フルートという楽器は3000年以上も前からあり人間の生活ととても深い
関係にある楽器なのです。詳しくフルートの歴史を書きますと本が一冊できるほどで
すのでここでは私が知っている大体の歴史をお知らせすることにします。尚参考まで
にフルートに関する本はたくさんでていますが中でも 奥田恵二著 「フルートの歴
史」(音楽之友社)がお奨めです。少し難しいかも知れませんが写真や昔の挿し絵等
がたくさんのっていますので面白いと思います。
さて、フルートという言葉は笛という意味ですがこれには縦笛や尺八なども含まれ現
在のフルートは横笛の一種になります。元々厳密な区切りがあるわけではありません
ので大体そんなものだ、くらいに考えてください。ここではフルート=横笛として考
えてみますが、どのくらい古くからあるかと言うと古代エジプトの壁画(ピラミッド
が作られた時代です)や古代インドの彫刻(仏教を作ったブッダがいた時代です)に
すでに横笛や縦笛を吹く人々が描かれています。3000年以上も前からフルートいう楽
器はあったわけです!
ただこのころのフルートは今のように銀色に光る金属でできていたり色々なキィがつ
いていたわけではなく1本の木のパイプに吹き口の孔と指で押さえるいくつかの孔が
あるだけでした。日本にも同じような笛があるんですよ。お祭りの時に使う笛がその
なかまで篠笛(しのぶえ)といいます。
このころ(3000年以上前)の笛は今のような音楽というよりお祈りのためのおとを出
す道具という感じだったみたいです。このようにフルートは宗教(仏教やキリスト教
など)と深いつながりがあったようです。他の楽器と違い直接息を入れて息そのもの
で音を出すのでその音は人間の命に関係があると考えられていたのです。
それからしばらくのあいだ管が長くなったり短くなったり、細くなったり太くなった
りしましたが基本的なことは余り変わりませんでした。その間フルートは宗教の道具
からだんだん娯楽の楽器になってきました。ルネッサンスの頃(16世紀:300年くら
い前)になると町から町へ渡り歩く芸人達が使うばかりでなく一般の家庭でも楽しみ
のための音楽に使われるようになりました。それでもフルートはあまり形を変えず細
い管にいくつか孔があいているだけでした。
またこのころお祭りの時やお葬式の時に使う音楽のために楽隊ができました。これが
吹奏楽のおおもとです。でもこのときの楽器は今とずいぶん違いクラリネットやトラ
ンペットはなく今は使われていないものばかりでした。ちょうどこのころ日本は戦国
時代、NHKの「花の乱」の少し後の時代です。そういえばテレビでも森待者(壇ふみ
)が笛を吹いていましたね。実はこの時代、ヨーロッパではフルートと言えば縦笛(
リコーダー)が主流でした。なぜかというと横笛のフルートは息を入れるところがま
だ小さくてとても吹きにくかったからです。
さて、17世紀から18世紀にかけて、少し日陰者だったフルートはだんだんだいじにさ
れるようになってきました。ちょうどそのころフランスのルイ王朝(「ベレサイユの
薔薇」の時代)が栄華を誇りベルサイユ宮殿で毎夜壮大なパーティーを開いていたの
です。そのとき演奏されるのはフランス人の好みにあったものでしたから透明感あふ
れる清らかなリコーダーの音より、やわらかくなめらかで優雅なひびきの横笛フルー
トの方が好まれたのです。そして当時のフランスは正に世界の中心でしたからあっと
いうまにリコーダーを追い抜いて表舞台に立ったのです。また音楽の要求に合わせて
その仕組みも変わりました。それまで1本の管でできていたフルートは今のフルート
のように3つの部分に別れるようになりそれまでできなかった音程の調節ができるよ
うになりました。これは合奏をする楽器としてはとても大事なことだったのです。そ
してもう一つの大きな変化はキィが付けられるようになったことです。はじめは右手
の小指用の1つだけでしたが、だんだんキィの数は増えていき最後は6個〜8個位のキ
ィがつくようになりました。でも今のフルートのキィとはずいぶん違うものでした。
これらのキィも元はと言えば正確な音程をつくるために音を出す孔の位置が人間の
指のサイズと合わなくなってきたためでした。
モーツアルトやベートーベンの時代は1つだけキィのついたフルートでしたからよい
音になったとはいえ#やbのついた音を演奏するのはまだ苦手でしたし音程もあまり
良くなく、モーツアルトが「あんな楽器のために作曲するのは気が重い」と手紙に
書いたことは有名です。しかしそんなモーツアルトが作曲したたった2曲のフルート
協奏曲(ト長調、ニ長調)は今でもフルートを吹くひとの宝でありみんなに愛される
すばらしい曲なのですからモーツアルトという人はやはり天才だったのでしょう。
今までみてきましたようにフルートは木でできた楽器なので木管楽器と呼ばれたわけ
ですがいつ金属製になったのでしょうか。それはどうしてなのでしょうか。実はこれ
はフルートの大革命だったのです。木のフルートは優雅で柔らかい音を出す楽器でし
たがおおきな欠点がありました。それは他の木管楽器クラリネットやオーボエにくら
べ音がとても小さかったのです。これを改良しようとみんな一生懸命でしたがついに
ドイツのベームというひとが大改良して金属製(主に銀製)のフルートを完成させま
した。ベームは大きな音を出すために吹き口(唄口といいます)と指でふさぐ孔をす
ごく大きくしました。このため孔を直接指でふさげなくなりふたを付けることにしま
した。また金属にしたのも音を大きくするためとこの孔をふさぐ仕組みを作るためで
した。これはとても大変なことでした。だって考えてみてくださいクラリネットがピ
カピカの金属でできていたりバイオリンが銀製だったらどんなに変な感じがするでし
ょう。
当時の人も最初は金属のフルートを使う人は少なかったようです。しかし今度
もやはりフランスでこの楽器の優秀性がみとめられだんだん使われるようになりまし
た。1847年に作られた銀性フルートはほとんど今のフルートと同じ形をしています。
管の太さも長さもいまのフルートはベームが作ったときのものと余り違いはありませ
ん。小さな改良は今でもありますが基本的な構造はほとんど全部このベームという人
が考えついたのです。今のフルートの特徴、金属製、頭部管(唄口のついている管)
が先細りになっていること、キィとパッド(孔をふさぐふた)をつかっていること、
などは全部ベームが考えてきたことなのです。もちろん現在は工業や科学も進みまし
たからこのフルートをつくるための改良はいっぱいされています。設計をするのにコ
ンピュータをつかったりロボットが唄口を削ったり... しかししばらくはフルートの
大きな変化は起こらないでしょう。なぜならみんな今のフルートの音がとても好きだ
からです。
フルートの歴史は大変長く、その時代の国の文化や音楽の好みに影響を受けてきまし
た。まだまだたくさんの面白いお話がありますがこのへんで区切りとします。フルー
トに限らず、その時代の人々が音楽を作りその音楽が楽器を育てるのです。みなさん
これからもフルートを愛してくださいね。