どうも九州圏内の電話接続が九州電話に勝手に契約されているらしい、と言うのが判ってきました。

そこでまた九州電話に問い合わせてみると、今度は『確かに契約されているが、どこの申し込みで契約されているかは言えない』とまたもやそっけない返事が!

そのあまりの愛想のなさに遂にウチの母も頭に来て『この件がはっきりするまで絶対にお金は払わない!』と言ったところ少しあわてたようですが、それでもまともな回答がないので、今度は申込書を持っていった所に問い合わせてみました。

大体そこは第二電電の出資会社の一つでもあるので、九州電話に書類を回すはずもないのですが、一応聞いてみたところ、そこから今度は第二電電の営業所に回した、との事なので更にその会社に問い合わせて契約書類を探してもらいました。

すると、ここで意外な事実が!

何と!最初に未記入にしていた“同一県内の市外電話”の部分の『第二電電』の部分が二本線で消されて、その横に手書きで『九州電話』とかかれているではありませんか!

当然、その文字はウチの家族の字ではありません!
つまり私らの知らないウチに誰かが書類を勝手に書き換えていたんですねえ〜。

そんな事が出来るのは、上記の書類を集めたどちらかの会社の人間しかいないんですが、今のところ“犯人”はまだ判っていません。

とはいえ、自分の会社の不正を認めるヤツなんかまずいないでしょうから、多分“犯人”は出てこない可能性大ですね(`ヘ´)。

それにしてもマイラインはトラブルが多いとは聞いていましたけど、まさか自分が巻き込まれるとは思いませんでした。

今回の件で言えるのは、九州電話には当分金を払わないのと、その対応の悪さで九州電話を使うことは二度とないのが確実だ、って事かな?


2001年7月25日の一言



モデム取り替えました〜(T.T)!

ハードディスクを交換したので色々とソフトをインストールしたりしていたのですが、モデムのドライバだけがなぜか発見できなかったのでメーカーのホームページでドライバを見つけることにしたんです。

で、ドライバと共にモデムのファームアップソフトもあったので『ちょっとアップしてみようかな?』と一緒にダウンロードしたのですが、これが大失敗の元でした(T.T)。

ダウンロード後早速ファームアップソフトを解凍しプログラムを作動させたところ、最初は順調だったのですが、途中でいきなり止まってしまって『ファームアップに失敗しました』との文字が!

『やばい!』と思ってもう一度プログラムを作動させると今度は『モデムを認識できません』との文字が…(^_^;)。

それからもう大慌てでモデムの設定を見直したり、接続方法をいじったりして色々試してみましたが、結局パソコンからはモデムの認識は出来ずじまい(T^T)。
ファームウェアやBIOSのアップというのは、失敗すると機器が使えなくなる危険性があるのでふつうはあまりやらないんですけど、今回は大失敗です。
今までファームウェアのアップで失敗したことなかったんですけどねえ。
でも、これでこのモデムは使い物にならなくなってしまいました。メーカーに送れば復旧するかもしれませんが、4年近くも使っていたし、なにより、修理する間インターネットが出来ないのは非常に困ります。

で、早速次の日、仕方がないのでお手紙書いた…じゃなかった、私の住んでいるところで唯一PC関係がそろっている量販店に行ってモデムを買いに行ったのですが、店にはアナログモデムは3種類しかなく(当然PC内蔵モデムなんか売っているわけがありません。買う気もないけど…)そのウチの1つは対応OSが何とWINDOWS95まで!

まあ、使えない事はないんでしょうが、さすがに古いのはイヤだったので、あとの2機種を見てみるとこちらは両方ともWINDOWS98SE止まりWINDOWS ME対応なんかカケラもありません(T.T)。

とはいえこの際ゼイタクは言ってはいられないので、しょうがないからその中でAIWAのモデムを購入することに決定〜!

