新人ナース修行の旅。 高校を卒業すると同時に青森県知事試験に合格し、 家がボンビーの為、准看護婦として働きながら看護学校へ行く道を選んだきたろうは 学校からの紹介で神奈川県相模原市に有るF病院へと就職することになったのですが… そこには思っても見ない試練が待ち受けていたのでした(^^;)。
<求人票その1:3食食事支給>
上京して1日目、長家のような2階建ての続き部屋の寮に案内される。 試験の時に山梨から来ていた八巻さんがとなりの部屋に先に入っている事を知り、 再開を懐かしんでしばらくおしゃべりをする。そろそろお腹も減って来たが 呼ばれる様子もなく、彼女に『御飯てどうしてんの?』と聞くと、 『わかんないからパン食べてた…』と言う。4日も前から来ているはずだが 彼女は食パンを(しかも何も付けずに!)ずっと食べていたのだ…。 一体それは…?と思い、人事課長Tの所に2人で聞きに行く事にした。 しかし聞いてみると、3食出るのはお金を払って、しかも患者さんの残り物を 地下の食堂の隅っこに設けられたぼろいテレビと(チャンネルはガチャガチャ) 扇風機(もちろんタイマーはない)の有る狭い学生用の小部屋で(3畳ぐらいか?) 食べるのだと言う。2人共お金はないし、もちろん自炊の道具もない。 良く見ると共同の小さい炊飯器が手荒い場の下に転がっていた。 米もみそも鍋もなく、2人とも途方に暮れていると、人事課長Tが 夕飯を御馳走してくれた。いつでも一緒に食べて良いと言うが とても騙されたようなうさんくさい気がしてそんな気にはなれなかった。 (今思えばこの時のカンは間違いなかったのだが…。) 結局2人とも実家に電話して鍋と少しの米やみそを送ってもらったのだった。 炊飯器はサンヨーの1人用の安いやつを買った。 この時上京した時にもらった所持金は¥20000…。これからどうなる!?
<求人票その2:寮は病院の敷地内>
学校に入学する前に働き始めたわけだが、きたろうは透析室という特殊な所に 配属が決まった。それと同時に透析室の学生は透析室の勤務者同志で 一緒の寮に入るという。八巻さんとは離ればなれになり、駅一つ向こうの 1件屋に引っ越した。交通費は定期を買わされてそれの分が出ると言う。 駅一つ向こうになるかもなんて聞いてないよ〜(T.T)。 しかもすんごーいぼろやで、ゴキブリやらうじむしやらたーんといる。 とりあえずみんな各部屋に自分のテレビと冷蔵庫を持ち込んで生活している訳だが、 普通の1件屋にそんなに電気が通っている訳もなく、冬などはブレーカーは飛ぶし ドライヤーはみんなに断わって誰かにこたつかテレビを消してもらわなくちゃ行けない。 ふろ場は狭くて壁がカビだらけ…。台所はだれも掃除してないらしい。 電話はピンク電話が1個あって、みんな田舎に長電話するからすぐ10円玉 つまるし。もちろん新人は道路から丸見えのお部屋を与えられるのでした。
<お部屋の先住人>
引っ越して間もなくのある日、仕事から帰って来て自分のへやのドアを開けると 何もない部屋のまん中にで〜っかい黒くてテカテカした虫がいる。 近付いてよーーく見ると、…これは?げ、ゲンゴロウ???にしては 後ろ足が平べったくなくてふさふさとした毛もない。近くに川はないと思うけど…。 すると…正体にうすうす気が付いたと思ったらそいつがダーーーーって 走り出したじゃないのさ!!『ゴーキブリいーーー!』 隣の部屋のやつにキンチョールを借りて戻ってくると、奴はすでに消えていた。 しかし非常にたびたび出くわす事になるのは言う間でもない。 さらに数日経った有る日、またまた仕事から帰ってドアを開け中に入ると、 ふと床がぼあーっと歪んでいる???しゃがんで見ると、床に、いや部屋中に大量のアリが! 『どわあああああ〜〜〜!!』どうりで部屋の隅っこにアリスプレーが残されていた訳だ! 初めてそんなスプレー見たので不思議には思ってたけど、こんなかい!? 廊下に放置してあった掃除機を持ち出して念入りにそいつ等を吸い取り、部屋の 隅々と窓のサンに徹底的にスプレーをして、塩をまいた。それから定期的にスプレー したので、初めのようには彼等にはお目にかかる事はなかった。
<求人票その3:学校への送迎バス有り>
いやここまでくれば、流石にいろんな事を先回りして確かめとかないと不安になってくる。 入学式が近付いてくるが、学校へはホントに送ってくれるんだろうね。 人事課長Tの所に八巻さんと早速聞きに行くと、送迎が有るのは准看の学校の生徒 だけらしい。やっぱりと内心思ったが、ちゃぶ台も買えずに人事課長Tから錆びた こたつを借りているしちょっと文句も言えないなあと、まだこの頃純真だった きたろうは(笑)しかたなく実家に私が新聞配達に使っていたぼろい自転車を 送ってくれるように頼んだのだった。学校までは自転車力一杯ぶっとばして 20分位の所に有り、電車やバスの方がつなぎが悪くて時間が掛かる。 のちのち午前中働いて昼から学校に行き、夕方には帰って来て夜勤をしなきゃ 行けないので自転車は必須だと言うし。(父ちゃん送料高くてゴメンよー。)
いやあ3月23日に上京して24日から働き初め、4月7日に入学式を 無事終えるまでに以上の出来事があった訳ですよ。田舎では貧乏で私立の高校は いろいろとお金が高いからと寒い北の冬にも負けずに新聞配達をしていたきたろう でしたが、都会っていろんな事があるもんだと驚かされました。 そして修行の道はまだまだ続くのでした…。