なぜAIWAかと言うと、AIWAのモデムって私が最初にパソコン通信した時に初めて買ったモデムだったので、思わずその思い出がこみ上げて来たんですよ(^.^)。あのころは通信速度が2400bpsで3万位したんだよなあ〜(と思い出の余韻に浸る…)

というわけで現在は順調に接続できています\(^O^)/。

でも、今月ただでさえソフトのヴァージョンアップやプロバイダの1年間一括支払いなんかが重なって出費が多いというのに…。

な〜んでお金って出ていくときはまとめて出ていくんでしょうねえ( ´−`)。


2001年7月17日の一言



ここ数ヶ月というもの、どうもシステムが不安定になってきた上、ハードディスクが立ち上がらなくなるトラブルもチョコチョコ発生した為、遂にハードディスクを買い換えることにしました。

色々悩んだのですが結局フェイスの売り出し記念で安くなっていた転送速度ATA100で容量が40GBのタイプに決定!

で、そのハードディスクが日曜日に届いたので早速乗り換え作業を開始したのですが、これが結局日曜日をフルに使うことになるとは……(^_^;)。

まず、私は今WINDOWS・Meを使用しているのですが、これがWIN98限定アップグレードのタイプなので、まずWIN98からインストールしなければいけませんでした。
この作業はうまくいったのですが、次にMeをアップグレードインストールしようとしたら途中で停止してしまったんです。
しょうがないからリセットして立ち上げたところ、インストール作業を停止したと思われる箇所からインストールを再開しはじめたのでそのままにしておいたら、インストールが無事(?)終了しました。

そこで今度はAGPボードのドライバをインストールしたのですが、なぜかインストールしても解像度が切り替わらない(T.T)。

それどころか2,3回立ち上げると『WINDOWS保護エラーです』と出てブルー画面から全く立ち上がらなくなってしまいました。
しょうがないのでもう一度ハードディスクをフォーマットし、最初からインストールをしたのですが、やはり同じ現象でまたもやストップ!

なんでやねん!

と思ってよ〜く考えこみながら3度目のインストール作業をしている時にハタ!と思いつきました。

なんと!AGPドライバを間違えてインストールしていたんです。
現在使っているモノと前に使っていたのが同じメーカーなのでドライバの入ったCDデザインも同じようなモノだったので勘違いしていたんですね。
でも、それくらいであんな保護違反警告が出るかなあ?う〜む、謎じゃ(^_^;)。

ま、何はともあれ今度は無事にインストール出来たので、あと必要なモノはインターネットにつなげてから追々揃えていこう、と思ったら 今度はうっかりとアクセスポイントの番号を控えるのを忘れていました(^_^;)。

あわてて前のハードディスクを繋ぎなおして番号を確認し、ブラウザの接続設定をやっていたら、今度はパスワードを控えた紙が見つからず大騒ぎ(我ながらアホだと思います)

思い当たる場所を探し回ってようやく見つけてアクセス出来るようになったのがすでに夕方。

その上、今使っているFTPソフトもチェックしようと思いハードディスクにインストール。
このソフトは以前の設定がコピーしてそのまま使えるようにすることが出来る、とマニュアルに載っていたのでその通りにしたのですが全く認識してくれず、結局ソフトを最新型にアップしてなんとか解決。
ファイル転送用のパスワードは一部、既に控えも無くしている(^_^;)ので、これが動かなければ大変な事でした。
それからは使うソフトをインストールしたり周辺機器をそれぞれ設定したりしていたら、結局夜までかかってしまいました。

それでもまだ以前使っていたソフトの1/3もは入っていないんです。
なぜかって?実はソフトのCDが見つからないからなんですねえ〜。何処に置いたかなあ?


でも、これだけ手間を掛けたおかげで現在はそこそこ快適に作動しています。しかもATA100にしたおかげで、体感的にも早くなりましたし、試しにベンチマークソフトでチェックしたら以前の倍近くの数値が出ました\(^O^)/!

ついでにメモリも増設したので、これでようやくCPUのパワーが無駄にならなくてすむぞ〜!


2001年7月9日の一言



夏になったばっかりなのに早くも夏バテです(T.T)。
先週から連日夏日のおかげで朝から殆ど休み無しで夜遅くまで働くパターンが2週間近く続いたおかげでもうフラフラで〜す。
目の下なんかクマが出来ちゃいましたよ。

知らない人にはなんでクーラーの修理がこんなに大変なのかわからないでしょうからここで簡単に説明しちゃいましょう(興味のない人は何の事かさっぱり判らないと思いますので、すっ飛ばして読んでください)

まず機械的な部分から説明すると、エンジン部分にはコンプレッサー・コンデンサ・レシーバーという部品があり、それぞれパイプで繋がれています。
コンプレッサーとはフロンガスを高圧と低圧に強制的に変換させる装置で、この圧力の変動によりガスが急速にパイプ内を回って空気を冷却させるのです(この装置は通常は作動していませんが、エアコンのスイッチを入れると作動します)
コンデンサとは動き回って熱を持ったフロンガスを冷やす為の冷却装置で、通常はファンで強制的に冷やします。
レシーバーとはフロンガスが水分を含まないようにする一種の除湿剤の入った筒みたいなモンです。

次に車内ではエヴァポレーター・エキパン・サーモ・レジスター・送風ファンなどがあります。
エヴァポレーターとはコンプレッサーから送り込まれてきたフロンガスをここで車内の空気と接触させて冷やす装置で、ほぼ例外なく助手席のダッシュボードの後ろに組み込まれています。
エキパンとはフロンガスの流量を調整する装置でエヴァポレーターに直に取り付けてあります。
サーモはエヴァポレーターの温度調整をする為の温度計、レジスターとは車内の風量の強弱を調整する為のモノで、送風ファンはエアコンから出てくる風を送り込んでいる装置の事です。


エアコンが冷えなくなる理由として、まずフロンガスが抜けてしまっているというのがあります。
フロンガスはある一定以上の圧力がないと冷却機能が極端に低下します。そうするとどこから漏れるのかを調べる為上記の場所を全部調べなければなりません。

車種によっては大体原因の見当が付くモノもあるのですが、基本的には上記の部分を全部ガス漏れセンサーで調べます。しかも、これらだけでなくつなげてあるパイプから漏れていることもあるので、それらも全部センサーで調べなくてはなりません。

すぐに漏れている場所が判れば良いのですが、漏れている量が少ないとセンサーが反応しない事もあるので原因がわかる迄に結構時間が掛かる事も多々あります。



次に機械的な故障によって冷えなくなることもあります。
その中で多いのがコンプレッサーの故障です。
コンプレッサーは最初に挙げた機能を持つ装置ですが、古くなったりすると圧力の変動がキチンと出来なくなります。
更にコンプレッサー“焼き付いて”作動しなくなる事もあります。
この原因はコンプレッサーオイルが切れていたり、炎天下で車のエンジンを掛けっぱなしで放置しておいたりすると“焼き付く”事があります。

更にコンデンサファンの故障が原因の事もあります。
フロンガスが冷えないのですから当然空気も冷却されないわけですね。

更に更に、エキパンやレシーバーが“詰まって”しまってガスがちゃんと流動しない為に冷えなくなる事もあるわけです。
これらは極端に言えば、外してみないとはっきりとした原因がわかりません。レシーバーはまだ“単体”としてエンジン部分にあるから比較的簡単なのですが、エキパンはエヴァポレーターに直に付いているのでエヴァポレーター共々外さなくてはなりません。これが又結構面倒でして…(^^;)。


ざっと書き出してみてもエアコンが冷えない原因を探る為にこれだけの手順を踏まなければならない上、加えて客のエアコンスイッチ入れ忘れとか、何かのパーツを付けた時に電気をショートさせてヒューズを飛ばしたとか、うっかりガスの通っている部分のパイプのネジを外してガスを漏らしてしまった(何をやればこんな所を外そうとしたんでしょうね)とかまで加わるんです。
しかも、大抵の人は自分の“失敗”を隠そうとするので、散々調べてみても結局判らない事も…(T.T)。


う〜む、ちょっと書き出しただけでこんなに長い文章になってしまった(^^;)。

こんな事を毎日やっていれば疲れるのも当然だとは思いませんか?
しかもエアコン修理は、エンジンの熱や太陽の熱でめいっぱい暑くなった車内での作業なので、もう暑いのなんの…。


頼むからちょっと暑いくらいは辛抱してくれ〜!



2001年1〜3月の日記はこちら
2001年4〜6月の日記はこちら